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2023年7月

2023年7月17日 (月)

『日本人はなぜキツネにだまされなくなったのか』

「オカルトを否定する世界観の根本的変化は、なぜ起こったのか」の本論に入る前に、『精神病の日本近代』と同じく、このテーマに絡む重要な本を読んだので、今回はそれを紹介しておきたい。

本というのは、内山節著『日本人はなぜキツネにだまされなくなったのか(講談社現代新書)である。非常に読みやすく、分かり易い文章で、この問題について興味深く、鋭い考察をしている。私としては、共感する部分も多い。

著者は、多くの村々を訪ねて、人々に話を聞いて回っているのだが、日本人は、1965年頃までは、「狐にだまされる」ということを普通に経験していた。そういう話が、どこでも当たり前に、聞かれたのである。ところが、1965年頃を境にして、狐にだまされるという話が、現にある話として、新たに生み出されることはなくなった。人々は、「狐にだまされることがなくなった」のである。それは、なぜなのかということを問うている。

「狐にだまされる」とは、狐に悪さをされる、化かされるなどのことで、いろいろなパターンがあるが、大体において、共通する要素がある。人間は、持っていた食べ物を取られるというのが多いが、狐は、不思議な「術」を使ってだまして、その隙に食べ物を取るのである。

たとえば、急に気候が変わったので、荷物を置いて服のボタンを締めていると、その隙に狐が出て来て食べ物を取るとか、自転車が急に動かなくなったので、降りて確かめていると、狐が出て来て荷台の食べ物をもっていくなどである。

また、旅人や女性など、人の姿に化けて、話しかけ、油断させている間に食べ物をもっていくというのは、「化かされた」ということになる。この場合、最後に逃げるときは、狐の姿に戻っているので、狐の仕業と分かる。

このような話が山ほどあって、1965年頃までは、「生きていた」のにもかかわらず、その頃を境にそういう話が、発生しなくなるのである。

私も、1965年頃は、生まれて数年の頃だが、子供の頃、ちょっと昔には、「狐にだまされる」という話がよくあったことを聞いた。親や大人だけでなく、同世代の子供も、そういう話をした。しかし、現にそういうことを体験したという話を「生きた」ものとして聞いたことは、一度もないのである。まさに、そういう話がなくなる頃に、育っているわけである。

「狐にだまされる」というのは、『精神病の日本近代』で扱われた「もの憑き」の代表である「狐憑き」と同類のものだが、それと比べると、狐との関わり方や、影響の受け方が、「ソフト」な形態と言える。

「狐憑き」が「精神病」とみなされるような、世界観の根本的変化が始まったのが、明治期だが、それは、庶民のレベルで、一気になされたというわけではない。迷信撲滅の運動が繰り返されたり、西洋医学や精神病の扱いを広く浸透させることで、かなりの時間をかけてなされたのである。(この辺りは、次回にもう少しくわしくみる。)

そういうことを通して、「狐憑き」という「ハード」な形態は、かなり信じられなくなり、衰退したが、よりソフトな「狐にだまされる」という形態は、1965年頃まで、しぶとく「生き続けた」ということが言える。しかし、1965年頃には、そのようなものも、衰退するに至る。

 

つまり、1965年頃というのは、「明治以来の世界観の根本的な変化がほぼ完結した」時代と言うことができる。「狐にだまされなくなった」というのは、その象徴である。

著者は、なぜその頃に、狐にだまされなくなったのかということも、多くの人に意見を聞いて回っている。その回答は、いくつかあるが、それぞれ著者がよくまとめて、うまく説明しているので、説得力のあるものになっている。

一番多いのは、高度経済成長期の人間の変化である。1956年頃から大量生産による高度経済成長がなされて、1965年頃には、それが日本中に浸透していく。そして、その方向を進むことで、人々が幸せになることの確信が生まれていく。それまでの「自然」に代わって、「経済」こそが人間に幸せをもたらす「神」のように崇拝されるようになるのである。そのことによる人間の変化が狐にだまされることをなくしたということである。

著者は、次のようにまとめている。

「自然や神々、歴史などと自分との間に、大事なコミュニケーションが成立していることを感じながら暮らしていた人々が、その精神を衰弱させ、経済を媒介としたコミュニケーションを中心にして、自分の精神をつくりだすようになる。

そのとき、キツネからの働きかけに応じる能力を人間は失なった、と多くの人たちが推測する。」

次に、科学の時代における人間の変化ということが挙げられる。

一般に、太平洋戦争の敗戦は、アメリカの「物量」に対して、日本は「大和魂」、「日本的精神」などの精神的なもので対抗したが、それが及ばなかった結果という風に認識される。その後、科学が発展するにつれ、改めて「物量」の力が再認識され、科学で説明のつかないことは、「迷信」「まやかし」として否定する精神風土を作りだした。かつては、「大和魂」とか「日本的精神」など非科学的な信条を信じていたが故に敗戦したという「反省」を含めて、非科学的なものは誤りとみなす風潮が広がっていった。「狐にだまされる」ということも、そのような迷信に過ぎないとして、捨て去られるようになったのである。

次に、新聞やテレビ、雑誌など情報の伝達方法の変化があげられる。かつては、地域の人々の生の伝聞で情報が伝えられたが、新聞、テレビ、雑誌など全国的に画一化された情報が伝わり、共有されるようになった。かつての生の伝聞的な情報は、それらと対抗し、そのままでは信じるに値しないものとなった。それが、狐との間に成立していたコミュニケ―ションを衰退されたということである。

次に、進学率の向上により教育が行き届いたことがあげられる。近代社会の価値観を前提とする、画一的な教育が、多くの人に行き渡ったということである。

そして、次に、死んだら、神々や祖先のいる「自然」へと帰るという死生観の変化があげられる。かつてのような「帰るべき自然」を失って、狐というのも、その意味での「自然」を代表する一部ではなくなったのである。そして、生と死は、裸の個人のものに帰されるようになった。

これはまさに、『精神病の日本近代』でも言われた、「繋がりや関係のもとにある心身」から、「切り離された個としての心身」への変化ということと重なっている

著者のまとめを引用すると、

「生と死は、自然と共同体という包んでくれる世界があるからこそ成立するものであった。ところが近代社会が形成されてくると、人間は自然から離脱し、共同体からも離散するようになる。包んでいる世界がなくなったのである。包まれていた世界と響きあっていた個人が、響きあわない個人になっていったのである。

そのとき響きあっていた自然、あるいは自然の生き物たちとの結び方が変わったとしても、それは当然の結果であろう。」

「包まれていた世界」と「響きあっていた個人」というのが、「繋がりと関係のもとにあった心身」というのに対応する。そして、それが失われて、「響き合わない個人」となったというのが、「切り離された個人の心身」というのに対応している。

次に、これも上のものと関連するが、自然観の変化が挙げられる。かつては、自然は、「おのずから然る」という「自然(じねん)」という意味で捉えられた。それは、人間を包み込んだうえで、それ自体がまさにそのようにあるという、人間を超えた働きとして捉えられたのである。それが、西洋流の、人間と対立する、客観的な「自然(ネイチャー)」として認識されるようになった。それで、狐も人間をだませるようなものではなくなったということである。

あるいは、狐の側が変わったという意見もある。人間をだます狐は、「齢を重ねて霊力を身につけた老獪なキツネ」と考えられたが、森林が変化して、そのような狐が生きる余地がなくなり、元気な若い狐しかいなくなったということである。

森林の変化というのは、「拡大造林」によって、天然林を伐採し、経済的に価値の高い針葉樹の人工林に置き換えられたということである。また焼畑も消滅し、それが、かつての狐の生きる余地を失しめ、小動物対策として、新しく「養殖ギツネ」が導入されたが、それらはもはや、本来の狐の能力をもたなくなったということである。

これらの説明は、互いに関連するものだが、どれもそれなりの説得力を持っている。経済成長によって人間の見方が変わったというのは、科学の発展の結果ということもできるし、それは情報の形態の変化とも関わっている。それらが相まって、かつての世界観の根本的変化がなされたということである。そして、それは、「包まれていた世界」と「響きあっていた個人」から、「響き合わない個人」への変化という言葉で、象徴的に言い表される。それは、「繋がりと関係のもとにあった心身」から「切り離された個人の心身」という言い方とも、重なり合っている。

このような、世界観の変化は、明治期に始まったが、それが完結するのが、1965年頃と言えるのである。

前回、「科学の発達」は、世界観の根本的変化の理由とはならないと述べたが、この世界観の根本的変化の「完結」においては、確かに、科学の発達ということも、大きな理由として関わっていると言える。

明治期の世界観の変化は、近代文明の思想と技術の取入れをもたらし、「科学の発達」を浸透させたが、それは、1965年頃において、一つの「成功」をもたらし、世界観の根本的変化の完結において、大きな力を発揮した、ということである。

しかし、明治期からの変化の大きな流れとしてみるならば、それは、「狐にだまされなくなった」理由としては、十分のものがあると言えても、世界観の根本的な変化そのものをもたらす理由としては、本質的なものとは言えない。あくまで、その流れの結果として、「完結」をもたらすことに大きく貢献したということである。

著者は、「狐にだまされなくなった」理由として、世界観の根本的変化を独自に考察している。人間は、「知性」のレベル、「身体性」のレベル、「生命性」のレベルで複合的に生きている。かつては、「知性」では捉えられない部分を重視し、「身体性」のレベルでは「目に見える」自然と関わり、「生命性」のレベルでは、神々や祖先という「自然の奥」にある「見えない」存在を信じていた。そして、それが、人々の関わる「目に見える」「自然」と一体をなして、我々の元に現れるものと信じていた。

しかし、近代文明を取り入れた、1965年以降は、「知性」のレベルのみが肥大し、「身体性」や「生命性」のレベルの認識が衰弱する。従って、かつてのような見方が失われ、「狐にだまされる」ということもなくなったのだとしている。

ただし、「生命性」のレベルのことは、「目に見えない」レベルのことなので、「知性」で、それ以上、そのことに踏み込むことはできないとしている。

しかし、私は、この考えは、大枠で受け入れられるが、やはり、世界観の根本的な変化の理由としては、抽象的に過ぎるし、本質的な理由とは言えないと思う。

「生命性」という、「見えない」レベルの認識というのは重要な視点だが、それが失われるということは、要は、「オカルト的なもの」の見方が失われたということである。「目に見えない」レベルのことであっても、「オカルト的なもの」に着眼すれば、そのこと自体に踏み込むことはできないことではないし、そうしない限り、その世界観の根本的な変化の理由は、本質的なレベルで、明らかにはならないと言うべきなのである。

前回も述べたように、「オカルト的なもの」が否定された理由して捉え返して、初めて、そこに迫ることができるということである。

そういうわけで、次回は、「オカルトを否定する世界観の根本的変化は、なぜ起こったのか」の本論に入っていきたい。

 

2023年7月 3日 (月)

オカルトを否定する世界観の根本的変化は、なぜ起こったのか 序 —「世界観の根本的変化」とは

今回から、何回かにわたって、前回みたような「世界観の根本的変化」はなぜ起こったのかについて、少し詳しく述べたい。

前回みた「世界観の根本的変化」とは、<「憑く心身」から「病む心身」へ>という言葉で端的に表されたように、「憑きもの」という捉え方から、「精神病」という捉え方への変化を意味した。

「憑きもの」は、憑かれる者を通して現れるが、関係や繋がりの問題であり、共同体の全体にかかわる、「外部的」な影響力の現われである。また、生霊、死霊、精霊、神々などの「見えない」「霊的」影響力の現われでもある。

それらが、「病む者」の個人的な心身の問題に帰され、「精神病」と捉えられるというのは、それまでの見方の中核である、外部的影響力も、霊的影響力も否定して、問題を個人の内部に閉じ込めるものである。このようなことが、世界観を「根本的」に変えるものであるのは、容易に理解できることだろう。

しかし、「世界観の根本的変化」とは、単に、そのような見方の大きな変化を意味するだけではなく、「物事を解釈する枠組み」が、根本的に変わったということを意味しているのである。

それは、「ある事実」というのがあって、それに対する「解釈」が変わったということではなくて、「ある事実」というものそのものを創出する、「ものの見方の枠組み」が変わったということである。

だから、前回も指摘したように、「病気」として捉えられるような「事実」そのものは昔もあって、ただそれに対する解釈が、「憑きもの」から「精神病」に変わったということではない。

「ある事実」というものそのものが、「憑きもの」という世界観の枠組みで捉えられるのと、「精神病」という世界観の枠組みで捉えられるのでは、全く異なるのである。実際、「憑かれた者」のとる言動と「精神病とされる者」がとる行動では、大きく異なるものがある。それらは、「世界観」と結びついて起こるものなので、それを抜きにして、「ある事実」として、取り出せるような事態ではないのである。

(ただ、抽象的、観念的には、両者に共通の要素が見出されるのは確かで、たとえば、「周りが問題視するほどの混乱や錯乱」、「周りの者が見たり聞いたりしないものを、見たり聞いたりする」というのが挙げられる。それが「世界観の根本的な変化」の元に、別な現象として現れ出たものとみなすことはできないことではない、ということである。)

トーマス・クーンは、『科学革命の構造』(みすず書房)という本で、たとえば、ニュートン的な古典力学から、アインシュタインの相対性理論、あるいは量子力学への変化は、科学の発達の結果、「連続的」に起こったのではなく、「パラダイム」(事実を構成する概念枠組み)の根本的な転換が起こった結果、全く新たな見方の元に捉えられるようになったことを明らかにしている。

「憑きもの」から「精神病」への「世界観の根本的変化」というのも、この「パラダイムの転換」というのと、同様なものとみなし得る。

このこととも、かかわるが、このような「世界観の変化」は、要するに、「科学」が発達した結果、当然に起こったのではないか、という見方をする人も多いと思われる。

それまでは、科学なるものがなかったので、「憑きもの」なるものが信じられたが、「科学」が発達したので、それらは「迷信」であることが判明し、「病気」という捉え方が当然になされたという見方である。

しかし、後にもう少し詳しくみるが、「科学」が発達したのは、それまでの見方が否定されて、「科学」を採用し、それを押し進めたからであって、その前からなのではない。「憑きもの」が「迷信」として否定されたのも、まだ科学が発達する前であり、「迷信」として否定するあり方も、実際、「科学的」と言えるようなものでは全くない。

むしろ、それまでの「憑きもの」のような見方を否定する、「世界観の根本的な変化」があったから、「科学」を採用し、発達させる方向に行けたのであって、それは全く逆なのである。むしろ、「物質科学」というものを発達させたいがために、「世界観の根本的な変化」を起こしたという方が、正しいのである。

従って、なぜ「世界観の根本的な変化」が起こったのかということに対して、「科学」が発達したからというのは理由にはならない

さらに、この「世界観の根本的変化」は、ある者とそれを取り巻く世界との関係や繋がりを否定し、切り離された「個人」の心身を専ら問題にするという、重要な見方の変化をもたらしたのだった。また、既にみたように、それまでの文化や信仰の基盤とも言える、「見えない」「霊的なもの」の影響力を否定するという、根底的な変化をもたらしたのでもあった。

この「見えない」「霊的なもの」の影響力の否定というのを、私は、「オカルト的なもの」の否定として、括ろうと思う。実際、「オカルト的なもの」を、一般的にみなされるように、「おどろおどろしいもの」つまり、「闇に関わるもの」とみても、本来の意味で「隠されたもの」とみても、それはよくあてはまるからである。

詳しくは、次回からみていくが、「憑きもの」にしてもそうであるように、まずは、我々にとって、「おどろおどろしい」「闇にかかわるもの」が否定されることで、「見えない」「霊的なもの」一般が否定されていくのである。

また、「隠されたもの」としての「オカルト的なもの」というのは、要は、我々の目に見えている個々の事物の背後にあって、「関係」や「繋がり」をもたらしているものであるから、その否定というのは、結局、先にみた「関係」や「繋がり」の否定という部分にも関わって来るのである。

「憑きもの」から「精神病」への「世界観の根本的な変化」というのは、この「オカルト的なもの」の否定ということを象徴する、非常に重要な事態なのであるが、問題設定としては、「オカルト的なもの」の否定ということで、より本質的に捉え返すことができる。

そういうわけで、今回は、この問題を述べる前に、序説として、注意すべき点を確認しておいた。

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