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2014年9月23日 (火)

「集団ストーカー」という厄介な問題

ネット上でだが、地域の中で、集団的に嫌がらせやつきまといを受けるという、「集団ストーカー」または「ガスライティング」ということが話題になっている。

一種のいじめや、腹いせとして、実際に、地域その他の「集団」が、それと分かる仕方で、ある者に嫌がらせをするということは、いくらもあることだろう。しかし、この「集団ストーカー」というのは、少し性質を異にしている。その嫌がらせやつきまといの仕方というのが、傍からみたら、単なる偶然の通りがかりや、たまたま行った咳払いや何かの音を出す行動で、とても「嫌がらせ」や「つきまとい」などとは解す余地のないものである。Youtubeなどにも、「被害者」が、自分が被害を受けている「証拠」とする動画をあげているが、一般の者には、一見して信じ難いものだ。(たとえば、一つの例 https://www.youtube.com/watch?v=5OkJHYrhrUc)(※1)

逆に、それらを、もし「嫌がらせ」の意図で行うとしても、何ら気づかれないことの方が多いはずで、全く無意味、無駄な行いとなる。「集団」を利用して、ある特定の個人にいやがらせをし、精神的に追い込むという「技術」自体は、支配層や秘密組織などは、もっている可能性がある。しかし、それにしても、一般の人間を対象とすることはあり得ないし、また、そのやり方は、洗練された効果的なもので、この「集団ストーカー」のような、無意味な仕掛けを行うものではない。

要するに、これは、「被害者」と称する者が、それらの「偶然のできごと」を、自分に関係づけて、「被害」を受けていると思い込んでしまっているものなのである。そして、その主張を聞けば、ほとんどの者が、そのことが明らかと感じるような性質のものである。

これらは、これまでみてきたとおり、典型的な「関係妄想」と言っていい。ただ、一つ、違いがあるとすれば、普通、「関係妄想」は、かなり漠然としたものだが、これは、「集団ストーカー」または「ガスライティング」というそれなりに詳細に類型化された、一つの「パターン」に集約される形で、出て来ていることである。そして、それらの「被害」を「共有」する者が、かなりの数に上っていることである。

「集団ストーカー」の実際や、それについての考察は、前回も触れた、盗聴発見業者、古牧和都著『集団ストーカー』にも詳しいし、ネット上でも、かなり詳しい分析をしている(http://stalker.johoguard.com/)ので、それを参照してもらえばよい。

ただ、ここでは、私が特に問題にしたいことを述べたい。

「類型化」されているというのは、先の著者も言うように、ネットの影響が強く、ネット上のさまざままな「被害報告」を通して、自分の「関係妄想」的な感覚も、それに当てはめて解釈するようになった、ということがあるだろう。そこで、まだ、「統合失調」状況に陥ったとまでは言えないような、初期の、漠然とした「関係妄想」的な感覚も、このような「集団ストーカー」類型が、掬い取ってしまうということがある。あるいは、統合失調というよりも、妄想傾向の強い(「妄想性パーソナリティ障害」などと名づけられる)者をも、絡め取ってしまう可能性も高い。

このように、「集団ストーカー」が、ネット上で、かなり詳細に類型化されたのには、単に、被害者と称する者の純粋な被害報告だけでなく、それを煽っている者、さらには、そのような類型に材料を提供して仕掛けている者の関与も疑われるのだ

「実体」はなくとも、「集団ストーカー」という「観念」が、肥大化して膨らみ、多くの者を捉えるようになることは、人びとの間に、疑心暗鬼を生み、人と人との結びつきを、大きく破壊する面がある。あるいは、何らの「実体的」な手段も必要とせずに、その「観念」に捕えられる者が、自ら精神を不調にし、弱体化してくれる。「支配層」にとって、これほど「安上がり」で、有効な、人と人を切り離し、弱体化させる、打ってつけの方法もないのである。(※2)

「集団ストーカー」にいう「被害」というのは、今のところ、大したものではなく、まともに取り上げるようなものではないが、今後、それが拡大して、その「妄想」自体が、危険なものになる可能性はある。また、「集団ストーカー」という類型が、さらに強い「リアリティ」を帯びて、今後多くの者を巻き込んで、地域で大きなトラブルを発生させるという可能性もないわけではない。

しかし、それは、あくまで、「集団ストーカー」という「観念」の拡大の問題である。先に見たように、この「集団ストーカー」なる、いやがらせやつきまといを、実際に、現実の組織や集団が、行っているなどとは解せない。

ところが、実は、この「集団ストーカー」そのままのような、陰湿ないやがらせやつきまといを、本当にしでかしている、「存在」というのはいるのだ。それは、「人と人の間」に住まう、捕食者的な「精霊」(低級自然霊)で、「人と人の間」において、そのようないやがらせやつきまといを、「演出」している(※3)。つまり、人に、あたかも、人にいやがらせやつきまといを受けているかのように、思わせるような、内面的な働きかけを、常になしている。現実の人間にとって、そんなことは、よほどの暇人でもない限り、なし得ないだろうが、「彼ら」は、いわばそれを「本職」としているようなものである。

要するに、「人と人の間」に入り込んで、人と人の関係に、疑心暗鬼や、葛藤、争いを生み出し、そこから、「捕食者」や自らが、感情的エネルギーを酌み取ることに貢献している。

「集団ストーカー」は、現実の人の「集団」の行いとしては、滑稽で、無意味なものかもしれないが、「人と人の間」の、精霊の行いとしてみるとき、これ以上に、的確に捉えられたものもないのである

精霊の仕掛けといっても、一般の多くの人間は、日常性に埋没していて、とりつく島もなく、このようなものに、容易に引っかかってしまうほど、効果的なものとは言えない。しかし、「妄想」傾向をもつ者や、統合失調的な「関係妄想」を漠然とでも持ち始めた者、「集団ストーカー」の類型を信じて、強い不安や恐れを抱いている者などには、十分の効果をもたらし、ますます、「集団ストーカー」ということに、「リアリティ」をもたらす。

「共時性」ということの、「演出」なども得意とするから、単なる「偶然」とは感じられない、という程度の現象は、いくらでも演出できる。実際に、強い情動を伴って、ある観念を信じ込むと、それに関連した現象を、呼び寄せることがあるのも事実である。(本来の「共時性」 参照 http://tiem.cocolog-nifty.com/blog/2002/12/post-3e8b.html

このようにして、「集団ストーカー」という「観念」の拡大と、「人と人の間」の精霊の行いは、互いに絡み合いながら、「集団ストーカー」ということに、一定の「リアリティ」を与えている。「支配層」が、そのような、精霊の行いを、感知したうえで、「集団ストーカー」の観念を、人びとの支配のために、利用しているのかどうか知らないが、それが、不思議な仕方で、現実に力をもつことは、十分感知しているはずである。

だから、一見すると、大して問題とするような代物でもない、「集団ストーカー」というのも、実は、かなり、危険な問題を秘めているのである。

※1 ゾロ目や対称(1001など)その他の特徴的なナンバーを「カルトナンバー」などと呼んで、いやがらせ集団の車と断定する、馬鹿げた発想jまである。現在、ナンバーは誰でも自分で選べるのだから、覚えやすい特徴的なナンバーが増えたのは、当然のことである。私も、普段気にしてないが、今日帰りにちょっと見てみただけでも、「カルトナンバー」のオンパレードだった。結構、番号を自分で選ぶ人が増えているというだけのこと。被害者と称する人は、この、ナンバーを自分で選べるということ自体、知らない可能性もある。(参照 http://www.geocities.co.jp/MotorCity-Pit/2282/numuber.htm)このようなナンバーと出会うごとに、組織の車と思って気にしたり、恐れるなど、本当に馬鹿げたことである。

※2 日本では、まだまだ、精神医療の、病院による抱え込みという方策が十分機能しているので、実感はもちにくいだろうが、欧米では、そのような方策が疑われ、今後も機能していく可能性は薄れている。そこで、「集団ストーカー」(ガスライティング)というのは、病院による抱え込みができないなら、それらの候補者を、社会の中で社会に害を与えるものとして、「支配層」にとって都合いいように、取り込んでいこうという方策の現れなのだと思う。

※3 「集団ストーカー」そのままのような働きをし、子供のさまざまな精神状態にも影響している、「低級自然霊」については、江原啓之の『子供が危ない!』(集英社文庫)を一度読んでおくことを勧める。スピリチュアリズム特有の価値観が、抵抗を感じさせるかもしれないが、「低級自然霊」や「人霊の低級自然霊化」ということの説明は、自分自身の体験に基づいたもので、精神医療の問題にも大きく関わる、重要な「事実」である。

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コメント

古牧和都著の「集団ストーカーと言う被害妄想ガスライティングと言うマインドコントロール」にはかなり詳しい分析がなされていましたよ。
私は前の「集団ストーカー」よりこちらの方がしっくり来ます。
http://www.amazon.co.jp/dp/B00I1II8JS

特定個人や特定の家庭に対する集団的な嫌がらせ現象について思う事です。


私は、見た目は中高年でも、「精神年齢が子供」の人は少なくないと思っています。だから子供でもしないような嫌がらせを大人が特定個人や特定の家庭にしたとしても(勤め人以外の人)なんら不思議な事ではない気はします。

…、実は数年前に私も、「近所の女子中学生」2人組と自宅付近ですれ違った際に「死ねばいいのに」と「ハッキリとしたカツゼツ」で聞いた事があります(ちなみに私は20代の男です)。


その時の自分はいろいろと仕事の問題などでナイーブな心理状態で、「自分に言った?」と思ったものです(あと宗教のしつこい勧誘を全て断り続けていた時期でもあったので)。

カルトナンバーの類いは、本当に精神的に追い詰められた人を「個別的に」病ませる「おまけ」の技術と、私は認識しています。

…おそらく、宗教団体やその他の団体と関係のない大多数の「普通の生活者」が集団ストーカー現象を聞いたら(確認までに私は宗教等とは一切関係をもっていません)、考え過ぎと言われてしまっているのかなと推測しています。

まだいろいろ思う所はあるのですが、とりあえずこのへんで送ります。

記事にも述べたとおり、些細なことを根にもって、嫌がらせをしたり、印象的に気に食わないと思った人に、ほとんど無意識のうちに、何らかの攻撃めいた挙動をしてしまう人というのが増えているのは、確かでしょう。仰る通り、子供じみている人が増えているし、ストレスもいろいろ溜まっていて、人と人の間が、ぎすぎすし、ある意味、一発触発のような状態にあるということですね。私は、これらの状況にも、「捕食者的な精霊」(低級自然霊)の影響が大きくあると思います。実際に、そのような人に、一瞬憑依して、思いのままに、「嫌がらせ」をさせているような場合も、多くあると思います。

しかし、これらは、人間が「組織的」に仕掛けた「集団ストーカー」ではあり得ないし、そうと思うことは、何の意味もないばかりか、「捕食者」や「支配層」の思うつぼです。自ら、疑心暗鬼になって、恐怖心を膨らませ、精神状態をおかしくしてしまうだけです。また、それだけでなく、恐怖心をもってそのように強く信じることが、実際に、それに沿う形の現象を引き寄せやすくなることの方が、もっと怖いことです。

女子中学生の会話は、2人の共通の「敵」というか、共通の嫌いな者に対してのものでしょうし、末端の信者の勧誘を断った程度の関わりで、宗教団体から、「ストーカー」行為が仕掛けられるということも、あり得ないことです。

ただ、このような、ぎすぎすした社会状況は、そう簡単には変わらないので、ある程度耐性をつけることも必要と思います。攻撃めいたことを仕掛けられたと思ったときも、容易にのって、切れてしまったり、逆に、何か自分のしたことが、恨みを買ったのではなどと詮索し過ぎないことです。捕食者的精霊は、そういう心理状態にこそ付け込むので、やはり、ある程度このような現象に関心のある人は、捕食者的精霊のことも知識として知っておくことが必要と思います。

ティエムさんの言われる通りです。私の良くない癖で、被害妄想的で物事を悪く考えてしまう事は、子供の頃から親に注意されてきた事でもあります。

親からは(私が)いろいろ社会の分析をしても「結局家でこうしているという事は社会の影響を受けているカナリヤ体質って事だよ」とか「誰かが何とかしてくれるという甘い考えがダメなんだ」というような事は何回となく言われた憶えもあります。


…、集団ストーカー現象についてもうひとつ思う事になります。

以前、親とこんな会話をした事があります。
私「例えばオレが日中そこの公園のベンチで毎日1時間読書したらどうなるかな?」

親「通報されてパトカーがくるよ」

私「……、試しにやってみようか?」

親「やめときな、ムダなエネルギーだから」
私「北朝鮮みたいな社会だな…。」


以上ですが、地域の行き過ぎた防犯パトロールというものは、被害妄想の激しい人や精神的に追い詰められている人にとっては、デメリットが多いように思います。
…「何度もあの犬の散歩の人とすれ違うよなぁ」、「あの自転車もなんか挙動不審…」などなど、防犯する側が被害妄想なのか防犯される側が被害妄想なのか分かりかねる状況である

ごめんなさい。記事が切れてしまいました。要するに、地域のやり過ぎた防犯パトロールと集団ストーカー現象が繋がっているかもしれないということです。

「防犯する側が被害妄想なのか防犯される側が被害妄想なのか分かりかねる状況」というのは、理解できます。

「防犯パトロール」という、「疑わしい」者を未然に取り締まろうという発想というのは、私も好きではありません。「地域」の「集団」としての「権威」的な意思のようなものを感じるのも事実です。しかし、「集団ストーカー」とはつながってはいないし、今度神戸で起こったような事件で、ますます活発化する方向に行くのも、確かでしょうね。

こんにちは。

あともうひとつ集団ストーカー現象について思う事になりますが、「復讐代行 逮捕」などと検索をするとちらほらとそれら業者が逮捕されているようです。


これについては、どう思われるでしょうか。

金銭が発生すれば集団ストーカー行為を請け負う業者がいてもおかしくはないように思っています。


…また、特定個人に対するネット内での集団ストーカーも、けっこう深刻なレベルであるのではないかと思っています。


…あと集団ストーカー被害者と言われる「騒音おばさん」は、騒音おばさんが病んでいたのが先か「病ませた」のか「双方精神疾患」だったのかは謎ですが、集団ストーカー現象を考える上で良い事例のようです。事件に関わらないシロウトにとって、何が真実かの見極めはホントに難しいです(実体験とネット情報が頼りなわけです)。

「復讐代行」は、以前からあった問題であり、昔は、街のやくざなどが請け負っていたことがらです。現実に、腹いせやあるいは単純なストレス解消など、陰湿な嫌がらせや復讐の仕方が、横行しているのは事実で、それは何度も言うとおり、「人と人の間」がぎすぎすして、互いに攻撃的になっていることの表れです。ネット上での「いじめ」も同じことです。

それらと、「集団ストーカー」なるネット上で煽られる観念を、結びつけないことが肝心です。「集団ストーカー」なるものを行うことが、いかに手間と暇と技術を要するものであるか、多量の人員を要するものであるか、秘密の漏れるリスクを抱えるものであるか、それに対して、実際に行ったとして、ほとんど何の効果も期待できないものであるか、デメリットに対して、いかにメリットのないものであるか、に気づく必要があります。

被害妄想的な傾向のある者や精神的に弱い者を、「追い込む」については、もっと手軽で、人材も要さず、費用もほとんどかからず、リスクもかからない、しかも、実効性のある方法が一つあります。「支配層」の息のかかった者たちは、既にそれを実行しているし、それが本当に「実効性」を有することを、(多分多少の驚きとともに)確認もしています。

それは、それなりにもっともらしく類型化した、「集団ストーカー」なる「観念」を作り上げて、ネットその他の方法で拡散して、人びとの間に広げることです。一定の人たちが、そのような「観念」にリアリティを感じてくれれば、それらの人は、自ら自分を追い込んで、疑心暗鬼になり、被害妄想を強め、自分に起こっていることを、その「観念」に当てはめて、「集団ストーカーの被害者」と信じ込んでくれます。そして、「人と人の間」に、さらに軋轢を生みだすことに貢献してくれるのです。

「集団ストーカー」なる「観念」は、もともと、誰にでも起こる出来事に基づいてできていることに気づくことも重要です。つまり、誰でも、「思い当たる節がある」というより、実際に外に出歩けば、「必ず起こる」ことに基づいてできているのです。だから、それが「ストーカー行為」なのだという「観念」にリアリティをもってしまうと、必ず、自分にもそれがなされていると思うことができるようになっているのです。その意味では、かなり人間心理をついた、「巧妙」なものであり、やはり、「支配層」のそれなりの研究の成果なのだと思わざるを得ません。

こんばんは。

なるほど、そういう支配層の策略があるとは知りませんでした。


私もそれら策略に乗らないように意識して生活するようにしてみます。


長々とお付き合い頂きありがとうございました。


おかげで頭が少し整理されました。

記事で、

「集団ストーカー」(ガスライティング)というのは、病院による抱え込みができないなら、それらの候補者を、社会の中で社会に害を与えるものとして、「支配層」にとって都合いいように、取り込んでいこうという方策の現れなのだ。

と述べましたが、さらに「支配層」は、「集団ストーカー」という主張が周りの者の迷惑になり、危険との意識が高まることよって、「精神病だから病院に行け」という要請が強まることも、期しているのだと思います。結果として、「病院による抱え込み」が必要との認識を強めることに資する、ということです。

どちらにしても、社会との間に、より軋轢を生みだすということの、一つの現れではあるわけですが。

http://www.youtube.com/watch?v=hpfblQN2a-E#t=25

元英諜報部員:
わが国には8300点の文書があり、私自身には2300点ぶんの知識があります。各国政府が発見したことはというと、脳の中に入っていく周波数をモールス信号みたく変えることによって、周波数に特化することによって、精神疾患を誘発できるということでした。真正な精神疾患なのか、誘発されたのか、精神科医でも区別できないほどまで!個々人の脳をターゲットにして 聴覚に幻覚を起こすことも理論的に実行可能ですし、実際によくやられています。精神病の症状を起こしたりもできます。

例えば毎秒6.6パルスで 男性に重い性的衝動を引き起こすことができます。誰かに本当にひどいレイプを犯させることができます。ですから精神疾患のない人でも誰かにそう診断させて精神病院や監獄に入れることが技術的に可能です。体の他の部位を攻撃することもできます。心臓→心臓発作とか肺を攻撃して出血させるとかうまくやればホルモンをコントロールしている体の重要な臓器を攻撃することもできます。

こんにちの政府にとっては、 反体制派とか、気にくわない人々がいたら、ビームを浴びせて 監獄や精神病院にぶちこむのは朝飯前です。もちろんバレません。

この元英諜報部員と名乗る者の動画自体は、それなりに興味深いものです。

しかし、その話が真実を含むものだとしても、世界に2カ国しか保有しない、こんな貴重な技術を、自分に向って仕掛けられていると信じる人は、ものすごい誇大妄想ですね。なぜなら、この「真実」を顔出しで暴露したこの人物にして、未だやられていないほどのことをやられたと言っているわけですから。

ティエム様、ご無沙汰しております。私は判断力が落ちる時があり、今回の文章を読んでスッキリしました。タカ様の「おかげで頭が整理されました」に共感します。有難うございます。

この数日機械疲れを感じ、極力機械から離れておりました。

田舎ですので山道を歩くと虫たちに会えます。一緒にお散歩しました。指を伸ばすと、赤とんぼがとまりました。

すすきが一斉に風に揺れて輝き、風が止むと静まりました。
秋の夕暮れも価千金です。

みるくゆがふさんありがとうございます。

機械と関係しているか分かりませんが、ネット情報というのも、便利な面はありますが、混乱させたり、疲れさせる要素も多いですね。また、実際に、混乱や不安、恐怖を煽るべくネットを利用する者たちも、紛れ込んでいるので、注意する必要があります。

混乱したとき、疲れたときは、私も自然に触れるのが一番だと思っています。


妄想だったら録音・録画できません。
段々、常に死ねとかザマー○ロと言われてるかもしれないと警戒させて、
気になる様に仕組んで来るんですよ。
探してない時は、特定キーワードの本のタイトルや本分が目に入らないのと同じです。

何か事あるごとに、ザマー○ロを繰り返します。
買い物してて500円値下がりして、私が損をすると大喜び。
(実際、運営だったら400円以上割引してるので損してないのが分かると思います。)
アホかって思う様な事に真剣に大喜びするんですよね。接点が無いのに。

楽しくないのに嘲笑しまくったり、真剣に睨みつけたり。
時々慣れてない加害者が来ると芝居臭いですが。

何かの申込締め切りでどうしようか悩んでたら、その日に頻繁に
ザマーミロ ザマーミロ
と通す過ぎる感じですね。普段は嘲笑、咳払いが多いので、パターンを変えたり、仄めかしの言葉を変えたりする。家族にも教えてないので、何でだろ?と考えさせたりして気がつかせます。室内も同じ事をします。

これが目に見えない嫌がらせや、電気が消えて数分後に外で仄めかして苛々させて眠れなくする等、しつこくて陰湿です。


こういうのマインドコントロールっていうそうですね。
凄く下品に笑う人間が多いので、それが一種の合図になってると思いますが、たまに育ちのせいで親に注意されずに、変な笑い方をする人も居るので無視しか無いですけど。

まず確認ですが、決して私を笑わせようとして、「ネタ」で言って来ているのではないですよね?

一応、マジに答えておきますが、そこまで、一人の人間を徹底的に監視できる(物理的な意味ではなく、動機の問題として)存在は、この世にはいません。たとえ、あなたに深い恨みを持っている人がいたとしても、そこまで「四六時中」監視するだけの暇と根気は持ち合わせていないでしょう。まず、そのことに気づいてほしいと思います。

「妄想」というのは、そのような「声」を聞いたり、自分を精神的に追い込んでいくような現象が起こっている、ということについて言っているのではありません。そのような「現象」を、特定の人間や集団が行っているという、無理な「解釈」を確信して、他の可能性を顧みないことについて言っているのです。

「見えない」レベル、「霊的なレベル」でなら、ある人物に「嘲笑」や「仄めかし」など、徹底的に嫌がらせの「声」を聞かせて、精神的に追い込んでいき、それによって生じる恐怖と葛藤をエネルギーの糧にしている存在はいくらでもいます。あなたも、「家族にも言ってもいないこと」で「仄めかしてくる」と言っているように、このような存在は、人の内心を読むのが得意ですし、人が自分らの存在を知らないのをいいことに、人の背後で、あたかも、その人物がそのようなことをしかけてくるように見せかけることも、得意です。

単独でよりも、「集団」で働くことが多く、まさに、「集団ストーカー」そのままを、「本職」としているような存在なのです。一般には、「低級自然霊」と言いますが、それは、まさにあなたの言っているとおりのような行動をするのです。

だから、あなたの場合も、このようなことが起こっている可能性が高いと、私は思います。このような存在は、まさに、「陰湿」な仕方で、「自ら追い込ませる」ことしかできないので、そのことに気づいて、特定の誰かや集団に迫害されているわけではないと気づくことができれば、威力を失い、大した働きかけもできなくなります。もちろん、このような「働きかけ」は、無視するのが正しいですが、それも、比較的容易に出来るようになります。

しかし、現実の人間や集団に、常軌を逸した「ストーカー行為」をしかけられていると思い込んでいる限り、その苦痛や心労から逃れられることはないでしょう。

以上のような、私の考えについて、どう思われますか?その可能性を考えてみる余地はないですか?

①盗聴・盗撮して、その内容を被害者に仄めかす

②被害者が被害を訴える

③被害者を精神病扱いする

支配層がこのような社会的抹殺システムを用意している可能性はありませんか?

実際、盗聴・盗撮機器など秋葉原で腐るほど売られているし、エドワード・スノーデンによる
内部告発もありました。
それにもかかわらず、盗聴・盗撮被害を訴えると、判で押したように精神病扱いされるのが、
この社会の習わしです。
これって、支配層による策略ではないですか?

集団ストーカーを「精神病捏造・誘発工作」と捉えたら、どうでしょう?
あなたは、その存在を否定できますか?

個性の強過ぎる人間,権力に盾突く人間などを間引き、社会統制を図るための
手段が、集団ストーカーだったりするんじゃないですか?

残念ながら、「支配層」が直接「どうでもいい」個人をターゲットにして、「抹殺」にかかるという発想が、あまりにも「誇大」過ぎます。また、「仄めかし」などという不確かで、あやふやで、コストがかかり、実効性のない手段で行うというのは、あまりにも「非現実的」に過ぎます。

ただし、ネットなどを通じて、「集団ストーカーという現象が存在する」と思わせることは、大したコストもかからず、そう信じる人が、自ら精神を病み、周囲と軋轢を深めて行く、という意味で、十分実効性のある戦略です。

もし、「仄めかし」ということに、どうしてもぬぐい去れない、「リアリティ」を感じているなら、人そのものよりも、背後にいる霊的存在を疑うべきです。彼らにとって、そう思わせることは、あまりにも簡単であり、また彼らはそうすることで、人の不安や恐れの感情から、エネルギーを得ていますので、人を選ばずそうすることにも意味があります。

実は、これは、「統合失調」的被害妄想全般に潜む問題なのです。こういったものを単純に、「精神病」で片づけようとすることは、確かに「支配層」の戦略でもありますが、「厄介なもの」に関わりたくないという、一般的傾向でもあります。

①集団ストーカーが一般人をターゲットにすることの必要性について

現在の支配体制は、様々な欺瞞・矛盾・不正義によって成り立っています。
例えば、支配層の御用機関であるマスコミは、真に重要な報道をしてくれないばかりか、
事実を歪曲し国民をミスリードすることもあります。

そのような様々な欺瞞・矛盾・不正義に気づき、それを正そうとする一般人も
少なからず存在します。
支配層が、これらの資質を持つ人物(例え、一般人であれ)を弾圧の対象に
することなどあり得ない、と言い切れますか?

支配層が、一般人を監視・弾圧することなどあり得ない、
と言い切れますか?

②集団ストーカーの実効性

悪評流し,盗聴盗撮情報の仄めかし,住居侵入など。
これらをやられて、精神的に動じない人など、そうそういません。
とても、効果的な弾圧手段だと思います。

更に、被害者が精神科医にこれらの被害を訴えると、
精神科医は統合失調症と診断してくれます。
これで、被害者は精神障碍者として、社会的に抹殺される
わけです。

③集団ストーカーのコスト

集団ストーカーが支配層の暴力装置であれば、コストの心配は
ないでしょう。

集団ストーカーという公共事業に税金が投入されていると考えれば、
集団ストーカーという採算を度外視した工作の存在も、矛盾なく
説明できます。

論理の飛躍というよりも、まったく論理としてすら、成り立っていません。

また、一般の人が信じないことがらについて、多くの人を納得させるには、通常以上の説得力が必要となることも分かっていません。

もし弾圧するというなら、一般人を弾圧対象とする前に、弾圧対象にすべき人は、山ほどいます。そういう人は、危険を意識しつつも、それなりの調査と研究に基づいて、一定の影響力を発揮しながら、支配層に都合の悪い情報を発信しています。「集団ストーカー被害」というのは、そういう人たちに対しても、あまりに失礼な発想です。

質問に答えて頂きます。まあ、答えたくないのなら、答えなくてもいいですよ。

①あなたは、一般人が監視・弾圧の対象になることなどあり得ない、というお考えですか?

②そうお考えなら、東ドイツにおける秘密警察「シュタージ」が一般人を散々な目に遭わせてきたことを
どのように説明されますか?

「シュタージ」は過去の遺物あるいは共産圏特有の事象だと説明されるのですか?

③あなたは、日本の公安警察が「シュタージ」に類似した活動を行っている可能性を否定
されますか?

④もし、その可能性を否定されるのであれば、その合理的根拠を示してください。

⑤あなたが、公安警察のドンだとします。一般人である僕が、「イスラム国の首謀者はCIAの工作員だ」という
噂(真偽のほどは別として)を流したとします。それでも、あなたは僕の言論を野放しにしますか?

⑥最後に(これは冗談ですが)。あなたは、一般人の言論のパワーをあまりにも軽視していませんか?
それって、一般人に対して物凄く失礼だとは思いませんか?

以上。あなたお得意の詭弁なしで、質問にストレートに答えてください。
まあ、答える気がないのなら、答えなくてもいいですよ(笑)。


質問に関しては、私のブログの記事を読めば分かることか、まったくこの問題と関わりない馬鹿げたものです。残念ながら、相手にする気もありません。

他の、この問題について一応とも考えている人のために言っておきますが、ポイントは、「集団ストーカー」なるものの被害を訴えかけることは、「支配層」を攻撃しているようにみえて、実際には「支配層」の思うつぼにはまっているばかりか、「支配層」に加担することになっているということです。

まあ、普通は、そんなことは信じませんが、一定の状況にある人たちに対しては、そのようなことがあるかに思わせるだけで、効果を発揮するということです。

また詭弁ですか?

要するに、僕の質問に答えることができない訳ですね(笑)。

僕は、真実を追究する勇気のない人間には興味ありません。

さよなら!

人のブログに、記事をよく読みもせず文句をつけてきて、意見を言われると、自分を正当化する反応しかできず、都合が悪るくなると、また文句を垂れて逃げ出す。

こういう人が、「集団ストーカー」を訴えかける人の代表と思っていいのでしょうか?

まあ、いなくなってくれて、ありがたいですが。

「集団ストーカー」の被害を信じている人に対して、何かの役に立つかもしれないので、わんぱく氏の(自分を正当化するために用意した)質問に対する答えのポイントだけ、述べておきます。

当たり前のことですが、それは、「論理のすり替え」以外の何ものでもない、ということです。支配層や権力者が、一般人を監視・支配するという問題と、その方法として「集団ストーカー」なるものが行われているという問題は、全く別の問題です。むしろ、一般人を監視、支配するなら、「集団ストーカー」なる稚拙で、実効性のない方法をとるはずがないということなのです。

そう「言い切れるのか」というのも馬鹿げた反応で、そうでない可能性が高いのに、なぜそうまでして、「支配層」なり「権力者」なりに、集団ストーカーされていると信じなければならないのかということです。

何度も言うように、道ですれ違う人など、「集団」で「仄めかし」をされているという感覚をもってしまうこと自体は、いくらもあることです。問題は、なぜそれが、「支配層」や「権力者」の「ストーカー」でなければならないかということです。それは、そうでなければ、困る心理的理由があるからです。自分が陥っている、「訳の分からない」事態の理由がつく、それも、自分が「被害者」ということで゜自分を立てる形で、理由がつくとうことが重要なのです。

それは、偶然や、思い違いであってはならないのはもちろん、何か「未知」のことであってはならないし、私が言うような、オカルトじみた「霊的存在」の影響などであってはならないわけです。

その心理自体は、私も認めますが、そのような内的心理を顧みることなく、他人を攻撃したり、自分を正当化するばかりの人には、私もちよっと言ってやりたくなります。また、繰り返しますが、そのような「被害」をもっともらしく訴えかけることは、「支配層」の思うつぼであり、むしろ「支配層」に加担することになっているということです。

「集団ストーカー」をされているという感覚にlリアリティを感じている人は、是非、一度、原点に戻って(「解釈」をするのではなく)、その感覚がどこから来るのか、じっくりと考え直してほしいと思います。それが、難しいことはよく分かるのですが。

私以外の被害者の皆さんは「被害を訴えると頭がおかしいと思われてしまう」恐怖感を持っていて、
私に対しても「あまり言わないほうがいい」って口止めしてたみたいだけど、

そもそも誰かに被害を打ち明けてみたことありますか?
私は何処の誰に話してもキチガイ扱いされたこと無いんだけど。

集スト被害者ブログには、被害を訴えたら警察から精神病院へ直行になった話とかが出てるけど、
2014年7月に私が乗った総武線車内から小岩駅にかけて行われた『劇団員による茶番』で
集スト被害者役と思しき30歳前後の女性が「お前ら全員グルだ!」と喚き立てて、
女子高生風の女の子を蹴ったりしてたけど、
別に精神病院行きにはならなかったみたいだし、

それに、私が理路整然と犯罪被害を訴えてるのに、あまりにもわけわかんない対応をする
小岩警察署の生活安全課の刑事さんに対して、私は何度か怒鳴り散らしてるけど、
別に精神病院送りなんか1度もならなかった。

私は今まで誰にでも被害状況を話してみて、誰も私をキチガイ扱いしたことは無いし、
近所のオバ様達は「うちにも変な音が聞こえた」だの、
うちの裏のマンションに住む工作員らしき女性から「あまりこっちを見ないで」と言われただの、
みんなで互いに被害状況を共有してる。

集ストというもの自体初耳な人達は「何それ!」と驚いて詳しく聞きたがったし。

「被害を訴えると精神病院送りになる」という被害者ブログの内容は、
被害者達を黙らせて犯罪露見を防ぐ目的のデマだと思う。

「『精神医療に葬られた人びと』の追加等」という記事に述べたことですが、本来こちらに総括として述べるのがふさわしいものなので、こちらにも転載しておきます。

(転載開始)

多くのコメントがついたこともあり、簡単に概観的なまとめをしておきます。

「集団ストーカ」にしても、「テクノロジー犯罪」にしても、自分の内面に起こっている、ある「異様な感覚」の原因を、物理的な外界に、無理やり探し求める「解釈」をしている点では同じです。その点では、「CIAに狙われる」などの、典型的な「妄想」と何ら変わらないものです。ただ、その「妄想」の内容が、ネットのような情報技術の進歩と情報を煽る勢力の影響により、ある程度洗練され、具体的に定型化される形で、かなりの者に共有されるものになってきたというだけのことです。

しかし、その外界に原因を求めることの「無理」は、どうしても、その内容に、矛盾や飛躍、異様な印象として、出て来ざるを得ないものです。

もちろん、だからと言って、その原因は、「病気」にあるというのも、ただのイデオロギーに過ぎず、いわば、外界に原因を求めることから来る社会的害悪を、葬り去ろうとするものに過ぎません。両者の見方は、互いに反目し合う、対抗関係にあるといえます。

それでは、その原因を、直ちに、霊的なものに求めるのがいいのかというと、必ずしもそういうことではありません。私が常に言っているのは、内面に、何か攻撃を仕掛けられているかのような、異様な感覚を生じた場合、いきなり外界に原因を探るのではなく、その感覚そのものにもっと注意を集中して、じっくり見極めるようにするということです。そのような「見極め」によって、曖昧だったり、漠然としていた印象も、それなりに明確になってくるので、その時点で、始めて、原因を探ることもできるようになるということです。

そのような方向で、内面への注視が習慣づけられれば、自ずと、外界への一方的な志向は抑えられ、すぐに外界に原因を探ろうとする傾向は、抑えられます。そして、内面に起こっていることが、ある程度明確になってくるのに従って、その原因を外界に求めることの無理も明白になってきます。

そのような結果として、私としては、自ずと、霊的なものに原因を探るしかないと思わずにはいられなくなると思うのですが、もちろん、それは人それぞれでしょうし、もし違う理解に至る方途があるというなら、それを示してもらえばいいことです。

いずれにしても、外界に原因を求めることの「無理」と、それこそが、問題を拡大していることには、いい加減気づくべきだし、反対に、「病気」ということで、分かったことにして、葬り去るのも、いい加減止めてほしいと思います。もう一度言うと、両者は、互いに反目し合う、対抗関係であると同時に、互いに助長し合う、依存関係にもあるのです。

2014年10月11日

MIBおよび集団ストーカー現象の体験者です。
自身の身にかつて起こった不可解な現象を、このブログはほぼ完璧なまでに解き明かしてくれました。なるほど、被害妄想を抱かせるのが彼らの狙いだったのですね。

自分語りを少しさせてもらうと、当時の私は、ネットにあふれる「陰謀論」的な情報にのめり込んでおりました。このことが捕食者なる存在を引き寄せたのは、どうやら間違いなさそうです。彼らのなかには、物理法則を無視した超能力を見せつける者もいましたが(財布の中から切符だけを盗みとる、等)、これもガスライティングの効果を狙ったものでしょうか。

その他、レア度の高い体験としては、自宅の室内でもポルターガイストのような怪奇現象が、同時に多発しておりました。怪談でおなじみのラップ音や、天井にあるライトの不自然な点滅、水道の蛇口から流れる血のような液体など、いずれもホラー映画じみたものばかりでしたね(床に転がっていた呪いの藁人形を、それと気付かず捨ててしまったことが今でも悔やまれます…)。

これらの不思議な体験に強い衝撃を受けた私は、次第にオカルトの世界に傾倒していきますが、そこでも彼らの仕掛けたワナが待ち構えておりました。たとえば、心霊現象を研究したその日に幽霊を目撃する…、寝ている間に体外離脱のようなものを経験する…といったものです。これは自身の霊的パワーが開花したというよりも、何かしらの外的な要因によって、強制的に体験させられたという感覚があります(現象に再現性がまったくないため)。
その後の私はというと、根拠の定かでない「スピリチュアル」情報に振りまわされ、常識から逸脱した行動をよく繰り返しておりました…(涙)。

一連の出来事をあらためて振りかえると、やはり非日常的なものへの興味や憧れが、捕食者らを呼び寄せたのは確かなものと思われます。別記事にあるシュタイナーの言葉を借りれば、陰謀論はアーリマン(=妄想への誘導)、スピリチュアルはルシファー(=神秘への誘惑)による支配を強める作用がありそうですね。過去の自分の人生においても、これら二系統の悪魔につくづく翻弄されてきたな…という実感があります。

また、今でも終わらない現象として
「見えない存在からの霊的サイン」というのがありますが、
本記事のテーマからやや逸れるため、別の機会に報告させてもらいます。

コメントありがとうございます。

このような内容のコメントの場合、私としては、2つの対応があり得ます。一つは、解釈自体が妄想的に突っ走っている(客観的な事実とは言い難い)と考えられるため、とにかく落ち着いて、あまりその方向で解釈しないように誘導するような対応です。しかし、今回の、アルマジラさんのコメントは、大枠で本当に起こっていることと感じられるし、体験の当時は振り回されたかもしれませんが、もはやそれらに振り回されているわけではなく、それらを冷静に振り返ることのできる状態となっていると思われるので、その方向で、別にそれらの体験をあえて避けることをせずとも、引き続き、認識を深めていったらいいと思います。

その方向で認識が深まっていけば、起こる現象自体も、あまりおどろおどろしくない、穏やかなものになり、また頻度も減ってくるものと思います。さらに、起こっても、さほどそれらに捕らわれることはなくなってくると思います。それらの現象は、霊的な世界と交わる初期には、必ず起こる試練のようなもので、それを通して、そのような認識を深めるためにこそ起こっていたという風に考えてもいいものです。

「一連の出来事をあらためて振りかえると、やはり非日常的なものへの興味や憧れが、捕食者らを呼び寄せたのは確かなものと思われます。別記事にあるシュタイナーの言葉を借りれば、陰謀論はアーリマン(=妄想への誘導)、スピリチュアルはルシファー(=神秘への誘惑)による支配を強める作用がありそうですね。」

という文には、非常に的確なことが述べられていると思います。今後は、単なる「興味」や「憧れ」でなく、もっと地に足の着いた探究心をもって、また、アーリマン的なものやルシファー的なものに偏らない行き方で、それらの現象に接していけばいいということです。

なお、現代という時代は、多くの人にとっても、霊的な世界とこの世界が交わりやすくなっているので、このようなことは、多くの人にとっても参照になることと思います。

ティエム様

ご返信ありがとうございます。

前回の自分のコメントですが、
過去にあのような体験を文章にするという経験がなかったため、いささか支離滅裂な点もあったかと思われます。文意を汲み取ったうえで内容を信じてくださった事に、まずはお礼を言わせてください。ご助言としていただいた「もっと地に足を着けた探究心」という言葉は、いまの私にもっとも欠けているものとして、真摯に受け止めさせていただきます。

今後の探究の進め方としては、
(これまでは日月神示の流れを汲むものや、旧約/新約聖書などが中心でしたが)ティエムさんが考察対象とされている「闇」や「虚無」と呼ばれるものにも目を向けたいと思っています。この本質を捉えることが、自己のあり方や社会との関係、ひいては地球のシステムや宇宙の法則さえ解き明かすのではという可能性すら感じております(もちろん地に足を着けることは忘れずに)。

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