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2023年5月10日 (水)

「虚無感」は根源的なものであること 1

記事『「うつ」の原因』や『「うつ」を克服して「薬を使わない精神科医」』などで、「うつ」というのは、「虚無感」の抑圧ということが、根底にあることを述べていた。喪失的な出来事などのストレスがきっかけとなって、せき止められていた「虚無感」が一気に押し寄せるように、迫って来ることが、「うつ」の大きな原因となるのである。

「虚無感」の抑圧は、本来「虚無感」を内に抱えているにも拘わらず、それをよくないものとして抑え込み、それから逃れるように、忙しく(社会的に適応して)行動しようとすることから生じる。それが、かえって、内に「虚無感」を大きく醸成させて、いざそれが一気に押し寄せたときに、対処できないものにまでしてしまうのである。

だから、基本として、本来ある「虚無感」を、あるがままに受け入れるということが、重要になる。

しかし、それは、もちろん容易なことではない。記事では「うつ」に関して述べたが、この「虚無感」の問題は、うつに限らず、現代人一般の大きな問題と言うべきである。

そこで、ここでは、この「虚無感」というのは、人間というよりも、あらゆる存在の根底にある、「虚無」から来る、「根源的なもの」であること。従って、それを回避したり、どうこうしようとすることは無意味であり、「受け入れる」しか手がないものであることを、改めて認識することが、重要な鍵となることを述べたい。

あらゆる存在の根底にある「虚無」については、これまで何度も述べて来た。統合失調の場合、この「虚無」は、実体的なものとして迫って来もするが、「うつ」の場合、あるいは一般に多くの場合は、間接的に「虚無感」として感じ取られるものとなる。

根底的な「虚無」そのものは、よいものでも悪いものでもなく、まさに「無」のものである。しかし、我々にとって、この「虚無」は、否定的なものとして、意識されざるを得ないものがある。

そもそも、「無」ほど、知的な理解を拒むものはない。それは、「未知のもの」ではなく、本来的に、「不可知のもの」と言うべきである。様々な哲学の対象として、取り上げられもしたが、誰も明解に説いた者はいないし、宇宙人のチャネリングものでも、この「無」について説き明かしたものはない。ミナミAアシュタールのアシュタールも、率直に、「無については、分からない」と述べている。

またそれは、一切の枠組みがないことであるから、我々が「何者かであろう」とする限り、つまり何らかの枠組みをもつ、「有的なもの」であろうとする限り、それを突き崩すような、否定的な意味合いを突きつけて来る。

たとえば、我々は、我々の存在や行動に、常に、何らかの「意味」を求め、見いだそうとする。しかし、本来「虚無」そのものに、「意味」などないから、結局は、我々の存在や行動は、「無意味」ではないかということを、突きつけて来ることにもなる。

だから、我々は、そのような厄介なものを、極力意識しないようにし、あるいは、よからぬものと思って、押さえつけようとする。

実は、この「虚無感の回避」は、近代の社会においてこそ、切実な問題となった。というよりも、近代社会は、それまで遠ざけられていた、「虚無」を身近に引き寄せて、意識され易いものとする一方で、それを回避することを原動力にしてこそ、作られたシステムなのである。

「虚無」が身近なものとして引き寄せられたからこそ、その「虚無」を回避し、抑圧しようとする動機も高まるのである。

それまでは、「神」や「神々」が、人々のよりどころとしてあり、「虚無」は遠ざけられていた。しかし、その「神」や「神々」をなきものとし、「虚無」を露わにして、身近に引き寄せたのが、近代社会なのである。

ニーチェも、当時の「ニヒリズムの時代」と言われる状況を、「無のために神をいけにえに捧げるという、究極の逆説」がなされたものと述べている。

さらに、「神」や「神々」をなきものとすることは、「物質的なもの」だけが存在するものであるという、「唯物論」をももたらした。それで、我々を取り巻く宇宙は、ただの偶然の産物ということになり、我々は死ねば、無に帰すだけのものということにもなった。

これらは、「虚無」そのものから当然にもたらされたわけではなく、その周りに、観念的にまとわされたものだが、結果として、より「虚無感」を強烈に強めることになった。

と同時に、その露わとなり、身近に迫った、強烈な「虚無感」から逃れ、忘れることを動力源として、産業的に活発に動き続ける、「忙しい」社会を築き上げたのである。

これは、「捕食者」からすれば、見事に目的を達する社会である。人を忙しく、その社会のシステムの中で労働または行動させることで、彼らの目的のために使役するとともに、矛盾を感じて、その社会から抜け出すことを難しくさせる。その社会のシステムのすぐ外には、「虚無」が、露わに迫っているからである。また、人々の心に潜む、慢性的な「虚無感」から、彼らの食糧である感情エネルギーを、継続的に搾取できる。

とは言え、それは、危うさを秘めたものでもある。確かに、そのシステムの中にどっぷりとつかり、矛盾を感じることもなく、「適応」していれば、その「虚無感」はごまかせ続けるだろう。しかし、何かのきっかけで、たがが外れれば、「虚無感」は一気に押し寄せて、爆発し、もはや、システムの中で機能することを難しくさせるからである。

「うつ」というのも、このようなシステムの中でこそ陥り、増えて行くものと言える。

しかし、既にみたように、「神」や「神々」のいる時代にしても、根底に「虚無」が控えていたことに変わりはなく、ただ遠ざけられていただけである。「虚無」は根源的なものである以上、どのような時代や社会システムであろうと、そのこと自体は変わりようがないのである。

むしろ、近代社会は、そのシステムから少しでも離れてみれば、「虚無」を身近なものとして感じることを、可能にしたものということができる。

「虚無」を抑圧したり、ごまかすのではなく、「受け入れる」ことが、なされ易い状況を生んだということである。

次回は、さらに、「虚無」が根源的なものであること、受け入れるしかないものであることを、もう少し具体的に述べたい。

 

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コメント

お久しぶりです。
『無』についてですが、一般的にはいいイメージがないのですね。
私は若い時いつも「神様はなんでこんな世界を創ったのだろう。『無』でいいのに。
喜びも楽しみも無い代わりに悲しみも苦しみもない、それでいいのに。」
と思ってました。

>さらに、「神」や「神々」をなきものとすることは、「物質的なもの」だけが存在するものであるという、「唯物論」をももたらした。

『無』の本質を考えたら「物質的なもの」すら意味のないものになるので、「唯物論」が如何に都合よく人々を動かしてきたかが分かりますね。

ただ、神様はこの世界を創った目的は「弥栄」の為である、日月神示でもそう書いてますね。
悲しみも苦しみも喜びに繋がる、そうです。

名無しさん、お久しぶりです。

そうですね。記事では、「無はよくないもの」と思いなすと表現しましたが、実際には、単純に
「怖い」のだと思います。

「怖い」ということは、本当は、それにかなりのリアリティを感じているということでもありますね。それは、近代以降、「唯物論」で、塗り固められたが故という面も大きいと思いますが。いずれにしても、それをごまかすことから始まった文明に、大した意義があるとは思えません。

「無」を受け容れることは、「自由」につながることなど、肯定的な面については、次回に述べたいと思っています。

「無」が怖いという感覚はなかったですね。
恐怖に感じる対象はたくさんありますけど、「無」はそれすらない世界観でしたので。
たしか、私の好きな映画の「ネバ―エンディングストーリー」も「無」が恐怖の対象として描かれていたと思います。
それを伝える狼はめちゃくちゃ怖かったけど、「無」が恐怖というところは共感できなかったですね。
話が先走っちゃってすみません。

あと、「唯物論」は目に見える世界だけで判断して目に見えない世界を無視する世界観でしたね。
目に見えない世界を否定することで恐怖を取り除いたつもりが、却って対象が曖昧になり得体のしれない恐怖におびえることになったのですね。


>悲しみも苦しみも喜びに繋がる、そうです。

こんな文章で終わっていたら危険でしたね…汗
これを悪利用するのが、サイコパスだったり、いわゆる陰謀論に出てくる存在、戦争をする存在なのかなと思ってます。
結構こういう表現は聖書とかでも出てきたと思うので。
ただし、神示でも人が人を傷つけることは外道である、と書かれています。
本来わざわざ人が恐怖を作り出さなくても、今日もあった地震など、自然災害だったり病だったり普通に生きていても悲しみ苦しみは与えられます。
生と死という二極に分かれた時点でおのずと恐怖や苦しみは生まれるからです。
だからこそ、助け合って乗り越えるべきなのに、本当になんでこんなことになるのでしょうか。
まぁ、神示にはそれも計画の内とあるのでもちろん意味はあるのでしょうけど。

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