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2023年10月 3日 (火)

オカルトを否定する世界観の根本的変化は、なぜ起こったのか 4—「魔女狩り」と「魔女」を否定することの意味

今回は、端的に「なぜオカルトを否定する世界観の根本的変化が起こったのか」を明らかにする前に、前提として必要になる、西洋の「魔女狩り」と「魔女」を否定することの意味について、述べておくことにする。

何度か述べたように、西洋の場合には、「魔女狩り」という「迷信」に支配された事件が、近代の直前に大々的に起こっているので、「魔女」に集約する形で、「オカルト的なもの」を「迷信」として否定することになる理由は、見えやすい。

「魔女狩り」が沸騰する16-7世紀頃には、民衆同士が互いに「魔女」として告発することが多く起こり、そのまま拡大すれば、互いに「共倒れ」になることが見え出す。そうすると、「魔女狩り」も急速に終息に向かうのである。

終息に向かう理由には、様々な外部的状況の変化もあるだろうが、結局は、民衆自身が、「魔女狩り」を止める必要に迫られたことが大きいのである。(度会好一『魔女幻想』も、「将棋倒し」を止めるという言い方で、魔女狩りが止んだことが明らかな村について指摘しているが、これは、他の多くの場合にも当てはまると言うべきである。)

多くの民衆は、他人を「魔女」として告発することを、控えるとともに、このような「魔女狩り」を二度と起こさないためには、「魔女」ひいては、その背後にある「悪魔」を、「ないこと」として否定する必要に迫られたということである。

民衆は、それまでの伝統文化を根本から否定するつもりなどないし、できるはずもないのだが、少なくとも、「表面上」、と言っても、それを実効性をもってなさしめる程度には、「本気」(自分自身をも丸め込む形)で、現実には存在しないもの、つまり「迷信」として否定する見方を受け入れることを、指向して行くのである。

そもそも、「魔女狩り」における「魔女」とは、キリスト教的な概念であり、「魔女裁判」でも実際に審問に関った、キリスト教の指導者たちが作り上げた観念である。

初めは、単純に、異端や異教の者の行為がもとになっていたが、15-6世紀になると、いかにも、「おどろおどろしい」、魔女がするとされる典型的な行為ができあがる。それは、「サバト」(夜宴)と呼ばれる魔女の集会で、魔女たちは、ホウキ、あるいはヤギなどの動物に乗って、空を飛んでそこに集まり、そこでは、幼児を殺して食べる。あるいはその脂をとって、軟膏を作り、魔術に使う(飛行にも使われる)。悪魔との性交や性的乱行が行われる。動物のいけにえを捧げて、悪魔崇拝の儀式が行われる、などの行いをするとされた。それらが、「魔女裁判」では、実際に「自白」や「証言」によって、具体的に示されるのである。

一方、16世紀頃から、「魔女狩り」は、先に見たように、民衆が民衆を告発するような形で広がるが、それは前にみたように、民衆が、他の民衆による、「呪い」や「魔術による攻撃」を受けたとして、告発が広がることによっている。たとえば、自分の作物が不作になったり、子供が病気になったのは、隣の「魔女」が「魔術による攻撃」を仕掛けたからである、というようなことである。

ノーマン・コーンの『魔女狩りの社会史』(ちくま学芸文庫)も言うように、魔女狩りの「魔女」観念には、この二つの系統があって、それらが合体してできたところがある。

先の、いかにも、「おどろおどろしい」サバトの光景などは、キリスト教の指導者たちの、自分らの地位や信仰が脅かされる恐れから来る、「妄想」がもとになって、作られている部分が大きい。拷問による「自白」には、当然、それらの者の誘導が反映されるし、民衆の「証言」も、たとえば公開裁判などによって、「魔女」とはそのような行為をするものであるという観念が広まったことが影響している。実際に見たのだとしても、ある種のヒステリー的な「集団幻覚」ということである。(但し、そこに「捕食者」自体の影響があったと解されることは、記事『「魔女狩り」と「捕食者」』でも指摘したとおり。)

民衆による告発は、このような「魔女」観念というよりも、他の民衆による、「魔術的攻撃」を恐れることから来ているので、そこには、サバトのような観念は、本来本質的な要素として含まれない。しかし、サバトの観念が広く行き渡れば、民衆の「魔術的攻撃」への恐れにも、「サバト的」な「おどろおどろしい」要素が加わることになる。

そして、この「サバト」の光景には、典型的に「捕食者的なもの」が塗り込められているのが分かるだろう。幼児を殺害して食べるとか、膏をとるとか、悪魔にいけにえを捧げるなどは、「捕食者」の行いそのものと言える。

実は、このサバトの光景は、キリスト教の指導者の「妄想」や民衆の「集団幻覚」がもとになっていると言っても、それらは何もないところから出て来たのではない。伝統文化の基礎にある、普遍的なものであるが故に、キリスト教がずっと恐れて来た、「異教」の信仰、「シャーマニズム」の行いがもとになっているのである。

キリスト教は、そのような異教の行いを「悪魔の行い」として否定することで、自分らの信仰を正当化しようとするのだが、民衆は、キリスト教化された中世以降も、実質「シャーマニズム」的な信仰を捨てたりはしなかったので、その必要は、むしろ中世後期以降に、高まるのである。

 たとえば、「ほうきに乗って空を飛ぶ」というのも、シャーマンは実際に「空を飛ぶ」と信じられたし、カスタネダのドンファンも、「カラスとなって空を飛ぶ」という体験をしていた。あるいは、「空を飛ぶ」のは、脱魂型のシャーマニズムで、物理的にではなく、「体外離脱」をして、霊的な体で飛ぶのだという解釈もある。ヤギなどの動物に乗るというのにも、動物的な精霊を使役するシャーマンが反映されている。

いずれにしても、そのような観念の元は、シャーマニズムに発しているし、幼児を食べるというのは、直接には「捕食者」的だが、儀式において人肉を食べたり、人狩りをする民族というのは実際にある。性的乱交というのも、儀式によっては、いくらでも行われ得るものである。動物のいけにえは、多くのシャーマニズムの儀式でみられる。

記事『「シャーマニズム」への「違和感」の理由』でも述べたように、これらには、キリスト教ならずとも、「文明人」としては違和感を抱かざるを得ないものがあるのは確かである。しかし、シャーマニズム的には、伝統に根差した根拠のあるものであり、「おどろおどろしい」要素は、実際、「捕食者」の存在を認めつつ、それとのある種の折り合いをつけるということ、あるいは「捕食者的なもの」を試練として儀式に取り込むなどのことから来るものである。

しかし、キリスト教の指導者等は、そこに「恐怖」と「おどろおどろしさ」しかみないので、それらを「悪魔」の行いとして、彼ら側の「妄想」をさらにまとわせ、「魔女」の行う「サバト」として形成していったものと解される。

それは、一言で言い表すならば、「捕食者的なもの」を、自分らにとっての「他者」または「異人」である、異教の徒に、「投影」したのである。これは、「魔女」の観念について、キリスト教の指導者の場合を述べたものだが、こういったことは、民衆であれ、誰であれ、普遍的に起こり得ることであるのが分かるだろう。

つまり、魔女狩りの本質を、一言で言うならば、「他者」または「異人」への、「捕食者的なもの」の「投影」ということに尽きるのである

「投影」というのは、ユング的に言えば、自己の内にある「影」を自分の中にあるものと認めがたいために、誰か「他の者」へと投げかけ、その者自身の性質のようにみなすことである。そして、その「投影」をした「他者」を、「悪」として攻撃し、排除するのである。

「影」というのは、単に個人的なコンプレックスのようなものではなく、普遍的な「元型」に基づくもので、「捕食者的なもの」というのは、まさにそれにふさわしい。人間が共通して持つものでありなから、誰もが認めたくない「闇の部分」であり、個人的、あるいは人間的なものを超えた、「超越的」なものでもある。

「魔女」の背後の「悪魔」には、「捕食者」という存在そのものを「投影する」ということにもなろうが、「魔女」には、誰もが内にもつ「捕食者的なもの」が「投影」される。シュタイナーで言えば、「アーリマン的なもの」であり、カスタネダのドンファンでは、捕食者から与えられた、「捕食者の心」である。

この「捕食者的なもの」は、自分らとは異質とみなされる、「他者」や「異人」に投影されやすいわけだが、特に、特別な力を思わせ、「捕食者的なおどろおどろしさ」をみかけとしても有する、「シャーマニズム」的なものに投影されやすいわけである。

そのような伝統から、多かれ少なかれ切り離されたキリスト教を代表とする文化は、シャーマニズムに「捕食者的なもの」を投影し、悪魔や魔女の行いとして、排除の対象にしやすいことになる。

一方、民衆一般は、伝統文化の影響を多く残し、村や町に住むシャーマン的な者に、治療などにおいて身近に頼ることも多いので、キリスト教的な観念を入れていたとしても、そのような度合いは少ないと言える。それにしても、特別な力や知識をもったシャーマン的な者に、頼る反面、畏怖を持ち、恐れを抱くことは当然である。

民衆が、「魔女狩り」において、他の者に、「魔術的な攻撃」を受けることを恐れるのも、「シャーマンの特別の力」への怖れがもとにある。この「特別の力」は、特に「シャーマン」において強く現れるにしても、かつては、必ずしも「シャーマン」のみではなく、多くの者が持ち得るものと認識されていた。だから、それは、たとえば隣人のような他の民衆にも、広く「投影」される基盤があったのである。

柳田国男は、『妹の力』で、日本の伝統文化においてだが、多くの女性がいかに「シャーマン的な力」をもつものと思われていたかを明らかにしているが、これは西洋にいても同じでる。魔女の典型的なイメージは、薬草や呪術的治療の知識をもつ、「老婆」であることを何度か述べたが、これはまさに、「シャーマンの系譜に連なる者」なのである。

民衆の「魔女」イメージの「投影」は、必ずしも、あからさまに、「捕食者的なおどろおどろしい」ものではないにしても、シャーマンの力を、害を及ぼす「攻撃的な面」で捉えることに基づくもので、それは、「捕食者」の性質そのものとして、「捕食者的なもの」には違いない。そして、それは、キリスト教的な観念が入るに伴い、より「おどろおどろしい」要素を付加されて、強まって来たものと言える。

つまり、民衆による魔女狩りの「魔女」の観念にも、「捕食者的なもの」の「投影」という要素はやはりある。

このような「投影」を真に止めるには、その投影を自分自身に、「引き戻さ」なくてはならない。つまり、他者に「魔女」として投影している「捕食者的なもの」は、自分自身の内にあるものであることを認め、受け止めなければならない。

記事『「魔女狩り」と「捕食者」』でも述べたように、これだけ民衆の間で、「魔女」としての告発が広がることは、結局は、誰しも、自分自身が「魔女」であることに気づくチャンスでもあった。

しかし、そのようなことは実際にはなされず、人々は、「魔女」という存在を「ないもの」とすることによって、「魔女狩り」が止むこと、あるいはそのようなことが繰り返されないことを期したのである。

この「魔女という存在をないこと」にすることは、それに「投影」した、「捕食者的なものそのものをないこと」にすることにかかっていたし、実際、真に怖れをもたらすのは、この(自分の中にもあることが示唆される)「捕食者的なもの」なのだから、まさに、それを否定することこそが、強く望まれたのである。

だから、それは、単に「表面的」な対処ということではなく、それなりに真剣な試みであった。しかし、本当に心から、「捕食者的なもの」を否定し切れるはずもなく、また、その「投影」を自分自身に引き戻したわけでもないから、以後も、「捕食者的なもの」を「他者」へ投影することは、依然として続くことになる。

それは、「魔女」という形をとらなくなっただけで、実質「魔女」の場合と変わらないような「捕食者的なもの」を投影して、「他者」や「異人」を排除することで、そのようなことは、「魔女狩り」のり終息後も、いくらも起こり続けている。そして、その「狩られる」「魔女」のいわば「代役」として、最も典型的な対象となるのは、以後、「精神病者」となるのである。

既に述べたように、「魔女」という存在をないものとすることが、実効性を帯びるには、依然として「捕食者的なもの」を「投影」される存在を、「隔離」「収容」して、人々の前から「排除」するシステムを作り出す必要があった。

それが、「精神病」を誕生させた、「精神医学」のシステムであり、「精神病者」を収容する、「精神病院」という施設である。そこでは、収容される者に対して、当初から、魔女狩りの拷問にも負けないような、「虐待」的扱いが、ずっとなされて来た。まさに、実質「魔女狩り」の継続であるが、それをあからさまな形ではなく、合法的に行うシステムとして作られたのである。

そのようなわけで、「魔女狩り」のポイントは、「捕食者的なもの」を「他者」へと「投影」して、それを「排除」しようとすることである。それが、とどめなく拡大すると、結局は、誰もが「共倒れ」になるので、それを阻止するべく、「魔女」という存在を、「迷信」として「ないこと」にすることが、受け容れられることになった

それは、「投影の引き戻し」のような、真の対処ではなかったが、それまでの伝統文化のあり方を大きく変えるものであり、それなりに葛藤の伴う、真剣な試みである。しかし、それは、多くの人々にとって、単に外部的な存在としてだけでなく、自己の内にあるものとしても怖れられる、「捕食者的なもの」を「ないこと」にするという魅力的な試みでもあった。

もちろん、「捕食者的なもの」を否定したいという人々の欲望は、かつての伝統文化においてもあったが、それまでの伝統文化の世界観では、それに対処するシステムもあり、受容的に組み込まれていたので、それほど表面化しなかった。しかし、伝統文化を保存する「共同体」のシステムも緩み、「捕食者的なもの」を抱え込むことが難しくなると、人々の、「捕食者的なもの」を「ないこと」にして否定したいという欲求も強まることになる。

それは、「魔女」として他の者に「投影」することを、(「投影の引き戻し」をすることなく)止めるとした場合、どうしても、必要なことでもあったと言える。

そこで、この時期に、「魔女」を「迷信」として否定することが、「捕食者的なもの」を否定するという欲求を満たすものとして、受け容れられることになった、と言うことができる。

一言で言えば、「魔女」というよりも、「捕食者的なもの」を「ないこと」にしたかったのである。

しかし、「表面上」はともかく、真にそんな望みは適うわけもないから、相変わらず、「捕食者的なもの」は投影され続け、実質「魔女狩り」に相当するものは、その後もあり続けた。そして、その典型が、「魔女」の継続者とも言うべき、「精神病者」なのである。

そして、「魔女」あるいは「捕食者的なもの」を否定することは、(それによって本当には何も解決しなかったからこそだが)結局、「オカルト的なもの」一般を否定することに繋がり、さらには、「霊的なもの」や「神に対する信仰」等、それまでの伝統文化の核心的な部分をも、否定することにまで、拡大されて行くのである。

つまりは、「世界観の根本的な変化」をもたらした、ということである。これには、「近代的自我の確立」とか、「合理思想」、「科学」への志向など、いくつかの外的理由もあるけれども、根本的なところは、「捕食者的なもの」を否定したいという「内的欲求」にあったと言うべきなのである。

次回は、日本の場合に焦点を戻し、「なぜオカルト的なものが否定されたのか」を、端的に述べて、締めくくりとしたい。

 

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コメント

名無しさんから、コメントがありましたが、全体としてとても私の記事を理解しているとは思えず、また、日月神示によって理解できるとする我田引水な内容も、具体的には理解しがたいもので、直接本記事と関係しないものでもあるので、掲載は遠慮させていただくことにします。了承ください。

(あくまでも、私の判断であり、他の人がどのように判断するかは、別の問題です。前々回の記事で述べたように、コメントに関して、私の今後の方針とさせてもらうものですので、了承ください。)

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