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2019年7月 6日 (土)

『新・日本列島から日本人が消える日』

前々回、前回に引き続いて、「チャネリングもの」の紹介になるが、今回は、ミナミAアシュタール著『新・日本列島から日本人が消える日』(破・常識屋出版)という本。これは、真に貴重な書で、これまで、古本では、プレミア価格がついて、あるにはあったが、この度、新たに、加筆して、出版されたもの。

これまでの地球の人類の歴史を、特に、日本を中心にして、背後の宇宙人の視点から、分かりやすく、簡明に総括している。情報源は、「さくや」という、ムー、縄文日本を背後で指導したドラコ系宇宙人で、日本に大きく関わる存在である()。だから、これまでの、一般のチャネリングものでは、あまり、明らかにされない、日本人の観点から、真に知りたいことを、包み隠さず明らかにしてくれている。私も、大枠では、知っていたり、あるいは、予想していたことも多いが、まさに、最も知りたいことの核心に迫っているものがあった。

簡明に述べられている反面、切り捨てられた面や、ある種の一面性も感じるが、それは、このような「切羽詰まった」状況で、大枠の流れを押さえるという必要上、致し方ないと思う。むしろ、簡明ということは、率直に、包み隠さず述べられる、ということでもあり、レプティリアン(私は、レプティリアンに代表させているという風に受け取る)や支配層の、非人間的で、あくどい、謀略的な陰謀が、これでもかというぐらいに、明らかにされている。我々日本人が、いかにお人よしに、それに乗っていたかということでもある。この辺りの、容赦のなさは、前回も述べたように、最近の宇宙人情報の流れに繋がるものといえる。

特に、岩倉具視を中心に、日本の支配層が彼らと手を組んで行った、明治維新から、第二次大戦当たりの、「レプティリアン-イルミナティ」の支配構造に日本を取り込みつつ、日本をたたき潰すための、戦略についての語りは、圧巻である。

(その前の、長く続いた江戸の社会は、縄文との繋がりの強い、信長、秀吉、家康らが、ムー、縄文の社会をモデルに、それに近い平和な社会を築こうとしてできたものというのも、非常に興味深い。)

元々の始まりは、レプティリアンによるアトランティス文明とドラコ系によるムー文明の対立に始まり、ピラミッド型の支配構造を貫徹する、アトランティス人と、背後のレプティリアンが、それに与しない、「軽い波動」のムー人を嫌って、様々に、排除の仕掛けをなしたことによっている。

縄文日本は、そのムーの子孫たちであり、その子孫たちも、様々に排除の仕掛けを被って、現在は、沖縄やアイヌ、一部のアメリカ先住民、チベット人、古来のユダヤ人などの、ごく少数派として追いやられている。

ただ、現在の日本人も、(レプティリアンの傘下の)ナーガに指導された、大陸系弥生人の血を大きく入れているとはいえ、縄文の血を受け継ぐものである。ただ、血というよりも、日本列島そのものに、ムーの波動は刻まれているので、その住人としての日本人には、「レプティリアン-イルミナティ」による攻撃が、執拗に続けられることになる。

そして、タイトルにもなっている、「消える」というのは、「レプティリアン-イルミナティ」の支配構造が占める、この三次元的な領域から、「次元上昇」して、「見えなくなる」(干渉し合うことがなくなる)ということを意味している。かつて、マヤ文明の一部の人たちも、なしたことだが、日本人に、そのような方向での「選択」を勧めているのである。

一見、非現実的、あるいは、「無理な要求」のようにも感じられるが、「好きなことをして、ご機嫌でいる」という簡単なことで、波動を軽くしていれば、十分可能なことという(それは、前回も述べたように、地球自身が、既にそのように選択したからでもある)。この当たりは、「ワクワクすることをする」というバシャールにも通じるところである。

何しろ、読みどころはたくさんあるので、ぜひ読んでみることを勧める。

(それを期して、私も、あまり詳しいことは述べない。前々回と、前回紹介した本のどれかというなら、私は文句なしに、この本を勧める。)

※  日本的になじみ深い言い方で言えば、「龍神」ということになるし、本書でも触れられているとおり、記紀神話の「コノハナノサクヤヒメ(木花咲耶姫)」のモデルとなった存在でもある。この辺りは、「神々」とみるか「宇宙人」とみるかで、随分イメージが違ってくる。

なお、前々回、前回紹介したものとの対比で言うと、奇しくも、今回は、「日本と関わりの深い存在による、日本人チャネラーによるもの」、前々回は、「日本ばかりか地球との関わりも薄い、第三者的な存在によるもの」、前回は、「地球と関わりの深い存在による、日本在住のチャネラーによるもの」という風に、日本との距離感が、それぞれ異なるものになっている。だから、どれかと言うなら、それぞれの興味と関心から、選んでもらえばいいし、それぞれに十分の意義があると思う。ただ、これだけ深く、詳しく、日本を中心にした視点から示された情報も珍しい(詳しさ、分かりやすさは、「日月神示」より断然上)ので、今回のこの本を特に推している。

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