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2016年5月15日 (日)

『モーガン・フリーマン 時空を超えて』

金曜の夜10時、NHKのEテレで連続放映中の『モーガン・フリーマン 時空を超えて』を見た(制作は、ディスカバリーチャンネル)。前回は、「パラレルワールドは存在するか」、その前は、「第六感は存在するか」を科学的に考察しようというもので、それぞれ興味深かった。

「第六感は存在するか」では、意識または思考が、脳を超えて、外界へとつながるような現象をとりあげ、その研究成果を紹介していた。ある者が見た光景が、全く関係のない別の者にも、同時に伝えられるなどの現象である。特別の「超能力」というのではなく、誰にも起こる現象として、問題にされている。

これらは、これまでにも何度か問題にして来た、意識と物質の関係が、正面から問われる現象である。また、前回みたように、「思考が漏れ出る」などの感覚を訴える、「統合失調」や「テクノロジー犯罪」との関わりでも、興味をそそられる問題といえよう。

前に、NHKの「超常現象」を扱った番組でもとりあげられた、「地球意識プロジェクト」もとりあげられていた。これは、個人の意識が、乱数発生器の確率的な発生に乱れを起こすという現象をもとに、多くの者の意識の変化により、地球上に張り巡らされた乱数発生器に、よりはっきりした乱れが生じるかを調べるというものだ。

過去に、大きな乱れを観測したことがあり、それは、アメリカ大統領選でのオバマ大統領の勝利演説のとき、そして、2001年の9.11事件のときであるという。しかも、9.11事件では、事件が起こる数時間前から、乱れが現れ始めている。予知的な反応の可能性があるという。何しろ、多くの者の共有する、特に感情的な意識の変化が、乱数発生器に強い乱れを生じさせたと考えられるのである。

乱数発生器は、放射性物質の崩壊の確率が、原理的に2分の1であることに基づいてできている。だから、これは、量子力学的に予測される確率を乱れさせる現象ということになる。(ただし、いわゆる「超能力」には、直接マクロのレベルに働くものはいくらでもあり、必ずしも、量子力学的な過程に影響を与えるものとはいえない。)

量子力学については、番組の中でも、物理学者ミチオ・カクが、「シュレディンガーの猫」の説明などをし、量子と意識の関係について、示唆的な話をしていた。記事『「宇宙人の技術」と「霊的なもの」』(http://tiem.cocolog-nifty.com/blog/2016/04/post-bbde.html)でも触れたように、量子的な確率の波は、観測によって、ある確定した状態へと収縮する。放射性物質が崩壊するかどうか(が観測されること)が、生か死かを分ける、「シュレディンガーの猫」の場合でいえば、「生きている」状態か「死んでいる」状態かが確定するわけである。

私も、「意識による観測」と書いていたが、この観測による波束の収縮は、「意識との相互作用」によるという説があり、カクもその説を(ウィグナーの説として)紹介していた。そして、そのことから、意識が物質に影響を与える可能性を否定すべきではない、ということを述べていた。

この波束の収縮の問題は、「量子力学の観測問題」とよばれ、様々な解釈がある。量子力学という、物質の根本に関る理論が、「観測」という行為によって、ある意味「破綻」するのであり、「物質とは何か」という問題にとっては、全く抜き差しならない問題である。また、「意識」との関わりを示唆するという意味でも、「意識と物質」の関係を考えるときには、抜かせない問題といえるだろう。

私自身は、先の「超能力」の例でもみたように、「意識」の問題は、必ずしも、量子力学と関るものではなく、それ自体別の理論というか、別の発想を必要とするものと思っている。しかし、「意識と物質」の問題を考えるうえでは、一つの大きなとっかかりであり、抜かせない問題であるのは間違いないだろう。

前回の「パラレルワールド」の問題も、実は、この問題と関っている。

人間の様々な選択の違いに応じた世界が、それぞれ「その選択をした自分」とともに、現にある世界と併行して存在するという考えは、それ自体興味深いものだ。しかも、現在の宇宙論は、必ずしも、そういった考えを排除するものではないという。

ところが、番組の中でも説明されたが、先の「量子力学の観測問題」で、波束の収縮は実際には起こらず、それぞれの確率の事象に応じた世界が、それぞれ枝分かれして、現に起こった事象の世界と併行して存在する、という説があるのである(「多世界解釈」とよばれる)。「シュレディンガーの猫」でいえは、「生きている猫をみている自己の世界」と「死んだ猫をみている自己の世界」とが、併行して存在するわけである。

まさに、「パラレルワールド」である。つまり、「パラレルワールド」も、量子力学的な観点からは、十分現実的な可能性として、捉えられているのである。

このような意味での、「パラレルワールド」が、「意識」とどのように関るのかは、難しい問題である。が、この問題も、やはり「意識と物質」の関係を考えることにとっては、一つの、欠かせない問題といえるだろう。

そういうわけで、私としては、この番組を、特に、「量子力学の観測問題」との関連で、注目してみた。さらに、次回は、自分なりに、「量子力学の観測問題」と「意識」の問題を、整理してみようと思う。

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