« 米メディアの報道記事2つ | トップページ | 『言ってはいけない』/遺伝の問題 »

2018年1月 9日 (火)

本年の予定と昨年のぺージビュー数トップ5

今年は、国際情勢や、このブログでも扱っている、宇宙人関連、集団ストーカー関連の出来事などでも、かなり大きな動きがあると予想されます。いろんな意味で、覚悟が必要な年になるでしょう。

まずは、本年の今後の予定についてざっと述べます。

1  まず、ブログ記事で、「集団ストーカー」と「テクノロジー犯罪」という「観念」について、基本的なところから、問い直しをします。

「集団ストーカー」と「テクノロジー犯罪」の問題は、これらの「観念」自体がもたらす部分が大きいのです。個々の「事実」は、何らかのものがあるとしても、この「観念」を信じてしまうことから、問題が大きく膨らんでいるということです。それは、もちろん、この観念が、それだけ巧妙に、人々を捕えるべく、練り込まれたものだからです。このことは、既に、何度も指摘して来たことですが、改めて、基本に溯って、問い直すことをしたいと思います。

これは、何度かにわたって、じっくり、行うつもりです。

2  「狂気をくぐり抜ける」という本来のテーマについて、徹底的に分かりやすく、まとめ直した、ホームページを作る準備にとりかかります。

これまでにも、触れてきましたが、なかなかとりかかれなかったので、今年は、是非とも、これを行いたいと思います。

本ブログ記事も、「分かりやすく」述べているつもりですが、一般の方にとっては、とっつきにくく、難しいと感じる部分も多かったと思います。また、記事の順番も、必ずしも系統的なものではなく、内容も多岐にわたっています。ホームページでは、これらを解消すべく、「狂気をくぐり抜ける」というテーマに絞って、系統的に、極力、誰でも分かるように、述べます。

「明解」で「分かりやすい」ことは、必ずしも、いい面ばかりでなく、他の側面やニュアンスを削ぎ落としたり、込み入った領域には触れられなかったりの、犠牲にする面も多いと思います。しかし、そのような面は、本ブログと読み合わせることで、補うことができるはずです。

3  「オカルトの基本を学ぶ」というテーマの、新しいブログを開設します。

私の立場は、「統合失調」にしても、「集団ストーカー」にしても、これらの問題は、「オカルト」の領域に大いに関わっているということです。そして、「オカルト」に関わる部分に、何らかの理解がつかない限り、「謎めいた」ものであり続け、本当に、納得することは難しいということです。しかし、一般には、「オカルト」的なものが、認められないか、あるいは、知られていないため、このような見方は、ほとんど顧みられることがありません。

「統合失調」や「集団ストーカー」を、「病気」とみる立場にしても、文字通りの「(人間による)組織的犯罪」とみる立場にしても、このことが当てはまります。

そこで、「オカルト」的な領域について、基本から、分かりやすく、「学ぶ」ということを、新たなブログで、行いたいと思います。単に、旧態依然の見方を示すのではなく、それを、現在に問うことの意味を明らかにしつつ、現在の状況にふさわしい仕方で、なしていきます。「統合失調」や「集団ストーカー」に関わるものだけでなく、広く、「オカルト」的な領域を、テーマにします。

なお、「学ぶ」とは、私自身、新たに、「学び直し」、「整理をする」ということでもあります。

次に、2015年にもあげていました(http://tiem.cocolog-nifty.com/blog/2016/01/post-4f4b.html)が、結構変化があるので、昨年のブログ記事のぺージビュー数トップ5もあげておきます。

1 「量子力学の観測問題」と「意識」1 (http://tiem.cocolog-nifty.com/blog/2016/05/post-c0a9.html
2 「「集団ストーカー」という厄介な問題」(http://tiem.cocolog-nifty.com/blog/2014/09/post-9e9f.html
3 「「次元降下」して地球に生きる「金星人」」(http://tiem.cocolog-nifty.com/blog/2014/05/post-873a.html
4 「「超能力」「気」と「量子力学」(http://tiem.cocolog-nifty.com/blog/2016/07/post-d1d8.html
5 「「幻聴」の特徴、性質が知れ渡ること 」(http://tiem.cocolog-nifty.com/blog/2010/11/post-bcdc.html

1,4の「量子力学」関係は、(非力も顧みず)結構力を入れて書いたので、読まれているのはうれしいことです。物理学関連の書では、「意識」との関係は、ノイマンやウィグナーの説がとりあげられることはあっても、まともに考察されることはないので、こういう取り組みがもっと広まってくれればと思います。

5も、「統合失調」という問題に関して、非常に重要なことを述べたものなので、新たに読まれるようになったのは、うれしいことです。

« 米メディアの報道記事2つ | トップページ | 『言ってはいけない』/遺伝の問題 »

プログ全体」カテゴリの記事

コメント

ティエムさん、いつもありがとうございます。とても勉強になっています。去年は私の周辺でもテクノロジー犯罪について見聞きする事があり、それを理解するのにこのブログはとても参考になりました。またホームページも楽しみにしております。このブログの内容を当事者の家族に読み聞かせるようにして一緒に読んだりしています。やはりティエムさんが常々おっしゃっているように、統合失調症の根本理解にはやはりオカルト的、霊学的な視点からの理解が必須だと思います。ですのでこれから書かれる「オカルトの基本を学ぶ」も楽しみです。
さて、実はリクエストがあります。それは「行動遺伝学」についてです。もうお読みかも知れませんが、ベストセラーになった橘玲著「言ってはいけないー残酷すぎる真実」を読んで、とてもショックを受けました。ここから行動遺伝学というものに関心を持ち、現在勉強中ですが、その中で、この本がかなり誤解を招きやすい書き方が(あえて?)されていることも分かりましたが、この行動遺伝学自体も注意して扱わないと大変な事態を招く危険性があるのではないかと思いました、いやすでに近年の優性思想の復活にはこれが大きく絡んでいるのではないかとも思われました。なかなかこのテーマは感情が揺さぶられて冷静に捉えられないのですが、この世の中でこれが大きな力を持ちつつある現状でどのようにそれと向き合い、戦えばいいのか、今のうちにしっかり考えておきたいと思っています。
他にもテーマがあり、お忙しいとは思いますが、よければこのブログで取り上げていただけるとありがたいです。

nomad soulさん。ありがとうございます。

「私の周辺でもテクノロジー犯罪について見聞きする事があり」というのは、「テクノロジー犯罪」そのものを見聞きしたのか、「テクノロジー犯罪を訴える人」を見聞きしたのか、ちょっと気になるところです。

ともあれ、「オカルト的」「霊的」なもの抜きには、本当に「統合失調」について理解することは不可能というのが、私の立場です。ところが、一般的には、本人はともかく、親御さんや周りの人は、このようなことを認める余地は、非常に少ないと思います。それは、このようなことを認めれば、ますます「統合失調」が理解困難なものになると感じられ、また、何か手に負えない、「おどろおどろしい」ものと感じられてしまう、ということがあるからでしょう。このような誤解も、解いて行かなければなりません。

nomad soulさんは、「オカルト的」「霊的」なものに理解を示してくれていますが、それは、実際に、お子さんの状態を間近にみることを通して、「統合失調」に、「オカルト的」「霊的」なものを予感または暗示させるものを感じるからだという風に理解してよろしいでしょうか?できる範囲で、そのような具体的な要素も、教えてもらえるとありがたいです。

橘玲著『言ってはいけないー残酷すぎる真実』という本のことについては、知っていますが、読んでいませんし、今の段階では、詳しいことは何も言えません。

ただ、ここの記事(http://blogos.com/article/180585/?p=1)などをみた限りでの感想を簡単に言うと、身体的条件はもちろん、知能や精神疾患になりやすい生物学的基盤に、「遺伝」が作用するのは、当然のことと思いますし、私も、ブログ記事でそのように述べています。「オカルト的」「霊的」なものが作用しても、誰もが「統合失調」になるわけではないですし、その作用が、「統合失調」という形で現れやすいのは、やはり、そうなりやすいだけの、「遺伝」的な基盤があるからと言わざるを得ないと思います。あるいは、場合によっては、「遺伝」の要素がほとんどということもあるでしょう。

そのこと自体は、別に何もセンセーショナルでも、特別に意味のあることでもないと思いますが、問題は、たとえば「統合失調」なら「統合失調」というものを、「悪しきもの」、「排除すべもの」という見方をしたときに、それを「遺伝」と結びつける発想をすると、「優生思想」のようなものが出てきてしまうということです。

そして、このように、「統合失調」というものを、「悪しきもの」、「排除すべもの」という見方をしてしまうことにこそ、「統合失調」というものに対する、根本的な「不理解」と「恐れ」があるのであり、そこには、「オカルト的」「霊的」なものに対する、「不理解」と「恐れ」が、分かち難く結びついているというのが、私の立場なのです。(プログ記事としては、『「精神医学」と「オカルト」的なもの』(http://tiem.cocolog-nifty.com/blog/2012/07/post-6b32.html)などを参照ください。)

だから、いずれにしても、「オカルト的」「霊的」なものに対する理解が不可欠ということになります。

「遺伝」の問題は、一般の人の大きな関心事であることは確かで、「統合失調」の問題を分かりやすく述べるときにも、どうしても触れなければならない問題だと思います。いずれ、ホームページにするときにも、この問題はもっと深く掘り下げて述べたいと思います。

ティエムさん、ご返答ありがとうございます。
「テクノロジー犯罪」については、「テクノロジー犯罪を訴える人」の方々のことです。当事者会にそういう人が訪ねてこられたり、チラシを見たり、ということです。
また、私が子どもの統合失調的状況に関わって、「オカルト的」「霊的」なものを予感したり、感じたりしたのか、ということですが、先にそれを感じたというより、理解しようともがく中で、さまざまな精神医学的な観点だけでは物足りなさを感じ、「オカルト的」「霊的」な世界観を取り入れたときにより深く理解できた、という感じでしょうか。
具体的には、特に幻聴とそれに対する本人の態度などに感じます。幻聴とは何なのか、どういうものなのか、どうしてそれほど当人をかき乱すのか、なぜ妄想世界を作り出さざるをえないのか、などはその体験がない私としてはなかなか実感をもって理解しがたいのですが、たとえばシュタイナーの『いかにして超感覚的世界の認識を獲得するか』の記述を読むと腑に落ちる部分がたくさんあります。
私たち現代人は、その多くが物質世界だけに生きていると思っていますが、その物質世界の裏側には霊的世界が広がっていること、統合失調的状況とは、本人が意図すること、準備することなしにその霊的世界に片足を突っ込んでしまった状態であること、その結果、物質世界の体験の中に、霊的世界の体験が混ざりこみ、混乱をきたしているのではないか、それほど霊的世界のありようとは日常世界のありようとは違うのだ、ということを知ると、当人の混乱がわかる気がしました。
そしてそれを克服するには、ティエムさんもおっしゃっているように、霊的世界の体験と、物質世界の体験を分けること、幻聴などの体験を物質界の体験だと思わないことが大事だと思えました。しかし実際には、それは簡単なことではないようですが、本人も自分の状態を理屈として理解するが第一歩になのでしょうね。
ティエムさんの質問とはちょっと違うことを書いているかもしれませんが、本人の内面世界までははっきりとは分かりませんので。でも色んな存在と話しているようですし、ルシファー的な存在とアーリマン的な存在もいるようです。大声で怒鳴るときはたいていアーリマン的存在に対してのようです。ルシファー的存在のときは楽しそう?にしているみたいです。
橘玲著の『言ってはいけない』という本については、行動遺伝学についての他の本(安藤寿康著)をちょっと読んだだけも、相当ひどい本だということが分かりました。詳しくは書きませんが、明らかに誤解を招くような書き方をしており、その誤解をセンセーショナルに打ち出すことで売り上げをあげているように感じられます。私は多くの読者がその誤解を持ったまま、それが社会的な力になっていくことを懸念しています。行動遺伝学のような学問は、過去の歴史から非常に扱いに気をつけて伝えていかないといけないのに、その配慮がないことに怒りに近いものを感じます。その点、安藤寿康氏の本はそういう部分をしっかりと配慮しつつ書かれているので好感を持てました。
しかしながら、そのどちらも個人の霊性といったものを考慮せず、科学的に実証可能なものにとどまっていることに不満を感じました。またこの世の社会への適応性や、収入の過多、能力の優劣などによって、その善悪や存在価値を判断する立場に立っているところも不満です。安藤さんの方は先ほども言ったようにまだ配慮がありますが。
またこの橘玲さんの本を読むと、ティエムさんが2013年30日の「脳科学的精神医学について」で述べられていたような世界を、この行動遺伝学は後押しするようなものになるかもしれないとも感じました。そしてそれはもう目の前なのかもしれないという危機感を持ちました。
そういうことを考えても、やはり根本的問題は、ティエムさんのおっしゃるように、「統合失調」というものを、「悪しきもの」、「排除すべもの」という見方をしてしまうことにあるのだと思います。そしてそれに対抗するために「オカルト的」「霊的」な価値観、世界観を一般化・大衆化していくことは、ひいては多くの社会的に抑圧されている人々の尊厳を守ることにつながっていくように思います。それはとても時間のかかることかもしれませんが、そういう道の先導者が実は、本人は意識していないにせよ、統合失調症となった人たちなのではないか、そういうふうに感じます。

nomad soulさん。詳しい返答を頂きありがとうございます。nomad soulさんの「霊的」「オカルト的」なものに対する態度が、よく理解できましたし、私のブログの記事も、よく理解して読んでもらえていることが分かってうれしく思います。他の家族の方にとっても、参考になるところがあろうかと思います。

『言ってはいけない』ですが、実は、ちょうど、私も気になって読んでみたところでした。いろいろ考えるところはあったし、「遺伝」の問題に触れるのにいい機会なので、次のブログ記事で扱おうと思っています。

基本的には、前のコメントで簡単に述べたとおりで、これまで「遺伝」の問題がタブー化されて、あまり正面から「言えない」事柄になっていたというのは確かで、その反動として、こういうのが出てきてもおかしくないし、大まかな「傾向」として、言っていることには間違いはないだろうというのは思いました。(もちろん疑問はいろいろあるし、もととなる「行動遺伝学」の発想そのものにもあります。)

でも、そのような「問題提起」ということの他に、取り立てて意味深い内容があるとは思えなかったし、人に与える影響も、それほどのものがあるとは思いませんでした。

ただ、仰るように、こういうのを、「遺伝がすべて」のように、単純化して受け取ったり、誤解する人は多くいるだろうし、「我が意を得たり」といった感じで、「優生学」的な発想と結びつける人も、多くいると思います。そのような方向には、今後も対抗していかなくてはならないでしょう。

いずれ、ブログ記事で、もう少し詳しく述べようと思います。

ティエムさん、ご返信ありがとうございます。
『言ってはいけない』の本を読んでいただいたみたいで恐縮です。
確かに読んでいただくほどの内容もない本かもしれません。私は最初、この本を読んだときにはすぐに気分が悪くなり、続けて読む気になれませんでした。内容も深いものではなく、一笑にふしていました。しかしどうも世の中ではすごく売れているらしい、ということを知り、年末にもう一度読んでみようと思った次第です。
どうもここ最近は、戦後、言ってはいけないとタブーになってきたこと、ふたをされてきたことが、一気に表に出てくるようになったようですね。これ自体、悪いことではないと思いますが、さまざまなヘイトスピーチやネット右翼的な言動を見ると、それもとても深い内容とは言えません。こんなことをどうしてどうどうと主張できるのかと馬鹿にしていたら、だんだん大きな社会勢力になってきたように、見えます。
一昨年起きた相模原障害者殺傷事件の容疑者も優生思想的な主張をしていました。経済合理性から障がい者を抹殺することを主張していました。この容疑者が『言ってはいけない』の本を読んだら、きっと「我が意を得たり」という感じを持つのではないでしょうか。
このような世の中の動きにどう向き合えばいいのか、私自身戸惑う部分がありましたが、究極のところ、経済合理性ではない世界、物質だけではない世界を(私も含めて)本当に信じられないから、また知らないから、唯一無二の個人の価値を認められず、このような主張が出てくるのではないかと思っています。
最後ちょっと話が飛躍してしまったかもしれません。ブログ楽しみにしています。

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/575359/66257442

この記事へのトラックバック一覧です: 本年の予定と昨年のぺージビュー数トップ5:

« 米メディアの報道記事2つ | トップページ | 『言ってはいけない』/遺伝の問題 »

新設ページ

ガジェット時計Part11(光る玉・バージョン) - ガジェットダウンロードするなら、ガジェットギャラリー
2018年7月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        

コメントの投稿について

無料ブログはココログ