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2018年5月

2018年5月29日 (火)

「テクノロジー犯罪」という観念の問い直し 2

「集団ストーカー」の実質的内容は、(集団を使って)人を精神的な混乱や錯誤に陥れる「嫌がらせ」であり、「ガスライティング」でした。しかし、「テクノロジー犯罪」というのも、その実質は、このような「ガスライティング」とほとんど同じものです。

「テクノロジー犯罪」の場合、「集団ストーカー」と異なり、直接人の行為を介して行うのではなく、隠れたところから、あるいは離れたところから、「超高度のテクノロジー」を使うことによって、攻撃がなされるとされます。それで、人の行為による「嫌がらせ」という面は、みえにくくなっています。

しかし、それは、直接的な危害を加えるというよりは、やはり、人を精神的な混乱や錯誤に陥れるもので、手段は違っても、実質は、同じといえるものなのです。それを繰り返し行うことで、人を「精神的窮地」に追い込んで行き、統合失調症のような、精神病的な状況に陥れるというのも、「集団ストーカー」の場合と同じです。

「テクノロジー」というのは、電磁波であっても、「物理的なエネルギー」を伴いますから、身体に対する殺傷能力を持ち得ますし、実際、前回みたように、それを被った結果として、「身体的不調」というのもあげられます。

しかし、その「身体的不調」というのも、直接それ自体を目的とするというよりは、そのような不調を繰り返し与えることで、「精神的窮地」に追い込むことを狙ったものです。つまり、「身体的不調」というのも、精神に向けられた、「ガスライティング」のもたらす効果の一つとみられるのです。

そして、「テクノロジー犯罪」の結果もたらされるとされる、他の、「精神的不調」や、「音や声を聞かせる」、「思考を読み取る」、「思考を操作する」といったものは、精神に向けられた「ガスライティング」という面が、かなりはっきりしています。いずれも、何らかの危害というよりは、不可解な現象を身の周りに生起させて、精神的な不安や混乱をもたらすものだからです。

あるいは、「思考を読み取る」というのは、その読み取った思考をもとに、その者にしか分からない「ほのめかし」や、「絶妙なタイミング」の「コリジョンキャンペーン」などを行う、「集団ストーカー」行為の前提として機能するものでもあります。つまり、「集団ストーカー」と結びつけられて、「ガスライティング」として機能するということです。

このように、「(超)高度のテクノロジー」を用いてなされる「ガスライティング」を「ハイテク」と呼び、現実に人の行為を介した、「集団ストーカー」的な「ガスライティング」を「ローテク」と呼んだりもします。

いずれにしても、「集団ストーカー」も「テクノロジー犯罪」も、その実質は「ガスライティング」なのであり、人を操作するということで、人の関わりが前面に出てくるものが、「集団ストーカー」とされ、人が前面に出で来ないで、「みえない」ものが、「テクノロジー犯罪」とされているだけなのです。

「集団ストーカー」のところで述べたように、確かに、その者にしか分からない「ほのめかし」や、「絶妙なタイミング」での「コリジョンキャンペーン」などは、リアルタイムで人の意思や思考を読み取ることを想定しない限り、無理なことでしょう。その、「意思や思考を読み取る」ということは、通常は「あり得ない」こととされていますが、隠蔽されている、「(超高度の)テクノロジー」によって可能だとするのが、「テクノロジー犯罪」なのです。

しかし、そのような「技術」自体、相当に認め難いのみならず、現実の人を適材適所に配置して、リアルタイムに、それを反映する行為をさせる、などということは、明らかに無理なことです。さらに、「無理」というだけでなく、人材と金と手間とリスクのかかる、しかも、実質「嫌がらせ」に過ぎない、「稚拙」ともいえる行為をさせるために、わざわざ、隠蔽されている、「超高度のテクノロジー」を使うなどということは、あまりにもアンバランスであり、非現実的なことです。

このように、「超高度のテクノロジー」を持ち出して、それを「集団ストーカー」という、現実の人の行為と結びつけたために、その論理は、実際には破綻してしまっています。

それでも、あえて、そのような発想が持ち出されるのは、「集団ストーカー」のところで述べたように、実際に、「思考を読み取られている」からこそ可能となるような、「ほのめかし」や、「絶妙なタイミング」というものに、かなりの人が、確かな感覚的「リアリティ」を感じているからです。彼らにとっては、「思考を読み取られる」という感覚的「リアリティ」を説明してくれる、(「病気」ということではなく、しかも「オカルト」的でもない)はっきりとした理由が、必要ということです。

さらに、前回も述べたように、実体の「みえない」「(超高度)のテクノロジー」による攻撃というだけでは、いかにも抽象的で、「リアリティ」が薄いということもあります。しかし、そこに、現実の人の行為を介した「集団ストーカー」というものが絡むことで、「ガスライティング」を受けているという「リアリティ」は、確かに強められます。つまり、戦略の観点からも、「テクノロジー犯罪」と「集団ストーカー」は、結びつけられる理由があるのです。()

しかし、実際には、「集団ストーカー」のところで述べたとおり、「思考を読み取る」とか、「思考を操作する」、「声を聞かせる」といったものは、「ガスライティング」を本性とする、「霊的」または「異次元的」な存在の「能力」として、最も典型的なものです。「超高度のテクノロジー」など持ち出さなくとも、また、「テクノロジー犯罪」と「集団ストーカー」に分けたうえで、あえて結びつけたりしなくとも、両者は、もともと一つのものとして、これらの「能力」によって可能ということです。

あるいは、これらの現象には、「集団ストーカー」のところで述べたように、何らかの(もはや、人間のものとは言い難いですが)「(超高度の)テクノロジー」が関与している可能性がないわけではありません。しかし、その場合でも、それらは、「能力」の範囲を広げ、あるいは精度を高めるようにして、「能力」と連動する形で使用されているものと思われます。だからこそ、能力が中心となる、「集団ストーカー」と結びつくことも可能なので、このような「能力」ということを抜きにして、「(超高度の)テクノロジー」だけで説明しようとすると、先にみたように「無理」や「破綻」が明らかになるのです。

さらには、その他の、「精神的不調」や、「音を聞かせる」、「身体的不調」といったものも、基本的には同じことです。

「精神的不調」はもちろん、「身体的不調」についても、このような存在に取り囲まれ、その発する「波動」の影響を受ければ、不快感、眠気、吐き気、頭痛、その他の身体の痛みというものは、いくらも生じ得るのです。スウェデンボルグも、「悪霊」について、「彼らは体のあちこちに痛みも起こす」ということを述べていました。

「(物理的な)音を聞かせる」、「身体に(傷などの)みえる現象を生じさせる」となると、「テクノロジー」のような、「物理的なエネルギー」を想定したくなるのは分かります。しかし、それらの存在は、「物質化現象」のような形で、物理的に顕現する現象も起こせるし、あるいは、記事『幻覚的現実と物質化現象の「中間的現象」 』(http://tiem.cocolog-nifty.com/blog/2009/11/post-0f93.html)で述べたように、はっきりとした物理的な現象かどうか区別しにくい、「中間的な現象」も起こせます。

「音を聞かせる」では、「ラップ現象」や「ポルターガイスト現象」といわれるものが典型ですし、「身体的な傷を生じさせる」では、素朴なものですが、「かまいたち」と呼ばれるものが、あります。

不可解な「身体の痛み」や「ラップ現象」は、私もよく体験するのですが、しかし、注意すべきは、このような現象は、それを想定する以前に、何らかの、「通常の物理的な原因で生じている現象」である可能性が、十分吟味されなければなりません。あくまでも、「通常の」物理的な原因であって、「超高度のテクノロジー」を持ち出すということではありません。

「精神的不調」や「身体的不調」については、現代の、種々様々なストレスによるものであることが考えられるし、「電磁波」としても、現代は、環境的に、これに非常にとり囲まれた状況です。敏感な体質の者は、「精神的不調」や「身体的不調」を訴えても、何ら不思議でない状況です。あるいは、このような環境状態が作り出されていること自体、一種の「テクノロジー犯罪」と言って言い過ぎであれば、少なくとも、「テクノロジー公害」とは言えるでしよう。それはそれで、問題とされて、然るべきことです。さらには、福島の原発事故による、放射能の影響も考えられます。

異様な「音」も、現代の環境状態から、生じてくる可能性はいくらもあるし、「ラップ現象」と思われる音も、その物体自体のきしみなど、通常の原因で生じている可能性があります。

「ラップ現象」については、この二つのサイト(https://spicomi.net/media/articles/499http://every-day-life.com/rapon/)は、霊的な面も含めて、基本的なことをよく説明しているし、まず、そのような現象が、通常の物理的な現象であること十分検討したうえで疑うべきことを、しっかりと述べていますので、参考にしてください。

さらに、このサイトでも述べられているように、自らの強い情動が、これらの現象をもたらす原因となっている可能性も、あるのです。「超常的な現象」としても、他の存在ではなく、自分自身が原因となっている可能性があるということです。「ポルターガイスト」現象などは、精神的に不安定な思春期の子供が、無自覚に起こしていると思われる場合が相当にあり、「テクノロジー犯罪」を受けているという人の場合も、それで不安と恐怖に駆られた人は、同様の精神状態にあると考えられます。

強い信念が、身体的反応を起こす例としては、薬における「プラシーボ効果」や、強い信仰によって起こる、「聖痕」現象などがあります。

既にみたように、「テクノロジー犯罪」としてあげられるものの中には、確かに、霊的、異次元的な存在によって、「仕掛け」られた、「ガスライティング」が含まれている可能性があります。

しかし、それらの現象の多くは、実際には、これらの「通常の物理的原因による現象」か、「超常的」な面があるとしても、自らが起こしている現象である可能性が高いものですにも拘わらず、一旦、「テクノロジー犯罪」という観念に捕らえられると、身の周りに起こる多くの出来事が、これら他の可能性をほとんど顧みることもなく、「テクノロジー犯罪」とされてしまうのです。そして、さらに不安と恐怖を拡大し、より多くのことを「テクノロジー犯罪」として拾うことで、自ら、抜け出し難い「地獄的な状況」に入り込んでしまうのです。

それは、「テクノロジー犯罪」という、魅惑的な要素をもたたえた、戦略的な観念のもたらす、強力な効果といえます。

次回は、結局は「集団ストーカー」の場合と同じなのですが、対処する方法についても、少し述べておきたいと思います。

※ 6月5日追加

「思考を読み取られる」ということの感覚的リアリティは、「テクノロジー犯罪」そのものとして直接感じられるのではなく、思考を読み取られていなければあり得ないはずの、現実の人による「ほのめかし」とか「絶妙のタイミング」での仕掛けという「演出」があって、初めて、感じられるものです。その意味でも、「テクノロジー犯罪」と「集団ストーカー」は、結びつく必然性があります。

注意すべきは、「テクノロジー」によって「思考を読み取られる」というのは、あくまで、その結果持ち出された「解釈」に過ぎないということです。「感覚的リアリティ」そのものは、人を介しての「集団ストーカー」的な振舞いという「演出」によって、生じているのです。その意味では、「集団ストーカー」の方が本質的なものなのです。

これは、「統合失調」の場合に、「思考を読み取られる」ということの「感覚的リアリティ」は、他者がかけてくる(と感じられる)「声」によって生まれることと、ほとんど同じです。また、「思考を読み取られる」ということの「解釈」として、典型的なものに、「CIAによる迫害」というのがありますが、この「CIA」を「集団ストーカー」に変えれば、「集団スートーカ」被害そのものとなることにも注目ください。(記事『「つつぬけ」「さとられ」』(http://tiem.cocolog-nifty.com/blog/2007/12/post-a694.html )、『「さとられ」と「CIA」』(http://tiem.cocolog-nifty.com/blog/2010/01/post-bedd.html) 参照)

2018年5月18日 (金)

「テクノロジー犯罪」という観念の問い直し 1

「集団ストーカー」という観念に続いて、「テクノロジー犯罪」という観念についても、問い直しをしておきます。

ただ、「集団ストーカー」について述べたことは、「テクノロジー犯罪」についても、多く当てはまるものです。特に、その「戦略」としてのあり方は、「集団ストーカー」の場合と同じです。この重なる部分については、あまり詳しく述べないので、「集団ストーカー」について述べたことを、必ず参照するようにしてください。

何しろ、「テクノロジー犯罪」という観念も、戦略に貫かれた、曖昧なものでありながら、一定のリアリティを吹き込まれることで、威力を発揮します。一旦、その観念を信じると、身のまわりの多くの出来事を、「テクノロジー犯罪」によるものと疑うようになることも、同じです。

しかし、「テクノロジー犯罪」という観念には、「集団ストーカー」という観念に、含み込ませることが難しい出来事も、含み込ませることができます。それこそ、「テクノロジー」を前面に打ち出していることの意義です。「集団ストーカー」という観念と、「テクノロジー犯罪」という観念を合わせれば、事実上、身近に起こる身体的不調や精神的不調、さらに、「他人に何事かを仕掛けられている」という疑いのもととなる出来事の、ほとんどのものを、これに含ませてしまうことができます。

また、「テクノロジー犯罪」という観念は、「集団ストーカー」という観念と結びついて、「集団ストーカー」という観念の内容を、飛躍的に拡大し、それに一定の根拠を与える働きもします。特に、通常は、「オカルト的」で「あり得ない」というべき、「ガスライティング」の内容を、後にみるような(超高度の)「テクノロジー」によるとすることで、事実上、どこまでも膨らませ、それに一定の根拠があるというみかけを与えることができます。

さらに、「テクノロジー犯罪」という観念だけでは、いかにも抽象的で、リアリティが薄い場合でも、「集団ストーカー」という、現実の人を介した直接の行為を含み込めることで、それに強い「リアリティ」が与えれるということもあります。

このように、「集団ストーカー」という観念と「テクノロジー犯罪」という観念は、互いに補い合って、威力を発揮するところがあります。そして、そこには、やはり、現代という状況だからこそのものがあります。「集団ストーカー」では、「集団」から切り離された、孤独な個人の不安ということが、背景にありました。が、「テクノロジー犯罪」では、さらに、最近の技術の飛躍的な発展と、それについての不安や恐れということも、加わっているのです。

ともあれ、まずは、「集団ストーカー」のときと同じように、「テクノロジー犯罪」という言葉に着目してみます

「テクノロジー犯罪」とは、「テクノロジー」と「犯罪」が組合わさった言葉で、要するに、「テクノロジーによる犯罪」ということです。「テクノロジー」+「犯罪」も、「集団」+「ストーカー」の場合に負けず劣らず、曖昧な言葉が重ねられたものです。そして、それは、もちろん意図的なものです。

「テクノロジー」とは、限りなく広い範囲のもので、どのようなものでも含み得ます。「犯罪」という言葉も、曖昧ですが、これが使われていることには、その行為が、(人間の)「加害者」による「加害行為」であることを明示し、同時に、それを受けた者を、「被害者」として意識させる効果があります。

そもそも、「犯罪」というなら、「テクノロジーによらない犯罪」など、身体や、口を使って直接なされた暴力など、非常に限られたものでしょう。刃物やピストルなど、あるいは電話やネットなど、何らかの道具や機器を使った犯罪は、すべて「テクノロジーによる犯罪」と言い得るものです。

しかし、実際に、「テクノロジー犯罪」にいう「テクノロジー」とは、現代の技術の飛躍的発展を前提とした、「高度なテクノロジー」を意味しています。さらに、多くの場合は、現代においても、一般には認められていない(加害者によって隠蔽されているとされる)ような、「超高度なテクノロジー」をも意味しています。

もちろん、そのような「(超)高度なテクノロジー」が持ち出されるのには、理由があります。

「集団ストーカー」の場合に、そのような行為を受けていると考えるもとになる現象はあったように、「テクノロジー犯罪」の場合にも、そのようなもととなる現象はあります。

たとえば、何らかの、原因の分からない、身体的不調や精神的不調。あるいは、何らかの、不審な音や声を聞く。さらには、自分の脳内の思考が読み取られている、あるいは操作されていると思われるような事態、などです。そのような現象に、明確な原因があれば、当然それを疑うことでしょう。しかし、そのような原因がはっきりせず、不可解である場合に、それを説明する理由がないことは、落ち着きが悪く、混乱をもたらします。

そこで、そのような現象は、「高度なテクノロジー」によって、あるいは、それでは説明しにくい場合は、「超高度なテクノロジー」によって、「加害行為」として、引き起こされているのだという、明確な理由を与えるのが、「テクノロジー犯罪」なのです。そうして、不可解な現象を、とりあえず納得させるとともに、「犯罪」であり、「加害行為」ということで、「加害者」を糾弾するという、感情の持って行き場を与えてくれることにもなります。

「(超)高度のテクノロジー」とは、通常、マイクロ波のような「電磁波」を用いるものであることが、想定されています。単純に、「身体的不調をもたらす」ようなものは、「高度なテクノロジー」ということで、とりあえず捉えられるでしょう。しかし、「思考を読み取る」、「操作する」などのものは、そのようなもので、容易に捉えられるものではありません。それで、一般には、認められない、「(超)高度のテクノロジー」が持ち出されるわけです。現代の技術の延長上に、推測や憶測を積み重ねて、その内容がある程度具体的に、示されることはありますが、いずれにせよ、非常に曖昧で、捉え難いものです。

通常は、「テクノロジーによる犯罪」といっても、その行為の過程や加害者は「見える」ものです。「テクノロジー」であること、「犯罪」であること自体は、明確ということです。ところが、「テクノロジー犯罪」では、「(超)高度のテクノロジー」を使うとすることで、それらが「見えなく」(正確には、「テクノロジー」である限り、「見えない」ことはないので、「見えにくく」)され、従って、その行為の過程も、誰の犯行かも特定できないものになっています。

「テクノロジー犯罪」という言葉が使われていますが、実際には、「テクノロジー」といえるのかどうかも、「犯罪」といえるのかどうかも、不明確なものなのです

しかし、そのような、曖昧で不明確なものだからこそ、先にあげたような、不可解な現象の原因として、持ち出すこともできるのです。明確なものであれば、その矛盾や無理も、明確になってしまいます。(ただし、「犯罪」であることを強調することで、それが「加害行為」であり、糾弾されるべきものであることは、明確に訴えるのが「みそ」です。)

「テクノロジー(による)犯罪」という、現実に存在する、一般に受け入れられやすい言葉で、このような、かなり特殊で、曖昧な事態を意味させているわけですが、これは、「集団ストーカー」という言葉の場合と同様、一つの大きな戦略です。

つまり、「集団ストーカー」が、実際には、単なる「ストーカー行為」を意味していなかったように、「テクノロジー犯罪」というのも、実際には、単なる「テクノロジーによる犯罪」を意味しているわけではないのです

しかし、「テクノロジー」ということを前面に打ち出すことで、そこに、一定の「リアリティ」がもたらされているのは確かであり、それが、巧妙さの一つです。

既に述べたように、現代では、「テクノロジー」は飛躍的に発展しており、その限界がどこにあるか、明確には定められません。見方によっては、「テクノロジー」によって、どのようなことでも可能とみることも、必ずしも非現実的とは言えない状況です。そのような「テクノロジー」には、多くの人が、不安や恐れを抱いています。

「テクノロジー」がもたらす影響や、その操作によって、何らかの危害を被ったり、自分のコントロールできないところで、権利を侵害される可能性は、多くの人が現実に危惧しているはずです。

「テクノロジーによる犯罪」自体は、いくらもあり、現代では、それが巧妙化かつ複雑化されて、一般の理解や制御が及びにくいものになっています。そのようなことが、「テクノロジー犯罪」という言葉に、一定の「リアリティ」を与えています()。そして、実際に、この言葉を使うことは、それが狙いなのです。

何しろ、「テクノロジー犯罪」という観念では、先にみたような身近に起こる、不可解な、身体的不調や精神的不調。音や声を聞く。思考が読み取られる、操作されるというような、不可解で好ましくない現象は、「(超)高度のテクノロジー」によって、起こされたものとみます。「加害者」は、「集団ストーカー」の場合と同様、様々に想定されますし、理由は、「人体実験」などの、もっともらしいものが持ち出されます。

いずれにしても、そのような身近に起こる、様々な、不可解で好ましくない現象には、「テクノロジー犯罪」という「原因」があるのであり、それは人間による、「加害行為」なのだということです。「テクノロジー犯罪」という観念が、まず戦略として意図していることは、そのような見方を広めることです。多くの人が、そのような見方のもとに、「テクノロジー犯罪」を疑い、疑心暗鬼を生んで、人々の間に、混乱や軋轢をもたらすことができるからです。

先に身近に起こる現象として、あげたもののうち、「思考が読み取られる」「操作される」というのは、「統合失調状況」と重なることが明らかで、これは、かなり特殊な事態といえます。しかし、これは、「集団ストーカー」にもあったように、「統合失調状況」と共通する要素を、「テクノロジーによる犯罪」として、取り込んでいるのです。「統合失調」の「妄想」でも、何らかの高度な「テクノロジー」によるとして構想されることはありますが、内容は突飛で、個々ばらばらなものとなりがちです。しかし、「テクノロジー犯罪」ということでは、ネットなどで、それなりに類型化された形で、その共通の「原因」を与えることができるのです。

そして、「集団ストーカー」の場合と同じように、それは、「統合失調」なのではなく、「テクノロジー犯罪」によってこそ、陥らされるものだとすることができます。

しかし、そのような特殊のものだけでなく、もっと一般的な、身体的不調や、精神的不調も加えられているのが、「みそ」です。誰もが、身近に経験する、このような事態も、「テクノロジー犯罪」によるものとすることで、適用範囲を大きく拡大し、それが、誰にも当てはまり得るものとのイメージを、もたらすことができるからです。実際、「テクノロジー犯罪」は、「集団ストーカー」の場合以上に、適用範囲が広められているといえます。先にあげた例だけでなく、事実上、どのような現象であっても、「テクノロジー犯罪」によるとすることは、可能というべきです。しかし、それは、「曖昧さ」が、限りなく拡大されていることによるのです。

繰り返しますが、「テクノロジー犯罪」という観念自体が、不可解な現象に、理由を与え、加害行為として、納得させる働きをします。その意味では、「集団ストーカー」と同様に、この観念には、「魅惑的」なところがあるのです。ただし、それは、真の「納得」でないことは明らかで、また、何らの「解決」でもないことは明らかです。むしろそこから、疑心暗鬼が拡大し、さらに多くの出来事を「テクノロジー犯罪」として拾ってしまうことにより、問題を拡大し、本当には、何も解決しない状況を継続させます。それは、「集団ストーカー」の場合と同じように、「地獄的な状況」といえます。

「テクノロジー犯罪」という観念は、一見、「魅惑的」であるけれども、実際には、そのような「地獄的な状況」へと追い込ませることを意図した、「戦略」的なものだということです。

次回は、さらに、「テクノロジー犯罪」の実質が、「集団ストーカー」の場合の「ガスライティング」と同様のものであることに着目してみます。

)さらに言えば、実際に、「電磁波」を用いた「高度のテクノロジー」によって、何らかの危害を加えるという、加害行為自体は、あるものです。かつての、旧ソビエトのアメリカ大使館事件や、最近の、キューバのアメリカ大使館事件などは、その典型です。

また、一般には認められていない「超高度のテクノロジー」も、軍事的な機密などに絡み、隠蔽されることがあるのは事実です。しかも、私のように、「宇宙人」による技術が存在することを認めるなら、その範囲はさらに拡大します。

「超高度のテクノロジー」なるものは、存在しないということではないのです。「テクノロジー犯罪」が想定するようなものかどうか、どの程度の精度のものかは別にして、類似のものが存在する可能性はあり得るし、少なくとも、超大国の研究・開発の対象であるのは確かでしょう。

しかし、それらが、「テクノロジー」として「存在し得る」ということと、身近に起こった現象の原因として、それらを持ち出すということの間には、あまりに大きなギャップがあります。また、実際にも、具体的にみる限り、無理であることが明らかというべきです。次回にも、この点については、触れるつもりです。

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