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2017年12月15日 (金)

自分自身の攻撃性の「反映」としての「被害」

「統合失調」の場合に、「分裂気質」の人の「攻撃誘発性」というのが、実際に、周りの人の攻撃性を誘発し、それが、拡大解釈されて受け取られ、「迫害妄想」のもとになることがあるのを、記事『分裂病的「攻撃性」の「誘発」とは』( http://tiem.cocolog-nifty.com/blog/2008/12/post-7d29.html)で述べました。

しかし、「集団ストーカー」や「テクノロジー犯罪」の被害を訴える人の場合は、もっと強い意味で、周りの人への「攻撃誘発性」があり、それがそのような「被害」を受けていると確信させることに、大きく影響していると思われます。

記事で述べたように、「分裂気質」の場合には、「受動的な構え」が、他の人の攻撃性を誘発することが多いと思います。しかし、「集団ストーカー」や「テクノロジー犯罪」の被害を訴える人の場合は、その人自身の外部に向けられた「攻撃性」そのものが、直接に、周りの人の「攻撃性」を誘発して、何らかの攻撃的な態度を呼び起こし、それが、自分が「被害」を受けているという確信をもたらすことに、影響していると思われるのです。

さらに言えば、 「集団ストーカー」や「テクノロジー犯罪」の被害を訴える人の「被害」とは、このような、その者自身の外部に向けられた「攻撃性」が、外部に「投影」される形で受け取られ、自分自身に向けられていると思ってしまった結果という場合も、多いと思われるのです。

私自身、本ブログを通しても(コメントとして載せていないものもかなりあります)、何度か体験しましたが、「集団ストーカー」や「テクノロジー犯罪」を訴える人の「攻撃性」は、明らかと思います。自分が「被害」を受けていると考える故の、怒りから来る「攻撃性」というのも、確かにあるでしょうが、それ以前に、その者自身の性質と思わざるを得ない面も多いのです。

ところが、自分が、一方的に「被害」を受けていると確信して、それを「正当化」することもあって、本人自身は、そのような「攻撃性」について、まったく無自覚なのが問題です。そのような「攻撃性」こそが、自分が「被害」を受けていると思ってしまうような状況を作り出すもとになっていることに、気づく余地がないからです。

何度か、述べているように、「集団ストーカー」や「テクノロジー犯罪」の被害を訴える人の「被害」には、外部的な存在の「仕掛け」が、関わっている場合というのは、確かにあります。しかし、その場合でも、本人自身の「攻撃性」が、そのような存在を引き寄せ、さらに、その者自身の発する「攻撃的なエネルギー」に乗っかるようにして、「仕掛け」がなされる場合が多いのです。つまり、これは、本人自身の発する「攻撃的なエネルギー」が、外部的な存在の介在によって、拡張され、それが自分自身に戻って来ている、というような効果を生んでいることになります。

いずれにしても、自分自身の「攻撃性」が、もとになっているのですが、それに気づく余地がなく、自分が「被害」を受けていると確信するようになれば、ますます、その余地はなくなっていくのです。

この「攻撃誘発性」というのを、もう少し、具体的にみてみます。

たとえば、自分が「集団ストーカー」や「テクノロジー犯罪」の被害を受けているという強い疑いのもとに、外界を見るというだけで、周りの者に、十分の攻撃性を誘発させる可能性があります。そのような、疑心暗鬼の思い、ないし態度というのは、(自分では隠しているつもりでも)必ず、外部に何らかの形で伝わり、反発する反応を引き起こさずにはおかないからです。(これは、「集団ストーカー」や「テクノロジー犯罪」という曖昧な観念が、そのような反応を呼び起こすべく、うまくできた観念ということでもあります。)

その反応とは、あからさまなものではないかもしれませんが、その人に向けられた、咳払いとか、舌打ち、何か言いたげな視線、あるいは、体を寄せて来るなどの接近など、様々なものであり得ます。そして、そのような周りの態度を、本人は、「嫌がらせ」とか「仄めかし」と受け取って、「被害を受けている」という思いを強めてしまうのです。

さらに、「集団ストーカー」や「テクノロジー犯罪」の被害を受けていると思う人が、周りの特定の誰かに、「加害者」ではないかと、具体的な疑いを向けた場合には、この「攻撃誘発性」は、もっと強いものになります。もはや、その者が、「加害者」と疑う者を見る目や態度は、明らかに相手に伝わるものをもたらすほど、表に表れるからです。その相手は、嫌悪や怒りを感じ、単に「嫌がらせ」的な態度に出るだけでなく、もっと直接的な、攻撃的言動に出るかもしれません。それで、本人は、その者が「加害者」であるという思いを、さらに強めてしまうことになります。

あるいは、「集団ストーカー」や「テクノロジー犯罪」の被害を訴える人の中には、実際に、「加害者」であると思った、近所の誰かや特定の人に、何らかの苦情を言ったり、行為をやめるよう促すなどの、行動に出る人も多いと思います。そうした場合には、相手が、その人物に対して、「攻撃的な態度」に出るのは当たり前であり、あるいは、本当に、悪意ある「嫌がらせ」の行動に出る可能性だって、あります。その相手にしてみれば、「あらぬ疑い」をかけられたのであり、あるいは、何か訳の分からないことを言われたと思ったとしても、その人物の「敵意」のようなものは、明らかに感じるからです。

「集団ストーカー」や「テクノロジー犯罪」の被害を訴える人は、それで、ますますその相手が、「加害者」であると確信するかもしれません。しかし、むしろ、相手方が、そのような反応に出るということは、それこそ「自然」なことであって、実際には、「加害者」などではあり得ないことの、証しと言うべきでしょう。

このように、本人自身の「攻撃誘発性」がもたらす、周りの者の「攻撃」的態度が、「集団ストーカー」や「テクノロジー犯罪」の観念を補強して、悪循環的に拡大されるという面が、多分にあると思います。そして、それは、これまで述べて来た、外部的な存在による、「人の操作」とか「共時性の演出」などの「仕掛け」以前の問題で、まずは、このような面こそが、考慮されるべき問題であることを、改めて感じます。

私は、このブログで、「統合失調」の場合を中心にですが、精神医学が言うように、単なる「幻覚」とか「妄想」では、とても説明がつかないことを強調し、「捕食者」のような外部的存在による影響を、強く前面に押し出して来ました。実際、そのこと自体に、間違いはないですし、一方で、本人自身の内部的な問題にも、十分注目して来たつもりです。

しかし、外部的な原因を強調することは、どうしても、内部的な問題を看過することにつながるようです。そして、外部的な原因というのも、もとは、内部的な問題に根を発するものが多く、そうした問題を解決に向かわせるのも、結局は、内部的な問題をいかに解消するかということが、主となることになります。

その意味では、外部的な影響以上に、あるいはそれ以前に、内部的な問題を、もっと強調する必要があると、今は感じます。ブログの今後の記事でも、そのような内容が多くなると思います。これは、「統合失調」や、「集団ストーカー」「テクノロジー犯罪」の被害を訴える人にとっては、内部の触れたくない問題を浮き上がらせるようなものなので、より反発を生む可能性が増えることを意味しますが、いたし方ありません。

「集団ストーカー」や「テクノロジー犯罪」の被害を訴える人は、「病気だ」という人を、嫌悪し、強く反発するようですが、むしろ、「病気だ」という人の方が、その人たちに対して、「甘い」という面もあるのです。「病気だから仕方がない」ということで、「大目に見る」、「それ以上悪くは思わない」という面があるからです。しかし、「病気」ということでは、何の解決にもならないと思う私は、このような意味での、「仕方がない」はないので、むしろ、より厳しくなるということがあります。

いずれにしても、私は、「集団ストーカー」や「テクノロジー犯罪」の被害を訴える人からも、「病気だ」という人からも、反発や敵意を受ける可能性がある位置に、いることになってしまいますね。

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