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2016年2月20日 (土)

高度の技術と「集団ストーカー」

「集団ストーカー」や「テクノロジー犯罪」という発想が出てくることには、「技術」の高度の発展ということが、関わっていた。現在の「技術」がとこまで進んでいるのか見えにくく、把握しにくいことが、このような発想をもたらすことに、大きく貢献していたのである。

しかし、「テクノロジー犯罪」はまだしも、「集団ストーカー」では、高度の技術が強調されるほど、そのやり方の稚拙さが、より浮き彫りになるということにも注目してほしい

「集団ストーカー」で、特定の者に狙いを定め、四六時中、つきまとうには、確かに、本人の情報をリアルタイムで把握するための、普通は信じ難い、高度の技術が必要になるだろう。しかし、一方で、その狙った者に対して、(そんなことをすれば「足がつく」のが明らかであるにも拘わらず)莫大な数の人材を適材適所に配置し、四六時中、長期にわたって、つきまとわせる。しかも、それだけの、手間と暇と金をかけて、実際にやることといえば、何か直接手を下すわけでもなく、ただ、「仄めかし」という効果があるか怪しい行為を、闇雲に繰り返すだけである。

このような子供じみた、稚拙なやり方が、高度の技術ということと、あまりに大きなアンバランスをなしていることは、明らかであろう。

しかし、それでも、本人が実際に感じている、ありのままの「感覚」としては、「集団」つまり、道で行き交う人など、自分を取り巻く多くの人が、自分に対して、自分しか知らないはずのことを、仄めかして来るというのは、確かな「事実」として起こっていることなのである

それは、何度も言うように、「統合失調」でも同じである。要するに、「事実」の問題として、まず確かにあるといえるのは、本人の内部にある、そのような「感覚」なのである。そして、その「感覚」というのは、普通の日常的な感覚に照らせば、確かに、「おかしい」ことである。普通は、あるはずのないことが、「起こっている」と感じられるということである。

問題は、その、「おかしい」はずの「感覚」を、「そのまま」信じるところに始まっている。実際に、周りの人が、「仄めかしている」という現実があると信じてしまう、ということである。そして、「集団ストーカー」なる、それを説明できると称する、多分に仕掛けられた「概念」を提供されると、これ幸いと、それに飛びついてしまうのである。

自分がリアルに感じている、「感覚」そのものを疑うということは、確かに、難しいことである。それは、自分にとっての、「現実」ということが、不確かなものとして、問われることにもなってくる。さらには、まさに「おかしい」ということ、つまり、その「感覚」は「幻覚」なのであり、「病気」であるとみなされることにも、つながってくるのである。

しかし、繰り返すが、どう解釈されるかに関わらず、この「感覚」そのものは、「真実」のものであり、疑いなく、あるものである。他の多くの者と共通するものではなく、周りの、「物理的な事実」そのものを反映するものではないという意味で、「幻覚」とは言えても、それを「病気」ということでは、何の説明にもならないものである。

もし、高度の技術というものがあるなら、この「感覚」そのものが、その高度の技術により、植えつけられたものということも考えられるはずである。つまり、「人が集団で自分を仄めかしている」ように感じられる「感覚」を、脳に直接与えているということである。一種の「仮想現実の創出」である。

「テクノロジー犯罪」なるものがあり、直接人の脳に、「声」を与えることができるというなら、その延長上に、そのような「感覚」を与えることができても不思議はないはずである。(「テクノロジー犯罪」はあるのに、このようなことはないというのは、明らかに、筋が通らない。)むしろ、その方が、高度の技術がありながら、「集団ストーカー」なる、稚拙な方法をとることより、よほど、高度の技術ということで、一貫したやり方といえる。また、この方が、不必要な、手間や人材を使うことなく、的確に、効率よく、人を精神的に追い込み、人々の間に、軋轢をもたらすことができるのである。

前にあげた、宇宙人が黒幕という<これ>(https://www.facebook.com/dimensionstalker/)が言っていることも、ほぼそういうことである。

私は、そのようなこと自体は、あり得ることと思う。本人は、それでは、あまりに、いいように、「躍らされ」ているだけであるし、そんなことでは、自分の存在価値やアイデンティティも見出せないので、認め難いことだろうが。

ただ、私が言っているのは、そんな高度の技術などを駆使しないでも、「霊的存在」であれば、霊的領域から、「人が集団で自分を仄めかしている」ように感じられる「感覚」を与えることなど、簡単なことである、ということである

これらの存在は、人の背後から、あたかも、その人自身が、「声」などの攻撃を仕掛けているように見せることは、簡単である。また、実際に、「統合失調」の場合にも、そうやって、人の背後から「声」を仕掛けてるいるために、「統合失調」の人は、周りの人自身が「声」を仕掛けて来ると感じて、「迫害妄想」をもってしまうことは、何度も述べて来た。

さらに、「憑依」ではないが、一種、それに近い影響力の行使により、ある人が、他の者に、実際に、攻撃を仕掛けるように働きかけることも可能なのである。

こういったことは、そこら辺の「自然霊」でも可能だが、その背後には、「アーリマン存在」ないし「捕食者」がおり、それらは「宇宙人」という捉え方もできる。そして、それらの存在は、「技術」ということとも、大いに関わっているのも事実である。

しかし、それにしても、まずもって、霊的な領域からの攻撃で、こういうことが可能であることは、はっきりと押さえておく必要がある。そのような視点なしに、ただ「宇宙人の技術」ということだと、現代の地球上の、唯物論的な発想の延長上に、捉えられてしまう可能性が高い。それでは、見方を、大きく制限してしまうし、対処の仕方も、見出し難い

ただ、それを踏まえたうえでなら、「宇宙人の技術」という可能性をみることにも、十分意義があることだろう。

次回は、その「宇宙人の技術」ということを、「霊的なもの」との関係で、改めてとりあげてみる。

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コメント

こんばんわ。

>集団ストーカー」なる、それを説明できると称する、多分に仕掛けられた「概念」を提供されると、これ幸いと、それに飛びついてしまうのである。

原因不明の病に苦しんでいる人が、その病名をしることでホッとする、という話がありますが
正にこのことですよね。さらに産地も原料も販売元もわからない薬を喜んで飲み続けるようなものだと思います。

「被害者」が霊的なものに目を向け、受け入れることが出来れば、
狭窄した考えから抜け出せるのかもしれませんが、
大抵の「被害者」サイトには「加害者=某宗教団体」みたいに書いてありますね。
「霊」や「スピリチュアル」という言葉に宗教臭さを感じて、
毛嫌いしたり避けたりしている「被害者」もいるのではないか、と思います。
僕には大抵の宗教団体は「アーリマン臭」がプンプンしている、と感じますが。

そうですね。「霊的なもの」を認めにくい理由の一つとして、霊的なものが物理的なものと同じように現れることを、知らないこともあると思います。この点は、次回にでもまた触れようと思います。

「某宗教団体」が加害者として、攻撃の的になっていること(そこ止まりでそれ以上の突っ込みはないこと)も、「支配層」にとって、痛くも痒くもない理由の一つですね。

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