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2023年2月

2023年2月25日 (土)

気球撃墜の茶番性とUFO関連情報の操作

先般、中国の気球が米国の領空に侵入したということで、米軍の戦闘機に撃墜されるという事件があった。軍用施設偵察用の気球ということで、撃ち落とされたわけだが、この事件には、何とも言えない「茶番性」を感じずにはいられない。

(もちろん、それは見かけであり、内部には高度な装置を装備していたのではあろうが)、気球という時代錯誤的なものが、高度な戦闘機の最新鋭のミサイルで撃ち落とされるというミスマッチ感は、そこはかとなく「茶番性」を醸し出している。気球というのは、一種のカモフラージュなのだとしても、その感は拭えない。

みなみAアシュタールのさくやさんも、現代という、様々な偵察衛星や、情報機器が、他国の軍事施設を裸にするほど覗ける時代に、「気球」というのは、おかしいでしょと、笑っていた。(https://www.youtube.com/watch?v=xJSUVFG0VQk&t=1600s 参照)

実は、私は、この事件が起こる少し前に、1947年、米国のロズウェルで起こったUFO墜落事件を思い起こしていた。初め軍は、「墜落したUFOを回収した」と発表していたのだが、ことが大きく報道されて混乱が起こった後に、回収したのは、墜落した気象観測用の気球だったと訂正して発表した。そのとき、気球を回収した映像を付けていたのだが、その映像にも、なんとも言えない茶番ぽさを感じていたのである。

UFOという地球レベルの科学技術を超えた高度な機械と、地球でも最もシンプルな飛行手段である気球というものを、軍が取り間違えるとなどということが起こるかということ、さらに、軍の人達が撃ち落とされた気球の残骸を広げて撮っていた写真には、何かこれ見よがしな、嘘っぽさが漂っていた。

そして、これは起こってしまってから言っても、信じてもらえないだろうが、その気球の残骸を広げている写真に近いようなことが、近いうちにまた起こる気がしていたのである。

で、実際、中国の気球が撃墜された事件を知り、軍がその気球の残骸を回収している写真を見たときは、自分でもちょっと驚いた。その写真も、まさに、ロズウェル事件のときの写真と似たものがあり、同じように、茶番ぽい感じが漂っていたのだ。

このような、見るからにミスマッチ的な茶番性は、最近の安倍元首相暗殺事件のときもあったし、記事でも何度かとりあげた、「集団ストーカー」なるものを受けたとする事件にも、漂っているものだ。

安倍元首相暗殺事件では、報道された事実や映像以外の点に、茶番性は多くあるが、報道された映像からも、十分漂って来るものがある。私は、特に、報道の最後の場面で、容疑者が使ったとされる手製の銃がアップにされたシーンに、それを感じた。日本でも、主要な地位にある大物の人物の暗殺事件という、ことの大きさと、それこそ、かまぼこ板に鉄の筒をテープで巻いただけのように見える、おもちゃのような銃で撃たれたということの、ミスマッチさを、際立てるシーンだったのである。

実際に、そのような銃で十分の殺傷能力を持ち得るのではあろうが、全体から受ける印象としては、茶番性を物語る象徴的なものに感じた。

「集団ストーカー」なるものも、ターゲットの言動や思考を常時監視する、高度な技術が使用されるとされながら、大勢の人物を使って執拗につきまとい、何十年もただ嫌がらせを繰り返すという、顕著なミスマッチ感が、茶番性を浮き上がらせている。

これらの「茶番性」は、必ずしも、直ちにその事件そのものが「嘘」、「作り事」であることを意味するというのではなく、その事件の全体の印象として、そこはかとなく漂っているのが、重要なのである。

そして、私からすれば、このような茶番性は、背後の「捕食者」から来るのであるのが明白で、事件の背後で「捕食者」が仕掛けているのであることを、如実に物語っている

捕食者は、何はともあれ、このような「茶番」が大好きで、愉快なのである。彼らのすることには、その意図が何であれ、嫌でも、このようなものが漂ってしまうとも言える。

ただし、個々の事件には、それぞれに、もっと「現実的」な目的や意図が含まれているのも事実である。

気球撃墜について言うと、さくやさんも指摘しているように、戦争の危機、恐怖を煽るということがまずあるだろう。

ただ、私は、さらに、これには、実際に、ロズウェル事件とも関わるような、UFO関連情報の操作の意図もあるのだと思う。

ロズウェル事件では、UFOが墜落して回収されたということで、大きな話題になり、混乱も生じたが、気象観測用の気球だったということで、一応の落着を見た。この件は、宇宙人が来ているのかと、興味をそそらせるUFOなるものも、よく調べてみれば、その実体は、このようなものに過ぎないのだ、という印象をもたらすことにも成功した。

ところが、米国防総省は、最近新たにUFO調査機関を設置したことを発表した。その前に、米海軍の撮った鮮明なUFO映像や、UFO調査を極秘裏に続行していたことが暴露されたことを受けてのものだ。

私は、記事『米UFO調査機関新設の意図』で、UFOの存在自体は、隠しきれなくなっていることと、UFOは、地球にとって脅威であるとの印象をもたらすことで、世界が統一して対処する必要、つまり世界統一政府の必要を訴える、強力な道具になることを述べていた。

地球規模の戦争ということでも、世界統一政府の実現を訴えかけることはできるが、それが十分効かないときにも、「宇宙からの侵入」という危機の演出は、大きな力を発揮すると思われているのだ。

しかし、支配層にとって、UFOの存在を一気に、大々的に公開してしまうことは、大きな危険も伴う。混乱やパニックが過ぎれば、彼らの管理が効かなくなる可能性があるし、何よりも、彼らの都合で作り出された(近代社会の)「常識」が、UFOの存在とともに、一気に崩れてしまう可能性もある。

だから、UFO調査機関の新設は、それが一般のどのような反応を呼ぶか、様子見の意図もあったと思われるが、彼らとしては、UFOが存在することを認めたかのように報道されたり、思われたりすることは、まずいという思いがあったようである。

日本でも、一般のメディアは、めったにUFOのことなど報道しなかったが、最近はちょくちょくみられるようになったし、NHKは、『コズミックフロント』という番組で、UFOについて肯定的に、かなり踏み込んだ番組も放映した。(記事『「コズミック フロント UFOの真実」』参照)

今回の事件には、このような流れはヤバいとして、ロズウェル事件のときと同じように、「UFOなんて、実際には、気球に過ぎないんだ」という印象を、醸し出そうとしたという意図も、あったのだと思われる。

ところが、一方で、未確認の飛行物体を撃墜したという事件が、この事件の他にもいくつか起こり、そちらの方は、今もそれが何であったか不明ということになっている。

中国の気球と同じようなものだろうという、印象は持たせつつも、そうではなく、実際に地球上のものではない「UFO」かもしれないという含みは、残しているとみられるのである。

大きなリスクを含みつつも、世界統一政府実現にとっての、強力な道具となる「UFO」の話題性を、収束させてしまうことは、望んでいないことが分かる。

支配層は、今後も、様子を見ながら、「UFO」を使って、いろいろ仕掛けていきたいとは思っているはずである。

 

2023年2月11日 (土)

「デマ」、「陰謀論」、「オカルト」、「病気」—「ワクチンの境界」と「病気の境界」

國部克彦著『ワクチンの境界—権力と倫理の力学』(アメージング出版)という本があって、ワクチンそのものというよりも、ワクチンをめぐる人々の言説や態度について、「権力」と「倫理」の観点から鋭い考察をしている。

実際、問題は、ワクチンそのものにもあるけれども、ワクチンをめぐってなされる人々の反応の方にも大きくあり、それは我々自身の自覚と考察により、変えられ得る部分なのだ。

著者は、特に、厚労省や医療機関、メディアなどによる、ワクチンの「正しい」情報とされるものを問題にする。これらには、ワクチンの効果を否定したり、疑問視する言説を、「デマ」や「陰謀論」と決めつけることで、自分たちの主張を「正しい」ものと印象づけようとするものが多くある。

実際、ネットその他には、根拠もなく反ワクチン的な言説を煽るものがあるのは事実である。しかし、これらの言説が、「デマ」や「陰謀論」と決めつけるものには、研究者がそれなりの根拠をあげて主張しているものを、明らかに含んでいる。それに対して、自分らの「正しい」とする根拠には、明確なものが示されていないのである。

そして、重要な指摘として、初めワクチンの接種は任意というスタンスであったにも拘らず、人々の大半の接種が進んで、接種者が多数になった時点で、このようなワクチンを事実上強制する方向での言説が多くなったことをあげている。

要するに、ワクチンをめぐる言説は、多数の者による、「権力」的な押しつけの要素が高まってきているのである。あるいは、あからさまに、「政治的な言説」になって来ているのである。

著者は、「権力」の問題を、フーコーなども参照しながら、全体の意思が(意識的あるいは無意識的に)作り上げた、「システム」の問題としている。個々の人間は、そのシステムに隷属するものでしかなく、表面上権力者の位置にいる者であっても、そのことに変わりはない。だから、特定の誰かが、そのような権力を維持すべく、戦略的になしていることとみる「陰謀論」とは、明白に異なるとしている。

要は、我々の恐怖や不安、欲望、自己保存等の問題なのである。

著者は、ワクチンをめぐる言説を問題としているが、実は、このような指摘は、我々の恐怖や不安、欲望、自己保存等の関わる多くの問題に当てはまるものである。

「デマ」、「陰謀論」という、マイナスイメージを喚起する、決めつけ的な言葉によって、自己の「正しさ」を印象づけようとすることは、様々な領域でなされることで、ほかにも、「オカルト」という言い方も、これに含まれる。

そして、実は、精神の領域において(実際は、「精神の領域」に限らないのだが、ここでは一応特定しておく)、「病気」という決めつけ的な対応がなされることも、これと全く同じことなのである。

多数の者が、(精神医学という)既成のシステムに則って、「病気」という決めつけをすることで、明確な根拠があるわけではなくとも、社会的に不都合な者を、隔離したり、治療(更生)させることを正当化できる。そして、そうすることで、自らが「正しい」(正常)ということを、再確認できるのである。これは、自分らに、「病気」の不安があるからこそ、そうする必要があるということでもある。()

重要なことは、それも、我々が(近代社会の)システムとして作り上げていることで、特定の誰かを問題にすれば済むというものではなく、我々自身がそれを自覚しない限り、変わりようがないということである。()

著者は、「ワクチンの境界」という言い方をしてるが、それに倣って言えば、この問題は、「病気の境界」なのだと言える。「ワクチン」は、「病気」という恐怖や不安に絡んで、なされるものだから、実際には、これらは、十分絡み合っていることが分かるだろう。

ただし、著者のように、全体としての「権力」を問題にするだけでは、抽象的で、具体的なとっかかりに欠ける面があるのも確かだろう。

実際には、人間に限らないが、特定の者だったり、存在が、このようなシステム作りに大いに関わっていて、それを維持すべく大きな働きかけをしているのも事実だから、それに気づくことで、具体的なとっかかりが見つかり、その隷属状態から離れることを意図できるという面もある。

これまで何度も言って来たことだが、我々自身の内部的な問題という面と、具体的な外部的な存在という両面から見ていくことが必要なのである。

 

※ これらのことについても、これまで何度も述べて来たので、今回はほんの要点だけしか述べていない記事としては、『「病気」ということの「イデオロギー」的意味 1,2』、『精神科に「やりたい放題」にさせた「システム」』などを参照してほしい。

 

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