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2020年7月 1日 (水)

「常識」ではなく「共通感覚」からの逸脱

記事『「狂気」と「唯物論」』で、「組織に迫害される」などの「妄想」を信じることは、「何か、常識というか、一般の感覚を大きく逸脱して、「一線を超えてしまった」感じを与え」ると言いました。ここで、「常識というか、一般の感覚を大きく逸脱して」というのは、正確には、「常識<ではなく>、一般の感覚を大きく逸脱して」というのが正しいです。

「常識」というのは、実は、「妄想」というのと本質的には変わりなく、「一般に共有された妄想」とも言い得るものです。「妄想」というのは、端的には、一つの、「思い込み」であり、「決めつけ」ですが、それは「他の可能性を排除すべく、動機づけられ」て信じられる、ということがポイントでした。

「常識」というのも、まさに、そのように、「他の可能性を排除すべく、動機づけられ」るからこそ、あえて「形成」されるものです。そして、「決めつけ」的な作用を及ぼすのも同じで、一旦「常識」として形成されれば、周りの者にも、それこそが「正しい」ものとして、事実上押しつけられていきます。

ただ、それが、「妄想」のように、個人的なものではなく、他の多くの者と「共有」されているので、「妄想」とはみなされずに、強力に、その作用を発揮するのです。

だから、「妄想」の方も、そのように、他の多くの者に共有されて、「常識」のような位置へと近づくことを目指します。それで、ことさら人に訴えかけられるのですが、それゆえ、逆に、多くの者の、排除の抵抗を受けることにもなるのてす。

言い換えると、「常識」というのは、「感覚」レベルのものではなく、観念レベルで形成された、「固定化」されたものだということです。「組織に迫害される」などの「妄想」を聞いて、「おかしい」と感じるのは、このように観念的な「常識」によるのではなく、もっと「感覚的」なレベルでの(感性的な)反応と言うべきなのです。

中村雄二郎という哲学者は、『哲学の現在』(岩波新書)という本で、「常識」としてできあがったものは、固定化された融通の効かないものですが、その形成の元となるものに、「共通感覚」というものがあると言います。それ自体は、五感を超えた統合的、全体的な感覚で、「常識」として観念化される以前の、生きた働きです。「常識」という言葉の元となった、「コモンセンス」には、この意味があると言います。

「組織に迫害される」などの「妄想」を聞いて、「おかしい」と思うのも、このような意味の、「共通感覚」によると言っていいと思います。それは、必ずしも、明確に「観念化」して説明できないけれども、感覚的なレベルでは、「おかしい」ということを、明白に、動かし難いものとして感じるのです。

あえて、それを観念的な形に表現するとすれば、

1「組織に迫害される」と言うが、そんなことは、あり得るとしても、余程のことであるが、その者に、それだけの理由があるとはとても思えない。
2「組織」に迫害されるという方法が、そのような高度な組織のやり方としては、あまりにもちぐはぐで、現実離れしている。
3  何よりも、それだけ、普通はどう考えても「あり得ない」事柄を、単に可能性としてではなく、事実として、信じ切って疑わないのが、信じ難いことで、「おかしい」。

といったことになると思います。これは、統合失調的な 「妄想」だけでなく、最近の「集団ストーカー被害」を訴える人にも当てはまることでしょう。

ところが、「妄想」を訴える人は、自分の妄想を、「そういう組織には、それだけの技術があるのだから可能なのだ」というように、「観念的」なレベルで、つまり、「感覚」に訴えるのではなく、「常識」に寄せて、論理に訴える形で、説明しようとするのです。それで、ますます、多くの者にとっては、感覚的レベルとの齟齬が激しくなり、「おかしい」という思いを強めることになるのです。     

「妄想」が、このように「常識」に寄せて、観念レベルで訴えかけようとするのは、先にもみたとおり、必然のところがあり、まさに、「常識」に反すること、かけ離れてしまうことを、恐れるがゆえなのです。一見、常識から逸脱するようにみえても、実は、そうではなく、「常識」に適っているのだということを、躍起になって説明しようとするのです。

ところが、皮肉なことに、論理的に、常識レベルに訴えかけるほど、一般の「(共通)感覚」との齟齬を強めてしまう結果になるのです。

実を言うと、一般に対して、「常識に反する」という形の反応(反感)を呼び寄せるのは、私のように、統合失調の基礎には、「霊的なもの」が働いているなどという説明の方です。現在は、大分変わって来ましたが、まだまだ、「霊的なものがある」とか、さらに、それが「統合失調の基礎にある」などというのは、「常識」からは逸脱したものです。だから、このような説の説明は、「常識」として形成されているものの、観念や論理の危うさをついて、それを問い直すことを通じて、訴えかけるしかありません。

一方、一般の方も、このような説は、「常識に反する」ので、信じ難いとは思っても、「妄想」の場合のように、共通感覚的に、「おかしい」というのとは、また違った反応になります。

そして、この場合の「常識」というのは、記事『「狂気」と「唯物論」』でもみたように、「唯物論的な発想」ということになります。必ずしも、「唯物論」そのものとして、積極的に「物質的なものだけが存在する」と信じられているのではなくとも、その方向に沿うような、近代社会一般に浸透している発想です。

「組織に迫害される」というような「妄想」を訴える人は、感覚レベルでは、とにかく、これまでの日常に照らして、信じ難いような、「尋常でない」ことが身に起こっているということは、疑いようもなく感じています。それが、本当は、「常識」に反する、何か「未知」の事柄である可能性も、どこかで感じているはずなのです。

しかし、それを認めることができない故、それは、決して「常識に反する」のではなく、「組織による迫害」など、「常識」の延長上に理解できるものとして、「常識」を信じる側に、訴えかける必要があるのです。本当は、そうすれば、そうするほど、かえって、「無理」を押し通し、共通感覚的な「おかしさ」を招き寄せることになるのですが、それには、目をつぶって、そうする必要があるということです。()

「妄想」は、単純な「病気の症状」などではななく、このように、世間一般に信じられている、「常識」との関係で生じるもので、また、そこから逸脱することの恐れということが、深く影響していることを、改めて認識する必要があります。

「妄想」を訴えかける人、あるいは「集団ストーカー被害」を訴えかける人にアドバイスがあるとすれば、「組織による迫害」など、解釈または観念のレベルで、「決めつけ」的に訴えかけるのではなく、感覚レベルでどういうことが起こっているのか、まずはしっかりと説明することです。

普通は信じられないかもしれないが、「自分のことが周りの者に知られている」と<感じる>とか、行きかう人が、いろんなことを言ってくると<感じる>。あるいは、とても偶然とは思えない頻度で、人が自分につきまとっていると<感じる>などです。

恐らく、それを訴えても、「そんなのは気のせいだ」とか、「思い込みだ」と言われてしまう可能性が高いし、「病気だから病院に行った方がいい」(これは、「共通感覚的な反応」ではなく、まさに「常識という固定観念」による反応ですが)という人も出てくるでしょう。

「妄想」を訴えかける人は、このような反応が多いからこそ、そのレベルではなく、「常識」に寄せた、「組織による迫害」という解釈、観念のレベルで訴えようとするのですが、それが先にみたとおり逆効果で、ますます一般には、受け入れられることがなくなるのです。

感覚レベルで訴えかけることのリスクが高いのは、理解できますが、世間一般ということではなくとも、家族など、どうしても理解してほしい人には、そのレベルで、起こっていること、感じていることを、率直に訴え続けるしかないのです。多くの人でなくとも、ある一定の人たちは、(それを事実として認めるかはともかく)「そのような感覚を持っているがゆえに苦悩している」ということは、必ず理解してくれるものと思います。

いずれにしても、私に言わせれば、「妄想」を訴えかける方も、世間一般の方も、唯物論的な発想という「常識」の土俵の上で、やり合っていますが、それでは、互いにかみ合うことはなく、決して埒はあかない、ということです。

この場合には、唯物論的な発想という「常識」そのものを、問題とする必要があるのです。

※ 共通感覚的に「おかしい」ということを「共有」できず、逸脱してしまう理由を、動機のレベルから説明すれば、こういうことになります。しかし、感覚レベルでいえば、「妄想」の基礎にある感覚レベルでの体験には、強烈なリアリティを感じており、それが共通感覚的に「おかしい」ということを上回っているからです。このリアリティは、あくまで感覚レベルの体験にあるものですが、「妄想」として観念レベルに築かれたものに対して、働いてしまっているわけです。

 

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