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2025年7月

2025年7月28日 (月)

『法力とは何か』と権力者や呪術師の呪術合戦

1976年にミグ25事件(ベレンコ中尉亡命事件)というのがあって、私も当時テレビで見て衝撃を受けたのをよく覚えている。冷戦時代のソビエトのパイロットが、当時最先端で秘密のベールに包まれていたミグ25戦闘機を土産に、日本の空港へと亡命してきたのである。

ところが、割と最近、ユング派の分析家である老松克博の『法力とは何か』(法蔵館)という本で、この事件は、「今空海」と呼ばれていた「X阿闍梨」が、国から依頼されて呼び起こしたものであることを知った。

X阿闍梨は、真言密教の修行を極めた大阿闍梨で、その道の人にはその「法力」のことがよく知られていた。当時、他の国の戦闘機の性能を大きく凌ぐ謎に包まれたミグ戦闘機の脅威は日本や西側諸国を覆っていて、アメリカの依頼を受けた日本の官僚がX阿闍梨に何とかミグ戦闘機を手に入れることができないかと依頼したということである。そして、X阿闍梨はそれならミグ戦闘機を日本に呼び込めばいいとして、その依頼に結果として見事に応えることになった。

本では、X阿闍梨とされているが、ネットなどでは、この阿闍梨は、神戸の鏑射寺の住職で、最近亡くなった中村公隆阿闍梨であることがよく知られている。たとえば、ここに、ミグ25事件と中村大阿闍梨の法力の関係の概要が説明されている。

ただし、本では、昭和天皇の件には特に言及されていない。またこの本は、著者が実際に、中村大阿闍梨と会って、いろいろと感じたことやインタビューをしたことを元に書かれており、さらにこのような「法力」について、ユング心理学の立場から丁寧な解説も施されていて貴重である。

何しろ、このような話は信じがたいことには違いない。しかし一方で、世界あるいは日本の内部でも、権力的な争いがあるところの背後には、常にこのような特殊能力者の「法力」や一種の「呪術的な力」を巡る争いがあっただろうことも疑いない事実というべきである。

ブログ『オカルトの基本を学ぶ』でも、記事『「陰謀」と「魔術」「悪魔主義」』で、権力や権力闘争のあるところ、常にそのような意味での「陰謀」や「魔術」が裏で暗躍していたはずであることを指摘していた。

日本では、それ以外にも、最近では安倍政権の時代、香心華心明という人物が安倍元総理の霊的顧問としていろいろ相談に応じ、政府に協力していたことが知られている()。こういった事柄は、表に出ないことがほとんどなので、表に出ないものは他にも数限りなくあることだろう。

アメリカでは、レーガン大統領が「占い師」を相談役として抱えていたことが有名だが、「占い師」とは名目で、実際はある種の「呪術師」ということが当然予想される。軍としても、テレビによく出るマクモニーグルが有名だが、敵軍の基地や兵器などを透視する役を負う超能力者の部隊を抱え込んでいるし、それはロシアその他の国でも同じことである。

近代以前のそういった事柄が正面から信じられていた時代、たとえば、日本の戦国時代なども、それぞれ実際の物理的な戦いの背後には、お抱えの「呪術師」たちの呪術的な争いが数限りなく繰り広げられていただろう。有名な「陰陽師」は、京都の貴族や皇室関係のそういった役目を負う「呪術師」ということがいえる。鎌倉以後、武士の時代となった関東や江戸でも、その「呪術的な攻撃」に対抗すべく、似たような能力者を抱えていただろうし、また京都もそうだが、江戸もそのような呪術的な攻撃を防御する結界としての仕掛けに満ちた都市である。

これに関連して、面白い話がある。江戸に霊的な防御などの結界を仕掛けた人物として、天海和尚が知られているが、この天海とは、実は明智光秀であるという説があるのである。光秀は死んでしまったのではなく、天海和尚と成りすまして、家康に協力して江戸を(霊的な面からも)築き上げるのに大いに貢献したということである。

ミナミAアシュタールのさくやさんも、天海は光秀だと言っている。さくやさん説では、信長、秀吉、家康、光秀は、実は協力して縄文のような争いのない社会を作ろうと結束した人たちで、呪術的な攻撃の防御のような役割は、本当に信頼できる人物に任すだろうことを考えると、確かに、天海が光秀であった可能性はあると思うが、そのことにはまたいずれ触れよう。

世界的にも、こういった呪術的な争いについてはバリ島の呪術師が有名で、中沢新一の『虹の理論』(講談社文芸文庫)という本では、オーストラリア女性の死をめぐる呪術的な合戦について、赤く燃える炎同士の争いとして目撃したタクシー運転手の話が、かなりリアルに語られている。

アフリカの妖術師同士の争いも有名だし、先住民文化のようなところでも、シャーマンは敵対するシャーマンや呪いの委託を受けた呪術師などとの争いを強いられることも多かったはずである。

そういった呪術の争いは、権力というものがある限り、あるいは人間の欲望がある限り、普遍的なものであるわけで、「魔女狩り」というのも、(キリスト教の偏見が重ねられているとはいえ)そのような呪術師に対する恐れが元にあったことは確かなことである。

個人的な呪いというのもそうだが、こういったことにはおどろおどろしさがつきまとうのは確かで、目を背けたくなる、あるいはないものとして排除したくなるのは、当然の部分もある。

しかし、こういった事柄に目を向けないでいる限り、人間の本質(それは統合失調の本質にも通じる)や政治の本質など、分かるはずがないのも確かなことと思われる。

 

※ 8月8日  本人の言によれば、安倍元総理個人ではなく、あくまで日本政府の依頼による仕事だったそうである。この動画では、当時の日本の超能力者部隊や世界の同様の部隊のことについて、かなり詳しく語られている。イギリスの部隊が最強であり、人造人間まで創造しているが、日本人は作れないという話は多少とも驚きである。

2025年7月12日 (土)

「終末的予言」と「天変地異」についてのプレアデス人サーシャの言葉

前回、前々回の記事で述べた、一種の「終末的な予言」や「天変地異」に関して、私の見た夢やこれまで述べて来たこととも大いに関わる、重要な事柄が述べられているプレアデス人の言葉があるので、今回はそれを紹介しようと思う。

それは1993年に出版された「宇宙人遭遇の扉」(徳間書店)という本にあるもので、リサ・ロイヤルのチャネルするサーシャというプレアデス人の言葉である。少し長いが、まずそれを掲げておこう。

「もし地球上のすべての人間が、自分のフィーリングを自由に表現して、創造的な自己表現を行えば、地球は健全な状態を維持することができます。なぜならば大地のエネルギーは妨害されることなく、人間を通して流れるからです。

しかし残念ながら、地球上の大半の人間は感情を抑圧して、自由な自己表現をしていません。こうして表現されるべきエネルギーの出口がふさがれて蓄積されると、徐々にプレッシャーが高まります。これがある臨界点まで達すると、地球はバランスを回復するために、天変地異を起してエネルギーを解放しようとします。つまり、人間による感情や自己表現の抑圧にこそ天変地異の原因があるのです。まさに人間は地球の生態系の一部です。

現在、あなたが現実で目の当たりにしている現象は、すべて人類が抑圧してきた問題ばかりです。何千年もの間、集合意識の奥深くに閉じ込められてきたものが、現実のレベルに浮上しつつあるのです。これは惑星規模の浄化です。

破滅的な天変地異や戦争が地球を見舞うという世紀末的な予言は確定的なものではありません。新しい世界が到来するためには、古い世界が破滅的な形で滅びなければならないという考え方には、あくまでも古い観念が反映されています。なぜなら、現実はあなたの考え方次第で変わり得るからです。人類は必ずしも天変地異や戦争を通して教訓を学ぶ必要はありません。世界の現実の創造者である人類は、あらゆる可能性を選択することができます。私たちの視点からすると、これからの「天変地異」は主に心の中に起こるでしょう。

まず、地球の天変地異といわれるものは、人間と無関係に起こるわけではなく、人間による感情や自己表現の抑圧により内部深くに溜り、滞ったエネルギーの解放のために、起こされるという重要なことが指摘されている。

私も、記事『「アーリマン」と「火地球」』や『「火」の両義性と「クンダリニー」』などで、アーリマン存在との関わりをみつつ、人間の情念が霊的レベルで地球の深部に働きかけることで、地震や噴火などの天変地異が起こることを指摘していた。それは、私自身の一連の体験を通して「地球」と関わったときの実感でもあった。

その意味では、そのような天変地異が「自然」のものであろうが、「人工的、人為的」なものがあろうが、やはり人間の集合的な情念が根本にある点においては、変わりはないわけである。

しかし、同時に、そのような天変地異は、たとえ終末的な予言のようなものでビジョンとして(真実に)見られたものであっても、決して確定的なものではなく、人間が時々刻々に「現実」を作り出していることに鑑みれば、実現する必然性があるわけではない

ただ、そのためには、我々自身が、そのような現実を作り出しているという事実に気づき、そのあり方を変えていく必要があるだろうし、既に地球の内部に溜まったエネルギーは何らかの仕方で解放される必要があるだろう。

しかし、今の時点では、率直のところ、そのような方向に行けるだけのものが人間にあるとはとても思えないというのも、私の感じるところである。

さらに、最後に指摘されている、「これからの「天変地異」は主に心の中に起こるでしょう」というのが、私にとってとても興味深かった。

実際、前回も述べたように、私自身も「津波」の夢を連続してみたが、それは、「無意識の奥深くで巻き起こされる、心を飲み込む<津波>」のようなものとして、実現したのだった。それは、まさに「心の中で起こる<天変地異>」にほかならなかったのである。

そして、恐らく、今後も、私と同じように、この「心の中で起こる<天変地異>」は多くの人に起こされることと思われるのである。

ただし、ユングも言うように、普遍的な無意識という「心の中」で起こる出来事は、決して「外的な事象」と無関係ではなく、互いに「共時的」に結びついている。つまり、集合的レベルで、多くの者が「心の中で起こる<天変地異>」を経験するようになると、それは外的事象にも何らかの形で反映され、実際の「天変地異」に結びつく可能性はやはりあるということである。

サーシャも、「主に」と言っている点に注意しなければならない。

 

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