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2025年2月 2日 (日)

設問48 あなた自身は、どのようにして、「霊界の境域」から抜け出し、それらの存在の攻撃から解放されたのですか?

回答 私自身も、森山のいう、妄想だけのあるパラノイア段階→幻覚と妄想の入り混じる幻覚・妄想段階→幻視も混じり、現実から遊離した夢幻的な世界の展開される夢幻様段階の3段階をたどったことには違いなく、その3段階目で「世界没落体験」といわれる「宇宙の死」の体験をし、それが「死と再生」の体験に結びついて、結局「くぐり抜ける」ことができたのである。

ただ、その「宇宙の死」の体験のいわばピークにおいて、実体的なものとして自分に迫る「暗黒の闇の塊」との遭遇体験をしていることが、特異である。それは、世界の根底に控える「虚無」の「実体的な部分」と解されるが、その体験のあまりの強烈さ、リアリティのために、それまでの体験(捕食者の攻撃や宇宙の死ということそのものも含む)は、いわば「幻想」であったかのように「解消」されてしまったのである。それが、「死と再生」の「死」の体験として、新たに「再生」することにおいて、最も根源的な部分での作用を果たしたと考えられる。

 

解説 これまで、部分的には私自身の体験と照らし合わせて述べて来ましたが、全体として私自身が、どのようにして統合失調状況を「くぐり抜けた」かについては、正面から述べていませんでした。

それは、私自身が「くぐり抜ける」過程において、決定的な役を果たした出来事があるのですが、その出来事というのは、他の例ではみかけることのないような、ちょっと特異な体験で、説明も難しいものだからです。

しかし、私が「くぐり抜ける」過程も、全体としてみれば、森山公夫が『統合失調症』(ちくま新書)で明らかにしているような、妄想だけの表現されるパラノイア段階→幻覚と妄想の入り混じる幻覚・妄想段階→幻視も混じり、現実から遊離した夢幻的な世界の展開される夢幻様段階の3段階をたどっています。その3段階目で、「世界没落体験」ともいわれる「宇宙の死」の体験をしていて、それが(森山はそこをはっきりと明示しませんが)、「死と再生のイニシエーション」につながり、結局「新たに生まれる」ようにして、全体を「くぐり抜ける」ことになったということが言えます。

ただ、その「宇宙の死」というべき出来事で、「宇宙が全体として終わる」「崩れ去る」ということを受け入れた瞬間に起こったことが、特異なのです

これまでにも、様々に恐ろしいものに迫られていたわけですが、その瞬間は、これまで以上に強烈な、「暗黒の闇の塊」としか言いようのないものが一瞬にして自分に迫り、それに包まれるような状態になります。それが迫る瞬間は、非常な恐怖を感じましたが、それに包まれてからは、恐怖を感じることもなく、一瞬のことで、意識も半ば失いかけていたようで、明確な意識はないのですが、確かに、それと一瞬一体化したという感覚があります。

しかし、それは一瞬の後、すぐに去っていき、元の状態に戻りました。そして、そのときには、それまで統合失調状況で起こっていたことすべてが、いわば「解消」されていて、「何事もなかったかのよう」に、本当に元に戻った、というより、「新しく生まれ変わった」のです

「解消された」、「何事もなかった」といっても、事実としてそれまで起こったことがなくなったわけではなく、決して「声を聞く」ということもなくなったわけではないのですが、それらがほとんど自分に対して影響を及ぼせなくなった、私からすれば、ほとんど「どうでもよい」ものになったということです。自分にとって、絶望的な意味を帯びていた、「宇宙の死」ということすら、ある意味「どうでもいい」ものとなってしまったのです。

おそらく、「暗黒の闇の塊」の体験が、あまりにも強烈で、それまでの出来事以上に、「リアリティ」に満ちていたので、それまでの体験は、一種「幻想」のようなものに「格下げ」されてしまったのだと思います。

とは言え、この段階で、私自身は、身体的にも心理的にも非常に酷い状態にあり、すぐさま、動きがとれるような状態ではなく、徐々にリハビリのようなことを経て、何とか回復していくのです。また、この段階で、このときの体験の意味も、それまで自分に起こっていた一連の出来事の意味も、分かったわけではなく、それも今後徐々に追究していくことで、分かるだろうという予感があったのみでした。

そうして、現在では、それらの体験の意味も、一応自分なりに納得する形で、「分かる」ものにはなっています。

しかし、この体験には、本来、言葉で説明することのできない要素が多分にあるし、統合失調状況を「抜け出し」たり、「くぐり抜ける」ことにおいて、知っておかなければならないようなものではないと思われます。このようなことにとらわれると、かえって混乱することも考えられます。

ただ、「特異な体験」と言いましたが、このような体験は、「世界没落体験」と一般に言われる体験のピークの部分に、本人が意識レベルで自覚しないとしても、いわば、無意識過程として「包み込まれている」という可能性はあると思われるのです。

また、この「暗黒の闇の塊」を、私自身は、世界の根底に控えている「虚無」のいわば「実体的な部分」という風に解しています。カスタネダのドンファンの説明でも、「無限」という世界の根源には、実体的な部分があるということが、言われています。そうすると、この「虚無」との関りというのは、統合失調状況の体験例でも、割合よく観察されるものです(たとえば、セシュエ―夫人の『分裂病の少女の手記』などに、このようなものがよく現れています)し、精神病理学などでも、このことには言及されます。

このような「虚無」は、それと自分との間に一種の「距離」があるときは、根源的な恐怖として作用し、実存的な問題を引き起こしますが、それと一体であるときには、むしろ浄化の作用をなし、「死と再生」の「死」の働きをなすと考えられるのです。というよりも、むしろ、「死」ということの根底には、この「虚無」があるのです。

このような「虚無」または「無限」の体験は、統合失調の過程ということではないですが、それ自体は、たとえば、バーナデット・ロバーツの『自己喪失の体験』(『無自己の体験』、『無我の体験』)や、全く偶発的に、バス停でバスを待っているときに起こったこととして、スザンヌ・シガールの『無限との衝突』などにも見られることです。

そういうわけで、私は、ブログ『狂気をくぐり抜ける』の方では、このような、根底に控える「虚無」に接近する方向を「垂直的な方向」として、様々な霊的体験をする「水平的方向」とは別の要素として重要視しています。それらの各方向に引き裂かれて、抜け出し難い状況にあるのが、「統合失調状況」とも言えるわけです。

しかし、こちらのブログは、統合失調状況について、「明確に」理解し得る限りの理解を得ることと、それを、状況を「抜け出し」たり、「くぐり抜ける」ことに結びつけられるようになることを端的に目的としていますので、これらの、「根源的」な問題ではありますが、必ずしも目的に沿わない問題には、触れておくだけにします。

なお、『狂気をくぐり抜ける』の方では、私自身の「暗黒の闇の塊」との遭遇体験について、記事『22 「闇」ないし「虚無」との接触』に詳しく述べられています。

また、記事『「イニシエーション」と「垂直的方向」』及び『「成人儀礼」としての分裂病』などで、統合失調状況の「垂直的方向」がもたらす作用について、それなりに踏み込んで説明していますので、参照ください。

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