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2020年3月 3日 (火)

記事『どぶろっくと「妄想」』推奨

あまり読まれていないようですが、記事『どぶろっくと「妄想」』は、どぶろっくの妄想ネタを通して、統合失調的な妄想の元にあるものを、誰にとっても、率直に、分かりやすく、明らかにしていると思いました。

他の私の記事が、多少論理的に過ぎて、くどい感じがあるとすれば、この記事の端的な「分かりやすさ」は、かなり貴重のはずです。

どぶろっくは、最近、また、「大きな一物」を引っ提げて(笑)、リバイバルしているので、この機会に、改めて読んでもらえたらと思います。

特に、妄想の元にある「声」の特徴を、「ガチでリアルにヤバい」と言っているのが、適確で(笑)、重要なことです。その「声」を聞いた、率直な感じとしては、まさに、そのようにしか、表現しようのないものだからです。だからこそ、多くの人は、真に受けて、振り回されてしまうのです。

繰り返しますが、単純に、「ヤバい」のではなくて、「ガチでリアルにヤバい」のです。それは、「通常の人間」の出せるものではない、ということに気づいてほしいと思います。それに気づけるかどうかが、その後のあり様を大きく変える、分かれ目と言っても過言ではありません。

もちろん、それは「恐ろしい」ことには違いありません。それでも、どこかで、「ヤバイよ、ヤバイよ、ヤバイよ!」と、出川風に、(心で)つぶやきつつ、ちょっと距離を置いて、自分のおかれた、「あり得ない」状況を、興味をもって眺められるようになれれば、しめたものです。

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精神医学」カテゴリの記事

コメント

初めましてお目汚し失礼いたします。
無題と申します。

最近何とも言い難い、恐怖感や共時感覚?(この様な言葉が存在するかは解りませんが物事を何でもかんでも関連付けてしまう、そんなニュアンスです。)が続くのが気になり、ネットや本で調べている内に、このブログにたどり着きました。
少しづつ微妙な変化ですが今までの、日常の感覚からハズれて行くのが実感出来ます、非常に恐ろしいです。
例えば人の行動や、テレビの報道風の動き月の引力が全てリンクしているような感覚に襲われます。世界の真実を自分だけが抱え込んでしまった様で、逃げ場がない気持ちになります(偶然だとは思いますが)今はまだ自分の妄想だと切り離して考える事が出来ますが、今後それが出来なくなってしまい、狂人(精神を患っている方に失礼だと思いますが)になってしまうのではないか考えると鳥肌が止まらなくなります。
それに夜眠りに落ちる瞬間に、自分の名前を呼ばれる事が多々あるのでなかなか眠れません。ちなみに今日も何度も起こされるので一睡も出来ませんでした。
今後もっと酷い状況になるのは、必死ですが何かこの状況を改善する(明確に言えば恐怖感を和らげる)方法や考え方があるならご教授頂きたいです。

今、そのような状況にあって、似たような不安を抱えている人は、非常に増えていると思います。コロナウイルスの拡大というよりも、それに対する過剰な報道と人々の反応も、そのような不安を助長していると思います。むしろ、そのような不安と混乱を人々に招くことこそが、支配層や霊的な存在によっても、狙われているというべきです。

何度か言っていますが、この「世界」そのものが、かつてのように安定したものではなくなり、不安定で変動しています。「霊的」な現象も、かつてより起こりやすくなり、この「世界」に侵入しやくなっています。このような状況では、自分という枠組みも、揺らぎ、不安になればなるほど、すべてが自分に関係しているように思われたり、何かよからぬことの予兆のように思われたりすることが起こります。あるいは、本当にそのとおりと思われるよう現象が起こっても、不思議ではありません。実際に、地球規模で、地球そのものが終わってしまうかもしれないような危機をはらみつつ、変動が起こっているのですから。今更、騒ぎ立てるような状況でもないし、そうしたからと言って、何かが変わる状況でもありません。

問題は、いかにこのような時期を、「魂」まで巻き込まれることなく、冷静に乗り越えるかです。それには、最悪の場合、実際、地球が終わってしまうことも、覚悟しておく必要があります。自分自身の「死」ということを、現実問題として、しっかりと受け止めておくことも必要です。このような状況では、小手先の方法に頼らずに、「開き直る」ということも、必要な対策だということです。

寝入りばなに限りませんが、自分の名前を呼んでいる声を聴くことは、私もよくあります。寝入りばなは、ラップ音も激しくなります(これは、寝入りばなは、特に過敏になってそれらに注意がいきやすいことにもよります)。これらは、いわば、このような変動に必然的に伴う、「霊的なノイズ」というべきもので、一言で言って、「気にしない」しか手はありません。しばらくは、気になることでしょうが、慣れて、免疫をつけていくしかないと思います。

繰り返しますが、先にみたように、そのような不安や混乱を拡大していくことこそが狙われていることを、改めて確認することも必要です。不安になって、騒ぎ立てれば立てるほど、そのような狙いに乗ってしまっていることになります。

それは、もはや「個人的な問題」なのではなく、誰もがそうなりつつあるという意味で、「多くの人々の問題」であることを、改めて確認することも必要です。「狂気」に陥ってしまうのは、自分だけがこのような状況にあると思ってしまうことによる面が、多分にあります。表面上は、そのようなことを表に出さないとしても、もはや多くの人が潜在的に抱えている問題であるのは確かです。

実際に、内部から、強烈な感覚が襲って来て、不安や恐怖を抑えがたいのは私もよく分かるので、難しいかもしれませんが、今、まだ冷静に顧みることのできるこの時期に、これらのことを、心の深くから、改めて確認するようにしてもらいたいと思います。

前のコメントで述べたことが、今の状況にとって必要な、根本的なことであることに変わりありません。

ただ、無題さんだけでなく、多くの人が抱えている状況であろうことを踏まえて(多少「小手先」めきますが)、もう少し具体的な対策も述べておくことにします。

例として、寝入りばなに聴く「自分の名前を呼ぶ声」をとりあげます。

このような声が「気になる」のは、もはやその声に、感情的に巻き込まれてしまっているからです。まずは、そのことを自覚する必要があります。それは、もはや、単に「声を聴く」という「事実」に反応しているのではないということです。この声について、自ら想像や思考を膨らませ、「何かよからぬことを言ってくるのではないか」とか、「よからぬ存在からの呼びかけではないか」とか、不安をあおるような想像や思考を重ねて、それに対して反応しているということです。それは、一旦始まると、次々に連鎖して起こることなので、「気になる」ことが止められないのです。

だから、そのような自分の状況を自覚して、つまり「既に感情的に巻き込まれてしまっている」ことを自覚して、それに対する、思考の方向性を変えることが、一つの方法です。

思考そのものを止めることは難しいでしょうから、意識して、何か「楽しいこと」、あるいは、明日やるべきことの方に、思考を振り返ることです。もともと、自分自身のネガディブな思考に反応して、「気になって」いたのですから、これができれば、意外と効果を発揮します。声のことが気にならなくなるばかりか、声そのものを聴くことも少なくなります。


ですから、何か、このことを考えれば、自分自身が楽しくなったり、あるいは、安定できるというような事柄を、自分なりに確保していることが必要です。

ただ、これはいつも効果を発揮するものではなく、既に、かなり感情的に巻き込まれてしまったときには、思考の方向を変えること自体、難しくなります。あるいは、慢性的に使って、惰性化すれば、本来、楽しくなる事柄も、もはやあまり楽しくならないということも起こります。

なので、前のコメントに述べたように、根本的なところでの認識をしっかりと押さえて、多少巻き込まれたとしても、それ以上拡大させないだけの、「開き直り」ができるようにしておくことは、やはり重要なことというべきなのです。


ティエムさん返信有り難う御座います。

そうですね、私自信が過剰に反応及び連想をしてしまうので、背後の霊的存在(認めたくはないですが)の力が強まる部分があるのは感覚的に理解出来ます(露出狂に悲鳴を浴びせるとかえって喜ぶ様な)ある意味私が「彼ら」に餌を提供しているようなものですよね。
私自信も対策としては、やや下品な話になりますが、AVなどのポルノを閲覧している間は心のざわめき、恐怖感が収まるのであえて積極的に観る様にしています笑(恐怖感と性的な感情は同時には存在出来ない?)ある意味では世間一般で、過剰とも言えるほど恋愛(それだけでは有りませんが)についての歌や物語が存在し、それにのめり込んで行く傾向があるのは、一般的には正常とされる人間が、今私がそうしている様に虚無感や恐怖をみて見ぬ振りをするために、半ば無理やりに性的感情を意図的に作り出している面があるのは否定出来ないと思います(勿論元々人間に本能的に備わっている物で全てがそうであるとは思いませんが)そう思うと今現在、私の体感している出来事は何も特別なものでも何でもなく、普遍的に全ての人間に内包され、いつでもそこに存在している(意識しているかしていないか)だけの事なのだと思います。
こう言う風に頭では理解してはいるのですが、反応しないというのは難しいものですね笑、皮が剥かれて肉が剥き出しになった因幡の白兎の様な気分です。

「私自信も対策としては、やや下品な話になりますが、AVなどのポルノを閲覧している間は心のざわめき、恐怖感が収まるのであえて積極的に観る様にしています笑(恐怖感と性的な感情は同時には存在出来ない?)ある意味では世間一般で、過剰とも言えるほど恋愛(それだけでは有りませんが)についての歌や物語が存在し、それにのめり込んで行く傾向があるのは、一般的には正常とされる人間が、今私がそうしている様に虚無感や恐怖をみて見ぬ振りをするために、半ば無理やりに性的感情を意図的に作り出している面があるのは否定出来ないと思います(勿論元々人間に本能的に備わっている物で全てがそうであるとは思いませんが)そう思うと今現在、私の体感している出来事は何も特別なものでも何でもなく、普遍的に全ての人間に内包され、いつでもそこに存在している(意識しているかしていないか)だけの事なのだと思います。」

本当にそうで、まったくよく分かってるじゃないですかと思いました。と同時に、そのように認識できるなら、今後もまず大丈夫だろうと思いました。

ポルノ閲覧を推奨するわけではないですが(笑)、何か自分が熱中してのめり込んでいるときには、霊的なものの影響も入り込めないものなのです。おっしゃる通り、それは、本当に心の奥にあるものを、「ごまかす」という面もあるのですが、多くの人が何らかの方法で、それに近い方法で、その「テクニック」を使っているからこそ、今のところ、あまり霊的な影響に振り回されないでいるというのが現実であることも確かと思います。

ただ、だからこそ、「寝入りばな」のようなときには、ここぞとばかり、霊的なものの働きかけも、一気に強まるのですけどね。普段入り込めずに、影響を与えられないにしても、寝入りばななら、意識の抑制も緩んで、自分らの働きかけを意識させやすくなるからです。眠りに入ってしまうと、無意識に落ちるので、もはや意識レベルには働きかけにくいですが(
「夢」という形で継続することはありますが)、寝入りばななら、意識は緩んでも、残っているので、働きかけるには絶好のチャンスなのです。

ですので、逆に、今のところ、寝入りばなくらいしか、影響を与えることはできないのだなと、楽天的に構えることも一つの手と思います。何しろ、我々の方が、ことさら恐れたり、混乱することが、彼らに力を与えて、彼らの意図を手助けして゜しまう大きな理由になっているので、それを回避するだけでも大きく違ってくるのです。

彼らの戦略が、見抜かれてしまって、人々が反応しなくなると、彼らの力が大きく減退してしまうので、彼らも今焦っている状況と思われます。ですので、その活動は、今後も高まってくるとは思いますし、それが地球の大きな変動に結びついてくることにもなると思いますが、切り抜けることは十分可能なことと思います。(先に述べたように、最悪の事態の覚悟は必要ですが)

度重なる返信有り難う御座います。何度もこのページを開いて、ティエムさんのコメントを読み返しておりますので、このページだけいつもよりアクセス数が増えているかもしれません(笑)。

実は「寝入りばな」だけではなく、私の普段の生活を行う際に。表層の意識にまで「彼等」が侵食しつつあります。夜中ベランダから出てタバコを吸っていると、向かいのマンションの廊下の奥に(私の側から見れば、玄関が連なるようにして廊下の奥まで見渡す事ができます。)黒い人影の様な者が、私の視界の端に居ることが

「夜中ベランダから出てタバコを吸っていると」…

ある意味「寝入りばな」に近い、意識の緩んだ「境界的な」状態ですね。まあ、起こって不思議のない現象ではありますね。

視覚的映像の場合、「声」とはまた違った独特のインパクトがあるので、「気にしない」のは難しいでしょうが、できる限り、「気にしない」のが正解であることに変わりありません。まだ、その映像を、この世的な日常のものと混同していない(幻視的映像と自覚している)ので、大きな混乱は招いていないと思いますが、日常的なものと区別し難いほど頻繁になると、確かに厄介ではあるでしょうね。

このような現象が起こっている以上、覚悟をもって身近に接してみるというか、あえて深みにハマっていって、いろいろ経験を積んでみるという手もありますが、それは、リスクがとても大きなことです。狂気に陥りそうな予感があるということなので、それは、やはり避けた方がいいと私は思います。精神科等の治療を受けることは考えていないと思うし、私もそれは勧めませんが、深みにハマった結果、混乱が酷くなり、周りに明らかに迷惑がかかるようだと、そのような手配がされてしまう可能性があるので、その意味でも、そのような方向に行くことは、よほどの覚悟と自信がない限り、進んでなされるべきことではありません。

しかし、とは言っても、もうどうしようもなく、頻繁に起こって来るようだと、事実上、望まなくとも、それしか手がないということになる可能性はあります。そうなる可能性は、やはり覚悟しておかなくてはなりません。その場合は、死の覚悟等について述べた、私の初めのコメントを読み返して意識を強く持って臨んでほしいと思います。「恐ろしい」のは、「彼等」自身というよりも、それに対して自らもってしまう観念やイメージであることも、改めて確認してほしいと思います。

いずれにせよ、現時点では、大きな混乱をもたらす事態になることは、私は予想していません。

度重なる返信有り難う御座います。何度もこのページを開いて、ティエムさんのコメントを読み返しておりますので、このページだけいつもよりアクセス数が増えているかもしれません(笑)。

実は「寝入りばな」だけではなく、私の普段の生活を行う際に、活発になる表層の意識にまで「彼等」が侵食しつつあります。夜、ベランダから出てタバコを吸っていると、向かいのマンションの廊下の奥に(私の側から見れば、玄関が右に連なるようにして廊下の奥まで見渡す事ができます。)黒い人影の様な者が、私の視界の端にチラつくことがよくあります。最初は玄関先に置いてある傘が、その様に見えるだけだとか、私の髪の毛であるとか、最もらしい理由を付けて気のせいしていました(これも一つのテクニックなのかもしれません)が、近頃は同じくベランダから見える老人ホームの屋上や、交差点の向こう側、コンビニに置いてある本と本の隙間から、此方の方に仄めかすかの様にして居る「彼等」の姿を目にする事が珍しくありません。
前もってこのサイトで、カスタネダの師ドンファンが語る「捕食者」の譚を目にしていたお陰か、さほど混乱する事は有りませんが、かなり緊張、圧迫感があります。(首根っこを掴まれる様な)不思議なのはある程度私から物理的な距離を取った場所にしか現れない事です。米粒の大きさに見えるほど遠くに居ることがあります。ただの乱視や飛蚊症の可能性もありますが、かなり私は目がいい方です。そしてその姿も不定形です。まっくろくろすけに似たマリモ状(もしくはスーモ?笑)貞子の様なおどろおどろしい姿、フードを被った死神の姿、コナンに出てくる黒タイツもしくはショッカーの出で立ちをしており多種多様です。(全身まっくろと言う共通項は有りますが)それにはやはりある種の組織性や統一感を感じさせられます(映画マトリックスに登場するエージェント臭さ?)そして「彼等」が現れるのは基本、夜が多いです。(疑心暗鬼と言う言葉の通り、本能的な恐怖感を利用して私の前に姿を現しているのかも知れません。)

視覚以外にも、窓からお経や凄まじい夫婦喧嘩?(割と物凄い事を言ってるので幻聴だと思われる。)自分の思いついた事がすぐ現象化する(テレビのコロナ関連を観ている時によく起こります。京都アニメーション放火事件の犯人も、自分の考えた原稿を盗まれたとの事で犯行に及んだと供述していますが、もしかするとこの感覚に取り憑かれ正気を失って、あの凶行を引き起こしたのかも知れません。)
日本の古語(沖縄方言?)の様な言葉が頭に響いてきたりもします。正直一番これが恐ろしく感じますね。今までの出来事は私自身オカルトや精神病に興味があり(と言うよりかは、何か洒落にならないものを感じそれを理解する事で、安心しようとしていた。)仕入れていた知識や想像の範疇ではあったのですが、この声に関してはまったく想像を越えています。


すいませんまだ書ききる途中で送信してしまいました申し訳ないです

途中であるとは思いましたが、先に返信をしてしまいました(笑)。昨日、早く眠ってしまい、今日は、早く起きたので、改めて、返信します。

基本、先の返信は、あてはまりますが、思っていた以上に、かなり「入り込んでいる」のが分かります。普通であれば、大きな混乱をもたらしていても不思議はなく、現象を、感覚的、日常的なものと混同しない限り、そうはならないという私の主張を、裏付けてくれているような、貴重な事例と言えると思います。幻聴や幻視の個々の事例も興味深いです。

ただ、非難、嘲笑などの攻撃的な内容の多い、典型的な統合失調性のものとは異なる感じはします。いわば、「影」のような形で、「霊界の境域」の存在であったり、現象が、日常性のすぐ間近ではないにしても、その彼方や隙間から、現れ出ているという感じですね。やはり、霊界の境域がこの世界に侵入しようとしている、現代の状況を反映していることを感じます。今は、「影」のような存在が、今後どのようなものに発展してくるかは、未知数ですね。

私は、幻視的な存在が、「境域の守護霊」、つまり、自分自身の生み出した存在である可能性もあると思います。シュタイナーは、霊界の境域に入り込んだときに、初めに出会う可能性の高いものが、「霊的鏡像」(自分の想念の実体化したもの)と言いますが、それの発展したもの(「全体としての自己の霊的に実体化したもの)と思えばいいです。もちろん、「捕食者」的な、他者的な存在である可能性もあります。

私の『オカルトの基本を学ぶ』(http://tiem-occult.seesaa.net/)の方のブログでも、最近は、それらと出会う可能性やそれらの違いについて、かなり詳しくとりあげているので、そちらも参照してもらえるといいと思います。

境域の守護霊である場合、それを他者的な捕食者、あるいは悪魔的な存在と解してしまうと、モーパッサンの「オルラ」のように、自滅してしまう可能性が高くなるので、この見極めは大事なことになります。

私は、今までの情報では、ちょっとまだ判断しかねます。あるいは、どちらでもなく、特に「捕食者的」ということのない、一つの独特な「霊的存在」が、現れ出ているのかもしれません。

それらが、今後、より具体的に日常性に入り込んでくる可能性は、かなりありますし、もはやそれを止めようもない状況なのかもしれませんね。私は、無題さんなら、それなりに「入り込ん」でいっても、大きな混乱を招かずに、何とか対処できるような気はします。

しかし、もし、手に負えないような状況と感じて、相談する人が必要と感じるなら、それは、精神科医などではなく、「霊能者」の方がふさわしいと思います。信用のおけない人に相談すると、かえって振り回されてしまうので、慎重に選ぶ必要がありますが。

それにしても、基本、私のこれまで述べたことは、あてはまりますので、もちろん参照にしてもらっていいです。

あぁそうだったんですね笑
まだ途中だったので、気を悪くさせたら申し訳ないと、一人気を揉んでいました(?)

日に日に自分の感受性が高まり、のめり込んでゆくのがわかります。今もティエムさんの、2015年頃に書いていた自閉症の記事を読んでいた所なのですけど、勿論偶然だとは思いますが、丁度5時31分に(私の誕生日でも有る)先ほどの自分書き込みに返事が返ってきた 「予感」し、この記事を覗いた所ドンピシャのタイミングで返事が返ってきたのを目の当たりにし、驚きました笑。この事を伝えたくて、返信を急いでいたのですが何故か、何度も途中まで書いていた(それも腹立たしい事に今の文よりも2倍程長く内容も濃い)書き込みが触れてもいないbackspaceを長押しした判定になり、文章が全て消えてしまう現象が発生しました。(普段この様な事が起こる事はまず無い)僕を疲弊させようと、画策する霊的存在の、影響の性かも分かりません。(急いで文を入力していた為のヒューマンエラーの可能性も無きにしもあらずですが)すいませんもう疲れたので、これ以上の返信は後でにします。

「ただ、非難、嘲笑などの攻撃的な内容の多い、典型的な統合失調性のものとは異なる感じはします。いわば、「影」のような形で、「霊界の境域」の存在であったり、現象が、日常性のすぐ間近ではないにしても、その彼方や隙間から、現れ出ているという感じですね。やはり、霊界の境域がこの世界に侵入しようとしている、現代の状況を反映していることを感じます。今は、「影」のような存在が、今後どのようなものに発展してくるかは、未知数ですね。」

私自身への非難、嘲笑も言及はしていませんが、勿論有ります。これまでの経験の内で傷ついたトラウマを深く、的確に抉る内容で。それも、普段なら忘れ去られ、省みない様にしている内容なので一考余地があります。心を狼狽させ「震えさせられる」物で、精神だけでなく実際肉体的にも震えが止まらなくなる場合が有ります。(しんどく、投げ出したくなりますが。)それを他の「一般的な或いは正常。」な方々は他者を非難する事で覆い隠す傾向がありますね。私自身こういった「言い訳」或いは「酔っ払った」考え方を嫌悪していますので(ある程度のごまかしが必要なのは理解しています。)、ですから今の私の状態は、私自身そう望んだ事であるかも知れません。例えば(これだけには、収まらずありとあらゆる、イデオロギーや価値観で)ウィーガン、フェミニスト、やたら何でもかんでも与党のせいにする風潮(つまり共産主義的な考えで国家転覆を目論でいる。あるいは悪意を理解しないお花畑に住まう方々、その両方)に顕著だと思います。(一応私は右、左、自分の立ち位置、に関わらずありのままの目線で、物事を理解する気持ちの大切さを心得ているとは思ってはいますが...。)これらは3つは全て西洋から来た価値観ですね。何でもかんでも「善」と「悪」に分けてしまう、どこかキリスト教的な悪臭がします。(例えでは無く本当に臭いを感じる)もう私自身、この様な世俗的価値観に呑まれて生きていくのに限界を感じています。真実が知りたいのです。本当に正しい事が何か理解したいのです。(そんな事言われてもなんのこっちゃと思うかもわかりませんが。)


「 私は、幻視的な存在が、「境域の守護霊」、つまり、自分自身の生み出した存在である可能性もあると思います。シュタイナーは、霊界の境域に入り込んだときに、初めに出会う可能性の高いものが、「霊的鏡像」(自分の想念の実体化したもの)と言いますが、それの発展したもの(「全体としての自己の霊的に実体化したもの)と思えばいいです。もちろん、「捕食者」的な、他者的な存在である可能性もあります。 」


この考え方は無かったです。
「視界の端に写る」「黒い」「威圧される感覚」で勝手に自分の中で、捕食者的存在であると断定しておりました。今一度この存在の定義を見直し、「彼等」何であるのか見極めていこうと思います。
これは勝手な私の解釈なのですが「境域の守護霊」とされる存在は、完全に変性意識状態になった時、その意識の中で始めて向こうから此方に現れる、「おどろおどろしい」存在であるとイメージしていたのですが、「境域の守護霊」が私の現実生活(もうなにが何だかどうでよくなりました)の表層の意識状に浮かび上がると言う事は有り得るのでしょうか?

「 しかし、もし、手に負えないような状況と感じて、相談する人が必要と感じるなら、それは、精神科医などではなく、「霊能者」の方がふさわしいと思います。信用のおけない人に相談すると、かえって振り回されてしまうので、慎重に選ぶ必要がありますが。 」


そうですね、今の所医師の診断を受けようとは考えてはいません、病気と言うより僕自身の心が生み出した状況なのだと思います。(霊的存在の影響もあるでしょうが、根本は僕、私自身の中の原因があるのだと強く思います。)彼等が僕の問題を理解出来るとは思いませんし、流れ作業的に薬を出して、それで終わりでしょうから(薬の効果に関して私は非常に懐疑的です。何も精神病に限らず)健全な人間であれば、しっかりとした栄養と睡眠を取れば、大体の場合で、元の「居場所」に戻れると思うのですがその「居場所」ないから病気が慢性的になるのだと感じます。今かなり思考にまとまりがなく、文章にもそれが現れているかも知れませんが(何度も推敲する事でカバーしています)一過性だと思うので安心してください。
霊能者に関しては後で返信しようと考えています。今ちょっとした文を考えるだけどもかなりの疲労感を覚えるので少しずつ小出しに質問していこうと思います。

あまり一度にいろんな情報を取り入れるのも、混乱のもとですから、しばらく落ち着くまでは、一旦私のブログからも離れた方がいいかもしれません。

偶然とは思われない「共時性」も、霊界の境域に入り込むと、よく起こることなので、あまり「意味」にとらわれず、冷静に受け止めることが必要になってきます。「境域の守護霊」も、現実に、日常に境域が入り込むような状況になれば、十分現れ出得ます。ただ(「捕食者的な存在」と違って)、それそのものが、直接「非難」や「攻撃」をしてくるということは、考えにくいです。

何しろ、起こる現象に対して、あまり意味づけをしないで、冷静に受け止めることが重要なのですが、そうすることは難しく、どうしても何らかの意味づけをして、それに振り回されがちです。既に、意味づけてしまった場合でも、それ以外にも、他に可能性がいろいろ残されていることを、意識していることが重要です。何か、ある意味を固定してしまうと、「妄想」的な捕らわれを生んで、恐れや混乱を招くもとです。

しばらくは、ゆっくり休むこと、前に述べたように、「楽しくなること」を考えるようにすることが、必要かと思います。

霊能者の件は、本当に、自分で手に負えなくなった場合のことを言っているので、現在は、そうしなければならなくなることもあり得るくらいの構えでいていいと思います。

しばらくは、現象そのものを、あまり意味づけしないで、よく観察できるような状態にもっていくことが必要かと思います。そのような状態で、事態が進んでいくと、「影のような存在」についても、より具体化し、判断がしやすくなるし、対処の仕方も、よりはっきりしてくると思います。

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