「お代」の「声が聞こえる」若者についての言説
記事『オカルトを否定する世界観の根本的変化は、なぜ起こったのか 2-「狐憑き」と「狐落とし」』で、「オダイ(お代)」と呼ばれる稲荷の神に仕えるシャーマンないし霊能者を紹介していた。
その人の『増補改訂版 霊能一代』(二見書房)という本に、最近の若い人によく起こる、「何者かの声を聞く」という現象について、簡単なコメントがあったので、紹介しておきたい。
「今の若い人は、悪い霊に憑かれた人が増えています。……」
変な声が聞こえて来ると言ってみえる若い人もいます。幻聴です。分裂病(統合失調症)ではありませんが、こういう人も多くなりました。こういう人は、最後には医者からもらった薬をたくさん飲みすぎて、本当の精神障害者になってしまいます。 」
「こういった症状に打ち勝つためには、自分が強くなることが大切です。そうすると幻覚は逃げて行きます。」
「心の弱い人、心に空白のある人は、ヤクザにつきまとわれるように悪い霊につきまとわれます。しかし、この悪霊は取ることができます。本人が素直になり強くなりさえすればいいのです」
もう少し、詳しい説明が聞けるといいのだが、私なりに、この簡単なコメントについて考えをを補っておく。
基本、「悪い霊に憑かれる」ことによって、「変な声を聞く」のだとしている。
それは、「幻聴」だが、「分裂病(統合失調症)ではない」としている。このことの意味が、少しとりにくいのだが、次の2つの意味が考えられる。
1 霊に憑かれている結果の幻聴なのだから、精神医学のいう「分裂病(統合失調症)」なのではない=精神医学のいう「分裂病(統合失調症)」というのは間違っている。
2 「こういう人は、最後には医者からもらった薬をたくさん飲みすぎて、本当の精神障害者になってしまいます。」と言っていることから、まだ、「分裂病(統合失調症)」とまで言える段階ではない、重い障害のあるものではないが、医者からもらった薬をたくさん飲み過ぎで、結局は、本当の精神障害になってしまう。
おそらく、2の意味で、「分裂病(統合失調症)ではない」と言われているのだと思う。「悪い霊」というのは、「供養されていない霊」ということで、人間の霊の場合を主に想定しているように受け取られ、私が説明してきたような、人間以外の「捕食者的な存在」について言っているのではないようである。
だから、「変な声が聞こえる」というのは、それ自体で、それに振り回されて、「分裂病(統合失調症)」になるほどの強烈な事態ではないが、それをきっかけに医者などにかかり、たくさん薬を飲むようにでもなれば、『分裂病(統合失調症)』と言われてしまうような、本当の精神障害になってしまうということなのだろう。
実際、このように、本来、『分裂病(統合失調症)』とは言えないような状態なのに、医者にかかることによって、本当の精神障害に仕立てあげられてしまう例というのは、相当多いと解される。
私が言う、「分裂病(統合失調症)」そのもののような状態、つまり「捕食者的な存在」の関わるような強度の現象については、特に何も言われていない。それについては特に体験がないのか、あるいは知っていても、あえてこの本では言っていないのかは、分からないが、多分後者だろう。
一般的には、若者らの現象として、『分裂病(統合失調症)』とまで言えないが、それに近い、「霊的なもの」の関わる現象が増えて来ているので(今でもそうだが)、それについて言及しているのだろうからである。
「こういった症状に打ち勝つためには、自分が強くなることが大切です。そうすると幻覚は逃げて行きます。」というのも、まさにそのとおりで、それに尽きるというしかないものである。
ただし、「強くなる」というのは、「戦って勝てるようになる」とか、「そういった存在を祓えるようになる」ということではなくて、「本人が素直になり強くなりさえすればいい」と言われているように、本来の自分でいることで、そういうものに振り回されたり、影響を受けなくなるというようなことである。
「声を聞く」こと自体はあっても、そのように「気にしない」で、「影響を受けない」でいることができるようになれば、いずれ「声」は自然に去っていくということである。
このことは、私の言う、「捕食者的存在」の関わるような、『分裂病(統合失調症)』的状況にも当てはまる、重要なことである。
ただ、実際に、その場の状況で、実践することは難しく、いくらかの紆余曲折を経て、やっと身に着くようなものと心得ておかなくてはならない。
なお、この本自体も、たとえば、出口なおなどもそうだが、神に仕える霊能者の厳しい日常のあり方がよく分かって、興味深いので、興味のある人は読まれるとよい。
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