« チャネリング情報にみる薬の害毒と操作性 2 | トップページ | 映像に映り込む「怪奇」と「霊的鏡像」 »

2017年8月25日 (金)

「MIB」のその後と「集団ストーカー」

これについては、本当はあまり触れたくなかったのだが、現在では、「集団ストーカー」はレプティリアンなどの「宇宙人」そのものの行為である、という見方も出で来ているので、この辺りで触れておくことにする。

前に、記事『要は「非-人間的なもの」/「MIB」』(http://tiem.cocolog-nifty.com/blog/2010/12/post-a77a.html)、次の『他人を「巻き込む」こと』で、「MIB」(黒服の男)と呼ばれる存在について述べた。全身黒ずくめの、いかにも秘密めいた格好の男たちのことで、UFOの目撃者などの前に現れて、いろいろ質問し、秘密を漏らしたらひどい目に遭う等の「脅し」めいたことを言って、去って行く。UFO目撃のことは、誰にも言っていなくても、なぜか知っているのである。一度ならず、「つきまとう」ように、何度も現れることもある。その振る舞いは、いかにも不自然で、異様であり、常識を知らず、人間とはとても思えない。初めは、CIAなどの諜報機関の人間と思うが、問い合わせても該当者は存在しない。このように、謎の存在なのだが、「オリオン系の宇宙人」ともいわれている。「宇宙人」そのものは、異次元的存在なので、「物質化」して現れているわけである。

しかし、前の記事でも述べたように、今やこんなことは行われていない。かつては、UFOの目撃というのは、特別の珍しい出来事であり、いろんな意味で、不安を招くことだった。UFOも、「宇宙人」というよりも、軍の秘密兵器とみられることが多く、だからこそ、軍の秘密に関わったという意味での不安も喚起した。MIBというのは、そのような目撃者の不安につけ込んで、さらに恐怖を膨らませるような事態を演出するものである。

「全身黒ずくめ」の格好も、まさにCIAなどの諜報機関を装ったものだが、それはそのように、軍の秘密に関わると思われていたからこその演出である。そうして、「脅し」めいたことを言うわけだが、それもまた、真の目的などではなく、恐怖を拡大させる演出に過ぎない。

このように、諜報機関の者の訪問を受けて「脅し」を受けたというだけでも、相当の恐怖だろうが、その存在の、人間とは思えない、異様な振る舞いを間近にすることは、さらなる恐怖を喚起したはずである。このような、日常性の範囲を超えた、理解困難な、「訳の分からない」恐怖をもたらすことこそ、真の目的なのである。また、そこには、一種「愉快犯」的な面もあると思われる。

ところが、現在では、UFOの目撃などは、日常茶飯のことであり、写真やビデオにも撮られ、誰はばかることなく、人に語られ、メディアにも投稿される。もはや、UFOの目撃自体に、特別の秘密の意味合いや、不安はつきまとわないのである。また、CIAなどの諜報機関も、もちろんその秘密性がなくなったわけではないが、ある程度情報が知られ、かつてほどの「得たいの知れない」恐怖のイメージはなくなった。

だから、それにつけ込むような形での、恐怖の演出というのも、もはやなされることがないのである。

しかし、それなら、かつての「MIB」のような、「超暇人ゴロツキ宇宙人」は、今は何をやっているのだろうか。もはや「更生」して、「マジメに働いている」とでもいうのだろか。そんなことはないだろう。

「MIB」というやり方が、時代に沿わなくなったというだけで、現在も、かつての「MIB」に似た、我々の不安につけこんで恐怖を拡大するような演出はなされているはずである。そして、それは、現在では、「集団ストーカー」以外ではあり得ないという気がする。

記事『映画『激突』と「集団ストーカー」』(http://tiem.cocolog-nifty.com/blog/2016/08/post-a8e7.html)でも述べたように、「集団」がある個人に対して、「ストーカー行為」をするというのは、個々人が切り離されて、孤独な現代人の不安を、見事についた発想である。かつての、「UFO目撃」の不安に、相当するものということができる。しかも、この「集団ストーカー」も、かつての「MIB」同様、真の恐怖は、ただ普通の意味で、「ストーカー」行為をされるということにあるわけではない。日常性の範囲を超えた、不自然な振る舞い、あるいは、内面の思考を見通したかのような、絶妙なタイミングでの現れという、「訳の分からない」要素にこそあるのである。

実質的に言って、やっていることは、かつての「MIB」と非常に似ているのである。

だから、私は、「集団ストーカー」というものを「演出」する存在がいること自体は、否定しない。

しかし、注意すべきは、これはあくまで、我々がもっている不安や、既にある観念につけこむ形でなされている、恐怖の「演出」ということである。かつての「MIB」が、実際にUFO目撃者の口止めをすることが目的ではなかったように、「集団ストーカー」なる行為をすること自体が目的なのではない。ただ、このような「演出」が醸し出す、恐怖の拡大が意図されているだけなのである。そして、そこには、やはり、「愉快犯」的な面が多分にある。

当然ながら、これは、多くの「被害者」が「集団ストーカー」とみなす行為が、いちいち「宇宙人」によってなされている、などということを意味するのではない。
また、「集団ストーカーの演出」というものはあるにしても、このような直接「宇宙人」が前面に現れるようなやり方は、決して通常のものではない。

「集団ストーカーの演出」というのは、既に述べたように、同時的に、偶然とは思えないような現象を起こす、「共時性」の演出とか、他の人間を操作して、意味ありげな振る舞いをさせるなどの方法によるものである。あくまで、「操作」による演出であって、自身が前面に出るなどということはない。ただ、稀に、上に述べたような、直接「宇宙人」が「物質化」して現れる場合もあり得る、というほどのことである。

私が、これに触れたくなかったのも、このような場合が多くあるかのように思われるのは、望ましくないからである。

繰り返し述べたように、「集団ストーカー被害」なるものの多くは、「集団ストーカー」なる観念を強く信じてしまったが故の、「思い込み」か、「引き寄せ」現象である。「集団ストーカー被害」を受けているかのような感覚を生じた場合には、まず第一に、この可能性が考慮されなければならない。さらに、たとえ、何らかの存在に、「集団ストーカーの演出」行為を受けているという場合にも、それは、「共時性」の演出とか、他の人間を操作するという方法でなされる。だから、直接目の前にしている人間そのものが、「ストーカー」というわけではないのである。

ただし、それを踏まえたうえで、あえて言えば、そのほかにも、非常に稀な場合として、直接「宇宙人」が「物質化」して現れる場合もある、ということなのである。

私自身も、このようなことを何度か経験しているし、そのうちのいくつかは、直接何かの行為を仕掛けてくるのではないが、確かに、こちらの内心の思いを見越した、絶妙なタイミングでの「つきまとい」的なもので、こういうのに出会えば、確かに、「集団ストーカー」なるものがあると思ってしまっても仕方がない、と思えるものだった。

何しろ、このように、直接「宇宙人」(または人間以外の存在)が現れる場合には、無視し難く、非常に強烈な印象を残すことになる。それが、「集団ストーカー」的な振る舞いをすれば、「集団ストーカー」なるものがあるという確信を、強くもってしまうことになるのである。それで、そうでない場合、つまり他の多くの者の行為も、「集団ストーカー」という疑いのもとに、解釈するように仕向けられることになる。

ただし、この場合には、「共時性」や「人間の操作」の場合とは違って、そこに、多くの者を関わらせるということはできない。「共時性」の演出や「人間の操作」の方が、「多くの人間がストーカーをしてくる」という意味での恐れとリアリティは醸し出すことができるので、それぞれ、演出の効果は違うのである。

さらに、「物質化して現れる」というのは、彼らにとっても、エネルギーのいることであり、また非常にリスクのあることで、そう頻繁にできることではないようである。だから、これは、よほど彼らに、「睨まれた」(ある意味「好まれた」)人物が、稀に行われることのあるものと言うべきでなのである。

現在は、「被害者」で、レプティリアン等の宇宙人が、「集団ストーカー」の犯人とみなしている者も、結構いるようだが、本当に「宇宙人」といえるのは、そのうちの一部のみであり、しかも、その行為とされるもののうちの、ほんの一部と解されるのである。

とはいえ、「人間以外のもの」が人間の装いをして、物質化して、人間の前に現われるということ自体は、昔からあったことで、現在に特別のことというわけではない。たとえば、「狐に化かされる」などというのにも、そういったことが含まれている。

また、それらは、決して「悪さ」ばかりをしたわけではない。そのようなことを通して、人間を救ったり、いろいろ教えたりということもあったはずである。

しかし、上にみたような、「ストーカー」紛いのものは、いかにも卑劣なもので、本当にどうしようもないものと言うしかない。やっていることは、そこら辺の「低級自然霊」と何ら変わりない。こういったものに出会ってしまったときには、むしろ、いかにこういうものに振り回されることが馬鹿げたことかを、改めて確認する機会にした方がよい

« チャネリング情報にみる薬の害毒と操作性 2 | トップページ | 映像に映り込む「怪奇」と「霊的鏡像」 »

文化・芸術」カテゴリの記事

コメント

ティエム様

はじめまして。私はテクノロジー犯罪被害者であり、NPOテクノロジー犯罪被害ネットワークの会員でもあります。被害内容は多くの方々が訴えておられる集団ストーカー、音声送信、思考盗聴などは一切ありません。他人に説明するのが困難な被害を受けております。

音声送信と思考盗聴を統合失調症の症例として当て嵌めると幻聴と思考漏洩になるかと想像致します。思考盗聴は「盗聴」であり、それ自体で被害者の方々は打撃を受ける訳ではありません。被害者の方々は思考に呼応した周囲の加害者達からの仄めかしにより思考盗聴の存在を裏付けているものと想像致します。

ティエム様の過去の記事を拝読させて頂き、興味深い一節がありました。「幻聴」から「幻覚」へ、というタイトルの記事の一節です。

複数の他人がいる場所で幻聴が聞こえ、ティエム様がその幻聴に対して頭の中で抗うとそれに呼応した幻聴が聞こえたという一節です。

幻聴を通りすがりの他人の声そのものだと捉えてしまうと、自分の心の内面が他人につつぬけていると感じざるを得ないと分析されておりました。

集団ストーカー被害者の方々の訴えから、敢えて類似されると思われる被害を当て嵌めますと、周囲の加害者から、被害者の方々のその都度の思考に対して、ジェスチャーや仄めかしの言葉により打撃を与えられる被害になるのではないかと想像致しました。この場合被害者の方々には音声送信(統合失調症でいうと幻聴)が無いのですから類似するものと捉えるのはおかしいのではないかと思いますが、私はそうは思えないのです。

ティエム様は幻聴である事を認識しており、その幻聴を真に受けてしまうと通りすがりの他人に考えがつつぬけていると感じてしまう恐れがあると分析されておられますから、集団ストーカー被害者の方々がその通りすがりの方々を「加害者」と捉える姿は、ティエム様からみて、思い込みに囚われている様に見えるものと想像致します。

しかし私は過去に様々な被害者の方々とのネット上での意見交換や、NPOで交流させて頂いた被害者の方々を通して鑑みますと、思い込みに囚われている様には見えませんでした。

それを「つつぬけ体験」として統合失調症と認識された上での日々の生活と、それを「思考盗聴による加害者からの仄めかし」と捉えた上での日々の生活は、さほど違いは無いのではないかと想像しています。

被害者の方々は訴えの声が大きいですから、思い込みに囚われている様に見えますがこれが大きな落とし穴になっている部分は確実にあるものと想像致します。被害者の方々は赤の他人を加害者と認知されていたとしても、それを「組織犯罪」として受け止めざるを得ないのです。良く言えばそれがテクノロジーによる「抑止」となっているものと想像致します。私はテクノロジー犯罪被害者でありますからテクノロジーの存在は当然のものと認識しています。

「統合失調」と「集団ストーカー」または「テクノロジー犯罪」の共通性について、理解を示してくれたことはうれしく思います。これらの共通性と相異については、近いうちに、図などを用いて、分かりやすくまとめることを考えています。

ここでは、Hさんのコメントに関して、簡単に私の考えを述べます。

「被害者の方々は思考に呼応した周囲の加害者達からの仄めかしにより思考盗聴の存在を裏付けている」と解してしまうことはよく分かるし、それは「統合失調」の場合に、目の前にする他人のものと受け取られる「幻聴の声」の内容により、自分の思考がつつぬけていると感じてしまうことと非常に似ていると思います。

ただし、「その幻聴を真に受けてしまうと通りすがりの他人に考えがつつぬけていると感じてしまう恐れがあると分析されておられますから、集団ストーカー被害者の方々がその通りすがりの方々を「加害者」と捉える姿は、ティエム様からみて、思い込みに囚われている様に見えるものと想像する」というところは、少し違います。

「幻聴」の場合は、誰にも聞えるものではないという意味で、客観的なものではないですが、「仄めかし」と受け取られる他人の「振舞い」については、その自体は、客観的に存在しているものなので、幻聴を(その他人のものとして)真に受けることから、通りすがりの者を「加害者」と受け取ってしまう場合のことが、そのまま当てはまるものではありません。

ただ、「声」というのは、「言葉」であり、「意味」ですから、それ自体が、直接に「攻撃的なもの」であることが多くなります。また、思考がつつぬけていることを、直接示唆されるものとなります。それに対して、「振舞い」というのは、直接的な意味ではないので、「解釈」を通して、初めて「意味」となり、「仄めかし」と受け取れるものになる度合いが高いです。私は、まず何よりも、その場合の「解釈」こそが問題だと思います。「思考を盗聴」したうえでの「仄めかし」と受け取るのは、明らかに「無理」な場合が多いということです。この点は、「集団ストーカー」や「テクノロジー犯罪」という、定型的な観念が既に出来上がっているゆえに、それを知って、それに当てはめる形で、そのような「解釈」がされてしまう場合が多いと思います。

ただし、私は、一方で、実際に「思考を読み取る」ことが可能な存在がいて、その存在が、人間に影響を与えて、あるいは操作して、「仄めかし」と受け取られるような、何らかの行為をさせることは、いくらもあると言っています。この場合には、周りの通りすがりの者が、実際に、「加害行為」をしているわけではなく、このような存在によって、周りの通りすがりの者に、「仄めかし」をされているように「思わせられている」だけということになります。全体として、一つの「演出」ということです。


そして、そのような存在が、背後で、いかにも通りすがりの者のもののようにみせて、「声」を聞かせているという意味では、「統合失調」の場合も、やはり実質的には、同様の「演出」ということになります。このような「演出」によって、これらの存在は、人間から、恐怖などの多くの感情エネルギーをくみとることができ、利を得ているのです。

しかし、このような存在を認めない人にとっては、私のいうことは、まったくのナンセンスで、受け入れる余地のないものとなるでしょうし、そのことは私も、よく理解しています。そのような場合は、残念ながら、お互いの溝を埋める余地はないものと思われます。

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/575359/65709260

この記事へのトラックバック一覧です: 「MIB」のその後と「集団ストーカー」 :

« チャネリング情報にみる薬の害毒と操作性 2 | トップページ | 映像に映り込む「怪奇」と「霊的鏡像」 »

新設ページ

ガジェット時計Part11(光る玉・バージョン) - ガジェットダウンロードするなら、ガジェットギャラリー
2017年11月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30    

コメントの投稿について

無料ブログはココログ