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2018年8月18日 (土)

『統合失調症がやってきた』/「後ろ」からの声

ハウス加賀谷の『統合失調症がやってきた』(イースト・プレス、幻冬舎こころの文庫)を読んだ。自分の陥っている状況を、あまり主観を入れ込まずに、客観的に、分かりやすく表現されていることには、率直に感心させられた。「統合失調」という状況について、考えるのにも、参考になるところが多くある。

ハウス加賀谷の統合失調状態については、前に、NHKの番組でとり上げられていたことに絡めて、記事『「統合失調症」という「アイデンティティ」』(http://tiem.cocolog-nifty.com/blog/2015/02/post-faec.html)で、述べていた。そこで述べたことは、今回本で詳しい事情を知っても、ほとんどそのとおりだったということが、改めて確認できた。

特に、精神薬の服用に関して、加賀谷は、より酷くなったことを、「医師の指示に従わなかった」から、ということで言っていた。ごれは、飲まない方向でのことと思っていたが、今回の本で、状態が悪いときは、過剰に飲んでいた(ときには一回に200錠も)ということで、これでは、より酷い状態を招くのも当然のことと言わざるを得ない。

ただ、エビリファイに変えることで、一気に状態が好転したという点は、この薬の評判を聞いて、よくなることを期待して、自ら医師に薬を変えてもらうよう頼んだということである。それまで、意欲の減退した酷い状態が続いていたわけだが、ここで、本当にその状態から脱しようと、強く意欲したということである。それは、お笑いの世界への復帰を、強く望むということでもあった。その積極的で、前向きな思いが、薬を介して、プラシーボ的に強く作用したということが、みてとれるのである。

加賀谷の状態が、本当に「統合失調状態」といえるのかということにも、多少の疑問を呈していたが、本を読むと、確かに、「統合失調」に典型的な「幻聴」に悩まされていて、それを「現実」そのものと混同してしまったために、状態を酷くしていったことが分かる

加賀谷の「幻聴」は、「自分は臭い」ということに関るものである。異性を意識し始める、思春期の頃に、「自分は臭いのではないか」という疑いをもつこと自体は、かなりの人が経験することだろう。また、加賀谷は、父親がエリート社員ではあるが、家庭を顧みない典型的なダメ親で、母親が加賀谷に多くの期待をかけ、自由を与えられず、プレッシャーの多い環境で育っている。「自分を臭い」と思うのは、「自分」という存在の否定の感情がもとになっていて、そのような環境で育ったが故の、嫌悪感や自信のなさが強く影響している。しかし、そのようなこともまた、現代では、割と普通にあることといえる。

だから、「自分は臭い」という疑いを、強迫的にもつこと自体は、かなりの人に「了解」可能なことだろう。ただ、加賀谷の場合、普通と違っていたのは、単に、「聞えるような気がする」というのではなくて、実際に、それを現実の声と変わらない「声」として、ありありと聞いていたことである。

「統合失調」ということでいうと、やはりここが「分かれ目」で、そこには、体質の影響があるというしかない。ただし、それもまた、一時的な現象であり得る(記事『「狐に化かされる」こと/一時的な「幻覚」「妄想」状態』 http://tiem.cocolog-nifty.com/blog/2013/09/post-8560.html 参照)のだが、加賀谷の場合は、そうならず、それがより発展していったということである。

その「幻聴」の現れについては、加賀谷がかなり詳しく状況を説明しているので、特徴をよくみることができる。

初め、加賀谷は、教室の一番前の席にいたのだが、後ろで生徒が下敷きで煽いでいるので、自分が臭いからではないかと疑う。すると、その後、はっきりと、後ろから、「加賀谷君臭い」という声を聞く。その生徒の声で、現実と変わらない声としてである。

加賀谷は、驚くが、またしばらくすると、「臭い」という声がするので、後ろを振り返ると、誰も、全然そんなことを言っている素振りはない。しかし、前を向くと、また声が聞え、後ろを振り返ると、そんな素振りもないということを繰り返す。

このような声を、加賀谷は、全く「現実の声」と思っているので、自分が「臭い」ということに確信をもつようになる。誰が「臭い」ことを否定しても、その確信を変えられない。それで、医師に無理やりに頼み込んで、脇の手術まですることになる。それで、さすがに本人も、「臭い」のは消えたはずだと思ったが、その後も、教室で、後ろから「臭い」という声を聞くことになり、絶望的な気分になる。

そんなことから、精神科にかかることになるのだが、この声について、興味深いのは、常に、「後ろ」から聞えることである。一番後ろの席に座ったら聞えないはずだと思って、一番後ろの席に座ることができたときも、何と、誰もいないはずの「後ろ」から、声が聞えて来た。

この、「後ろからの声」というのが、私の観点からすると、とても興味深いのである。しかし、その前に、加賀谷は、これを「現実の声」そのものと解したわけだが、このような状況からすると、それが現実の声ではあり得ないことに気づく余地が、十分あったことを確認したい。

一つは、後ろを振り返ると何の素振りもなかったことで、普通は、そんなに即座に、言っている状態から、変わり身の変化をできるわけがない。もう一つは、一番後ろの席でも、誰もいない後ろから聞えてきたことである。これは、かなり「決定的なこと」のばすである。

本当は、この時点で、「現実の声ではない」と気づく余地があったが、加賀谷はそれでも、現実の声と疑わなかった。それは、その声が本当に現実同様、ありありとしているからだし、中学生くらいの年で、一般的にも、そのような声を現実でないものと疑うことは、難しいはずである。予め、そのような声があることを、知っていれば、その可能性もあっただろうが、普通は、中学生ぐらいで、そのような知識があるものではない。また、中学生でなくとも、それが「幻聴」であることを疑うのも、何か、「霊的なもの」であるのを疑うのも、怖いことなので、そのような考えは、抑圧してしまうのが普通である。

同時に、自分が、「臭い」ということは、自分という存在の「象徴」のような意味合い(一種の「アイデンティティ」)として、内心に強く疑われていたので、それを「正しく」指摘する声を聞くと、疑うことが難しかったのもあるだろう。

しかし、それにしても、この時点で、それが現実の声でないことに気づいていたら、その後、違う方向に行っていただろうことは確かなのである。

さて、「後ろからの声」についてたが、私も、声は、「人の背後」から聞えるということを言っていた。加賀谷の場合は、「自分の後ろ」だが、私も、「自分の後ろ」からの声もよく聞いた。私の場合、それは、「もう一人の自分」(シュタイナーでいえば「境域の守護霊」)というべき者の声で、「他者」の声は、他の人間の「背後」から聞こえていたのである。

人間は、目が前についていることとも関係して、「前」が「見える世界」とすれば、「後ろ」は「見えない世界」の象徴ともいえる。つまり、「霊的な世界」の象徴である

後ろの存在は、「背後霊」などという言い方がされるし、かごめかごめという遊びでも、「後ろの正面」を当てるのだが、これは、単なる「後ろ」ではなくて、本来、「霊的なもの」を意味していたはずである。今は、「遊び」という形として残っているが、元は、シャーマンの育成のための、イニシエーションのようなものだったと解されるのである。

シュタイナーのいう「境域の守護霊」とは、「この世界」と「霊的な世界」との「境界」に立ち、「霊的な世界」を守護する「番人」であった。そのような存在の立つ「境界」こそ、「自分の後ろ」であり、それは、背後に「霊的な世界」全体を控える、「入口」のようなところといえるのである。

ただ、加賀谷の場合、常に自分の「後ろ」から声を聞いていたのは、初め、教室の一番前にいたことと関係がある。「自分の後ろ」とは、「他者のいる場所」でもあったからである。

加賀谷は、他の者が自分をどう思っているかに囚われ、それが「後ろの声」として聞えた。だから、「他者の声」もまた、「自分の後ろ」からの声として聞くことになったのである。しかし、同時にそれは、漠然たる「霊的な世界」全体の「入り口」としての意味合いも重なっていたといえる。私の場合は、既に「入口」をかなり入り込んでいて、「霊的な世界」も、「自分の後ろ」と「他者の背後」というように、「分化」していたということである。

それにしても、一番後ろの席にいても、「後ろ」から声が聞えて来たのは象徴的である。それは、「現実の世界」の途切れる先の、「入口」としての、「霊的な世界」から聞える声だったことを、如実に示している

加賀谷の場合に限らず、このように、注意深く状況を観察すれば、その声が、たとえ現実の声と同じように聞えても、どこかしら「現実そのもの」から「ずれ」を起こしていて、「現実」そのものではあり得ないことが明らかになる面が、あるばすなのである。疑わしい「声」が聞えたときには、必ず、状況をよく観察してほしい。

いきなり、それを「霊的な世界」から訪れた声とは、解せないかもしれないが、「現実の声」そのものではないことには、十分気づけるはずである。

これからの時代には、多くの人が、是非とも、そう気づけるようになってほしいと思う。

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