「大いなるすべて」と「宇宙人」「天使」等の存在に関するサーシャの言葉
何度も述べてきたことだが、今後ますます、「人間以外の知的生命」の存在が現実の問題として大きく浮上して来るだろう。
それは、人間同様地球上の物質的次元に存在する動物等の生命のことではなく、「目に見えない」次元の存在、あるいは「地球上で生育したのではない宇宙起源」の存在のことである。
しかし、記事『「宇宙人」と「霊的なもの」』でも指摘していたように、これら両者の存在は、互いに重なるところがあり、明確に区別できるような代物ではない。
我々人間が、我々物質的な存在の延長上に「宇宙人」というものを捉えると、宇宙人も「物質的存在」であり、「霊的な存在」とは異なるものとみなしてしまうが、実際には、我々物質的な存在の延長上に宇宙人が存在する保証など少しもなく、むしろ我々物質的な存在の方が宇宙的には「特殊」のあり方である可能性が高いのである。
最近は、「次元」という見方も浸透し、宇宙人は、4次元あるいは5次元的な存在として捉える人も多くなっているから、天使や精霊等の「霊的存在」と必ずしも区別がつけがたいものであることも、大分理解されるようになってきている。4次元、5次元は、3次元、すなわち物質的なあり方をも含むから、「物質的な現われ」をもなし得る存在として認識されるわけである。
とは言え、まだまだ一般には、「宇宙人」と「霊的存在」との違いを当然のように思う人、あるいは、宇宙人は物質的存在の延長に存在し得ても、「霊的存在」は存在し得ないと考える人も多いことだろう。
こういった視点とは少し違う視点からだが、前々回もあげたプレアデス人サーシャの言葉に、「大いなるすべて」と「宇宙人」や「天使」等の存在についての的確な言葉があるので、それもあげておきたい。(リサ・ロイヤル+キース・プリースト著 『宇宙人遭遇への扉』(徳間書店)より)
「私たちの視点からすると、宇宙人、天使、そして「大いなるすべて」(「神」や「存在の源」と考えても結構です)との間には何の違いもありません。多様な存在を分類してレッテルを貼ったり、格づけをしたりするのは私たち宇宙人ではなく、あくまで人間です。同様に、「宇宙人と天使はまったく違う存在だ」と思い込んでいるのも人間です。
人間にとって、「大いなるすべて」のように形而上的な実在を認識することは、宇宙人を認識することよりはるかに難しいことです。宇宙人を認識することは、「神」や「創造」を理解する上での一つの段階なのです。つまり、宇宙人や天使といった存在は、人間が「大いなるすべて」に回帰する旅の過程で遭遇する「旅人」に過ぎないとも言えます。
地球外にも意識的な存在がいることを自分に教えるために、人間は「宇宙人」という存在を自分たちの現実に引き寄せたとも言えます。こうした視点からすると、宇宙人、天使、聖霊、神などの存在は、人間にある気づきをもたらすための方便だと言えるのです。人間がいったん地球外にも「意識」が存在している事実を受け入れると、宇宙人や天使などへのこだわりは次第に薄れるでしょう。」
「大いなるすべて」とは、「神」や「存在の源」と考えてもよいとされているように、我々と別にあるものではなく、本来はすべての存在の源であり、当然、我々そのものの源でもある。そのような視点を重視すれば、「宇宙人」や「天使」等の霊的存在、あるいは人間という区別には、大した意味はない。しかし、人間は現在それを見失っているのが現実の状態であるので、そこに帰る旅の過程として、媒介となるような、宇宙人や天使等の存在との出会いがあるということである。
確かに、霊的とか物質云々とか次元がどうのこうのという以前に、この観点からすれば、本質的に、「宇宙人」や「天使」等の違いに拘ることは、意味のないことになるだろう。
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