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2016年1月22日 (金)

「オープンダイアローグ」の要点の図

前に、「オープンダイアローグ」について述べた(http://tiem.cocolog-nifty.com/blog/2015/10/post-eb22.html 、http://tiem.cocolog-nifty.com/blog/2015/10/post-6006.html)が、今回、この「オープンダイアローグ」がどのように治癒的に作用するのかの要点を、図にしてみた。 

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ポイントは、本人の側の「妄想」も、医師や周りの者の側の「病気」という扱いも、ともに、「閉じたモノローグ」(独白)である、ということである。その「閉じたモノローグ」を、互いに、相手に押しつけ合うことから、対立や軋轢が生じ、事態を悪化させている。

本人が「妄想」を周りに訴えるから、周りの「病気」という扱いが生じ、強まるという面もあるし、逆に、周りが「病気」という扱いをするから、本人の「妄想」が起こり、強まるという面もある。

いずれにせよ、互いに、「閉じたモノローグ」同士のぶつかり合いが生じているのであり、それが相乗効果で、事態を悪化させ、泥沼化させている。

「オープンダイアローグ」という対話の試みは、その全体の構造に、融和的に作用するのである。決して、「病者」である本人に作用し、治癒をもたらすのではない。治癒がもたらされるとすれば、それは、本人の側だけでなく、周りの者についてもなのである。

「オープンダイアローグ」は、「オープン」な対話の「場」が、本人と周りの関係全体を癒す、ということである。だから、本当に「オープン」になされる限り、「人」や「もの」の働きを越えた、画期的な作用がある、ということになる。

しかし、それは同時に、これまでのあり方こそが、いかに、「病気」を生み出し、強めていたかということなのである

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コメント

オープンダイアローグの要点を図にしていただきましてありがとうございました。
本人と医師や周りの者が、その「閉じたモノローグ」を、互いに、相手に押しつけ合うことから、対立や軋轢が生じ、事態を悪化させている、というところは面白いと思いました。
今までは、圧倒的に強い医師側の権力があって、また世間という権力があって、それが本人の側の「妄想」なり、その根底にある思いを抑圧していたのではないでしょうか。
でもその権力関係を覆して、本当にどこまでできるかは分かりませんが、ともかく理想としては、本人と医師、看護師、福祉関係者、家族、親族、友人などが、立場としては対等に立とうとするのが、オープンダイアローグだと思います。だからともかく「相手を聴くこと」が大事なのだと思います。
聴くということは、相手を受け入れることだと思います。それが本人の関係者全員となされることで、本人の病気、そして何よりそうなった原因が受け止められることができたなら、それは大変素晴らしいことだと思います。なぜなら本人がそのような状態になったのは、周囲にも原因があることなのですから。
私の場合、子どもがそうなったことで、本当に色んなことを教えられました。家族の不和がどれほど本人に苦しさを与えていたか、とか、自分のこれまでの本人への関わりがどれほどひどいものだったかを考えさせられました。これは大げさかもしれませんし、人によっても状況はさまざまでしょうが、私には本人は身を賭して、周囲の世界の間違いを正す機会を与えてくれたのではないかと思える(ことが多々ある)のです。
ティエムさんが書かれているように、オープンダイアローグはそのようなことに周囲が目覚める機会になりうるのではないだろうか、という気がしますし、そうなったとき、本人と周りの関係全体を癒す作用をもつのだと思います。

Nomad Souさんありがとうございます。

「今までは、圧倒的に強い医師側の権力があって、また世間という権力があって、それが本人の側の「妄想」なり、その根底にある思いを抑圧していたのではないでしょうか。」

全くそのとおりと思います。「オープンダイアローグ」には、これからに向けての可能性があると思いますが、これまでのあり方の根本的な反省を経ない限り、実質的に機能することはないと思います。

「病気」という捉え方は、もちろん原因とかメカニズムなど「分からない」部分も認めているにしても、基本的には、要するに「病気」なのであって、「分かっている」ものにしてしまうということがあると思います。つまり、「未知の部分」への眼差しを閉ざしているということです。

ところが、「オープンダイアローグ」は、「未知の部分」に注目するからこそ、それをともに「共有」しよう、「分からない」ものの「言語化」に向けて、協力しようという方向性が生まれることになります。

また、Nomad Souさんは、家族の不和や子どもへの関わり方が、子どもさんに影響したことを認めていますが、「病気」という捉え方を「押し付ける」ことは、「(脳の)病気」なのだから、周りの者には何の責任もないということを、暗に認めさせようとするものがあると思います。本人への関わり方の問題も、葬り去ってしまうものということです。

ですから、これまでの「病気」という捉え方が、本当に見直されない限り、「オープンダイアローグ」の実践ということは、難しいと思います。今の日本の現状からすると、…やはり限りなく難しいことになりそうですね。

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