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2020年8月29日 (土)

「MIB」/「集スト」と「想念形態」

前に、記事『要は「非-人間的なもの」/「MIB」』及び『「MIB」のその後と「集団ストーカー」』で、「MIB」(黒服の男)と呼ばれる存在は、オリオン星人の物質化したもので、現在は、「集団ストーカー」的な仕掛けを行っている可能性があることを述べました。

また、記事『「ハイブリッド」と「集団ストーカー」』では、ネガティブな宇宙人と地球人のハイブリッドが、「集団ストーカー」的な仕掛けに利用されるという可能性について述べました。

これに関連して、最近読んだ『ラー文書』(ドン・エルキンズ他著 ナチュラルスピリット )というチャネリングものの本に、「黒服の男」について、興味深いことが述べられており、それに、より説得力を感じたので、これを紹介しつつ、「集団ストーカー」的な仕掛けについても、改めて考察してみたいと思います。

「ラー」という存在は、名前のとおり、地球の古代エジプト文明にも多くの影響を与えた、宇宙の集合意識体ですが、このチャネリングセッションはかなり古くて、1960年代から80年代のものです。

全体の内容は、他のチャネリングものと比較しても、十分頷ける内容であり、年代的に近いこともあってか、ジーナ・レイクのチャネルする存在とも近いものがあります。ただ、これも時代的な制約もあるのでしょうが、説明が、抽象的で、簡潔に過ぎるものも多くあります。

「黒服の男」ついても、簡明、簡潔に述べられているだけですが、次のように言われています。

「オリオンの活動家たちは、いわゆる彼らの命令を実行する二種類の存在を使っています。ひとつは想念形態的な存在で、もう一つはある種のロボットです。

「黒服の男」は想念形態タイプの存在ですが、実在するかのような性質をいくつか持ち合わせています。彼らには付与された特定の物質的特徴がありますが、彼らの本当の波動的性質の中に第三密度の波動的特徴はありません。それで彼らは必要に応じて物質化や非物質化ができるのです。」

「黒服の男」は、(ネガティブな)オリオン星人が直接物質化した存在ではなく、オリオン星人が使用する、「想念形態的な存在」ということですが、こちらの方が正しいと思います。

宇宙人が、直接物質化すること自体はありますが、「黒服の男」という、人間をからかう「ゲーム感覚」の行いに、わざわざ直接物質化するのは、不必要なことであり、リスクが高過ぎることでもあるでしょう。

「想念形態」(「エレメンタル」)については、私も、記事で何度か述べています(たとえば『「分裂病」と「エレメンタル」(生き霊)』、あるいは『オカルトの基本を学ぶ』の『「生き霊」と「想念形態(エレメンタル)」 』)が、要は、霊的な領域に存在せしめられた、想念の実体化した存在です。

「黒服の男」も、本来、この第三密度的(物質的)な現実に実体を有するものではなく、ただ、創出された「想念形態」が、物質的な領域に、投影され、物質化されたものに過ぎないということです。それが、背後で、創出した、オリオン星人自身に操られているのです。

私は、記事『「ハイブリッド」と「集団ストーカー」で、宇宙人とのハイブリッドと思わしき存在と遭遇したことを述べましたが、この存在も、むしろ、「黒服の男」と同様、「想念形態的な存在」と解した方がピッタリ来ます。

記事では、人間とは異質にしても、どこか「虚弱な雰囲気が漂う」と言いましだか、本当に、物理的な実体というには、現実味が欠けており、儚い存在という感じだったのです。私に意識させるべく、明らかに「つきまとい」ましたが、話しかけるなどの現実的な行為は行っていないことも、そう思わせる理由の一つです。

ハイブリッドであれば、「半分」は人間であり、物理的な実体という面があるのですから、もっと、強い現実味があったと思います。

「想念形態」というのも、生命的な実体をもつもので、本人から分離した意識をもつのではありますが、それは、本来の存在に比べると、やはり、希薄なものです。人間の場合、「生き霊」というのが、これに当たることは前に述べました。

このような「想念形態」も、対する者が、これに、感情的な反応をするなど、力を注ぎ込むと、力を得て、強力な存在性を発揮します。が、そうでなければ、さほど強い存在性をもちません(それ自体は大したことがなくとも、対する者の想像や恐怖に訴えかけることで、力を発揮するようになるという意味では、これもコロナウイルスなどと同様、捕食者好みの存在と言えます)。

生命のない、ただの「ホログラム」の投影というのとは、異なりますが、それに力を与えない限り、実質は、それとあまり違わないものと思ってもいいものです。

ただ、知覚的には、物質的な存在と同様に見えるのだし、その振る舞いの奇妙さ、つきまといなどの嫌がらせ、怖がらせを受ければ、(現実の人間によるものとして)恐れたり、怒りをもってしまっても、不思議はありません。「想念形態」というものにも、しっかりとした知識をもち、このようなものを、見抜いていけるようになることが重要です。

このような存在は、「集団ストーカー」の仕掛けとしても、かなり利用されていると解されます。

何度も言っているように、この現象の基本は、観念を信じ込むことでなされる、錯覚や誤認。そうでなくとも、人間の操作や偶然を超えた共時性の演出、あるいは、引き寄せ的な現象による場合が多いことに、違いはありません。しかし、想念形態の物質化ということなら、現実に存在するハイブリッドの利用より、容易にでき、しかも、より直接的に意のままに操作できるので、現実に仕掛けられるという場合は、より多く見込まれるのです。

ハイブリッドの利用ということで想定した場合より、かなり多くを見込めることは確かということです。

ただ、このような「想念形態」では、こちらが反応して、力を与えないと、大した効果を発揮できないことを考えると、これからの可能性としては、やはり、現実のハイブリッドの利用ということも、考えておかなくてはならないことだとは思います。(「ラー文書」のセッションの頃には、まだこのような可能性は現実化していなかったので、それについては述べられていないと思われます。)

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