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2018年3月

2018年3月17日 (土)

「集団ストーカー」という観念の問い直し 補足と展望

前回までの一連の記事は、「集団ストーカー」という観念が、いかに戦略に満ちたもので、その観念を信じさせ、広めることで、人と人の間に、多くの軋轢と葛藤をもたらすことができるかを明らかにしたものです。もちろん、本人においては、その観念を信じさせることで、恐怖や混乱を拡大し、その観念自体から、抜け出し難い、「地獄的現実」を与えることができます。

そして、その戦略と行いは、人間を超えたところから来るもので、「捕食者」等の、人間心理をよく読み通すことのできる存在が、なし得るものであることを明らかにしました。ところが、この「人間を超えたもの」であることを強調したため、このような存在が、物質的なものを超えた、万能の存在で、人間を意のままに操り、何でもできるかのような印象を与えたかもしれません。

しかし、これらの存在は、物質的な領域を超えたところから働きかけることはできますが、完全に物質的なものを超越しているわけではなく、自在に物質的なもの(存在)を操れるというわけではありません。それは、彼らにとっても力のいることで、物質的な領域を離れた存在として、大きな制約もあります。人間も、物質的な存在である(肉体をもつ)ことによって、それらの存在から、「護られている」ところがあるのです。(直接、彼らの「声」が聞ける場合は別ですが)物質的なものを通して、人間に、彼らの意図するような、的確な影響を与えるというのは、やはり大変なことなのです(その意味では、「簡単にできる」と言ったのは、あくまで人間の場合との比較でしたが、誤解の元でした)。

逆に言えば、だからこそ、彼らの行いを最小限にして、この観念を信じ込ませること自体から、その効果を最大限引き出す必要があるということもなるのです。つまり、彼らにとっては、「戦略」こそが、「すべて」と言っていいほどに、重要なものになるということです

しかし、これも、逆に言えば、人間の側が、このような「戦略」に乗らなければ、彼らのできることには、大きな制約があるということです。

また、「集団ストーカー」(ガスライティング)を、人間によるものではないとしたことで、「悪」とは、人間が行うものではなく、彼らのような「悪魔的存在」が行うものとの誤解を与えたかもしれません。しかし、人間には人間の「悪」があるのは当然であり、物質的存在としての人間が得意とする「悪」の領域は、多くあります。たとえば、「戦争」その他の、物理的な「暴力」であり、あるいは、私利私欲の「経済活動」などです。

そういった行為にも、背後で、「捕食者」のような存在が働くことは多いですが、その場合にも、現実に「人間自身」がその行為を行うことで、実現されます。前回、「ユダヤプロトコール」をとり上げ、「捕食者」による、「ガスライティング」と同質の戦略だと言いました。が、この「ユダヤプロトコール」は、物理的世界の現実的な支配の方法について述べたものであり、支配層の人間によって、実際に実現されてこそ、機能するものです。

それに対して、「ガスライティング」の特徴は、徹底して、人間の「心理」「精神」に向けられた戦略であり、人間の精神を混乱させ、崩壊に導くことを狙ったものです。それは、人間心理を、つぶさに観察し、リアルタイムに、見通すことでこそ、可能となるものです。また、そうであってこそ、(すべてを見通されているような)恐怖をもたらすものです。このような領域こそ、彼らの得意とする領域であり、その本性をいかんなく発揮できる領域なのです。人間では、とても不可能な領域です。

ただし、これも逆から言えば、これらの存在は、「こういうことができる」というよりも、「こういうことしかできない」とも言えるのです。これらの方法は、人間心理を捕らえることができれば、それこそ際限なく、深みにはまって、強力な効果を発揮しますが、本人が囚われることがなければ、逆に、ほとんど、影響を与えることができないものでもあるのです

第3回のところで、スウェデンボルグの悪霊に関する記述を引用しましたが、スウェデンボルグも、これらの存在への対応策として、次のように述べています。

私の体験からはっきり言えるのは、悪霊は無理に追い払おうとしてもダメで、そうすればするだけ、彼らの術中にはまるということである。逆に相手にならずにいると、彼らは自分から退散していく。

何しろ、「集団ストーカー」戦略()は、彼らにとって、本性そのままを発揮できる、得意領域であり、それを通して、人間を貶め、軋轢や葛藤を拡大できる、有望なものです。何度か述べたように、彼らの存在が一般に認められなくなり、人間同士の結びつきが失われた現代こそ、この戦略はよく機能するのです。可能性としては、「魔女狩り」のときと同じように、多くの人間が、お互いがお互いを、「加害者」として糾弾し合って、混沌とする状況にまでいたることも見込めます。

それで、「捕食者」としては、「集団ストーカー」戦略を、今後もさらに継続し、拡大したいと思っているようです

ただし、そうするには、先にみたような、いくつかの弱点は、補われなければなりません。一旦、この観念を信じさせることに成功すれば、そのこと自体から、それを補強するような「現実」は、いくらでも生み出すことはできます。が、この観念をもっと広く信じさせるためには、さらに強いリアリティを吹き込む必要があります。適当に、その場その場の人間を操作することや、多くの人間を巻き込んで、「共時姓の演出」をすることは、力のいることで、手間もかかるし、必ずしも、彼らの狙ったとおりの効果をもたらせるとは限りません。

一つの方法として、記事『「MIB」のその後と「集団ストーカー」 』(http://tiem.cocolog-nifty.com/blog/2017/08/post-4224.html)で述べたように、彼ら自身が、「物質化」して、直接人間に働きかけるという手もあります。しかし、それはそれで、大変なことであり、リスクも大きくあります。また、それでは、大きなインパクトは残せますが、大量の人材を関わらせて、細やかな行いを繰り返し行うことはできません。

そこで、方法としては、人間を操作するだけでなく、彼らの意図を的確に表現できる、自由に利用できる存在を、人間の世界に多く輩出するということが考えられます

前に何度か引用した、『悟ってアセンション』に述べられたような、「人間のクローン化」計画は、主体的意識が大きく削がれた人間を輩出することで、ロボットのような、「操作し易い」人間を多く生み出します。それは、この「集団ストーカー」戦略を実行するのにも、利用できる都合のいいものです。現に、これは多く実行されていることと思われます。ただ、これらの存在も、一応人間である分、操作に限界があります。

ところが、彼らは、さらにもっと、彼らの意図を的確に実行できるような存在を、多く輩出したいと考えているようなのです。

それは、人間をクローン化するというだけでなく、彼ら、特に「宇宙人」の側から、人間に似せた存在を、作り出して、人間の世界に輩出するということです。『悟ってアセンション』でも、「宇宙人のクローン化」という計画があることには触れられていました。が、さらに、最近の「アブダクション」事例などをみると、宇宙人と人間との「ハイブリッド化」ということも進められているようなのです。

これは、現在のところ、あくまでも「可能性」であり、これらの存在が、本当に人間の世界に入り込むことかできるかには、かなりの疑問もあります。しかし、今後の展望として、可能性としては、このような存在を、「集団ストーカー要員」として使うことで、よりリアリティを高め、恐怖と混乱を拡大するということも、考えておかなければならないことでしょう。

ただ、これは、彼らのようなネガティブな存在だけでなく、全体としての、「宇宙人と地球人との融合計画」ということに絡むことであり、微妙な問題が多くあります。述べることがためらわれる部分もありますが、しかし、既に、記事『「MIB」のその後』でも、このような方向性については示唆したことなので、次回にひととおり述べておくことにします。

ただし、改めて注意しておくと、まずは、これまで述べてきたように、「集団ストーカー」という観念とその戦略について、基本的なことを理解してもらうことが重要であり、先決です。何よりも、前回までの記事を、しっかり押さえておいてもらいたいと思います。

そのうえで、今後の展望の問題として、あえてそのような問題にも踏み込みたい方は、次回の記事も読んでもらえばいいと思います。

※ 「集団ストーカー」という言葉を使って、ことの全体を言い表そうとするならば、このように「集団ストーカー戦略」と呼ぶのがいいでしょう。その全体が徹頭徹尾「戦略」であり、「集団ストーカー」という言葉が使われること自体、「戦略」に含まれる、という意味をこめてです。

2018年3月10日 (土)

「集団スト-カー」という観念の問い直し 4

「集団ストーカー」にいう「ガスライティング」には、人間によるものを装いつつ、「捕食者」の、人間を貶めるための巧妙な手法が、明らかにされていました。この「ガスライティング」と同様、「捕食者」が、人間の心理を巧みについて、人間を支配し、貶める方法を明らかにしている、有名なものがあります。「ユダヤプロトコール」(または『シオン議定書』)と呼ばれるものです

今から、100年以上前、ユダヤの最高評議会で、ユダヤの支配に屈すべき多くの人間(ゴイム)をいかに支配するかということの協議がなされ、それを記録したとされるものです。ここには、その全文の翻訳があげられています。(http://urltv.634tv.com/sion.pdf

今では、旧ロシアの反ユダヤ勢力が、ユダヤ人を陥れるために作成した偽書とされていますが、単に、ユダヤを陥れるための作りごととは、とても思えないものです。その内容は、「ガスライティング」と同様に、人間心理を知り尽くし、巧みについた、説得力に満ちたものです。それは、「非人間的」な、徹底した戦略に貫かれたもので、「ガスライティング」の場合と、全く同質のものを感じざるを得ません。

つまり、人間の支配層によるという体裁をとっていますが、その実質は、「捕食者」による、人間支配のための戦略そのものなのです

一部分のみですが、興味深いものを、いくつか、引用してみます。

1 権力者たちに権力の濫用をさせるため、われわれは、すべての勢力をほしいままに独立させ、互いに相争わせた。このために、われわれはあらゆる企てを勧め、あらゆる党派を力づけ、権力を得ることをすべての野心家の目標にさせた。われわれは非ユダヤ人の国家を騒乱の競技場にした。もう少しすれば、暴動と破綻はいくらでも起こるだろう。     第3の議定書

2 われわれは時に応じ状況に従い、国政に対する世論を刺激したり鎮めたりできる。われわれはある時は真実、あるときはデマを流し、説得したり、逆用したりする。それは民衆がどう反応しているかを見て対応するのであり、事実に基づいて述べもするし、また事実否定もしなければならないのだ。   第12の議定書

3 我々が彼らに吹き込んだ科学の法則を信じ込ませて、疑わせないようしなければならない。このためにわれわれはマスコミを使い、理論に対する彼らの盲目的な信仰を高めるのである。非ユダヤ人のインテリは、その学識を誇りとし、理論的証明をしただけで、われわれのエージェントが集めておいたことにも気づかず、すべての学説を、われわれの必要とする方向に実行するだろう。    第2の議定書

4 彼らの思索力を隷属化させることは、すでに「視覚教育」と称する方法ではじめられている。この視覚教育の主な狙いは、非ユダヤ人をすべて脳を働かせただけでは物が考えられず、絵を見なければ何も理解できない従順な動物にすることである。
                  第16の議定書

5 彼らに事情をさとらせないようにするために、われわれはさらにマス・レジャーを盛んにする。やがて我らの新聞で、芸能、スポーツがもてはやされ、クイズも現れるだろう。これらの娯楽は、われわと政治闘争をしなければならない人民の関心を、すっかり方向転換させてしまう。     第13の議定書

1は、支配の対象を、互いに分裂させて、闘わせるという、いわゆる「離間政策」ですが、今も、いたるところで、なさています。この書自体、「ヤダヤ人」対「非ユダヤ人」の対立を煽るものと解せます。そして、まさに、今問題にしている、「集団ストーカー被害者」と「(病気として)排撃しようとする人たち」との争いにも、それが反映されています。つまり、「集団ストーカー」という観念を広めることには、このような人間同士の軋轢や葛藤を拡大させることも、意図されているのです。このようなことは、「捕食者」の、人間支配のための重要な戦略の一部であり、このことが、この文書には、はっきり書かれているのです。

2は、真実や虚偽を自在に交ぜて、情報を撹乱するということですが、これも、今もなされる、情報操作の主要な手口です。「集団ストーカー」にいう「ガスライティング」の方法にも、このような真実と虚偽の混在が、みられます。「感覚レベル」では、彼らの実際の行いを反映する「真実」を含んでいながら、それを、人間によるものとして、全体として「虚偽」の方向に曲げられているのです。

3の「科学信仰」を吹き込むというのも、現在もいたるところでみられる、重要な戦略です。彼らが「集めておいた」データにより、「科学的」という体裁をとれば、多くの人が盲目的に従う可能性があるからです。また、これは、そもそも彼らの存在自体を隠せるものとして機能します。「集団ストーカー」もそうですが、「テクノロジー犯罪」となると、まさに、この「科学信仰」に寄せた解釈が目白押しです。それは、むしろ、「疑似科学」的ないかがわしさを醸し出しもしますが、そこに「真実味」を感じてしまう人も多くいるのです。

4、5は、人間の思考の矛先を、彼らの方に向かわせないため、想像力を減退させ、思考停止に陥らせるたための戦略です。「視覚教育」とは、テレビ、スマホ、ゲームなどによる、イメージ戦略で、まさに今、加速度的に進められているものです。4にみるように、大衆を、スポーツ、芸能などの娯楽に、のめり込ませるのも、その重要な要素であり、現にそうなっているものです。

いずれも、「ガスライティング」に負けず劣らず、説得的なもので、人間を超えたところから来るものをみないではいられないでしょう。

出口王仁三郎も、この「ユダヤプロトコール」について、「悪のお筆先」と評しています。大本教の「大本神諭」は、艮の金神の「お筆先」(自動書記により降ろされた書)として有名ですが、この「プロトコール」は、同様にして、悪の存在が「自動書記」により書かせたものということです。

ただし、書いた本人自身が、そのことを、意識しているかどうかは重要ではありません。本人が意識しないでも、アイデアとして吹き込まれるということは、いくらもあることです。また、この観点からは、「偽書」であるかどうかも、あまり重要ではありません。偽書であるとしても、その内容に、「真実」が含まれている限り、影響をもち続けるし、実際、その方が効果的な面もあるのです。

これらの戦略は、「プロトコール」のいうとおり、実際に、支配層としての「ユダヤ金融資本家」(古来のユダヤ人ではないですが)や、「捕食者」の僕である「悪魔主義者」を通して実現されるということは、確かにあるといえます。しかし、「捕食者」にとっては、それは必ずしも重要なことではなく、人間全体を支配・統制するための、手段の一つに過ぎません。

むしろ、その衝撃的で、説得力ある内容により、多くの人間に、恐怖と混乱を与えること。それを通して、人間同士の間に、様々な、軋轢や葛藤もたらすことが重要です。実際、ナチスのユダヤ人政策に大きな影響を与えているし、今も本物と思う人は多いのです。偽書ということでも、それは、「反ユダヤ主義」を貶めるなど、様々な影響をもたらし得ます。さらに、支配層や支配的な地位にいる人が、このような具体的な戦略を知って、改めて「悪用」するということも可能でしょう。

いずれにしても、 彼らの手口を明かすことによって、人間のものとは思えない、恐怖や嫌悪とともに、強力な説得力が、もたらされているのは、「ガスライティング」の場合と同じなのです。

言い換えれば、「ガスライティング」という方法もまた、「ユダヤプロトコール」と同様、彼らから「降ろされた」ものというべきものなのです。前々回みた、詳細な方法を説いている、『Gaslighting』という本や、「集団ストーカー」の場合の「ガスライティング」の方法をまとめたサイトなどは、彼らの、そのような働きを受けているものと思われます。本人自身は、摘発する意図でなしているのでしょうから、そのような意識はないにしてもです。

実際、「ガスライティング」には、一旦リアリティを感じれば、人を疑わせるだけのものがあり、そうなれば、人を疑心暗鬼の目でみるようになります。それだけでも、人と人の間に、多くの不和をもたらし得ます。ただでさえ、人と人の間が、ぎすぎすしている現代では、非常な効果を発揮します。さらに、実際に、他の人間を加害者とみなすようになれば、もっと多くの軋轢と葛藤が生まれるのは必至です。あるいは、そうでなくとも、その具体的に明かされている方法は、実際に人を陥れようと思った人の、「悪用」を可能にすることもあるでしょう。

このように、「ガスライティング」は、「捕食者」自身が、その手口を明らかにしつつ、単に、対象である本人のみではなく、多くの人間をも視野に収め、人間同士の間に軋轢や葛藤を拡大させるべく、広めさせているものです

そして、そのような出来事の全体を、「集団ストーカー」と呼ぶのもまた、重要な戦略なのです

第1回でみたように、「集団ストーカー」という言葉がもたらすイメージは、曖昧ではありますが、「集団によるストーカー行為」自体は、「人間的なもの」として、実際にあるものです。人間に身近なもので、「あり得る」ものとしてのリアリティは、この言葉によって、生まれているところがあります。人間同士の感情のもつれなど、人間の「機微」に関わるものだけに、不思議と人の心を捕らえ、魅惑される要素があります。

ところが、その実質は、みて来たとおり、「ガスライティング」という、「非人間的」なもので、「ストーカー」などという、人間的な機微からかけ離れた、冷徹なものです。全体を呼ぶ、「集団ストーカー」という言葉からは、もはや、イメージし難く、大きくずらされたものなのです

「集団ストーカー」という言葉は、「ガスライティング」という、毒に満ちた方法を包み込む、オブラートのような働きをしています。あるいは、毒薬を包む、糖衣のようなものと言ってもいいでしょう。

その関係を、図示すれば、次のようになります。

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「集団ストーカー」という「人間的」で、比較的近づきやすい言葉が、全体を包んでいますが、その実質は、「ガスライティング」という、「非人間的」、「オカルト的」なもので、人間によるものとしては、「あり得ない」ものです。「集団ストーカー」のイメージで、それに近づき、一旦、そこに捕らえられると、実質としての「ガスライティング」の世界に引き入れられ、もはや、容易には抜け出し難い、「地獄」的なものとなるのです。「集団ストーカー」という、いわば「あの世への入口」、それでは弱ければ、「煉獄」から入って、実際に案内されるのは、紛れもない「地獄」だということです。そのように、「誘導」されているのです。

あるいは、他の者にとっても、いきなり「ガスライティング」ということを前面に出されれば、それは、あまりにも信じ難く、嫌悪や反発をもたらすだけのものともなるでしょう。ところが、「集団ストーカー」というオブラートで包まれることで、それは、一応とも正面から露呈せずにいるのです。

もちろん、「集団ストーカー」という言葉が実質的に意味する内容を、実際に知った多くの人は、やはり、あまりにも信じ難く、嫌悪や反発をもたらすことになるでしょう。それは、当然の感覚ですが、そういう人も、何かのきっかけで、「ガスライティング」ということに、何らかのリアリティを持ち始めないとも限りません。それを、虎視眈々と狙っているのが、「捕食者」だからです。そして、そうなれば、もはや、その者自身も、それを疑い始め、そこに本物のリアリティを感じ、抜け出し難い地獄的世界へと引き入れられるかもしれないのです。

このように、「集団ストーカー」という観念そのものが、人をそれに捕らえさせ、人々に広めるための、巧妙な戦略に貫かれたものなのです
                     
この「捕食者」について、カスタネダのドンファンは、我々の「永遠の伴侶」と言っています。また、シュタイナーは、「アーリマン存在」についてですが、現代では、我々の生まれたときから、付き添い、生と死をつかさどる存在になっているといいます。我々の一人一人に、別々の「アーリマン存在」がついているわけではないでしょうが、一個の「アーリマン存在」が、多くの人を個別的に「管理」し、「支配」するまでになっているということです。

その「捕食者」とは、何度もみて来たように、本来、「集団」の背後にいて、「集団」を通して働くものです。

多くの「被害者」が、いくつかの巨大宗教団体や警察、公安、在日組織などの権力的な「組織」を、犯人としてあげているのも、その意味では理由がないではありません。それらの背後に働く、「捕食者」的なものを、直感的に感じとっている可能性があるからです。

しかし、今や、「捕食者」は、直接、個々の人間に「つきまとう」者ともなっています。まさに、「ストーカー」です。その意味では、「集団ストーカーは実在する」、ともいえるのです。もちろん、人間などを超えた、本質的なもので、誰にとってもの、逃れ難い「伴侶」としてですが。

次回は、簡単な補足と「集団ストーカー」についての今後の展望を述べておきます。

2018年3月 3日 (土)

「集団スト-カー」という観念の問い直し 3

「集団ストーカー」という観念の実質的内容は、集団による「ガスライティング」という「悪魔的手法」なのでした。しかし、それらは、もはや、人間によるものとしては「あり得ない」もので、「非人間的」、「オカルト的」なものにまで拡大されています。

しかし、だからと言って、それは、まったく、(どんな意味でも)「あり得ない」もの、ということではありません。

実際に、「集団ストーカー」で意味するような、集団による「ガスライティング」という行いを、その本性そのものの現れとしてなすような存在、いわば、「天職」としているような存在はいるのです。「集団」で群れて、人間につきまとい、「人と人の間」から、人間の心理を巧みについて、さまさまな仕掛けをなし、錯誤や混乱に陥れて、精神的な崩壊を導くような存在です

「ガスライティング」が、「悪魔的手法」だというのは、決して比喩ではありません。それは、まさに、文字どおり「悪魔の手法」なのです。それは、人間を超えた位置から、人間の心理をつぶさに観察し、知り尽くすからこそ、できることなのです。

人間がそれを行うとしても、それは、あくまで、人間が「悪魔」から、受け継ぐ限りのものです。それは、「人間的なもの」によって、限界づけられ、どこまでも徹底することはできません。ところが、「悪魔」は、その本性そのものの発現として、徹頭徹尾、その行いを、冷徹に、一貫してなし得るのです。また、そのことによって、彼らの栄養源である、恐怖などの感情エネルギーが、継続的に得られているのです。

ここでいう「悪魔」には、そのような性質を有する、人間以外の存在を広く含み得ます。最も人間に間近の、いわば現場で働く「低級自然霊」、それを背後で指揮する「捕食者」(アーリマン存在)、さらに、他の星系に起源をもつネガティブな「宇宙人」などです。

いずれにしても、物理的次元を超えたところから、物理的次元にいる人間に、さまさまざな仕掛けをして来ます。彼らは、「テレパシー」によって、人間の思考を読むのは簡単ですし、人間に思考、感情を吹き込み、操ることもできます。あるいは、一時的に「憑依」して、何らかの行動をさせることもできます。さらに、「捕食者」や、ネガティブな「宇宙人」になると、「物質化」して、人間と同次元の物理的レベルから、何らかの行いを仕掛けることもできます。「共時性」の演出など、時間・空間の制限を超えた現象も起こせます。ネガティブな「宇宙人」においては、我々の想定を超える、「高度な技術」を用いて、その精度を高めることも可能でしょう。

このように、彼らにとっては、人間にとっては不可能であった、「集団ストーカー」にいう、「ガスライティング」という行いをなすことは、簡単なことなのです。また、それを、人間による行いのように見せかける(装う)ことも簡単です。というよりも、むしろ、まさに、そのように、自分らの本性そのもののような行いを、人間によるものと思わせることこそが、「集団ストーカー」ということで、最も意図されている、「ガスライティング」(陥れるべき錯誤)そのものなのです

私の統合失調的な体験を中心に述べた、本ブログの前半の記事も、彼らが、いかに、戦略的に、執拗な「ガスライティング」をしてくるかを、具体的に述べたようなものです。

つまり、「統合失調」の外的要因の多くも、また、彼らの「ガスライティング」そのものなのです。それは、概ね「声」という形で、直接的になされます。それは、本人が、そのような「声」を聞ける状況にあるからです。ところが、そうでない場合にも、彼らは、他の人間を操作するなど、背後から、物理的次元に働きかけることで、「ガスライティング」をなすことが可能であるということです。「集団ストーカー」にいう「ガスライティング」こそが、それに当たるものです。

「統合失調」と「集団ストーカー」被害には、このように共通の要素があるのは、前回もみたとおりですが、そこには、状況に応じて、いくらか方法的な違いもあるということです。

いずれにしても、彼らの行いが、いかに「ガスライティング」に満ちているか、具体的にみるのには、地獄を含む霊界を探訪して、詳細に記録した、スウェデンボルグの記述を読んでみるのがいいと思います。以下、分かりやすく、抄訳され、編集されている、今村光一抄訳・編『スウェデンボルグの霊界からの手記(中)』(経済界)から、いくつか引用してみます。

争い、病気、不幸や不運、それにまた犯罪から自殺などなど、この世の凶事の多くは悪霊のなせる業だといっていい。悪霊はみな地獄とつながっている霊たちで、彼らは人間が気がつかないやり口で人間をそそのかし人間に不孝をもたらす。

突然、状況が変わり、霊が私に話しかけ始めた。霊は「いまお前が何を考えているかわかる」などといった。そして「なぜわかるのか?」と私が尋ねると「わかるはずだ。いまお前にそんな考えをせさていたのはこっちだからだ」と答えた。私は注意してよく見た。すると霊はひとりではなくたくさん私の周囲にやってきていた。霊たちはこのようなたくさんの者が集まってひとりの人間の考えに影響を与えたりすることもある。

霊とのつき合いを重ねるにつれ、私は後に街に散歩に出たときに自分の周囲に霊がついてきているのにも気がつくようになった。そんなときには、霊は私の買い物の選択にまで口出しするほどであった。私は霊に「街の様子や人々の話し声が聞えるか?」と試しに尋ねてみたりするほどになった。しかし、最初に「お前にそんな考えをさせているのはこっちだ」と霊にいわれたときにはやはりびっくりしたものであった。…このことからみても、霊の考えが人間の気づかないうちにわれわれの中に入り込んでいるのがわかるわけだ。

彼らがいかにしつこいかは、ここ数日の体験でよくわかった。彼らは、できればいつでも人間にまとわりついていたがる。また、彼らは体のあちこちに痛みも起こす。

悪霊は恐怖だけでなく、人の心をかく乱することで人間を不安にしたり、逆に信じ込ませて安心させたりして、人間を自由に操ろうとする。彼らはこれを、たぐい稀な演技力や創作能力をフルにつかってやる。…彼らの演技力や創作能力でも特に目立つのは、うそやでっち上げを、自由自在にやることである。しかも、彼らは、そんなうそを本当らしく語るとか、ほかの者になりすまして人間をだますというテクニックにも長じている。

彼ら(悪霊の中の最も凶悪なタイプ)は、様々な手を使って復仇の「喜び」を果たすが、対象にした人間をひどい病気にしてその身体を破壊するぐらいでは満足しない。その人間の心まで狂わせて、人間に愚行や悪行を行わせる。その結果、狙われた人間は精神まで狂わされ、世間の非難を浴び、世の中から社会的に葬られるようなことにもなる。

悪の世界で聞いたところでは、彼らは集団をつくって行動しているという。

これらは、「集団ストーカー」及び「ガスライティング」ということに関りそうなところを、一部のみ取り出したものなので、詳しくは、是非原文を読んでみてください。

いずれにしても、彼らがいかに、人間にまとわりついて、人間に「ガスライティング」そのもののといえる行いをなしているかが分かるでしょう。

人の心を読み、考えや行動を操作すること。演技力や創作能力で、人間を錯誤に陥らせ、恐怖や混乱を与えること。他の者になりすまして騙すこともできること。痛みなど身体的な影響も与えられること(これは「テクノロジー犯罪」との関わりでも重要です)。身体だけでなく、精神を狂わせ、崩壊を導くこと。集団で行動すること、などです。

但し、スウェデンボルグは、(当時のキリスト教の影響もあり)これらの「悪霊」を元人間であったと解していますが、このような強力な存在は、人間ではなく、「自然霊」とみなすべきものです。また、これらの記述は、今から250年ほど前のものであり、かなり素朴なところがありますが、現在では、現代に相応しく、もっと高度に、戦略的で組織化された方法がとられているというべきです。「捕食者」のような存在が、背後で指揮しているとすれば、なおさらです。

それは、既に述べたように、単純に、人間に対する「ガスライティング」がなされているというのではなく、人間を操作することで、人間によるものと思わせることが、中心になっています。「捕食者」の創出した、「集団ストーカー」という観念に沿うような形での、「人間による集団ストーカーの演出」ということです。それは、彼らの存在が、一般に認められなくなり、また、人間同士の共同体的な結びつきが崩壊した、現代でこそよく機能するものです。

ただし、人間によるものを装っているとしても、彼らが、実際に、「ガスライティング」における重要な要素を担っていることには変わりなく、感覚的レベルで、実際に、「ガイライティング」を受けているという「リアリティ」を生じさせているのは、彼らによる働きかけなのです

たとえば、「アンカリング」、「コリジョンキャンペーン」、「ほのめかし」など、前回みたような、様々な「ガスライティング」の方法においても、確かに、本人の「内心にあるもの」、「本人にしか分からない絶妙なタイミング」などを、偶然とは考えられない仕方で、ついてくると感じさせるものです。それらを、「人間による組織的な犯行」と受け取るのは、もはや「解釈」ですが、それ以前の、このような「感覚」そのものは、現実に生じさせられている可能性があるのです。

前回、「集団ストーカーのガスライティングは、一方で、説得力が吹き込まれるとともに、他方で、その恐怖は、オカルト的なものにまで拡大されている」と言いました。しかし、このように、これらの存在に、実際に働きかけられている場合には、その説得力は、感覚レベルにまで高められています。そして、同時に、その恐怖は、まさに「オカルト的なもの」そのものになっているのです。

ここにおいて、「集団ストーカー」という観念には、全体として、疑うことの難しいだけの、強力な「リアリティ」が植え込まれているということです。

ただし、このような彼らの働きかけは、この観念にリアリティを与えるため、常になされなければならないものというわけではありません。それは、すでに、何度もみて来たように、「集団ストーカー」や「ガスライティング」という観念が、一旦、強力に信じられるようになれば、その観念自体から、いくらでもそれに沿う「現実」が生み出されるような、仕掛けになっているからです。

「ガスライティング」ということ自体が、大きく曖昧さに開かれていて、そのような疑いのもとに周りをみれば、もはや、実際にはそうでなないものも、そのように受け取られ得るようにできているのは、前回みたとおりです。疑心暗鬼の疑い自体が、いくらでも、周りに「ガスライティング」をみるようにさせるということです。

さらには、記事『「恐怖心」が引き寄せる現象』(http://tiem.cocolog-nifty.com/blog/2014/10/post-e6b5.html)などでみたように、恐怖などの強い情動とともに、この観念を強力に信じることで、それに沿う現実を、実際に「引き寄せる」ことも起こるのです。その観念に沿うような、偶然では説明できない「共時性」が、実際に起こり得るということです。

そのようなものは、もはや、これらの存在の働きかけによる効果ではなくて、本人自身が、自ら信じた観念から、生み出した効果になっています。

いずれにしても、まずは、この観念を信じさせること自体が、勝負であり、戦略の大きな部分を占めるのです。「ガスライティング」のような仕掛けは、それをなすため、要所要所で機能すれば、それで十分なのです。そうすれば、後は、自ら、その観念が作り出した、抜け出し難い、「地獄的現実」にはまり込んでくれるということです。それは、最小限の労力で、最上の効果をもたらす、高度に戦略的なものです。

そして、そのような効果こそ、全体を指揮する「捕食者」によって、最も狙われていることなのです。

このように、「捕食者」は、「自然霊」を背後で指揮して、実際にその感覚的リアリティを吹き込むとともに、「集団ストーカー」や「ガスライティング」という観念そのものを創出して、それらを「人間によるもの」として、広めようとしています。このような観念を広めることで、その真実味が増し、さらにそれを信じて、自ら地獄的現実に捕らえられる人が増えるからです。

このような観念を広めることは、一見、彼らの手口を明かすもので、彼らにとって損失になるように思われるかもしれません。しかし、それは何も、彼らの手口のすべてを明かすものではないし、それらを人間によるものと思わせる限り、彼らに損失はありません。むしろ、実際に、彼らの手口を含んでいるからこそ、それに説得力をもたらすのです。なぜなら、それは、人間の心理を巧みについた、まさに「真実」のものだからです。

このように、人間の心理を巧みについて、人間を貶める手口を明らかにすることで、強力な説得力をもたらしているものが、他にもあります。それは、「ユダヤプロトコール」(または『シオン議定書』)と呼ばれるものです。

それについては、次回に述べます。

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