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2023年9月 5日 (火)

オカルトを否定する世界観の根本的変化は、なぜ起こったのか 2-「狐憑き」と「狐落とし」

「狐憑き」については、これまでにも何度か述べてきたが、簡単にどういうものか、振り返ってみる。

「狐憑き」とは、端的に言うと、文字通り、「狐」が「憑く」(「憑依する」)ということである。日本の伝統文化では、人間が精神的に錯乱し、人格が豹変して、それまでの人格とは別人のような、奇怪な言動をするときに、それは、「狐が憑いた」からだと認識したのである。

狐の憑いた者は、たとえば、コンコンと鳴いたり、屋根に飛び跳ねて、油揚げが欲しいと叫ぶなど、実際に、「狐」のものと思われるような言動をすることも多い。憑いた狐が、「自分はどこどこの狐で、何々の理由でこの者に憑いた」と自ら明かすこともある。

そこで、そもそも「憑く(憑依する)」とはどういうことか、「狐」とは何なのか、なぜ「狐」が憑くのかなどのことが問題となる。

「憑依」というのは、何らかの「霊的な存在」が肉体に入ってとりつき、その者に影響を与えることである。その影響には、その者にとって利益となることも、不都合となることもある。

また、その影響には、様々な程度があり得るが、肉体をその者に代わって、乗っ取ってしまうということもある。その場合は、人格そのものが、取りついたものに変わってしまったということになる。その言動も、その肉体の体や口を使ってはいても、とりついた「霊的存在」のものということになる。

とりつく「霊的な存在」は、人の霊であることもあれば、狐その他の動物的、または「精霊的存在」、さらには「神々」であることもある。憑依の状態は、一時的な場合もあれば、長期的な場合もある。

その状態は、通常は、後にみるように、修験者その他の宗教者による、除霊等の儀式によって、「霊が落ちる」(肉体から抜け去る)ことによって解消される。

『精神病の日本近代』では、このように、霊的存在に憑かれる身体を、「憑く心身」として捉え、伝統文化の世界観の重要な要になることを明らかにしていた。「憑く心身」は、近代人が考えるような、閉じた(個体的な)心身ではなく、「見えない」霊的な存在が媒介となることで、共同体やそれを超えた自然等との、様々な関係や繋がりを露にするのである。

「憑きもの筋」の場合では、憑きものが憑くことで、一時的に秩序の乱れをもたらすにしても、それが解消されることで、結局、共同体や自然との関係が改めて回復されるのである。

近代人の観点からは、「憑依」は、個人の心身(自我)を脅かす、恐ろしいものでしかないかもしれないが、伝統文化の世界観では、自己を超えた世界との繋がりを、この世にもたらす、悪いものではなかった。「神々」が憑依するとによって、「託宣」として、この世界に、人間を超えた様々な知識がもたらされることもある。

但し、記事『「分裂病」と「憑依霊」』などでもみたように、他の霊が「影響を与える」には、必ずしも、「憑依」によらないでも可能で、「捕食者的な存在」などは、むしろ、肉体に入る憑依という(制限的な)方法によらないで、いわば外部から遠隔的に、様々な影響を与えることができる。

「憑依」するということは、その点では、未熟な存在であることが多く、人間であれば、何らかの恨みを持った者や、自分の状態の分からない、「さまよう霊」であることが多い。「狐」というのも、「神々」そのものというよりは、人間に近い中間的な存在だからこそ、憑依すると解されたのだと思われる。

何しろ、伝統文化では、シャーマンのような特別の能力を持つ存在が、「霊的存在」について人々に語ったり、多くの人が儀式を通して、「霊的存在」と関わるので、「霊的存在」についての知識が、長い間ずっと引き継がれて来たのである。「憑依」についても、そのような知識として、伝えられて来たので、人々が、実際に、人格が変換するような現象と出会うとき、それを霊的な存在による憑依として理解する基盤があったのである。

ただ、そこには、日本で言えば、かつてのシャーマンの伝統を引き継ぐ、「修験者」や「巫女」などの宗教者の影響も大きく、それらの宗教者が、神などに伺いを立てたり、憑依された者に問い詰めたりするなどして、これは「何々の憑依である」と宣言することが、人々にそのように理解させる理由ともなった。

憑依の状態が解消されるのも、これらの宗教者の影響が大きく、憑依された者への語りかけや説得、他の霊媒への憑きものの転換、様々な除霊の儀式などを通して、「霊が落ちる」(その者の体から去る)ことで、憑依が解消されることになる。また、滝に浸かる、神聖な場所の湧き水を飲む、あるいは物理的に痛めつける、弓や矢で脅すなどの多少手荒い行為により、「霊落とし」がされる場合もある。それらは、一種の「民間治療」として、民間の知恵としても伝えられ、あるいは寺社などに、特別の技法として伝えられもした。

それにしても、その憑依の中でも、日本で圧倒的に多く、特別の位置を占めるのが、「狐憑き」なのである。

「狐憑き」そのものは、古代からあって、文献でも、「日本霊異記」や「今昔物語集」にも現れている。陰陽師として有名な安倍晴明の母親は、「葛の葉」という名の狐だと伝えられている。

狐には、昔から、特別な力があると思われて来たわけで、また、人間との関りが深く、人間に憑く理由があると思われて来たわけである。

それは一つには、人々が実際に狐と身近に接する経験から、来たものであろう。私は、狐と身近に接したことはないので、実感としては分かりかねるが、狐には、賢く、俊敏で、超然としたところがあり、それでいて、どこか親しみやすい、和ませるところもある。特に農民にとっては、狐との様々な関わりがあり、狐は、畑や家畜を荒らすこともあっただろうが、ねずみなどの小動物を捕食することで、作物を守ってくれるものでもあった。農地を開墾することで、きつねの住処を追いやるということから、一種の後ろめたさ(祟りへの怖れ)もあっただろう。

狐は、それ自体、「神々しく」また「利益をもたらす」存在であった反面、油断のならない、畏怖させる面(祟りを恐れる面を含む)もあり、そのような両義的な感情をもたらす面こそが、人々に、身近で、多様な「信仰」を生み出すもととなったと思われる。

記事『「実体的意識性」と「ヌミノーゼ」』でも、そのような両義的な面こそが、「聖なるもの」としての「ヌミノーゼ感情」の基礎となることをみたが、狐には、そのような「聖なるもの」としての要素が、多分にあったと解される。

蛇や狼なども、昔から信仰の対象とされ、狐への信仰も、蛇や狼の信仰を引き継ぐものと解されることがある。ただ、蛇や狼は、恐ろしく、畏怖させる面が勝り、人間にとって、近づき難いものだが、狐は、親しみ易い面も多かったことから、蛇や狼への信仰を含み持たされつつ、より広がって行ったのだろう。

また、このような「聖なるもの」としての両義性は、「自然」そのものの性質でもある。人間を包み込み、様々な恩恵をもたらすものであると同時に、荒々しく、ときに災害をもたらす、恐るべきものでもある。記事『『日本人はなぜキツネにだまされなくなったのか』』でもみたように、狐は、このような両義性をはらみつつ、包み込むものとしての自然を象徴する位置を、獲得して行ったと思われる。

人間に一番身近なはずの、人間の霊ではなく、狐の霊が憑くということが、多く広まったのには、伝統文化では、このような、人間を超える自然に対する両義的な感情が、人間への思い以上に強かったからこそと言わねばならない。

中村禎里著『狐付きと狐落とし』(戎光祥出版)によれば、「狐憑き」は、特に初期の頃は、「利益をもたらす」面が広く信じられた。狐が憑くことによって、家が繁盛したり、長生きしたり、一種の守護霊的な役割をすると解されたのである。記事『「日本の憑きもの」』などでみた、「憑きもの筋」においても、狐は、「狐もち」の筋の者に使えることで、裕福にさせると解されたことを述べたが、これも、狐が利益をもたらすという観念が基本にあるからである。

ところが、特に江戸期以降、「狐憑き」が広く信じられるようになると、「狐憑き」のもたらす害悪の面、あるいは一種の恨みや祟りの面が目立つようになる。「憑きもの筋」においても、狐は、憑いた者に対しては、他の者の恨みを肩代わりするものだったり、様々な害悪(憑かれた者を錯乱させたり、共同体の秩序を乱す面)をもたらすものがあった。

また、「憑く狐」というのも、狐そのものというよりは、「おこじょ」とか「おさき」などと呼ばれる特別の存在と解されるようになる。「妖狐」とされるときもある。これらは、「狐」の害悪をもたらたす面が特に「実体化」されて、生み出されたものと言うべきで、妖怪的な性質を持つ「精霊的存在」であることが、かなり前面に出ている。「憑きもの筋」の者が使役する狐も、このような存在と解されている。

かつて信仰された「神々」も、恐るべき面が特に表面化すると、「妖怪」のような存在と解されるようになるが、狐もそれと同じ道をたどっている面がある。

実際、「憑きもの筋」でも、差別したり、「排除」するという面は出て来るのであるが、繰り返すように、決して、そのような面のみではなく、それらは伝統文化の世界観の背景の中に包まれていて、結局は、共同体の秩序の回復に役立てられたのである。

「憑きもの筋」は、伝統的な共同体の意識が強い地域でもなく、その意識の弱まった都市的な地域でもなく、その中間地帯に発生しているということである。既にみたように、「憑きもの筋」は、共同体が抱え込む外部的な存在との共存を図るものと言えるので、それはまさにそのとおりであろう。

しかし、このような地域の「憑きもの筋」以外の場合の「狐憑き」の場合も、それが「狐落とし」によって解消されることは、「狐との関り」を通して、改めて、両義性を持つ「自然」に触れる、伝統的世界観の要となる体験をするもので、共同体やその者自身にとって、やはり、意義のあることとされることは多かったと言うべきである。

一方で、江戸期には稲荷信仰が広まったことで、狐に対する信仰も強まっている。稲荷は、元々農耕の神であるが、狐信仰と習合することで、商売繁盛の神として広まっているのである。稲荷は「神々」であり、狐は、その「使い(眷属)」とされるが、庶民の意識では、両者が混交している場合も多いと思われる。

このように、狐への信仰が強まったからこそ、反面の祟りを恐れる面も強まったとも言えるし、狐の利益をもたらす面は、稲荷に持って行かれたので、害悪をもたらす面が、特に「狐憑き」としての狐に付与されたと言うこともできる。

いずれにしても、「狐憑き」は、両義的な要素をはらみつつも、人間を超えた自然と繋がる、狐への特別の信仰があるからこそ、広まっているのである。

「狐」というのは、既にみたように、一般的な庶民の理解では、普段接している、動物としての「狐」そのもの(の霊)とみなされ、あるいは、混同ないし同一視されていた可能性もあるが、本来は、「精霊」としての「狐」のことである。

日本の伝統文化では、霊的存在としての「神々」のほか、「龍」や「河童」その他の「精霊的存在」が信じられていたが、「狐」も、そのような「精霊的存在」の一種ということである。ただ、「狐」自体は実際に存在する動物でもあるので、「狐」そのものと同一視される可能性も高かったと言える。

「精霊的存在」は、「自然」との繋がりの強い、「神々」と人間との中間に位置する、両義的な存在である。そのような精霊は、「物質化」して、あるいは何らかの形をまとって、人の前に現れることもあるのであるが、その場合、あえて狐として姿を現すことも多かったと思われる。それは、狐が、まさに身近なものとして人々に信仰されていたからこそで、「近づき難い」神々でもなく、「身近過ぎる」人そのものでもないという位置にあって、人間に触れるのにもっとも適当だったと思われるのである。このことも、「狐」が特別に信仰されることや、「狐憑き」を多く生じせしめた理由となっていると思われる。

内藤憲吾著『お稲荷さんと霊能者』(河出文庫)という本は、「オダイ」と呼ばれる稲荷の神に仕えるシャーマンないし霊能者を取材したもので、興味深く、参考になるものが多い。この霊能者は、予言や様々な霊能、物理的な超能力などを発揮した伝説的な存在のようだが、実際に交流する者として、稲荷は、「神々」であるが、その使いである「狐」は、「白狐」と呼ばれる「精霊的存在」であると言っている。

「狐憑き」については、既に述べたように、「修験者」や「巫女」あるいは、この「オダイ」の場合のように、それらの者が、起こっている現象を、「狐憑き」であると宣言し、「狐落とし」によって解消させることが、「狐憑き」をかくも広めることに作用しているということがある。

特に、江戸期の稲荷信仰が広まった頃には、「狐憑き」も広まっているが、それらに関わる「宗教者」たちが、あえて、商売や名声の獲得のために、そのような「宣伝」を広めたということは、当然あると思われる。早く言えば、「詐欺的な商法」である。また、「狐憑き」という信仰が広まり、その一般的な型のようなものが、庶民に広く行き渡れば、多くの者が、その型に沿う現象を、「狐憑き」と考えることも多くなる。「狐憑き」とされる現象のかなりのものが、このようなことから生じている可能性は高いと言わざるを得ない。

しかし、『お稲荷さんと霊能者』の場合もそうだし、現代でも、「狐憑き」が実際に生きている地方や集団はあり、その真実性を十分察知させるフィールドワーク的な研究はかなりある。また、日本以外の場合でも、「狐」ではないにしても、「精霊的存在」が「憑く」という現象は、先住民文化などをフィールドワークしたものから、実際に、その通りに解されるだけの内容をもって、多く知られている。

日本の場合にも、伝統文化が、長い間、シャーマンや一般の者の儀式などを通して、引き継いで来た、「狐憑き」という「精霊が憑く」現象は、実際にあったものとして、十分肯うことができると思うのである。

江戸期の「狐憑き」の広まりにおいても、そのすべてが集団ヒステリー的な「催眠的現象」であったり、宗教者の捏造に過ぎないなどということは、とても考えられないのである。

あるいは、「人格が変換」することは、現代では、「人格の解離」などとも解され、抽象的には、確かにそのような場合もあっただろうが、記事『マイナスエネルギーを浄化する方法』や『人格解離』で見たように、両者は、具体的には、区別することが可能である。実際に、「解離」ということではなく、「他者的な存在」が憑いたとしか考えられない場合は、確かにあったということである。

しかし、明治以降、このような「狐憑き」は、「迷信」として否定され、「精神病」とみなされることになる。次回は、その過程を、少し詳しく追ってみる。 

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