プログ全体

2018年7月11日 (水)

「オカルトの基本を学ぶ」のプログを開設

予告していた、『オカルトの基本を学ぶ』のプログを開設しました。

本プログとの関連も多いので、是非閲覧ください。

→『オカルトの基本を学ぶ (http://tiem-occult.seesaa.net/ )

2018年6月29日 (金)

一連のシリーズの総括および今後の予定

「集団ストーカー」や「テクノロジー犯罪」という「観念」について、問い直しをして来ましたが、これらは、とりあえず、「集団ストーカー」や「テクノロジー犯罪」についての、「総まとめ」となります。重要な事柄は、すべて織り込んだつもりですが、何よりも、「観念」そのものが、「戦略」であることこそが、重要なポイントです。これらは、「捕食者の戦略を知る」という意味でも、格好の題材となるものです。

とはいえ、「観念」そのものが、「戦略」であるのは、記事『「テクノロジー犯罪」という発想』(http://tiem.cocolog-nifty.com/blog/2016/02/post-4691.html)でも述べたとおり、対立する、「統合失調」なる「病気という観念」についても、同じことです。これは、「集団ストーカー」や「テクノロジー犯罪」とは逆の方向から、同様の状況にある者を、抱え込もうというもので、全体としてみれば、いわば「両面からの抱え込み戦略」です。どちらに与しても、その観念に捕らえられて、その世界から容易に抜け出せなくなるとともに、対立と葛藤をますます深めることになるのです。(※)

それを、避けるには、どちらの「観念」にも与せず、これらの観念が捕え込もうとしている、根底にある「事実」または「状況」を、虚心坦懐に、浮かび上がらせるしかありません。もちろん、それは、このブログが、初めから試みていることです。

いずれにしても、「捕食者」を相手にするということは、このような手の込んだ「戦略」に、対処しなければならないということを、意味しているのです。その「戦略」は、人間を全体として、俯瞰する位置から、人間同士の対立を煽り、葛藤を深めるべく、人間の心理を読んだうえで、巧みに仕掛けられるものです。

まずは、そのような、「人間レベルを超えた」戦略に、率直に驚嘆すべきです。しかし、そのうえで、そのような戦略的なあり方こそが、彼らの「生命線」であることに気づけば、それに左右されることも、少なくなるでしょう。「戦略」を知ることこそが、彼ら自身を知ることになる、ということです。

今後は、記事『本年の予定と昨年のぺージビュー数トップ5』(http://tiem.cocolog-nifty.com/blog/2018/01/post-d365.html )で述べたように、本来の「狂気」の方のテーマについて、分かりやすいホームページを作成する準備に取りかかります。このブログの更新の頻度は、かなり減るかと思いますが了承ください。なお、近いうちに、『オカルトの基本を学ぶ』というブログの開設もしたいと思っています。

※  この「両面からの抱え込み戦略」を図で表すなら、次のようなります。 「統合失調」という観念と「集団ストーカー」・「テクノロジー犯罪」という観念を、事実または状況を掬う「バケツ」のようなものとして表現しています。

 7月5日 図に、「捕食者」が事実または状況のレベルでも影響を与えていることを織り込みました。この戦略の「凄み」がより浮き彫りになると思います。Photo

2018年1月 9日 (火)

本年の予定と昨年のぺージビュー数トップ5

今年は、国際情勢や、このブログでも扱っている、宇宙人関連、集団ストーカー関連の出来事などでも、かなり大きな動きがあると予想されます。いろんな意味で、覚悟が必要な年になるでしょう。

まずは、本年の今後の予定についてざっと述べます。

1  まず、ブログ記事で、「集団ストーカー」と「テクノロジー犯罪」という「観念」について、基本的なところから、問い直しをします。

「集団ストーカー」と「テクノロジー犯罪」の問題は、これらの「観念」自体がもたらす部分が大きいのです。個々の「事実」は、何らかのものがあるとしても、この「観念」を信じてしまうことから、問題が大きく膨らんでいるということです。それは、もちろん、この観念が、それだけ巧妙に、人々を捕えるべく、練り込まれたものだからです。このことは、既に、何度も指摘して来たことですが、改めて、基本に溯って、問い直すことをしたいと思います。

これは、何度かにわたって、じっくり、行うつもりです。

2  「狂気をくぐり抜ける」という本来のテーマについて、徹底的に分かりやすく、まとめ直した、ホームページを作る準備にとりかかります。

これまでにも、触れてきましたが、なかなかとりかかれなかったので、今年は、是非とも、これを行いたいと思います。

本ブログ記事も、「分かりやすく」述べているつもりですが、一般の方にとっては、とっつきにくく、難しいと感じる部分も多かったと思います。また、記事の順番も、必ずしも系統的なものではなく、内容も多岐にわたっています。ホームページでは、これらを解消すべく、「狂気をくぐり抜ける」というテーマに絞って、系統的に、極力、誰でも分かるように、述べます。

「明解」で「分かりやすい」ことは、必ずしも、いい面ばかりでなく、他の側面やニュアンスを削ぎ落としたり、込み入った領域には触れられなかったりの、犠牲にする面も多いと思います。しかし、そのような面は、本ブログと読み合わせることで、補うことができるはずです。

3  「オカルトの基本を学ぶ」というテーマの、新しいブログを開設します。

私の立場は、「統合失調」にしても、「集団ストーカー」にしても、これらの問題は、「オカルト」の領域に大いに関わっているということです。そして、「オカルト」に関わる部分に、何らかの理解がつかない限り、「謎めいた」ものであり続け、本当に、納得することは難しいということです。しかし、一般には、「オカルト」的なものが、認められないか、あるいは、知られていないため、このような見方は、ほとんど顧みられることがありません。

「統合失調」や「集団ストーカー」を、「病気」とみる立場にしても、文字通りの「(人間による)組織的犯罪」とみる立場にしても、このことが当てはまります。

そこで、「オカルト」的な領域について、基本から、分かりやすく、「学ぶ」ということを、新たなブログで、行いたいと思います。単に、旧態依然の見方を示すのではなく、それを、現在に問うことの意味を明らかにしつつ、現在の状況にふさわしい仕方で、なしていきます。「統合失調」や「集団ストーカー」に関わるものだけでなく、広く、「オカルト」的な領域を、テーマにします。

なお、「学ぶ」とは、私自身、新たに、「学び直し」、「整理をする」ということでもあります。

次に、2015年にもあげていました(http://tiem.cocolog-nifty.com/blog/2016/01/post-4f4b.html)が、結構変化があるので、昨年のブログ記事のぺージビュー数トップ5もあげておきます。

1 「量子力学の観測問題」と「意識」1 (http://tiem.cocolog-nifty.com/blog/2016/05/post-c0a9.html
2 「「集団ストーカー」という厄介な問題」(http://tiem.cocolog-nifty.com/blog/2014/09/post-9e9f.html
3 「「次元降下」して地球に生きる「金星人」」(http://tiem.cocolog-nifty.com/blog/2014/05/post-873a.html
4 「「超能力」「気」と「量子力学」(http://tiem.cocolog-nifty.com/blog/2016/07/post-d1d8.html
5 「「幻聴」の特徴、性質が知れ渡ること 」(http://tiem.cocolog-nifty.com/blog/2010/11/post-bcdc.html

1,4の「量子力学」関係は、(非力も顧みず)結構力を入れて書いたので、読まれているのはうれしいことです。物理学関連の書では、「意識」との関係は、ノイマンやウィグナーの説がとりあげられることはあっても、まともに考察されることはないので、こういう取り組みがもっと広まってくれればと思います。

5も、「統合失調」という問題に関して、非常に重要なことを述べたものなので、新たに読まれるようになったのは、うれしいことです。

2017年11月21日 (火)

新たに転載した「捕食者」関連の記事

当ブログ記事の2011年5月以前の部分は、かつての『さるさる日記』の記事の転載で、重要と思われるもののみをあげています。

ところが、この度、「捕食者」関連の記事で、いくつか前回の記事の内容とも関わる、重要なものがみつかりましたので、改めて転載しておくことにします。

今回転載したのは、以下の記事です

1  『 「世間」との「折り合い」』 (http://tiem.cocolog-nifty.com/blog/2008/11/post-9d46.html)

2  『「集団性」との「折り合い」』  (http://tiem.cocolog-nifty.com/blog/2008/05/post-3bbb.html)

「集団性」、「世間」の背後にあるものこそ「捕食者」なので、 いずれも、その「折り合い」の実質は、「捕食者との折り合い」となることを述べたものですが、それぞれ違う観点から、述べられています。

3  『結局は「おいしい」か「まずい」か』 (http://tiem.cocolog-nifty.com/blog/2010/06/post-3aaf.html)

前回の記事同様、「捕食者の食」の実質を明らかにするものです。

4 『「捕食者」的な「宇宙人」情報』 (http://tiem.cocolog-nifty.com/blog/2010/07/post-4eeb.html)

社会全体に向けた「捕食者」の「仕掛け」に関わるもので、まさに現在の状況を表しているといえます。

5 『まとめ-「補食者」について』 (http://tiem.cocolog-nifty.com/blog/2008/07/post-e336.html)

記事 『「捕食者」という理由』 http://tiem.cocolog-nifty.com/blog/2010/06/post-b27f.html )とも重複しますが、「脱却に向けての第一歩」についてもまとめていますので、あげておきます。

2017年6月15日 (木)

コメントの投稿についての注意とお願い

コメントの投稿は、私の書いた記事に関して、参考となる事実や情報の提示、質問や疑問などによって、私もそれに対する応答として、記事の内容を補足したり、敷衍したりできるので、基本的には有り難く受け止めております。現に、これまでこういうことが多くありました。

ただ、もともとほとんど読まれていなかった私のブログも、ある程度「読まれる」-というより「知られる」と表現した方がいいでしょうが-ようになったせいか、こちらの意図しない、受けつけ難いコメントも増えて来ています。

これは、-それでも相当抑制しているつもりですが-、私の記事が、特定の人たちに、反感を買うような内容も多くなっていることも原因のひとつでしょう。しかし、それがために記事の内容を曲げるようなことは、したくありません。

そのようなことから、また、ブログに関わる時間もかなり限られてきたこともあり、記事『ブログ記事の更新とコメントについて』(http://tiem.cocolog-nifty.com/blog/2016/10/post-22cd.html)で述べたように、コメントは承認制にさせてもらいました。

その後、承認しないコメントについては、その都度、こういう趣旨のコメントがあった旨を記して、その理由を示してきたつもりです。しかし、今後はそういうこともせずに、ここで改めて、「コメントの投稿についての注意とお願い」を述べておくことで、それを踏まえないようなコメントは、承認しないあるいは削除することがあるということで、対処させて頂きたいと思います

といっても、私にすれば、本当に最低限のことと思われることのみをあげているつもりです。

1 名前は、二文字以上の、一応とも「名前」として通りそうなものを記入してください。そして、私のブログに関する限り、その名前を変えることはしないでください(条件によって難しい人もいるでしょうが、できれば、IPアドレスも)。

もちろん、こうしたからと言って、「匿名」であることに何ら変わりはないわけですが、一応とも、人に向かって、自分の意思や意見を表明するわけですから、その発言主体としての最低限の自覚はもってもらう趣旨です。

また、最近は、職業的なアノニマス(これはすぐ分かります)ではなくて、ある程度ある分野について詳しいと自負する者をみつけて、その分野に関わるブログなどに書き込みをさせて、妨害的な影響を与えようとする「雇われアノニマス」も増えていると見受けられます。これは、そのような疑いをもたれないためでもあります。

2 コメントする以上は、最低限そのコメントをする記事の内容ぐらいは読んでからにしてください。(これは、その記事と関係のない内容の投稿はしないでください、という趣旨を含みます。)また、何かしら評価や批判めいたことを述べる場合は、その記事だけでなく、その評価や批判に関連する記事ぐらいは読んでからにしてください。

これは、マナーとかの問題ではなくて、そのコメントをまっとうにとりあげる前提問題として、当然のことと私は解します。逆に、そのように私の記事内容をちゃんと踏まえたうえでの批判などには、私はできる限り、正面からとりあげて対処したいと思っています。(ただし、こっぴどく反論されたり、けなされたりすることはあるかもしれませんので、あしからず(笑))

また、たとえばシュタイナーなど、誰かがこういうことを言っているなどの情報の提示も、前の記事を読めば、既にそれに関することが十分述べられていて、あえてする必要もないものが多々見受けられますから、一応の確認はしてからにしてください。

私のブログ記事もかなり多数にのぼることになり、前の記事をみるといっても、関連する記事を探すのも大変になってきているのはあると思います。しかし、一応とも、そのようなことを意識されたものかどうかは、コメントを見ればすぐ分かりますので、ある程度そのようなことを意識したうえでの投稿をお願いします。

なお、全体を分かりやすくまとめ直したホームページを企画しているのも、できる限り全体を分かりやすく俯瞰できるものを提供したいという趣旨ですし、また、近いうちに、ブログの個々の記事がどのように全体と関連するかの、体系付けのようなこともしておきたいと思っています。

3 当然のことながら、特定の組織や集団、宗教的、政治的な信条、商業的な商品などの宣伝を意図したものは、受けつけしません。

以上、これだけです。それでも、何か、急に敷居が高くなったと感じ、反感を感じる人もいるでしょうが、投稿する側からしても、下手にコメントをしてから削除などされるよりも、予め、注意を促されておいた方が、望ましいかと思われます。

どうかご理解のうえ、コメントの投稿をお願いします。

2016年10月10日 (月)

ブログ記事の更新とコメントについて

次のブログ記事では、「物質と意識の関係」についての一連の記事のまとめをしておこうと思う。それで、とりあえず一段落つくので、前に話していた、「統合失調」及び精神医学関連の記事を、ホームページに分かりやすくまとめ直すことにとりかかりたいと思う。

ブログの記事の更新も、もちろんしていくつもりですが、今後は、多分月1度くらいの頻度になると思います。

また、コメントは、これまでも、事後承認のようなところがありましたが、今後は、ブログをみる機会も減ることもあり、承認制にさせてもらうことにします。了承下さい。

2016年3月 7日 (月)

次回の記事について

「霊的なもの」との関係での、「宇宙人」や「宇宙人の技術」についての記事は、これからの時代にとっての、重要性に鑑み、当初考えていたよりも、詳しくやることにしました。本なども読みたいものがあるので、記事の投稿には、今しばらくかかることになります。

とはいえ、既に概要は、これまでの記事で述べていることですので、興味のある人は、次の記事などを、読んでいてもらえると、有り難いです。

「 「公開プロジェクト摘要書」について 」(http://tiem.cocolog-nifty.com/blog/2012/09/post-2f57.html)
「 「人間の支配層の陰謀」と「地球外存在」の影響 」(http://tiem.cocolog-nifty.com/blog/2012/09/post-9948.html
「「プレアデス+」と「創造神」「捕食者」 」(http://tiem.cocolog-nifty.com/blog/2013/07/post-d8e8.html
「「モルゲロン病」」(http://tiem.cocolog-nifty.com/blog/2012/10/post-52f0.html)

このブログの記事は、多少「マニアック」になっていく傾向にあります。「狂気」ないし「統合失調」については、現在、ホームペーシに改めてまとめ直すことを考えていて、基本的なことは、そちらで述べ直そうと思っています。

もちろん、このブログ記事でも、最初の方では、「狂気」ないし「統合失調」について、基本的なことから詳しく説き起こしていますし、今後も、「狂気」ないし「統合失調」関連のことも、述べていくつもりではいます。

2016年1月13日 (水)

2015年 ぺージビュー数ベスト5

大分前に、本ブログ記事の、ぺージビュー数ベスト5を載せたことがあった(http://tiem.cocolog-nifty.com/blog/2014/06/post-13da.html)。今回は、2015年全体での、ぺージビュー数ベスト5位を紹介してみたい。

1 「集団ストーカー」という厄介な問題
http://tiem.cocolog-nifty.com/blog/2014/09/post-9e9f.html

2  幻聴の「声」と「テレパシー」
http://tiem.cocolog-nifty.com/blog/2005/11/post-ea5f.html

3  「次元降下」して地球に生きる「金星人」
http://tiem.cocolog-nifty.com/blog/2014/05/post-873a.html

4 「 統合失調症」という「アイデンティティ」
http://tiem.cocolog-nifty.com/blog/2015/02/post-faec.html

5 「人格解離」
http://tiem.cocolog-nifty.com/blog/2011/05/post-5f44.html

1位は、「集団ストーカー」の問題が、意外に多くの関心をもたれていることを物語っている。もっとも、これに関心を寄せるのは、一般の多くの者というよりも、自分自身が、「集団ストーカー」の被害者ではないかと、疑いを持つ者に多いのだろう。

ネット上には、「集団ストーカーの被害者」として、「集団ストーカー」なるものが、現実にあることを、もっともらしく訴えかけるサイトが多い。それらは、また、かなりの程度「類型化」されてもいる。それで、何らかの「関係妄想」を持ち始めた人はもちろん、周りの人の自分にする行動や態度に、不信感を持ち始めた人も、その「類型化」されたパターンに、自分の場合もあてはまる、と思ってしまったとしても、それほど不思議ではない状況になっているといえる。

引きこもりなどにより、社会との接点を失う人が増えていること、また、「無縁社会」ともいうように、互いに切り離された個人が、疎外感をもってばらばらに生活している状況も、このような「妄想」を助長する理由になっているだろう。

現代は、分裂気質の者ならずとも、「他者」あるいは、その集合である「集団」というものが、謎めいたものとなり、不気味な恐ろしさを、醸し出していると感じられる状況なのである。

この記事では、「集団ストーカー」について特に述べたが、もうひとつ「テクノロジー犯罪」なるものも、かなり「類型化」された形で示されており、統合失調との関わりも、より大きいものである。近いうちに、それをまた、とりあげるつもりである。

2位は、「声」を聞いてしまっている人には、必ず読んでほしい記事の一つで、私としてはうれしいものだ。「テレパシー」というのは、「声」を聞く人が、その「声」が、他者の現実の「物理的な声」そのものではないと気づいたときに、必ず可能性として考慮するはずのものである。それは、実際、特定の他者のものと区別し難いほどにリアルなものなので、当然の考えである。

しかし、この記事では、「テレパシー」と受け取ることは、実質上、他者の「物理的な声」そのものと受け取ることと、変わらないことであるのを強調している。結局は、特定の「他者」に、「声」を通して現れる「攻撃」や「意図」を、丸ごと委ねてしまっているからである。それでは、その者に対する、敵愾心や軋轢を、無闇に強めるだけである。

実際には、本当に、その者が恐怖を感じている対象は、そのような現実の他者には収まらない、「わけの分からない」要素であり、「人間を越える」と思われる要素のはずなのである。それは、そのままに受け取るべきであり、そこから、認識も開けてきて、対処の仕方も学ばれる可能性がある。それを、現実の他人(もちろん組織や集団にも)に、被せてしまうことでは、何も事態は解決しないのである。

また、たとえ、そこに、他人の「テレパシー」というものが、実際に入り込んでいたとしても、それを気にすることは、無意味であることも強調した。それは、その本人すら、知らない、「無意識」の事情により、たまたま発せられたものに過ぎないからである。あるいは、それは、他の存在により、仕掛けられたものである可能性もあるのである。

なお、この記事では、のめーるさんが多くのコメントを展開していて、ページビュー数が高いのは、その影響もあると思われる。

3位も、私としては、かなり意外であった。多分、私と同様、宇宙人といえば、太陽系外の惑星を想定していた人にとって、「金星人」というのはインパクトがあったのだろう。それも、単なるコンタクトストーリーなどではなく、本人自身が、この「アセンション」が叫ばれる時代に、「逆アセンション」(次元降下)し、地球人化して、生活をともにしているというのであるから。その後のオムネクは、あまり表に現れず、静かに生活しているようだが、多分、このような事実を伝えただけでも、十分のインパクトを残したと言えると思う。

ちなみに、ネットでは、この「逆アセンション」(「次元降下」)を、「ウォークイン」や「転生」と勘違いしている人も見受けられるが、これは、それらとは別もので、一種丸ごとの「物質化」なのである(「ウォークイン」や「転生」なら、それほど珍しいことではない)。ただ、その「物質化」の型として、実際に存在して、入れ替わるように死んだ地球人が象られているのと、一時的なものではなく、死ぬまで解けないものとして、実質、地球人の身体とほとんど変わらないものになっているということなのである。いずれにしても、特殊な事態であるのに変わりなく、そのインパクトももちろん大きいことだろう。

4位も、かなり意外なものである。これは、タイトルのままに、「統合失調症」と「アイデンティティ」という問題が、興味を引いたのか、具体的な記事の内容により、ページビュー数が高くなったのか、知りたいところである。

(「うつ」の場合は、それ以上に、「アイデンティティ」と結びつきやすいだろうが)一般には、忌避されそうな、「統合失調」の場合も、そう規定することが、不安定で、希薄な「アイデンティテイ」を補うことになって、むしろ好ましいものとして、欲される場合がある。そして、それが、治癒的な効果につながることがある、ということを述べた。あるいは、「統合失調状況」という、訳のわからない状況に宙ぶらりんになることは、オカルトじみた恐怖が実際伴うので、観念的に、それから離れられるという意味でも、「統合失調症」なる「病気」と捉えられる方が、まだしもである、ということもある。

また、後半では、ハウス加賀谷の場合について、少し詳しく述べているので、それが興味を引いたということがあるのかもしれない。

5位は、「解離」に間するもの。『人格解離』という本への興味ということもあろうが、前回も、『「解離性幻聴」との相違』http://tiem.cocolog-nifty.com/blog/2005/11/post-e7a3.html()が入っていて、今回も、6位であることを考えると、「解離」そのものについての興味が、相当高まっていることを思わせる。あるいは、「統合失調」と「解離」は、似たところが多いので、その違いに、現実的な興味を寄せる人も多いことであろう。

「統合失調」と「解離」の違いには、私も、様々な観点から注目してきた。基本は、「全体として、明らかにまとまりを欠く」「統合失調」と、個々の「人格」は、一通りのまとまりを有しているが、いくつかの「人格」に「分断」されてしまっている「解離」の違いである。聞く「声」も、明らかに「他者」として、自己の根底を脅かすほどに迫ってくるものと、他者的でありながら、どこか自己に近いものとして感じられるものとの違いがある。

いずれにしても、「自我」なるものが、不可分の、まとまりをもったものとしてあるのが、「正常」の状態で、どちらも、違った仕方での、そこからの逸脱として捉えられている。しかし、「統合失調」と「解離」の問題、あるいは、最近における、それらの増加は、「自我」なるものは、不可分の、まとまりをもったものというのは仮の姿でしかなく、本当は、まとまりを欠き、分断もされるのが、本来の姿かもしれないことを、暗示しているということもできる。そして、それらは、その「自我」の奥にあると想定される、「魂」や、その原初における「創造」の問題をも、浮かび上がらせるものとなる。このような問題は、これまでにも触れられて来たが、近いうちに、さらに踏み込んでみたい。

なお、『人格解離』という本自体は、「解離」でも、外的には完全に分離していない、「内在性解離」というものがとりあげられている。また、「憑依」との違いという、興味深い問題も、正面からとりあげられている。『症例X』という本とともに、この著者の本は、もっと読まれてしかるべきものと思う。

2015年9月19日 (土)

「 」について

私のブログの記事では、「 」が多く使われている。別に気にも留めない人も多いだろうが、中には、読んでいて気になる人、あるいはウザく思う人もいるかもしれない。

私自身、ときには、無意識に使っていることに気づくこともあり、あまり意図のはっきりしないものもあるかと思うが、一応、意味があって使っているので、今回は簡単にその説明をしておくことにしよう。

まず、これには、単純に、文字の連なりの、見た目に「変化」をつけて、読みやすくするという意図もあって、無意識で使っているような場合は、この意味合いになることが多いだろう。

しかし、実質的な意味としては、大体次の4つくらいの意味合いになるかと思う。

1つは、「いわゆる」という意味合いで一般的にこういう言い方がされるということを、特に言い表わしている。それは、一般にそのように言われていて、意味内容も、その言葉自体によって、ある程度規定されてしまうような場合に、その言葉を使わざるを得ないにしても、それは、一般に言われているままに使うのではないということを、特に注意したいときに多く使っている。

たとえば、「統合失調」とか「自閉」とかが典型的な例で、こういうのは、はっきり言って、「」抜きで使う気になどなれない。むしろ、このようなものは、「統合失調症」とか「自閉症」とかの言葉が、「実体」を作り出しているというべきもので、実際には、そんなものが存在するわけではないのに、そのような言葉を使うことで、あたかもその「実体」があるかのように、錯覚されてしまうような性質のものである。

しかし、既に、一般に、浸透してしまっているし、「症」を抜いて、「統合失調」とか「自閉」で使うなら、そのような、あるパターンを示す「現象」そのものは、一応あると言っていいものなので、「」つきでなら、使えるということで使っているのである。

「幻覚」や「妄想」も、やはり「」抜きで使うことは、できにくいものである。「幻覚」や「妄想」という「現象」そのものは、とりあえずあると言えるにしても、
その実質的意味内容は、明らかに、一般的または医学的なものとは違うものになるからである。

これらの場合ほど、はっきりしたものではなくとも、実は、一般に使われる言葉で、これに似たものは多いと言うべきである。ある「概念」というものは、その言葉が作られ、使用されることによって、現実の存在としてあらしめられてしまうことが多いということである。だから、厳密にそのようなことを気にすれば、ほとんどの言葉というものが、「」つきで使われなければならないことになる。

しかし、身のまわりにある、単なる物や、日常的な行いなどに、いちいちそんな「けち」をつけて、「」をつけるなどというのも、キリがないし、滑稽なことでもある。だから、それは、特に「意味内容」に注意したいときなど、自分なりに気になる範囲で、使っている。多分、「」の使い方で、一番多いのは、これになると思う。

次に2つは、逆に、あまり一般に使われない言葉を、特に意図して使ったり、あるいは、私が特にそのように呼ぶというものに、注意を促す意味合いで使う場合である。これには、特に説明はいらないであろう。

たとえば、「捕食者」とか「霊界の境域」などである。

次に3つは、「強調」や「注意の喚起」の意味合いで使っている。強調したい文章については、太字を使っているので、語や言葉の強調では、「」を使うことにしている。本では、文の上や横の点で示されるようなことである。

また、「注意の喚起」は、1や2とも重なる面があるが、ここでは、特定の意味内容など限定した意味合いでなくて、もっと一般的で軽い、注意の喚起である。

次に4つは、これも読みやすくするためと言えるが、言葉の意味をひとまとめにくくるような場合である。数学で言えば、(2+4)×5の ()の意味合いと同じものである、

たとえば、「幻覚や妄想は捕食者の影響によって起こる」という事実は、未だほとんど知られていない。などの使い方である。「事実」も、そんな言葉は、実体があるか怪しいので、一般的には、「」に入れたくなるが、この場合は、逆に、「ふつうに」事実なのだということで、「」に入れない方が、インパクトや逆説的な意味合いが強まっていいだろう(?)。

まあ、しかし、これらの意味合いというのは、あくまで、大体のことであって、別に厳密に使い分けているわけではないし、初めに言ったように、見た目としての読みやすさの意味合いも大きい。だから、読まれるうえでは、あまり気にはしないでもらっていい。

ただ、もし気になるようであれば、上のような意図もあることに心を留めてもらえば、より理解も深まることと思うし、私としては、ありがたいことである。

2015年5月 7日 (木)

『ブログの趣旨』の追加

新しく、新設ページとして、『ブログの趣旨』(http://tiem.cocolog-nifty.com/blog/shishi.html 右サイドバー最上部)を追加しましたので、どうぞ参照下さい。

特に、初めてこのブログをご覧になる方、どのような趣旨のブログなのか判じかねている方は、このページから読まれることによって、ある程度の目安がつくかと思います。強い違和感、拒否感のある方は、自分の感情に素直に従って、読むのは控えられた方が、よろしいかと思います。

なお、これまで、ときどき記事の最後に案内していた、全体の序論的、総論的な役割を果たす記事『総まとめ(旧「闇を超えて」より』も、その中に組み込んで、参照してもらうようにしています。

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