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2019年12月17日 (火)

「無縁」の原理と「サンカ」

記事『「無縁」の原理と「死」』で、「非人」は「無縁の原理」を体現するものであることを述べました。

それは、本来、そのとおりなのですが、しかし、「人に非ず」とされる「非人」も、多かれ少なかれ、制度的に抱え込まれた身分の一つということになると、当然、多くの制限を施されます。

ところが、そのように、制度的に抱え込まれるということ、つまり、「社会的な身分」ということからも外れて、人里離れて独自に生活した、一群の人たちがいます。その中でも、「サンカ」と呼ばれる「山の民」は、最も、「無縁の原理」を体現するものと言えるでしょう。

「サンカ」とは、山間部を生活の基盤とし、川魚漁、竹細工などを主たる生業としながら山野を渡り歩く漂泊民です。明治以降の戸籍からも外れる、全くの「制外者」です。政府は、このような「無籍、無宿」の者を絶滅させようと、取り締まりを強化しましたが、1950年代後半頃までは、生き残っていたとされます。

「サンカ」は、「山家」とも「山窩」とも書かれます。

後者は、山に隠れ住む「犯罪者集団」というイメージを、そのまま表しています。明治以降、特に警察の作り上げたこのイメージが、浸透した影響です。さらに三角寛という作家が、そのイメージの延長上に、猟奇的なサンカ小説を多く売り出したことで、このイメージが定着したと言えます。

しかし、それは、様々な社会不安と、定住せず、戸籍も持たない、得たいの知れない者に対する、我々の恐れから来る虚像に過ぎません。このような発想には、やはり、「非人」などの被差別民に対する差別と、同根のものがあります。

本では、五木寛之著『サンカの民と被差別の世界』(ちくま文庫)が、分かり易くまとめられていますし、沖浦和光著『幻の漂泊民・サンカ』(文春文庫)は、かなり詳しく、サンカについて、様々な研究と自分自身の調査も交えて、鋭い考察をしています。

柳田国男は、「サンカ」を、『遠野物語』などにも出て来る、山に住む「異形」の民族、「山人」とつながるものと解しました。そして、それらは、古代大和王朝が制定した、律令制に基づく農本主義的同化政策を忌避して、山中に入って隠れ住むようになった先住民の系譜と解しました。

要するに、多くの縄文系の先住民は、大和王朝に征服され、あるいは同化されて、支配下に置かれましたが、一部の者たちは、それに従わず、山に逃げ込んで、独自の生活を維持しながら存続してきた。その系譜に連なるのが、「山人」や「サンカ」ということです。

ところが、先の沖浦は、そのような説には、文献的な根拠もなく、無理があり、サンカ」は、江戸末期に、飢饉を逃れて山に逃げ込んだ人たちに、起源を有するとします。(恐らく、「先住民説」は、差別に結びつきやすいことも、考慮されていると思われます。())

沖浦が言うように、確かに、かつての「先住民」の系譜と、明治以降知られるようになった「サンカ」との間には、表面上、「断絶」があるのかもしれません。しかし、私は、「サンカ」が、単に飢饉を逃れるために山に逃げ込んだという「消極的」な理由で、独自の生活を始めた者たちとはとても思えません。あるいは、そのような人たちも、多くいたかもしれませんが、そこには、あえて農耕民的な定住を拒否し、自分らの生き方を貫こうとした、「先住民」的な気概というものを感じるのです。

つまり、集団の物理的な系譜はおくとしても、文化的、あるいは、さらに言えば、「精神的、霊的」な意味で、先住民文化から引き継いだものを、継承しているものがあると思うのです。

それを象徴するのが、「サンカ」が「無縁」の原理を体現すること、そのままの表現と言えるような、次の文章です。

「メンメシノギとは、各自が各自の独裁独立自由の生活をすることである。誰にも支配されず、誰の干渉も受けず、自己の思うままの生活をして、しかもサンカの仲間として立派にやっていく。これが彼らの生活のモットーである。自主的に自由に生活してしかも則を越えない。これは完全なアナーキストである。放浪のアナーキストたるサンカは、人の干渉を極度にきらう。この間の彼等の心理を理解し得る者は、彼らに親分がないことをよく了解し得るであろう。」

「サンカ人の生活様式を端的に表す言葉に『一所不住、一畝不耕』なるものがある。言いかえれば「非定住、非所有」という思想である。国家の支配・締めつけを拒否し、搾取と収奪から自由になるということは、同時に被差別者としての烙印を身に受けることである。その烙印を焼きつけられてなお、所詮権力がつくったシバリに過ぎぬと歯牙にもかけず、それより価値あるもの・守り通すものとして、「自然とともに生きる漂泊人、自由人」の道を選んだ。その核となる思想が「無」なのである。もののないことに苦しむのではない。むしろ何ももとうとしない無なのだ。この「無」に対しては、支配・束縛の入り込む余地はない。ゆえにすべての呪縛からの解放がある。そしてただ自然とともに在る。」

いずれも、先の沖浦著『幻の漂泊民・サンカ』にとりあげられているもので、前者は、後藤という研究者のもの。後者は、自らサンカのルーツにつながるという作田という人のものです。

まさに、これまで述べて来た、「無縁」の原理そのままを体現するのであることが、分かると思います。このような積極的な生き方が、飢餓から逃れるという消極的理由から発生したとは、とても考えられません。

ちなみに、『新・日本列島から日本人が消える日』で、さくやさんも、信長、秀吉、家康は、縄文とつながる「サンカ」の出であることを述べています。「サンカ」について、特に詳しい説明はないですが、縄文からの文化または精神性を受け継ぐものであることは、はっきりしています。

あるいは、組織としても、明治以降知られる「サンカ」というのとはまた異なった形で、一種の「秘密結社」的なものが存続していたのかもしれません

今回は、ざっと触れるだけになりましたが、いずれ、機会があれば、また「サンカ」について、もう少し詳しく述べたいと思います。

※ 私自身は、『遠野物語』に出てくる「山人」、あるいは、柳田のいう「山人」には、「イエティ」とか「野人」などと同類の「未確認生物」に通じるものがある、あるいは、それとの混同があると思います。いずれにしても、「先住民」ということは、「文明開化」がうたわれた明治維新後、さらに戦後の経済成長期には、「未開」の時代に逆行する人たち、あるいは人間以下の生物ということで、「差別」に結びつく見方が強かったと思われます。

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