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2020年10月

2020年10月12日 (月)

一般の精神医学との相違を端的に示す図

「狂気」または「統合失調」について、一般の精神医学と私の説との相違を、端的に示す図を作ったので、掲げます。

 Photo_20201011235101
この図を通して、示したかったことは、「一般の精神医学」と「私の説」では、根本的と言っていい、方向性の違いがあるということです。それは、いかんともし難いもので、その溝は、以下に見るような、精神医学の前提が変わらない限り、埋めようがないものです。

一般の精神医学の前提は、「声」などの幻覚は、(客観的には)「存在しないもの」であるということです。それを、統合失調の者は、「存在する」もののように知覚するので、それ自体が、「病的」であり、病気の現われとしての症状だとするのです。

それが「病的」であるとは、それは、「虚偽」であり、「害悪」であり、「取り除かなければならないもの」ということです。そこで、その「原因」を探って、それを「取り除く」ための方法を、「治療法」として、確立しようとするのです。()

その原因を、「脳」の異常とみるのが、主流である、「生物学的精神医学」であり、それは精神領域の問題とするのが、精神分析や実存分析などの精神医学です。

主流である、「生物学的精神医学」では、現在も、統合失調者の脳や遺伝子に何らかの特徴をみつけることに血眼になり、それを「原因」とみなそうとします。しかし、本来、統合失調の者の脳や遺伝子に何らかの特徴がみつかったとしても、それが「原因」である必然性はないですし、そのことが、「病気」または「病理性」の証明になるわけでもありません。

ただ、「幻覚」とは「病的」なもので、「取り除かなくてはならない」もので、それは、「脳が原因」で生じているという前提を当然のものとして疑わないとき、そのような特徴が、「原因」として見出されたものとして、即断されてしまうのです。

それに対して、私の説は、「声」のような幻覚は、物質的な存在ではないが、「客観的に存在する」ものであるということです。図では、「非物質的存在」としていますが、「霊的存在」としてもいいです。

いずれにしても、それ自体は、存在するもので、それがあること自体が、「病的」なことでも、「取り除かなくてはならない」「害悪」でもないとみなします。

ただ、その客観的に存在するからこそ、人を捕らえる、大きな「力」を有する「幻覚」に、振り回されて、混乱し、あるいは、それに基づいて「妄想」を構築して、それを行動にも現すようであれば、確かに、「病的な振る舞い」となるということです。

そして、この場合は、「治療法」ではなく、「対処法」こそが問題なのであり、それは、「病的な振る舞い」をできる限り、抑えるということに尽きます。それには、「声」として現れている「幻覚」に、ただ振り回されるのではなく、見極めていき、その性質を十分に捉えることができるようにならなければなりません。何しろ、「取り除く」ことが問題なのではなく、「振り回されない」ことが問題なのです。

「声」は、客観的に生じているもので、現に「病的な振る舞い」を生じさせる、とりあえずの、はっきりした「原因」として、非常に重要な「とっかかり」です。それを、「見極める」ようにすることから、それまで知らないでいた、様々なものが、「見え」てきますし、さらにそれをとっかかりにして、それをもたらす内的な原因にまで踏み込むことも可能です。

「声」は、内的にあるものとの関連で生じているので、内的なものをみつめるきっかけにもなるのです。

それに対して、一般の精神医学は、ただ「幻覚」を取り除くことに一生懸命で、現に統合失調の者が、振り回されている、「幻覚」の内容に興味を示すことも、理解しようとすることもありません(ただの「虚偽」なので、その必要もないことになります)。それでは、なぜ、統合失調の者が、そんなにも、信じがたいほど、「振り回されている」のか、つまり、統合失調の者の陥っている状態そのものも、何ら理解しようとしないことになります。

今回は、一般の精神医学との相違を、端的かつ明確にするために述べているので、詳しくは述べないですが、結局は、その相違は、「声」=「幻覚」の捉え方が、180度異なることから、来ているということです。そして、それは、それが変わらない限り、溝が埋まらないような、根本的なことということです。

※ 11月2日 

 「幻覚」は、存在するのであろうと、存在しないものをあると知覚するのであろうと、「害悪」であることに違いないから、「取り除く」のが適切な処置であることは疑いない、と思う人も多いかもしれません。しかし、「幻覚または妄想という現象自体」を取り除くなどということは不可能なことで、「取り除く」(「修正する」というのも同じこと)とすれば、「幻覚や妄想を生む脳の部分または機能」ということになります。その発想は、結局は、ロボトミー(前頭葉摘出手術)と同じであり、幻覚や妄想を含む思考や感覚の働きの多くを「取り除く」ことにならざるを得ないのです。精神薬も、発想としては、その延長上にあるもので、実際に、幻覚や妄想というだけでなく、思考や感覚の多くの働きを鈍らせてしまうのです。

生物学的精神医学は、その精度をより精密にすべく、「原因」となる脳の部分や機能の探究を続けているのでしょうが、発想としては、やはりそれらの延長上にあるもので、厳密に「幻覚や妄想」という「害悪」だけを取り除くなどということは、あり得ないことです。

ところが、それでも、一般に、幻覚や妄想は、そのような「犠牲」を差し引いても、「取り除くべき」という、強い「忌避」の意識があるので、そのようなことが顧みられることはないというのが、現状です。この、「幻覚や妄想」に対する「忌避」の意識の背後には、「オカルト的なもの」への「忌避」の意識があるということも、何度も述べているとおりです。

 

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