文化・芸術

2021年4月10日 (土)

「自ら望んで地球に生まれる」ということ

前回述べたように、地球では、物質的な「体」という、ある意味不便で、自由の利かないものを身にまとって生きることになる。その体を受け入れて、「大事」にするという意識を持つためには、そのような地球に、「自ら望んで生まれた」ということを、改めて自覚することも必要となるだろう。

地球にいて、地球上の人間や動物を中心にみている限り、「体」をまとうなどは、当たり前のこと過ぎて、特に意識することもないかもしれない。しかし、地球でも、目に見えない「霊的な存在」や「異次元的な存在」を体験するなどして、それらの存在が多くいることに思いを寄せれば、必ずしも、物質的な体があることが、生命として当然のことではないのが分かる。

さらに、この宇宙には、数限りなく宇宙的な生命があり、それらの多くが、「霊的な存在」や「異次元的な存在」と同様、必ずしも、体をまとうものではないことが分かると、むしろ、地球において、体をまとうという生命のあり方が、かなり特殊のものであることも分かって来る。

実際、宇宙人のアシュタールや、最近とりあげたシャーも言うように、宇宙からみれば、地球人というのは、物理的な次元に特化した、強度の制限を伴う、かなり特殊な存在である。だが、それは、そのような環境でこその体験をしたくて、自ら望んで生まれたのだという。

それは、金星から来たオムネクも言っていたように(記事『「次元降下」して地球に生きる「金星人」』参照)、宇宙(アストラル次元)では、望んだことはすぐ適うので、不便や苦悩はないが、反面退屈で、停滞しやすく、地球のような物質的な環境でこそ、体験できることも多くあることによっている。

「自ら望んで生まれる」ということでは、たとえば、池川明医師の、子供の中間生の記憶研究でもみられたように、子供が「親を選んで生まれた」ということを、はっきりと語るということがある(記事『「子どもが親を選ぶ」ということ』とその前の記事  参照)。

「親を選んで生まれる」ということは、ともあれ、地球に、体をもって生まれるということが前提となっていて、その中で、さらに自分なりの条件を選んで生まれる、ということを意味している。

ただし、記事でもみたように、その「選ぶ」ということは、主体的に明確な意志によるというより、何となくとか、周りの存在に促されるなど、かなり「適当」で「曖昧」な要素もあるようだった。

恐らく、それは、「自ら望んで地球に生まれる」という場合にも、言えることのはずである。そして、それは、「適当」とか「曖昧」どころか、もっと否定的に、「騙されて」、などという場合も、多いのではないかと思う。地球は捕食者的存在による搾取の星だから、その場合には、当然、捕食者的存在に騙される、ということになる。

いすれにしても、「自ら望んで生まれる」と言っても、その意志が明確でない場合や、たとえ、その段階では、明確だったとしても、実際に生まれてみると、それが予想とは違ったとか、完全に忘却してしまうことなどのため、そのことを意識することは、難しいものと思われる。

私も、記事『「地獄」「監獄」としての「幼稚園」』で述べたように、その頃には既に、地球に生まれてしまったことの、違和感というか、多分、予想とあまりに違った(酷すぎた)ための後悔のようなもので、もはや、そこから(「体」からでもある)離れて、「帰りたい」という気持ちを持っていたようである。違うところから来たことを意識しているわけではないので、「帰りたい」と意識するわけではないが、感じとしては、それに近いものがあったのである。

それは、常に意識していたというわけではないし、楽しいことも結構あったのだが、その後もずっと持ち続け、10代の後半から20代位には、かなり強いものになっていた。

そして、その思いは、「死」への関心ということに、つながっていたようである。ただし、単純に「死にたい」と思うのではなくて、「死の先にあるもの」への関心というか、死によって起こることへの関心である。それは、「死後の世界」への関心であると同時に、もっと虚無的な意味合いも含まれていて、自分という、個としての意識から解放されたい(解体されたい)という思いも強力にあった。

フロイトは、「タナトス(死への欲動)」ということを言い、それは、「無機物にまで解体されたい」という根源的な欲求としていたが、まさにそれに近い。

私は、10代の後半の頃、バイクで、タクシーと衝突し、死んでいてもおかしくない事故をやってしまった(実際には、膝に軽いけがをするだけで済んだのだが、これも、最終的に、自分が選択したのが分かる)のだが、それにも、そのような「タナトス」的な意識が影響していたことが分かる。

私の前半生は、その思いに、かなり強くとりつかれていて、それが、自分の人生を大きく導いたとしか言いようがない。

そして、このブログで一連の体験として述べた、「統合失調」体験にも、その意識は強く働いていたのである。というより、ある意味で、この体験こそ、タナトス的な意識が導いた事態の集大成というべきものである。ブログ記事でも述べたように、それは、「死の体験」そのものというべき体験で、「死」の要素に大きく彩られていた。それは、「死後の世界」ではなく、「死そのもの」へと深く入っていく体験であり、実際、自分という「個の意識の解体」ということに関わるものだったのである。

そして、それは、最終的に「虚無」または「闇」との遭遇に行き着いたが、それこそ、「死そのもの」の最深部に潜んでいるものということだったのである。私の、否定的な意味合いの強い、「死への関心」は、結局は、「虚無」ないし「闇」への通路のようなもので、それを体験することに向けられていた。そして、実際にそれを招き寄せたのである。

何が言いたいかというと、私のこれらの体験は、まさに、自らが「それを体験すべく自ら望んだもの」ということである。「統合失調」体験、さらに「死そのもの」へと深く入っていく体験などは、「物質的な体」という制限があり、明確に「死」ということのあるところ、しかも地球のように、捕食者的な「闇」の支配しているところでしか、体験しようのないことである。

だから、私は、それらの体験を通して、最終的に「虚無」または「闇」を体験すべく、「自ら望んで地球に生まれた」としか言いようがないのである。

もちろん、これは、あくまで私の場合である。「物質的な体」という制限のあるところでしか体験できないことは、他にもいろいろあるし、多くの人は、単純にその体験を楽しみたいと思って来たのであろうから、このような、かなり特殊なことを望むのは、珍しいことだろう。

それに、私も、これが唯一の望みというわけではなく、結構「欲深く」いろいろ体験したくて来たようであるから、この体験で全ての望みを達したわけではない。

ただ、私の前半生は、このメインとなる望みに集約化する形で進んで行って、それは結果として、目論み通り達せられたということは言える。だから、ある意味で、それ以後の「生」は「余生」のようなものだが、それはそれで、しっかり楽しもうというのが、最近の思いである。

かつては、この「余生」というような思いのために、(地球上での)「生」(従って、「体」というものでもある)を、軽んじる傾向につながっていた面もある。「自ら望んで地球に生まれた」ことの自覚が薄まっていたというか、多少、限定して捉え過ぎていたのである。

しかし、「地球に生きることの面白さ」は、これからが本番ということも言える。

たとえば、もし、地球が、この先、私が生きている間に、「アセンション」などとも言われるが、「霊化」する事態を肌で感じるほどに体験できるなら、それは申し分のないことである。シュタイナーは、「地球という物質的な世界」に生まれることの意義は、霊的な世界では行き詰ってしまった、更なる「霊的な進化」をすることにある、と言っていたが、実際に、その一部を目の当たりにできることなのだから。

ともあれ、最近は、このように、私も、「自ら望んで地球に生まれた」ことを、はっきりと自覚するが、それを本当に自覚できたのは、割と最近になってからなのである。

「虚無」または「闇」の体験をするまでは、「自ら望んで地球に生まれた」など、あり得るわけもないことで、あるいは、もしそうだとしても、それは「勘違いによる失敗」のようなことでしかあり得なかった。

「虚無」または「闇」の体験をしてからも、それがすぐに自覚されたというわけではないし、むしろ、その体験と地球で普通に生きることとのギャップが大き過ぎて、(もはや「タナトス」的な思いはなくなっていたが)、その後の生き方に、多少吹っ切れなさをもたらしたようである。

しかし、最近になって、「自ら望んで地球に生まれた」ことの自覚が、いかに重要かということを、改めて感じるようになったのである。アシュタールやシャーのような宇宙人が、チャネリングを介して、そのような意識を改めて喚起してくれたとも言える。

ただし、繰り返すが、私ならずとも、地球という、「闇」の支配する、生きにくい環境の中で、これを自覚することは、やはり、大変なことには違いない。特に、物事に追われて、余裕のない、若いうちは、とてもできにくいことだろう。

適当に「遊ぶ」くらいの感じで来た人は、いいかもしれないが、特に、「騙されて」来た人などは、「自ら望んだ」などと言っても、納得しかねておかしくない。

ただし、たとえ「騙された」のだとしても、そこに、自ら「望んだ」からこそという要素が入っていることも、確かなことである。だから、少なくとも、地球にいる間には、その「自ら望んだ」要素を顧みて、それに沿う方向で、積極的に生きるしかないはずなのである。また、その「騙された」という体験は、教訓として、その次の選択には、生かされて来るはずのことである。

 

2021年3月27日 (土)

「体を大事にする」ということ

よく病気の人などに向かって、「(体を)お大事に」などど言うことが挨拶として行われる。しかし、この「体を大事にする」ということが、実際にはどういうことなのか、改めて問われるということはほとんどない。

あるいは、たとえ病気のときだけ、「大事」にしたとしても、普段粗末にしているなら、また病気になることが、目にみえている。

私も、若い頃というより、かなり最近まで、普段「体を大事にする」などということは、ほとんど考えないでいた。「体」とは、要するに自分のものなので、自分がどう扱おうと勝手だという意識があったし、それで特に問題も感じないでいた。

また、私は、「霊的なもの」を意識し出してからは、むしろ、物質的な「体」というものは、軽視する傾向にあり、それは、即、体を粗末にするということにつながっていた。「体」は本質ではないから、「霊的なもの」を意識していれば、特に重視する必要はないというような感覚を、スピリチュアル傾向の人は持ってしまいやすいのだ。

しかし、最近は、年のせいもあって、かつてのように思うように体が動かないことを意識することも多くなった。激痛を伴う、通風のようなこともやってしまった。また、「物質的なもの」への視点も、かつてとは変わり、「霊的なもの」とは別に、「体」には独自の意義があり、それにはそれで、敬意を払うというような意識も持つようになった。

それで、私は最近、割と、普段の食にも、体の健康維持にも、結構気を配るようにはなっている。それが、まさに「大事」なことであるのも自覚する。最近は、病らしい病気は全然していない。

ところで、これまでにも何度かとりあげた、「大日月地神示」には、「体」の意味と、「体を大事にする」ということについての神示もあったので、とりあげてみよう。

2020.9.24 続大日月地神示より (https://ja-jp.facebook.com/groups/kamihito.hihumi/ )

「御身体、地の大神さまの分身でありますのじゃぞ。人民、お貸し頂いて生きておりますのじゃ。日々、御身体に地の大神さまに御礼申すのが、真の教えでありますぞ。
御身体に、毒入れるでないぞ。生命の設計図、書き換えるでないぞ。貴き仕組み、穢すでないのぞ。
人が人で無くなってしまいて、みな狂いますぞ。」


「地の大神さまの分身」というのは、大仰に聞こえるかもしれないが、要は、「地球の分身」ということだ。

「体には、体独自の意義がある」と言ったが、それは本当に、我々の意識と協同しながら、あるいは、ほとんどそれとは別に、独自に働いてくれる、驚くべきシステムである。まさに、「貴き仕組み」である。

しかし、体のシステムは、驚くべきものである反面、環境や我々の意識の影響を受けて、無理や障害の起こりやすいものでもある。まさに「穢され」やすいのである。だから、「大事にする」ということが、必要になるのでもある。      

そして、そのようなシステムとして典型的なのが、(体に備わった)自然の免疫システムであろう。感染症などに対抗するのも、普段から、この自然の免疫システムを高めておくのが基本となるはずである。直接(自然の免疫システムをくぐって)病原となるものを注入して、無理やり抗体を作らせるワクチンなどは、むしろ、この自然の免疫システムを阻害するものといえる。

「御身体に、毒入れるでないぞ。生命の設計図、書き換えるでないぞ。」とは、まさに、最近の、遺伝子書き換え新型コロナワクチンについて言っているかのようである。「人が人で無くなってしまいて、みな狂います」という。まさに最近述べた、「人間ロボット化計画」そのままである。

体は、ちょっとケガや病気をすると、思うように動けず、痛みや不快もあり、不便に思うこともあるが、それは体の言うことを聞かず、無理をかけて来たこと、大事にしなかったことの、当然のツケでもあろう。

ただ、そのような意識を本当に持つためには、我々が、体というもののある地球に、(自ら望んで)生まれたということを、改めて自覚することも必要となるはずである。

それについては、次回述べようと思う。

2021年2月 6日 (土)

支配層の今後に向けてのワクチンの利用価値

前回は、支配層にとっての、ワクチンの「利用価値」には、次の3つの面があることを明かにした。

1  人体、精神、さらに霊的な面も含めた、「人間の弱体化」=「精神薬」の延長上にあるもの
2  人体に「異物」を挿入することの慣例化、抵抗の削減=将来的に、チップや人工臓器など、情報管理や操作の可能な技術と結びついた物質を挿入させるための、伏線(「人間のロボット化」)
3  宇宙人の技術による、超科学的な、支配-操作の可能性

1については前回述べたので、今回は、2と3について、述べることにする。

まずは、2について。

ワクチンは、「毒」であり、「異物」であるものだが、特定の病原に対して、抗体を作り、免疫を獲得できるということで、人体に注入することが正当化される。感染症に対する恐怖が蔓延するほど、その需要も高まる。

そのような「異物」を体内に入れることには、本来、抵抗もある。しかし、それが、必要なことということで、「慣例化」すると、ワクチンに限らず、人体に「異物」を入れるということ自体への抵抗も薄れて来る。

将来的には、ワクチンに限らず、チップ、人工臓器その他、人体に入れることで、「便宜」が図られる技術がいろいろと発展して来る。「便宜」というのは、表向き、それを入れる本人にとってということが強調される。しかし、実際には、それを通して、その人物に関する情報を一元的に管理し、さらに外から操作することも可能になる、支配層にとってのものである。

チップについては、既に、マイクロレベルの超小型のものが開発され、家畜用のものや人間用のものも、実用化されている。現在、世界レベルで、オンライン化、デジタル化の波は進み、日本政府もそれに力を入れることが、公言されている。当分は、パンコンやスマホを通して、そのような情報管理が、徹底されるだろうが、それらが、繁雑で、不便になれば、いずれ、チップにそれらを一元的に集約し、人体に入れることで、便宜が図られるということになって来る。

ワクチンによって、異物の挿入が慣例化していれば、そのときには、それに対する抵抗も薄れて来る、ということである。そればかりか、それがかなりの人に広まれば、人々は、自ら望んで、チップを挿入することを受け入れるようにもなる。

ワクチンについては、感染症に対する恐怖が蔓延すれば、社会的な意味で、ワクチンを打ったということの「証明」も重視されるようになって来る。その証明がなければ、公的な施設に入ることや、店で買い物もできなくなるということも考えられる。そして、その証明も、デジタル化されるとともに、常に身にしている必要があるので、チップとして人体に入れることで、便宜が図られるということにもなる。

チップは、その人物に関する様々な情報を、外から読む(あるいは中から発信する)ことが可能となるばかりか、外から、そのチップを通して、人体や脳に働きかけて、行動や思考、感情を操作することも見込まれるものである(1)。現時点では、そこまでの技術があるとは思えないが、将来的には、十分可能性があると言わねばならない。もちろん、セキュリティは重視され、「安全」は謳われるだろうが、そんなものは、いくらでも、くぐられる可能性がある。

さらに、人体の様々な臓器については、老朽化せず、高度の機能が保てる、人工臓器の開発が進んで来る。もともと臓器に病気のある人ばかりか、健康な人でも、そのような人工臓器に魅力を感じる人が増えて来る。そのような人工臓器も、今後は、チップ同様、抵抗なく受け入れられるようになって来る。その人工臓器にも、当然チップは詰め込まれるから、外部からの情報の読み込みや操作に利用できるものとなる。

さらに、様々な、臓器がそのように人工化すれば、いずれは、脳そのものもそのような人工化の対象となり得る。そうなれば、もはや、人間という生命体としての自然な機能などは失われ、新たに作り直された、ロボット、あるいは、サイボーグのごときものとなる。それは、一見、便宜なようで、支配層によって、いいように操作できる、ロボット、あるいはサイボーグということである。

支配層としては、恐らく、このようなことを、将来的に目論んでいて、今回のコロナ騒動も、ワクチンの慣例化に向けての大きな一歩として、演出したものと思われる。

これは、決して、実現の望みの薄い、非現実的な発想ではなく、非常に現実的で、着実に事を進めて行く方向での、企みである。そして、「支配層」の中でも、「人間の支配層」の多くが、現実に、そのシステムを技術的に利用できる方向でのものである。

恐らく、このようなことが、第一次的な路線として、企図されていると思われるのである。

このような方向性については、大枠で重なることを、内海医師も述べている(https://www.youtube.com/watch?v=lI5Y3_gp5xg 参照)し、宇宙人のさくやさんも述べている(https://www.youtube.com/watch?v=8TYKIzi1ZCA&feature=emb_title 参照)。

しかし、「支配層」でも、最上部の「捕食者」あるいは「宇宙人」、また、人間でも、特に過激な者たちは、上のような着実なやり方でなく、今回のコロナ騒動という絶好の機会に、多くのことを一気に成し遂げたいと考えていると思われるのである。言い換えれば、人間が、彼らの支配を脱する可能性を強く危惧する者(存在)たちであり、それだけ切羽詰まっているということである。

そこで、これは、上の3、「宇宙人の技術による、超科学的な、支配-操作の可能性」につながって来る。これを、一気に成し遂げるために、「地球上の技術を超えた技術」、あるいは、「宇宙人の技術」との結びつきのうえに、なされるものとなって来るということである。

「宇宙人の技術」については、記事『「宇宙人」と「宇宙人の技術」』で大枠を述べている。また、たとえばHAARPの延長上にあるような、電磁的技術を利用しての、マインドコントロール装置については、記事『観念の問い直し 3-戦略の理解と対処法』で述べた。

今回問題にしている、チップを通しての情報管理と操作という点でも、これらの技術と結びついてなされ得るし、チップの性能や、情報管理の仕方、外部からの操作の仕方が、現在の地球上のものより格段に優れたものというのを想定できる。たとえば、チップ自体、マイクロレベルを超えた、ナノレベルの「見えない」もので、とてもチップとしてみつけることの難しいものということである。

この、宇宙人の技術による、チップを通しての情報管理と操作については、何度かとりあげた、チャネラー、A・ジョルジェ・C・Rが次のように言っている。(『令和元年からの「地球:人類」』より)

「今まで地球外生命体は、人類の不安定なスピリチュアリティを利用し、人々のメンタルをコントロールしてきましたが、それだけでは満足しない時がやってきました。現在、人類のクローン化計画を実行に移しつつあります。
 そのため、アメリカなどの国々でチップが生産されるようになりました。それらのチップはあなた方をコントロールし、クローン化を推進する以外の何ものでもありません。チップの中にはあなた方の寿命も存在しています。
 チップを自分の体内に入れた瞬間から、自分の寿命、自分が肉体を失うまでどうなるのか、どんな問題があるのかなど決定をゆだねることになります。そして、肉体を失えば、自動的にクローンの世界へ移行していくことになるでしょう。クローンの世界とは、地球外生命体が働いているラボラトリー(実験施設)の世界です。」

「彼らは、ロボット化に向けてあなた方が考えないように、意識がないように、エモーションが発現しないように、スピリチュアリティに触れないように、チップの全ての記録に対して指令を出しています。そのため、あなた方の技術者を通して、人類の望む「便利」を全て小さな機器の中に集中させているのです。
 体内にチップを受け取った週間からクローンになったも同然の条件下に置かれます。あなた方の情報は地球外生命体の世界で共有されるようになるからです。」

ただし、これについては、現段階で一気に実施しようとしたとしても、どの程度有効利用できるものなのか、疑問も多くある。どれほどの精度となり得るかという点とともに、たとえ、宇宙人がこのような技術を施したとしても、支配層の人間がそれを使いこなせるはずのないものである(地球製UFO等、その他の宇宙起源の技術についてもそれは言える)。だから、その利用価値は、将来の発展を見込んだ、上の着実な路線と比べても、かなり限定的なものとなるはずなのである。

たとえば、今回のコロナワクチンでチップを挿入することは考えられるが、それが直ちに、支配の装置として利用可能となるものとは思えない。だから、それは、「先行的」に入れるということになるばすである。あるいは、「捕食者」が特に好むように、「象徴的な意味」として、あるいは一種の「宣言」として、挿入するということになる。現在、チップが家畜動物に利用されているように、「お前らは、家畜なのだ」という意味ないし宣言としてである。

また、記事『観念の問い直し 3-戦略の理解と対処法』でも述べたように、このような情報管理や、操作の絡む技術は、単純に物理的な作用なのではなく、我々の意識のあり様に左右されるので、我々の意識がしっかりしていれば、そう大きな影響は受けないとも考えられる。

上に引用したように、(霊的な能力による操作の)そのような曖昧さを嫌う(2)からこそ、より物理的な方向に近づけた技術で、補強しようとするのだろうが、それにしても、本来、意識の影響を受けることには変わりないのである。

A・ジョルジェ・C・Rも、次のように言っている。

「そのプロジェクトに陥ることがないようにするには、スビリチュアルレベルの高まりが必要です。自分の心、感情やエモーションを豊かにすることに注意を向け、その小さな機器に決してコントロールされることがないようにしてください。」

いずれにしても、このような「宇宙人の技術」絡みの操作には、我々としては、技術レベルでの対応はできないに等しく、意識面でのあり様で対抗するしか手立てはないのである。

それに対し、2のような、人間の支配層が利用可能となる、現実レベルの路線での企図には、我々も、現実レベルでしっかり対応する必要がある。ワクチンや各種化学物質、デジタル的な情報機器についての知識をちゃんと持ったうえで、それらをどのように避けるかということを、考える必要があるのである。

 

1  この点についても、前にもとりあげたシリウス系のチャネラー、パトリシア・コーリの述べていることをあげておく。(『あなたはいまスターシードとして目覚める』より)

半導体を人直接人間の神経回路網に移植することを含むコンピュータバイオニクス的現実が、あなた方を待ち受けているのです。これは現在政府お抱えの科学者たちによって「検査」として実行されていますが、その技術はすでに諜報機関の研究室で完成されており、すぐに一般人の間にも普及するでしょう。このロボット利用技術には、神経線維の束をとらえるために電磁ワイヤー束を移植することが含まれています。

それはいったん配置されると、人間の神経系からのありとあらゆるメッセージを受け取り、それらを解読し、暗号化し、監視し、―さらには作動させるために、中央コンピュータシステムに送るようにプログラムできるのです。

2  但し、反面で、そのような能力による操作は、意識が巻き込まれれば、より強力で抜け出し難い影響を与え得る。それは、物理的な技術によるものの比ではない。その典型が、統合失調状況である。

2021年1月26日 (火)

支配層にとってのワクチンの意味

支配層にとっての「精神医療」や「精神薬」の意味については、記事『「支配層」と「精神医学」「製薬会社」の結びつき』等で、かなり詳しく述べた。ワクチンについても、何度か触れたが、この機会に改めて述べることにする。

支配層にとって、ワクチンは、とりあえず、「精神薬」の延長上にあるものである。しかし、そもそも、ワクチンとは、人の体内に、「毒」であり、「異物」であるものを、正当に、さらには、望まれて、「注入」できるものである。それには、明らかに、精神薬以上の「うまみ」がある。端的に言えば、支配層にとっては、ワクチンほど「おいしい」ものはなく、「使える」ものはないのである。

コロナ騒動により、現在、これだけ世界規模で、ワクチンの需要が高まっていて、義務化、強制化が正当化できる流れであることからも、それは分かるはずである。(1)

支配層にとっては、もちろん、「精神医療」や「精神薬」も、記事で述べたように、使えるものだがらこそ、目をつけ、力を入れたのである。しかし、もともと、あるいは、最近は特に、かなりの人にとって、疑いの目も向けられている。

ところが、ワクチンとなると、一種の「信仰」があり、必要性や期待の思いが、相当に強いのである。

さらに、「精神医療」や「精神薬」は、あくまで、「精神疾患」、あるいは、少なくとも、「精神的な不調」ということがあって、初めて使えるものである。この、「精神疾患」なるものは、いくらも拡張できるし、「精神的な不調」なるものも、いかようにも、「作り出され」得るものである。しかし、通常の健康の人までを、巻き込むのは、無理なのである。

ところが、ワクチンは、感染症の予防のためということで、多くの健康の人こそを、対象にできる。それは、人からうつる恐怖、人にうつす恐怖があればあるほど、広く必要性を訴え、正当化できる。

実際の効果がどうというよりも、それを打ったという事実そのものが、「対応策」をとったという意味で、安心をもたらす面も大きい(実際、そのプラシーボ効果も相当あると解される)。さらに、それは、世間に向けて、「やるべきこと」をやったことの証しとして、アピールできるという意味での安心をもたらす面も、大きいのである。

前に触れたが、私も、小学校のとき、学校の先生が、急に、ワクチンの仕組みと必要性について、妙に力を入れて、説明したことがあったのを覚えている。内容は、ウイルスから作られる、ワクチンによって、それに対応する抗体が作られ、免疫が獲得されるという、いわゆる「抗原-抗体反応」の簡単な説明だった。が、普段の授業では、自分で信じているのかどうかも分からないような、適当でとうでもいいような感じで、教えているのに、このときばかりは、本当に、力がこもっていて、明瞭に教えていたので、印象に残り、よく覚えているのである。

私も、かなりの説得力を感じ、多少とも衝撃を受けてしまった。

私の頃は、いくつかの予防接種が義務で、学校で行われたが、クラスの何人かは、接種後に倒れたり、不調になる人がいた。だから、予防接種の意味と必要性について、説明することを、上から指導されたのだと思う。その先生自身も、こればかりは、疑いないというほど、明瞭にその意義を信じているからこそ、そのような教え方になったと思われる。

いわゆる「抗原-抗体反応」というものは、「分かりやすい」ものだが、実際には、病原の体内への侵入経路が異なることや、ウイルスの遺伝子の変異の問題等により、効果があるのかどうか、疑わしいものである。さらに、病原のほかにも、混入される、補助剤や保存剤などは、人体や脳にとって、害毒となる可能性がある。

しかし、感染症に対する恐怖が蔓延するとき、そのような面に着目されることはほとんどなく、必要性や期待が、大きく上回るのである。多くの人が、好んで、自分から接種を望むことにもなる。

今回の、コロナ騒動も、世界規模で、このような流れが作り出されており、これだけ多くの人に、ワクチンを打てる機会というものは、そうはない。支配層にとって、この機会を利用しない手はないと思われるので、前回も触れたように、(先行的に)「チップ」のようなものを挿入することも、考えられるのである(この点については、次回にもう少し詳しく述べる予定)。

支配層にとっての、ワクチンの「利用価値」には、大きく、次の3つの面があると思う。

1  人体、精神、さらに霊的な面も含めた、全体としての、「人間の弱体化」=「精神薬」の延長上にあるもの
2  人体に「異物」を挿入することの慣例化、抵抗の削減=将来的に、チップや人工臓器など、情報管理や操作の可能な技術と結びついた物質を挿入させるための、伏線(「人間のロボット化」)
3  宇宙人の技術による、超科学的な、支配-操作の可能性

2,3は、次回以降に述べることにして、今回は、1の「「精神薬」の延長上にあるもの」について、もう少し述べる。

「精神薬」は、基本的に「麻薬」であり、一時的に精神的苦悩を感じさせない状態にすることがあっても、常用すれば、依存性を生み、思考、感情自体を荒廃させ、弱体化させることは、何度も述べた。

さらに、記事『身近に入り込んでいる「宇宙人の技術」』及び『チャネリング情報にみる薬の害毒と操作性 1』、『同2』では、チャネリング情報などもとりあげながら、精神薬は、ナノレベルの宇宙起源の技術も絡む、化学物質の混入により、さらに進んだ、「人間の弱体化」「クローン化」をもたらすことを述べた。

それは、単に、人体に対する害悪や、弱体化をもたらすだけでなく、エーテル体等の霊的人体、魂のレベルにまで作用するということである。それにより、人間の、より本質的な、「まるごとの弱体化」をもたらすとともに、精神的、霊的に、従順で、操作されやすくさせる。さらに、それらは、遺伝子レベルにまで作用し、子孫に受け継がれる形で、「クローン化」をもたらすのである。

ワクチンは、「麻薬」ではなく、依存性はないかもしれないが、様々な化学物質が混入され、精神薬と同様の効果をもたらし得る。先に見たように、補助剤、保存剤などは、それ自体、人体や脳の機能に害毒を与える可能性があるものである。

そして、それは、直接血液中に注入されるので、より強力な効果を及ぼす

ワクチンが、効果がないばかりか、様々な害毒をもたらすことについては、たとえば、内海医師のブログ記事にまとめられている。(http://touyoui.blog98.fc2.com/blog-entry-599.html )

また、ワクチンが、一時的には効果があったようでも、結局は害毒をもたらすことについては、前と同じチャネラーの情報をあげておく。(A・ジョルジェ・C・R『悟って<愛の波動へ>アセンション』より)

「注射による副作用は、内なるアセンションのプロセスを遅らせます。ウイルスと戦うためと言いますが、反対です。
医者自身知らない副作用のある薬、そのときだけの効果を考え、将来、頭や筋肉、神経系などに他の病を誘発するような薬を体内に注射します。国はワクチンを推進していますが、政府、製薬会社、病院が結託して動く国々の大きな誤りです。」

「ワクチンを打てば、ウイルスを拾わないだろうと喜んでいる人たちがいますが、間違っています。副作用のあるものを体内に入れれば、そのとき守ってくれるように感じます。しかし、時の経過の中で副作用の部分は「ウイルスのえさ」に変化します。ここに問題があります。

何らかの理由で免疫が下がった時、副作用のある物質を体内に注入していたために、体の中にウイルスを誘発します。そして、いつか薬が効かなくなる時が来ます。それは血管に直接入れた副作用物質によるものです。」 (2)

精神薬が、一時的には、精神的苦悩や不調を取り去る(紛らわす)ようにみえるが、結局は、より酷い効果をもたらすのと似たことが、ワクチンにも起こるということである。

さらに、先にみたとおり、ワクチンにも、精神薬や食品添加物の場合と同様に、霊的な面を含めた、まるごとの「弱体化」や「クローン化」の効果をもたらす、ナノレベルの添加物が混入され得る。それらの効果も、直接血液中に注入できる分、強力になるはずである。

さらに、私の視点からつけ加えると、ワクチンは、「毒をもって毒を制す」を地で行くいくもので、「毒」であることを大っぴらにしつつ、注入できるものであることに特徴がある。もちろん、抗原自体は、弱毒化され、または不活化されてはいるが、本来「毒」であることに変わりない。また、それを培養するのが、死んだ胎児の細胞だったり、ガの幼虫だったりと、「毒々しい」象徴的な意味に満ちている。それらは、本来「毒」であることを隠す必要もないことで、可能になっているものとも言える。

それらは、古来「呪術」にも利用されたもので、相手を「毒する」という呪術的な意図が、込められているかのようである。実際、それは、ワクチンが一種信仰の対象であることと、裏腹の関係にある。支配層というよりも、捕食者は、そうやって、人々の信仰の対象を「汚し」、「貶めつつ」、「利用する」ことを、ことのほか好む(喜ぶ)のである。

これまでも、様々な宗教的な教えや観念を、そのように貶めながら、利用することで、支配ー服従関係を築いて来た歴史がある。ワクチンについても、ある意味、それと同じこと、あるいは、より広く一般に広められるという意味で、より拡大されたことが、なされようとしているということである。

いずれにしても、ワクチンは、現時点においても、十分、現実的に、「危険」なものと言わざるを得ない。そして、支配層、捕食者の「意図」を示す、象徴的な意味にも満ちている。さらに、将来的には、より支配を徹底するための、伏線の意図が、込められていると言えるのだが、それについては次回述べることにする。

 

1 新型コロナワクチンは、病原そのものではなく、その遺伝子の一部を挿入するものだが、ここで述べることは基本当てはまるだけでなく、未知の要素が多く、生体の遺伝子に影響を与える可能性もある、より危険なものであることが明らかである。なお、新型コロナワクチンの危険性について、古谷医師にインタビューしたトカナの記事があるので、あげておく。(【必読】「新型コロナワクチンによってDNAが“いじられる”」「影響は未知数」医学博士で北里柴三郎の子孫が危機感表明!(渾身暴露インタビュー) (tocana.jp)

2 ワクチンに含まれる化学物質は、結局は、ウイルスのえさとなり、免疫が弱ったときに、かえって、ウイルスを呼び込んで病気をもたらすということだが、そもそもウイルスはどのように広まるのか、「ウイルスのえさ」とは何かについても、別のところに言及があるので、それも掲げておく。(『悟って<今ここで>アセンション』より)

「ウイルスは共振の法則により集まります。生き方、考え方、意識、感情、生活習慣などが関係します。彼らは人が良いエネルギーで振動しているか、良くないエネルギーで振動しているかが分かります。意識があり、とても賢いのです。彼らは、人が考えるように飛ぶ必要はありません。アストラル界、もしくはエーテル界から出現します。風も空気も必要ありません。

薬や添加物といった化学物質、甘いもの、動物性脂肪などは彼らの大好物です。波動が低いからです。そういったものはオーラや血液を汚し、胎内で毒素を作ります。彼らは毒素のエネルギーを食べます。毒素が多ければ多いほど、彼らにとっては天国です。エネルギーを多べるので、人体の良いエネルギーまで食べてしまいます。すると人は空っぽになり、もっともっと食べたくなります。彼らはそのようにしてエネルギーを吸収して、人の意識をコントロールします。」

ウイルスは、それ自体が物質的に移動して感染するのではなく、ウイルスを呼び込む土壌があるところに、見えない領域から「物質化」することによって、広まるということだ。が、これは、記事『「感染症」に対する恐怖とウイルス  』でとりあげた、シュタイナーの考えとも近い。そして、その「ウイルスを呼び込む土壌」こそ、「ウイルスのえさ」ということである。それは、各種化学物質や甘味料、動物性脂肪などが作り出す「毒素」であり、「波動の低い」ものであることが指摘されている。これは、物質的なものについて言われているが、シュタイナーの言うように、病者に対する「同情」(同調)や、前に指摘したように、「恐怖」や「不安」といった感情エネルギーも、当然、その土壌となると考えられる。

 

2020年11月 9日 (月)

元FBI特別捜査官の語る暴露話

元FBI特別捜査官ジョン・デソーザとシャランの対談本、『真実はここにある!』(VOICE)を読んだ。

デソーザは、ドラマ『X-ファイル』の主人公のモデルとなった人物で、実際に、FBIには、UFOや宇宙人関係、奇怪な超常現象などの事件を回されて来る部署があったという。デソーザはその部署で、特別捜査官をしていた者である。

そのデソーザの語る暴露話は、実際、ドラマ『X-ファイル』を超えるほどのもので、どれも興味深く、改めて、事態はここまで来ていることを確認できるものだった。

内容は、非常に多岐にわたるが、デソーザは、9・11事件の調査にも携わっている。あのとき、タワーに突入した旅客機については、丹念に調査しても、一切破片がみつからなかったという。それは、実際に突入していれば、あり得ないことなので、あの映像は、「ホログラム」だったとする説もある。しかし、デソーザは、旅客機自体は、明らかに存在していたもので、あの旅客機は、高度のテクノロジーにより、別の次元に転送されたのだという。

タワー自体は、他の方法で爆破されており、それも単なる爆弾ではなく、高度のテクノロジーである、ある種の液体が使われている。演出したのは、悪魔主義者である支配層の核「カバール」で、9・11という日付も、キリストの本当の生誕の日が選ばれている。実利的な効果を狙ったというよりも、彼らのエネルギー源となる、「恐怖の演出」という意味合いが強いという。

これに限らず、デソーザの話は、私の見方とも大方合致しており、共感できるものが多い。それは、デソーザ自身が、異次元的(霊的)な体験や宇宙人に関わる多くの体験があり、それらに関することが、自然と違和感なく、受け入れられているからでもある。

少年時代にも、UFOと宇宙人との遭遇体験があり、アブダクションされそうになった(但し、家族はされた)こともある。さらに、FBI時代にも、事件との関係で、様々な異次元的な体験をしたり、UFOや宇宙人についての様々な情報と接していて、こういったことが、日常と化しているごとくである。

UFOと宇宙人については、FBIの機密解除文書も公開されていて、その中には、「UFOと宇宙人は、宇宙からではなく、別次元から来る」という、科学者の考察が記されたものもある。(トカナの記事 https://tocana.jp/2017/02/post_12244_entry.html で扱われているので参照)

デソーザも基本、その線で考えているが、たとえば、ときたま話題になる、宇宙人のミイラなどとされるものは、宇宙人ではなく、地球ネイティブの超自然的な存在のものだとしている。イエティやビッグフット、あるいは、各種の精霊などの類いである。

恐らく、宇宙人は、異次元的な存在だとしても、地球起源の超自然的な存在とは区別する趣旨であり、この点も私と同じである。宇宙人は、異次元的な存在としても(物質的な意味での惑星そのものではないが)、宇宙起源の存在ではあり得るのである。

さらに、デソーザは、MIB(黒服の男)とも遭遇しており、それについても興味深い解釈をしている。MIBと接した人は、生命の欠けた、死人のような感じと報告することが多く、「人間とは思えない」奇妙な振る舞いをしたり、あるいは、ある話題には通じていても、誰でも知っている日常的な事柄については、全く知らなかったりする。

私も、当時は、ハイブリッドと思われた、「つきまとった存在」について、同様な感じを抱いたことは、最近の記事『「MIB」/「集スト」と「想念形態」 』でも述べていた。

それで、デソーザは(これは、ブッシュマン博士という彼のよく知る人の説でもあるのだが)、「MIBは、宇宙人が高度のテクノロジーで、死人を生き返らせて、ロボットのように操っている」ものと考えている。まさに、ゾンビである。まあ、その可能性もないわけではないが、この点は、私が、『ラー文書』を参照に述べたとおり、宇宙人の操る「想念形態(エレメンタル)」と解する方が、しっくり来るばすだ。

もう一つ、UFO関係では、私も記事でとりあげた、最近の、米国防総省による「海軍戦闘機によるUFO映像の公開」についても、言及している。UFOを肯定する人にとっては、むしろ意外なことだろうが、デソーザは、あの映像は、宇宙人のUFOではなく、カバールの所有する最新兵器のドローンなのだという。カバールは、敵意ある宇宙人の地球への襲来の演出を準備する(暗示的に予期させる)べく、この映像を公開したのだという。

私も、この映像については、UFOではないのではないか、という予感を持っていたので、可能性として十分あると思う。カバールは、本物のUFOのことは隠し続けつつ、暗に、UFOと見間違うほどの高度の技術を所有していることを、自己顕示的に示してもいるわけで、いかにも、彼らのやりそうなことではある。ただし、こういったことがなされるのも、UFOや宇宙人の存在が、徐々に隠し切れなくなっているからこそなのではある。

この他にも、カバールとそれに対抗するアライアンスとの抗争(トランプも一応アライアンスの側の人物とされる)のことや、カバールの世界に向けた戦争そのものである、新型コロナ騒動についてなど、現在進行形の問題についても、興味深い話がいろいろある。

しかし、デソーザは、こういった領域に限らず、話自体が面白く、全体を通して、興味深く読めるので、興味のある人は、ぜひ読んでみたらよいだろう。

2020年8月29日 (土)

「MIB」/「集スト」と「想念形態」

前に、記事『要は「非-人間的なもの」/「MIB」』及び『「MIB」のその後と「集団ストーカー」』で、「MIB」(黒服の男)と呼ばれる存在は、オリオン星人の物質化したもので、現在は、「集団ストーカー」的な仕掛けを行っている可能性があることを述べました。

また、記事『「ハイブリッド」と「集団ストーカー」』では、ネガティブな宇宙人と地球人のハイブリッドが、「集団ストーカー」的な仕掛けに利用されるという可能性について述べました。

これに関連して、最近読んだ『ラー文書』(ドン・エルキンズ他著 ナチュラルスピリット )というチャネリングものの本に、「黒服の男」について、興味深いことが述べられており、それに、より説得力を感じたので、これを紹介しつつ、「集団ストーカー」的な仕掛けについても、改めて考察してみたいと思います。

「ラー」という存在は、名前のとおり、地球の古代エジプト文明にも多くの影響を与えた、宇宙の集合意識体ですが、このチャネリングセッションはかなり古くて、1960年代から80年代のものです。

全体の内容は、他のチャネリングものと比較しても、十分頷ける内容であり、年代的に近いこともあってか、ジーナ・レイクのチャネルする存在とも近いものがあります。ただ、これも時代的な制約もあるのでしょうが、説明が、抽象的で、簡潔に過ぎるものも多くあります。

「黒服の男」ついても、簡明、簡潔に述べられているだけですが、次のように言われています。

「オリオンの活動家たちは、いわゆる彼らの命令を実行する二種類の存在を使っています。ひとつは想念形態的な存在で、もう一つはある種のロボットです。

「黒服の男」は想念形態タイプの存在ですが、実在するかのような性質をいくつか持ち合わせています。彼らには付与された特定の物質的特徴がありますが、彼らの本当の波動的性質の中に第三密度の波動的特徴はありません。それで彼らは必要に応じて物質化や非物質化ができるのです。」

「黒服の男」は、(ネガティブな)オリオン星人が直接物質化した存在ではなく、オリオン星人が使用する、「想念形態的な存在」ということですが、こちらの方が正しいと思います。

宇宙人が、直接物質化すること自体はありますが、「黒服の男」という、人間をからかう「ゲーム感覚」の行いに、わざわざ直接物質化するのは、不必要なことであり、リスクが高過ぎることでもあるでしょう。

「想念形態」(「エレメンタル」)については、私も、記事で何度か述べています(たとえば『「分裂病」と「エレメンタル」(生き霊)』、あるいは『オカルトの基本を学ぶ』の『「生き霊」と「想念形態(エレメンタル)」 』)が、要は、霊的な領域に存在せしめられた、想念の実体化した存在です。

「黒服の男」も、本来、この第三密度的(物質的)な現実に実体を有するものではなく、ただ、創出された「想念形態」が、物質的な領域に、投影され、物質化されたものに過ぎないということです。それが、背後で、創出した、オリオン星人自身に操られているのです。

私は、記事『「ハイブリッド」と「集団ストーカー」で、宇宙人とのハイブリッドと思わしき存在と遭遇したことを述べましたが、この存在も、むしろ、「黒服の男」と同様、「想念形態的な存在」と解した方がピッタリ来ます。

記事では、人間とは異質にしても、どこか「虚弱な雰囲気が漂う」と言いましだか、本当に、物理的な実体というには、現実味が欠けており、儚い存在という感じだったのです。私に意識させるべく、明らかに「つきまとい」ましたが、話しかけるなどの現実的な行為は行っていないことも、そう思わせる理由の一つです。

ハイブリッドであれば、「半分」は人間であり、物理的な実体という面があるのですから、もっと、強い現実味があったと思います。

「想念形態」というのも、生命的な実体をもつもので、本人から分離した意識をもつのではありますが、それは、本来の存在に比べると、やはり、希薄なものです。人間の場合、「生き霊」というのが、これに当たることは前に述べました。

このような「想念形態」も、対する者が、これに、感情的な反応をするなど、力を注ぎ込むと、力を得て、強力な存在性を発揮します。が、そうでなければ、さほど強い存在性をもちません(それ自体は大したことがなくとも、対する者の想像や恐怖に訴えかけることで、力を発揮するようになるという意味では、これもコロナウイルスなどと同様、捕食者好みの存在と言えます)。

生命のない、ただの「ホログラム」の投影というのとは、異なりますが、それに力を与えない限り、実質は、それとあまり違わないものと思ってもいいものです。

ただ、知覚的には、物質的な存在と同様に見えるのだし、その振る舞いの奇妙さ、つきまといなどの嫌がらせ、怖がらせを受ければ、(現実の人間によるものとして)恐れたり、怒りをもってしまっても、不思議はありません。「想念形態」というものにも、しっかりとした知識をもち、このようなものを、見抜いていけるようになることが重要です。

このような存在は、「集団ストーカー」の仕掛けとしても、かなり利用されていると解されます。

何度も言っているように、この現象の基本は、観念を信じ込むことでなされる、錯覚や誤認。そうでなくとも、人間の操作や偶然を超えた共時性の演出、あるいは、引き寄せ的な現象による場合が多いことに、違いはありません。しかし、想念形態の物質化ということなら、現実に存在するハイブリッドの利用より、容易にでき、しかも、より直接的に意のままに操作できるので、現実に仕掛けられるという場合は、より多く見込まれるのです。

ハイブリッドの利用ということで想定した場合より、かなり多くを見込めることは確かということです。

ただ、このような「想念形態」では、こちらが反応して、力を与えないと、大した効果を発揮できないことを考えると、これからの可能性としては、やはり、現実のハイブリッドの利用ということも、考えておかなくてはならないことだとは思います。(「ラー文書」のセッションの頃には、まだこのような可能性は現実化していなかったので、それについては述べられていないと思われます。)

2020年8月14日 (金)

バシャールのウイルスと免疫に関する言葉

前回、新型コロナウイルスは、「感染しても、症状に現れない場合が多く、現れても、かぜまたはインフルエンザ程度のもので、重症化するのは、高齢者か、もともと持病があったり、免疫力を弱らせている場合」だと述べました。

要するに、ウイルス自体が直接重い症状をもたらすというのではなく、何らかの理由で、既に免疫等の体の機能が弱っている場合に、そこをついて、それを拡大させることによって、大きな症状をもたらすような性質のものということです。

実は、大分前になりますが、宇宙存在のバシャールが、コロナウイルスということではなく、ウイルス一般の性質として、そのあたりのことを見事に説明することを述べていますので、それをあげてみます。(『未来人に教えてもらった病気の秘密』おのころ心平×バシャール著 Voice)

「ウイルスにはインテリジェンス(知性)があり、すでに免疫系を弱くしている要因となっているものの波動をまねします。いってみれば、元からある原因となっている原因にただ乗りしているのです。その結果、ウイルスは少ない労力で人の免疫系を抑圧し、そのことで体内のより多くのエリアに蔓延することができるのです。

だからこそ、何によって免疫系が弱っているのかを知る必要があります。たとえば毒素なのか、ストレスなのか、あるいはその複合なのか、あるいは別の理由なのかがわかると、逆に、身体にとって必要なものがわかります。すると、ウイルスはあまり効果を発揮できなくなります。」

繰り返しますが、新型コロナウイルスだけでなく、ウイルス一般にこのような性質があるということです。その意味では、新型ウイルスは、特殊なウイルスというよりも、本来のウイルスの性質、本質を、より露にしているウイルスということができると思います。

そして、このように、内部の元々弱まっている部分に働きかけて、それを増幅させ、拡大し、外に現すことによって、混乱や問題を起こさせるというあり方は、これまでみて来たとおり、まさに「捕食者」のあり様そのものです。その意味でも、ウイルスには、「捕食者との本質的類似性」があるといえます。

それは、ある意味で言うと、我々の気づかない内部の問題(原因)を、外に取り出すことによって、「見せてくれる」ものとも言えます。それに対処することができれば、捕食者にしても、ウイルスにしても、「あまり効果を発揮できなく」させることができるということです。

さらに、新型コロナウイルスでは、「サイトカインストーム」という免疫の暴走反応が引き起こされることが知られています。本来、侵入した異物を攻撃すべき免疫機構が、暴走し、自分自身の細胞を攻撃してしまう現象です。

バシャールは、さらに、これは、リウマチ等の自己免疫疾患について言われたものですが、この、ウイルスによる免疫の異常反応についても言えるはずのことで、注目すべきことを言っています。それを、あげてみます。

「自己の内側では自分自身に対する抵抗があるために、ウイルスやバクテリアという日和見的な病原体に抵抗するエネルギーが不足するのです。

自分が真実であると思い込んでいる観念を維持するためにエネルギーをたくさん使うので、自分の免疫系に回せるエネルギーの量が減り、その結果、免疫系が弱くなり、外の病原菌に対して弱くなるのです。」

「つまり。免疫系は、免疫系にエネルギーを送ってくれない<あなた>を攻撃して、<わたし(免疫系)>に必要なエネルギーが流れてくるようにしようとしているのです。

別の言い方をすると、<あなた>がものすごく調和に欠けた状態なので、<あなた>自信が病原体のようになってしまっているのです。しかも、どの病原体よりももっとも優先度の高い病原体と認識され、免疫系に攻撃されるのです。」

最後の、「免疫系に自分自身が<病原体>と認識されて、攻撃される」というのは、かなり衝撃的な言葉ですが、自己そのものが攻撃されるということに、「内部的な理由」があるとすれば、やはり、そういうことになるのでしょう。

これも、ウイルスそれ自体が引き起こしているというよりも、ウイルスが「内部的な原因」をついてくるということで、起こっているということがポイントです。

バシャールがあげているのは、「自分自身に対する抵抗」あるいは、それとも関連して、「自分が真実であると思い込んでいる観念を維持するためにエネルギーをたくさん使う」などの「不調和」の状態です。

最後に、病気または災害全般についても、バシャールらしく、ポジティブな意味を述べていますので、それもあげておきます。

「病気、あるいは災害を生き延びてきた人は、なんらかの形で、必ずその前より強くなっています。その結果、人類の進化に貢献するわけです。」

「奇跡的な治癒を果たした人は、かかる前とはまったく別人になります。治った後は、一度もその病気になっていなかった別人になるのです。」

私も、統合失調状態を「くぐり抜け」て、前の自分と100パーセントではないですが、多くの面で、「別人」になったと感じています。相変わらず、「どうしようもない」面が存続していることに気づいて、愕然とすることはありますが、それも一時的なもので終わることがほとんどで、概ね「変化」したといえると思うのです。

 

2020年7月30日 (木)

「捕食者好み」のウイルス

捕食者とウイルスの、本質的な類似性については、このブログの最近の記事でも、また、『オカルトの基本を学ぶ』の『「捕食者の心」と「ウイルス」』という記事でも、述べています。

それにしても、現在騒がれている、新型コロナウイルスは、格別に「捕食者好み」のウイルスということが、言えそうです。

捕食者は、それ自体の作用というよりも、人間に、実体のはっきりしない、曖昧な現象を仕掛けて、自ら、想像力とイメージを膨らませることにより、恐怖と不安に陥らせて、そこから抜け出られないような事態を創出することを好むことは、何度も述べたとおりです。

それは、「統合失調状況」においても、「集団ストーカー被害状況」においても、典型的に、みられることでした。

ところが、今回の、コロナウイルス騒動にも、この要素が、存分に発揮されているとみられるのです。

もともと、ウイルスは、「目に見えない」もので、どのように感染し、どのように作用するのか、実体の見えにくいものではあります。しかし、今回のコロナウイルスは、これまでのウイルスに比しても、より実体のはっきりしない、曖昧なものといえます。

感染しても、症状に現れない場合が多く、現れても、かぜまたはインフルエンザ程度のもので、重症化するのは、高齢者か、もともと持病があったり、免疫力を弱らせている場合です。(※1)

それ自体は、大したことがなく、騒ぎ立てるほどのことはないはずなのですが、今回は、様々な要素が絡んで(※2)、不気味な恐怖が膨らまされ、割とスムーズに、騒動に結びつけられていると思えるのです。また、収束しそうで、なかなか収束せず、長い間、じわじわと、実体のはっきりしない恐怖を醸し出し続けています。

もちろん、マスコミや政府機関、御用学者等の煽りの影響は大きいし、そこには、それぞれの思惑もあります。しかし、その背後には、捕食者の働きかけも大きくあり、それと相まって、元々、このウイルスの性質自体にも、「捕食者好み」の恐怖を煽らせる面が、多分にあると思うのです。

かつての、ペストや天然痘のように、強力で、はっきりした症状が現れるものも、もちろん、強烈なインパクトがあり、多大な恐怖をもたらします。しかし、それは、ある意味、「見たまま」、「そのまま」のものであり、そのとおり受け止めて、できる対処をするしかないものです。また、その恐怖は、「それ自体」がもたらすものなので、捕食者が、殊更作り出したものとは言えません。

ところが、今回のコロナウイルスは、一定の感染力はありますが、その症状はまちまちであり、はっきりしません。健康に自信がある人は、気にしないでしょうが、そうでない人は、不安になってもおかしくないものです。時代的、社会情勢的には、健康に不安な人が多くいるのも、不思議ではない状況です。

感染しても、症状に現れない人が多くいるということは、そこら辺の、普通に道行く人が、感染者かもしれないということでもあります。あるいは、自分自身も、症状に現れないでも、感染者として、人に移してしまう可能性があるということです。特定の症状に現れている人を、隔離すればよいというような、分かり易い対処の仕方では済まないものがあります。

それ自体が、大したことはなくても、人によっては、また長い間続く状況では、不安を駆り立てる要素には、事欠かないということです。さらに、そこには、ただでさえ人との関係にストレスを抱えている人を、ますますギスギスさせ、争いや疑いの種をもたらす要素が多くあります。マスクの着用や自粛の働きかけは、ますますそのような要素を、強めることになります。

実際、ストレスが免疫を弱めること、既にみたように、ウイルス自体も、恐怖の感情を自己増殖の促進材料にしていると考えられることからすると、そのような、不安や恐怖を駆り立てられること自体が、このウイルスが収束することなく、威力を発揮し続けることの、要因となっていることをうかがわせます。一種のループを形成しているということです。

その意味では、「集団ストーカー」という観念を広めて、人を疑心暗鬼に陥らせ、地獄的な事態から抜け出せなくすることと、非常に似たものがあります。

このように、それ自体は大したことなくても、人間自身の想像力に訴えかけることで、恐怖と不安を拡大させ、収拾のつかない事態を作出させてこそ、捕食者自身が、特別にもたらした事態と言えるのです。それは、捕食者の自己顕示欲を刺激するという意味でも、「捕食者好み」の事態です。あるいは、人間自身の「愚かさ」を殊更に拡大して、現出させているという意味で、「愉快」なのでもあるでしょう。

もちろん、そのもとには、捕食者自身が、人間から発する、ネガテイブな感情エネルギーを継続的に収奪するという、本来の目的があります。その目的によく適うという意味では、このウイルスは、「進化形」なのかもしれないということです。

※1 この点については、 バシャールにも、新型コロナに限らず、ウイルス全般に共通する本質的な作用として、述べたものがあります。が、それは次回にとり上げることにします。

※2  ウイルスの発生が、武漢という、中国の振興の都市で、レベル4のウイルス研究機関のあるところだったことも、影響しているでしょう。あるいは、コウモリのような野生動物が、食用として売られているところという、「野蛮」なイメージも影響しています(北京や上海というメジャーな都市だったら、もう少し違ったイメージだったかもしれません)。結果として、一地方だけでなくて、世界的に広まっていることも、大きな理由です。その他、様々な「イメージ的要因」が重なっていると思われます。

 

2020年6月 4日 (木)

「コズミック フロント UFOの真実」

昨晩、NHKBSプレミアム 『コズミックフロントNext UFOの真実』を見た。

内容としては、記事『米メディアの報道記事2つ』でとりあげていた、米国防総省が公開した米海軍戦闘機が撮影したUFO映像と、米国防総省がUFOの極秘調査をしていたことの暴露。これに関する、米軍事関係者や識者などの意見などで、取り立てて新しくないが、単に「未確認」として放置するのではなく、実際に、「地球外の惑星から訪れた異星人の乗り物」である可能性があることを、現実問題として報じていたのが、新しいと言えば新しいことだった。

もっとも、『コズミックフロント』では、前にも、UFOを肯定的に扱ったものを見たことがある。NHKも、番組やスタッフによっては、ちゃんと真実に迫ろうという意思のあるものがあるということだが、そもそも、米国防総省の公開した映像や情報も、はっきり言って、UFO関連の情報のうちのほんの一部であり、「小出し」したとしか言いようがない。番組も、この公開事件を超えて、より深くUFOそのものや宇宙人そのものに迫ろうというものとは言えない。(本当にこれをやれば、バッシングを受ける可能性、つぶされてしまう可能性が大なので、このあたりが現状では限界なのだろうが)

ただ、番組でも、これは、より大きな「グランド ディスクロージャー」の先駆けとして公開されたものという可能性が述べられており、今後の公開のあり様によっては、本当に大きな情報の公開がなされる可能性はあり得るので、注目される。

また、番組では、墜落したUFOの残骸の研究を通して、反重力のような宇宙的な技術の開発がなされていて、それがエネルギー革命もたらす可能性や、UFOの出現は、人間の核実験に関わって頻出しているらしいことから、これには、核への監視的な意味合いがあるのではないかという可能性など、一歩踏み込んだものにはなっている。

私が見たのは、再放送だったようで、今後の放送の予定はないようだが、この米国防総省が公開した映像は、Youtubeにもある。(たとえば  

https://www.youtube.com/watch?v=xRs4IfP6LMc)

また、番組の放送内容について、かなり詳しく紹介しているサイトがここにある。

なお、私のブログ『オカルトの基本を学ぶ』では、『「宇宙人」が地球に来ている可能性 1、23』として、UFOや宇宙人に関して基本的なことをかなり詳しく解説しているので、そちらもぜひ参照されたい。

 

2020年5月 3日 (日)

「感染症」と「文明病」

前回、「感染症」と「狂気」の本質的な類似性について述べた記事、『「伝染病」と「狂気」』をとりあげました。

実は、その次の記事、『「ダーウィン医学」と「薬による治療」』でも、「感染症」やウイルスについて、「進化」という長いスパンでみた、「病気」の意味という観点から、考察しています。

前回の記事では、「感染症」と「狂気」、「唯物論」が本質的に絡み合いつつ、「文明病」を構成していることをみました。

「狂気」、「唯物論」が「文明病」であることは、これまで何度も述べて来たことから、明らかと思います。いずれも、近代社会以降に、爆発的広まったもので、それ以前には、ほとんどなかったか、ある種の知恵をもって処されていました。

一方、『「ダーウィン医学」と「薬による治療」』の方では、「感染症」を含めた多くの病気そのものが、「文明病」というべきものであることを述べています。たとえば、次のようにです。

医学も薬もない時代から、そうやって、人間はそれらの細菌やウイルスと格闘しながら、ともに進化して来たのであり、人間は、本来、これらの病原に対する免疫や、対抗力を身に備えているのである。

だから、本来、自然状態では、「病気」とは、それほど恐れるに足りないものである。しかし、最近のエイズにしても、様々に変異したインフルエンザにしても、文明の中での人為的な働きかけによって生じたもので、「文明病」というべきものである。

細菌やウイルスによる感染症を「文明病」ということに、抵抗を感じる人もいるかもしれませんが、山本太郎著『感染症と文明』(岩波新書)でも、感染症は文明によって広がったことが、はっきりと示されています。文明以前は、感染症を育む定住社会ではなかったし、ある集団があったとしても、その集団の中で、一定の人が感染症にかかることで、「集団免疫」が獲得され、それは終息に向かっていたのです。だから、それほどの脅威ということは、ありませんでした。

また、この本では述べられていませんが、記事『「<癒し>のダンス」』でみたように、先住民文化は、本来、感染症のようなものさえ癒してしまう、儀式に基づく「癒しの技」をもっていました。

さらに、『感染症と文明』では、感染症の拡大は、近代以降のグローバルな人や物資の移動によってこそ、押し進められたことが示されています。そこには、高度産業社会の技術の飛躍的な発展も、働いています。そのような技術の発展こそが、人や物資のグローバルな移動を可能にしたものだし、技術的な開発による自然への介入が、感染症の温床となった例も多いからです。

さらに言うと、最近の様々な変異的なウイルスは、高度な技術からこそ直接生み出された、「人工的な創出」であることを、予想させるものです。

もちろん、一方で、それは、薬やワクチンの開発も可能にしましたが、記事『「ダーウィン医学」と「薬による治療」』でみたとおり、結局は、一種の「いたちごっこ」であり、「文明病」の発展を後押しするものにすらなっています。その部分をあげると、次のとおりです。

現代の病気と治療は、「文明病」対「文明薬」の闘いになっているわけで、どちらが勝っても、体にとっては、不自然な結果になる。あるいは、結局、「文明病」と「文明薬」は、一見闘っているようで、実は手を組んでいるのであり、ともに体の「自然」に敵対して、蝕んでいく。

要するに、「感染症」も「狂気」も、まさにそれ自体が「狂気」じみている、「唯物論」という信念も、いずれも、近代社会以降爆発的に広まった、一種の「文明病」として、絡み合っているということです。それらを、単独で問題にしても、実質的な解決が望めるはずがなく、そうするためには、「文明」そのもの、少なくとも、近代社会以降の社会システムを問題にしなければならないということです。

これは、結果としてですが、現在のコロナウイルス騒動も、そのような機会に結びつけ得る可能性は、いくらか出て来てはいますけどね。

 

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