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2018年3月 3日 (土)

「集団スト-カー」という観念の問い直し 3

「集団ストーカー」という観念の実質的内容は、集団による「ガスライティング」という「悪魔的手法」なのでした。しかし、それらは、もはや、人間によるものとしては「あり得ない」もので、「非人間的」、「オカルト的」なものにまで拡大されています。

しかし、だからと言って、それは、まったく、(どんな意味でも)「あり得ない」もの、ということではありません。

実際に、「集団ストーカー」で意味するような、集団による「ガスライティング」という行いを、その本性そのものの現れとしてなすような存在、いわば、「天職」としているような存在はいるのです。「集団」で群れて、人間につきまとい、「人と人の間」から、人間の心理を巧みについて、さまさまな仕掛けをなし、錯誤や混乱に陥れて、精神的な崩壊を導くような存在です

「ガスライティング」が、「悪魔的手法」だというのは、決して比喩ではありません。それは、まさに、文字どおり「悪魔の手法」なのです。それは、人間を超えた位置から、人間の心理をつぶさに観察し、知り尽くすからこそ、できることなのです。

人間がそれを行うとしても、それは、あくまで、人間が「悪魔」から、受け継ぐ限りのものです。それは、「人間的なもの」によって、限界づけられ、どこまでも徹底することはできません。ところが、「悪魔」は、その本性そのものの発現として、徹頭徹尾、その行いを、冷徹に、一貫してなし得るのです。また、そのことによって、彼らの栄養源である、恐怖などの感情エネルギーが、継続的に得られているのです。

ここでいう「悪魔」には、そのような性質を有する、人間以外の存在を広く含み得ます。最も人間に間近の、いわば現場で働く「低級自然霊」、それを背後で指揮する「捕食者」(アーリマン存在)、さらに、他の星系に起源をもつネガティブな「宇宙人」などです。

いずれにしても、物理的次元を超えたところから、物理的次元にいる人間に、さまさまざな仕掛けをして来ます。彼らは、「テレパシー」によって、人間の思考を読むのは簡単ですし、人間に思考、感情を吹き込み、操ることもできます。あるいは、一時的に「憑依」して、何らかの行動をさせることもできます。さらに、「捕食者」や、ネガティブな「宇宙人」になると、「物質化」して、人間と同次元の物理的レベルから、何らかの行いを仕掛けることもできます。「共時性」の演出など、時間・空間の制限を超えた現象も起こせます。ネガティブな「宇宙人」においては、我々の想定を超える、「高度な技術」を用いて、その精度を高めることも可能でしょう。

このように、彼らにとっては、人間にとっては不可能であった、「集団ストーカー」にいう、「ガスライティング」という行いをなすことは、簡単なことなのです。また、それを、人間による行いのように見せかける(装う)ことも簡単です。というよりも、むしろ、まさに、そのように、自分らの本性そのもののような行いを、人間によるものと思わせることこそが、「集団ストーカー」ということで、最も意図されている、「ガスライティング」(陥れるべき錯誤)そのものなのです

私の統合失調的な体験を中心に述べた、本ブログの前半の記事も、彼らが、いかに、戦略的に、執拗な「ガスライティング」をしてくるかを、具体的に述べたようなものです。

つまり、「統合失調」の外的要因の多くも、また、彼らの「ガスライティング」そのものなのです。それは、概ね「声」という形で、直接的になされます。それは、本人が、そのような「声」を聞ける状況にあるからです。ところが、そうでない場合にも、彼らは、他の人間を操作するなど、背後から、物理的次元に働きかけることで、「ガスライティング」をなすことが可能であるということです。「集団ストーカー」にいう「ガスライティング」こそが、それに当たるものです。

「統合失調」と「集団ストーカー」被害には、このように共通の要素があるのは、前回もみたとおりですが、そこには、状況に応じて、いくらか方法的な違いもあるということです。

いずれにしても、彼らの行いが、いかに「ガスライティング」に満ちているか、具体的にみるのには、地獄を含む霊界を探訪して、詳細に記録した、スウェデンボルグの記述を読んでみるのがいいと思います。以下、分かりやすく、抄訳され、編集されている、今村光一抄訳・編『スウェデンボルグの霊界からの手記(中)』(経済界)から、いくつか引用してみます。

争い、病気、不幸や不運、それにまた犯罪から自殺などなど、この世の凶事の多くは悪霊のなせる業だといっていい。悪霊はみな地獄とつながっている霊たちで、彼らは人間が気がつかないやり口で人間をそそのかし人間に不孝をもたらす。

突然、状況が変わり、霊が私に話しかけ始めた。霊は「いまお前が何を考えているかわかる」などといった。そして「なぜわかるのか?」と私が尋ねると「わかるはずだ。いまお前にそんな考えをせさていたのはこっちだからだ」と答えた。私は注意してよく見た。すると霊はひとりではなくたくさん私の周囲にやってきていた。霊たちはこのようなたくさんの者が集まってひとりの人間の考えに影響を与えたりすることもある。

霊とのつき合いを重ねるにつれ、私は後に街に散歩に出たときに自分の周囲に霊がついてきているのにも気がつくようになった。そんなときには、霊は私の買い物の選択にまで口出しするほどであった。私は霊に「街の様子や人々の話し声が聞えるか?」と試しに尋ねてみたりするほどになった。しかし、最初に「お前にそんな考えをさせているのはこっちだ」と霊にいわれたときにはやはりびっくりしたものであった。…このことからみても、霊の考えが人間の気づかないうちにわれわれの中に入り込んでいるのがわかるわけだ。

彼らがいかにしつこいかは、ここ数日の体験でよくわかった。彼らは、できればいつでも人間にまとわりついていたがる。また、彼らは体のあちこちに痛みも起こす。

悪霊は恐怖だけでなく、人の心をかく乱することで人間を不安にしたり、逆に信じ込ませて安心させたりして、人間を自由に操ろうとする。彼らはこれを、たぐい稀な演技力や創作能力をフルにつかってやる。…彼らの演技力や創作能力でも特に目立つのは、うそやでっち上げを、自由自在にやることである。しかも、彼らは、そんなうそを本当らしく語るとか、ほかの者になりすまして人間をだますというテクニックにも長じている。

彼ら(悪霊の中の最も凶悪なタイプ)は、様々な手を使って復仇の「喜び」を果たすが、対象にした人間をひどい病気にしてその身体を破壊するぐらいでは満足しない。その人間の心まで狂わせて、人間に愚行や悪行を行わせる。その結果、狙われた人間は精神まで狂わされ、世間の非難を浴び、世の中から社会的に葬られるようなことにもなる。

悪の世界で聞いたところでは、彼らは集団をつくって行動しているという。

これらは、「集団ストーカー」及び「ガスライティング」ということに関りそうなところを、一部のみ取り出したものなので、詳しくは、是非原文を読んでみてください。

いずれにしても、彼らがいかに、人間にまとわりついて、人間に「ガスライティング」そのもののといえる行いをなしているかが分かるでしょう。

人の心を読み、考えや行動を操作すること。演技力や創作能力で、人間を錯誤に陥らせ、恐怖や混乱を与えること。他の者になりすまして騙すこともできること。痛みなど身体的な影響も与えられること(これは「テクノロジー犯罪」との関わりでも重要です)。身体だけでなく、精神を狂わせ、崩壊を導くこと。集団で行動すること、などです。

但し、スウェデンボルグは、(当時のキリスト教の影響もあり)これらの「悪霊」を元人間であったと解していますが、このような強力な存在は、人間ではなく、「自然霊」とみなすべきものです。また、これらの記述は、今から250年ほど前のものであり、かなり素朴なところがありますが、現在では、現代に相応しく、もっと高度に、戦略的で組織化された方法がとられているというべきです。「捕食者」のような存在が、背後で指揮しているとすれば、なおさらです。

それは、既に述べたように、単純に、人間に対する「ガスライティング」がなされているというのではなく、人間を操作することで、人間によるものと思わせることが、中心になっています。「捕食者」の創出した、「集団ストーカー」という観念に沿うような形での、「人間による集団ストーカーの演出」ということです。それは、彼らの存在が、一般に認められなくなり、また、人間同士の共同体的な結びつきが崩壊した、現代でこそよく機能するものです。

ただし、人間によるものを装っているとしても、彼らが、実際に、「ガスライティング」における重要な要素を担っていることには変わりなく、感覚的レベルで、実際に、「ガイライティング」を受けているという「リアリティ」を生じさせているのは、彼らによる働きかけなのです

たとえば、「アンカリング」、「コリジョンキャンペーン」、「ほのめかし」など、前回みたような、様々な「ガスライティング」の方法においても、確かに、本人の「内心にあるもの」、「本人にしか分からない絶妙なタイミング」などを、偶然とは考えられない仕方で、ついてくると感じさせるものです。それらを、「人間による組織的な犯行」と受け取るのは、もはや「解釈」ですが、それ以前の、このような「感覚」そのものは、現実に生じさせられている可能性があるのです。

前回、「集団ストーカーのガスライティングは、一方で、説得力が吹き込まれるとともに、他方で、その恐怖は、オカルト的なものにまで拡大されている」と言いました。しかし、このように、これらの存在に、実際に働きかけられている場合には、その説得力は、感覚レベルにまで高められています。そして、同時に、その恐怖は、まさに「オカルト的なもの」そのものになっているのです。

ここにおいて、「集団ストーカー」という観念には、全体として、疑うことの難しいだけの、強力な「リアリティ」が植え込まれているということです。

ただし、このような彼らの働きかけは、この観念にリアリティを与えるため、常になされなければならないものというわけではありません。それは、すでに、何度もみて来たように、「集団ストーカー」や「ガスライティング」という観念が、一旦、強力に信じられるようになれば、その観念自体から、いくらでもそれに沿う「現実」が生み出されるような、仕掛けになっているからです。

「ガスライティング」ということ自体が、大きく曖昧さに開かれていて、そのような疑いのもとに周りをみれば、もはや、実際にはそうでなないものも、そのように受け取られ得るようにできているのは、前回みたとおりです。疑心暗鬼の疑い自体が、いくらでも、周りに「ガスライティング」をみるようにさせるということです。

さらには、記事『「恐怖心」が引き寄せる現象』(http://tiem.cocolog-nifty.com/blog/2014/10/post-e6b5.html)などでみたように、恐怖などの強い情動とともに、この観念を強力に信じることで、それに沿う現実を、実際に「引き寄せる」ことも起こるのです。その観念に沿うような、偶然では説明できない「共時性」が、実際に起こり得るということです。

そのようなものは、もはや、これらの存在の働きかけによる効果ではなくて、本人自身が、自ら信じた観念から、生み出した効果になっています。

いずれにしても、まずは、この観念を信じさせること自体が、勝負であり、戦略の大きな部分を占めるのです。「ガスライティング」のような仕掛けは、それをなすため、要所要所で機能すれば、それで十分なのです。そうすれば、後は、自ら、その観念が作り出した、抜け出し難い、「地獄的現実」にはまり込んでくれるということです。それは、最小限の労力で、最上の効果をもたらす、高度に戦略的なものです。

そして、そのような効果こそ、全体を指揮する「捕食者」によって、最も狙われていることなのです。

このように、「捕食者」は、「自然霊」を背後で指揮して、実際にその感覚的リアリティを吹き込むとともに、「集団ストーカー」や「ガスライティング」という観念そのものを創出して、それらを「人間によるもの」として、広めようとしています。このような観念を広めることで、その真実味が増し、さらにそれを信じて、自ら地獄的現実に捕らえられる人が増えるからです。

このような観念を広めることは、一見、彼らの手口を明かすもので、彼らにとって損失になるように思われるかもしれません。しかし、それは何も、彼らの手口のすべてを明かすものではないし、それらを人間によるものと思わせる限り、彼らに損失はありません。むしろ、実際に、彼らの手口を含んでいるからこそ、それに説得力をもたらすのです。なぜなら、それは、人間の心理を巧みについた、まさに「真実」のものだからです。

このように、人間の心理を巧みについて、人間を貶める手口を明らかにすることで、強力な説得力をもたらしているものが、他にもあります。それは、「ユダヤプロトコール」(または『シオン議定書』)と呼ばれるものです。

それについては、次回に述べます。

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コメント

幻聴は霊と言うにはあまりにも機械的です。それを踏まえて現代的な解釈が必要だと思います。
脳機能に着目している現代科学も捨て置けるものではないと思います。

幻聴が「機械的」というのは、分かります。感情的要素がなく、同じことを、飽きもせず、繰返し言いかけてくるからです。しかし、同時に、そこには、「機械的」というには、あまりにも強力な、威圧感とか圧倒的な感じ、さらには、その「存在そのもの」(個性)を感じるような実在感というのもないですか?これらは、要するに、人間ではない存在の特徴というべきものです。

もちろん、これらの「幻聴」を変換して、現に「声」として聞かせるのは脳ですから、脳が大きく関わるのは確かなことです。しかし、その解明は、まだまだ現代の科学では、手の届くところではないと思います。

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