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2014年4月 9日 (水)

加藤清の「狂気論」「治療論」

加藤清という精神科医は、日本では珍しく、霊的なものや宗教的なものへの理解を踏まえて、分裂病へのアプローチをしていた者である。薬物療法が主流となる前の時代に活躍したという、時代性にもよるだろうが、精神科医として、治療の実績も、海外での評価も高いようだ。当然、私も前から注目はしていて、前の日記でもとりあげたことがあった。ただ、今ひとつ、分裂病の理解ということに関しては、十分つかみにくいところもあった。

しかし、今回、晩年の講演ビデオ( http://www.youtube.com/watch?v=5WXXpruRE0g )を見たり、本を読み返してみて、やはり、この人は、分裂病を深く理解していたということを改めて感じた。ビデオは、一般の人へ向けて、本ではあまり明確に語らなかったことも語っていて、貴重である。

今回の記事は、このビデオを導入にして、加藤の狂気や治療に対する考えの基本を、分かりやすく浮かび上がらせることを主眼にして述べたい。本では、多少難しい概念的な説明や、独特の感覚的な表現もあるが、これはかえって、混乱を招くもとともなるので、あまり言及しないことにする。(一応、紹介しておくと、『この世とあの世の風通し』(春秋社)という本は、対談形式で、加藤の狂気や治療に対する考え方がひと通り述られている。)

ビデオは、「狂気」というのは、(実は、あらゆる「病気」はそうなのだが)「イニシエーション」であること、「創造の病」であることを、明確に語っている。つまり、「狂気」というのは、単なる「病気」などではなく、乗り越えるべき、一つの「試練」であり、「創造」のための過程ということである。

「イニシエーション」とは、これまでみてきたように、「死と再生」の過程でもあり、それは、何ほどか、これまでのあり方における「死」を迫るものである。が、それを通して、全体として、新たに「生まれ変わ」り、生き方やものの見方の根本的な変革をもたらす。それは、単に「健康」ということではなく、もはや、「健康以上の健康」を意味する。あるいは、それは、新たな「創造」をもたらす。

加藤は、10才の頃、結核を患い、医師に死を宣告されたということで、死と本気で向き合う経験をしている。また、その際、死んだ祖父の霊を間近に体験したりもしている。それで、その後、「この世とあの世の風通し」が、よくなったという。つまり、「霊的なもの」の影響を、この世においても、身近に感じて生きるようになった、ということである。後の生き方や、分裂病理解にとっても、それが大きな基礎になっているという。(しかし、「キツネはいいが、タヌキはアカン!」というのは、いくらなんでも…(笑)。)

そのように、死と本気で格闘し、また霊的な体験をすることで、自分自身の生き方やものの見方に、大きな変革を遂げた。つまり、それ自体が、「死と再生」の、一つの「イニシエーション」となったわけで、そのとき既に、分裂病といわれるものも、このような過程と関係するのではないか、と思ったという。

本では、分裂病にとって、「死」ということが、治療にとっての大きなポイントになるということが、述べてられている。一般に、「治療」とか「改善」とか言われると、このような視点は抜け落ちてしまうだろう。しかし、これは、本当に、重要な視点である。つまり、分裂病にとっては、それまでの自分に、「死に切れる」か否かが、混乱状態から抜け出れるかどうかの、分かれ目なのである。「死に切れ」なげれば、その死にきれない自分の混乱が、あとを引きずり、新たに「生まれる」ということもできない。そのためには、それなりの苦痛や危険が伴うのは、当然のことである。

「死に切る」とは、いたって個人的な事柄であり、その者自身の問題である。ただ、その「死に切る」ために、その者の根底に働く「なにもの」か、あるいは他の者が、何らかの「支え」を提供することはできる。実は、それが、後にみるように、「治療」ということになるのである。人を、「死に切らせる」ことを「支える」などのことは、もちろん、並の人間にできることではないわけだが。

ビデオでは、沖縄のシャーマンの話や、大本教の出口なおの例がとりあげられている。そのように、シャーマニズムや禅その他の超越的体験、ユングなどに関心を寄せたのも、加藤自身の霊的な体験がもとにあり、それらが、分裂病理解のために、大きく資することを、感じ取ってのことである。実際、分裂病においては、これらの体験と何が共通し、何が異なるのかをはっきりと捉えることが、理解の鍵となる。一般の精神科医は、こういったものに、何の関心も、理解も示さないことだろうが、それは、致命的に、治療からかけ離れている。

前々回、ナバホのメディスンマンの話をとりあげたが、河合隼雄は、メディスンマンに、分裂病の場合はどうなのかという質問をしている。それに対しては、「本人が本当に治ろうとするなら、治る」というのが、答えであった。そのように、「本人が治す」というのは、よく言われることでもありながら、必ずしも、明確なことではない。

それは、単純に、自分の意志で治せるというような、簡単なことではない。メディスンマンも、癒しの儀式では、自分が治すのではなく、自分や儀式の場に、外から「聖なる力」が働いて、治ると述べているのだから、単なる「自力主義」ではない。ただ、そのような「外部的」な、一種の「他力」的な「力」が働くにしても、本人に「治る」(「生まれ変わる」)意志があって、それに協力しなければ、治ることも起こらない、ということになるだろう。

加藤も、「治療」ということには、そのような一種「他力」的な、「力」の働きを認めている。そして、それを「寂体」と呼んでいる。これは、「根源的主体性」とも言われるように、根源的には、その者本人の根底に働く力でもある。しかし、同時に、自然の背後に働いている力ともされ、いわゆる「自然治癒力」と言われるものの、実質ともいえる。だから、加藤は、治療にとって、その者を包み込むものとしての、自然環境の影響ということも、重視する。いずれにしても、それは、通常の「自己」の視点からすれば、それをはっきりと越えた、「他力」的なものである。

さらに、「寂」という言葉からも分かるように、そこには、禅などで言う、「無」という要素も含まれていて、私の言う、「虚無」や「闇」とも通じる面をみている。ただ、私がみてきたような、「破壊性」はほとんど強調されずに、全体として「支える」、「包み込む」という面の方が強調されている。つまり、「治療」ということに向けて、目的的というか、予定調和的な面が強調されている。その点は、やはり、「治療者」としての立場の影響もあることだろう。何しろ、その点においては、「虚無」というよりも、ユングのいう、「自己(セルフ)」や、木村敏のいう「根源的ないのち」に近いかもしれない。

根源的には、そのような、自己の根底でありながら、「他力」的な働きが、人を狂気に陥らせるのであると同時に、「治す」ものともなるのである。それは、「ホールディング」(包み込む)というあり方で、治療の場に作用し、狂気に陥った者を、「死」に向かわせると同時に、最終的には、新たな「統合」へと向かわしめる。

ただ、その全体としての、包み込みの「場」には、先にみたように、患者本人の意志や、自然の環境、他の者の関わりなども、大きく影響する余地がある。治療者も、また、そのような「包み込み」の「場」に、協働的に関わることで、本人の最終的な「統合」を、補助し、「支え」ていくことができるのである。

だから、分裂病の治療とは、単純な行いではなく、そのような「寂体」の働きに対して、開かれていて、協働できる、資質と経験のある者でなければできない。それは、ほとんど、癒しの儀式をとり仕切るメディスンマンと、同じような資質を必要とするともいえる。

加藤は、「セジ」(「霊位」を意味する沖縄のユタの言葉)が高くなければ、分裂病の治療はできない、と表現している。しかし、これには、もう一つ理由があって、分裂病の患者は、治療者の「霊位」を見抜くからでもある。患者が、自分より「霊位」が低いと思ったときには、その者の治療に、協力的に関わることはないのである。

このように、分裂病の治療には、その者の個性とか、資質が大きく関わるから、その方法を一般的に客観化するということは難しい。どのような場合に、治癒がなされ、どのような場合には、なされないかということについても、同様である。

加藤の、そのような「個性」というか、「資質」の一つは、興奮して騒ぎ立てる分裂病の患者を前にして、いきなりゴミ箱に入って、土下座した、という伝説的エピソードにも現れている。それで、患者はおとなしくなったという。

加藤に言わせれば、それには意味があり、自分は、「ごみ」のようなつまらない者だが、相手の「寂体」に向けて、分裂病を治してもらえるようお願いした、ということである。

恐らく、それは、後づけ的な説明である部分も多く、この行動そのものは、とっさの「知恵」として、生まれたものなのであろう。そして、実際、こういう、(分裂病者の行動以上に?)突飛な行動は、ときにショック療法的に、分裂病者を、「正気に帰らせる」ことがあるのである。もちろん、それが、本当に「効く」かどうかは、その者の「個性」または「資質」によるわけだが。

そのように、本来、分裂病の治療ということには、治療者の個性とか資質というものが、大きく左右する。そこで、そのような、厄介なものを必要とせず、ほとんどマニュアル的に対処できるように思わせる、薬物療法というものが、重宝がられることにもなるのだろう。実際、加藤本人も、その治療論も、最近は、ほとんど顧みられることもなく、薬物療法のようなものに、完全に取って代わられたということがいえる。

しかし、加藤にしても、治療の方法論が、個性や資質によるものとして、全く伝えられないことになることは、望んでいないはずである。治療の本質には、個性や資質が大きく関わるにしても、その基本的な考え方や方法論を、ある程度知識として伝えていくことは可能のはずである。

恐らく、この講演ビデオも、そのような意図のもとに、できるだけ分かりやすく、明確に語られたものと思う。

私自身も、治療者の関わるような治療論はともかく、狂気論を詳しく述べている。それは、基本的には、加藤と考えを同じくするものだが、異なる面もあり、むしろ、より具体的で総合的なものと自負している。これも、本来、語ることの難しいものではあるが、やはり、伝えられないことには意味をなさないので、できる限り、分かりやすく、明確に語ることを重視していきたいと思う。

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コメント

ティエム様、日本の精神医療領域にかつてこのような医師が居られたとは驚きです。勉強不足で存じ上げませんでした。

「霊性回復術」と呼ばせていただきたくなります。

文を読み返し、読み返ししながら加藤医師の「狂気の際(きわ)」をしんから見つめる眼差しを感じます。

「精神医学」「治療」「患者」「分裂病」と書き表されているのは慣例で便宜上やむ無く使用するに過ぎない表現、

「各々のありようで人を妨害し、圧倒し、支配する『闇の存在』」「各々の理由で変性意識に身を置き自己コントロール困難となった『人』」と、加藤医師は、「真剣に、対等に」向き合われて居られます。これは「治療者と患者」とは別次元と私は思います。向き合われる瞬間から、素の「人」になり尽くして居られるようです。

すごいことです。テクニックが寸耄でも入っていると、相手には伝わらないと思います。

訳の分からない様相で狂っていても、そこに意味があり、訴えかけがあることを感受されるアンテナに感嘆します。

狂う「人」と「闇」とを前に、なにかを詫びる、詫びさせてほしい。詫びる体現のよすがとして、せめてごみに埋もれていきたい…ごみに飛び込み、顔を埋め土下座してまでも。凄まじい真剣勝負そのものです。

加藤医師は「その時」が来たらいつでも「死ぬ心づもり」が出来ている姿勢であったことが、迫真をもって浮かび上がってきます。

少し話からそれますが、よく人様から「なぜ人間にとって『狂気』が『病気』ではない、と確信をもって言えるのか?」などの質問をいただきます。
「現実世界のみを対象として説明しますと」と前置きして色々答えております。

一例として、「喜、怒、哀、楽、など、人には感情、こころがあります。この感情が何らかの理由で、日常生活の範疇から著しくあふれ出す状態、例えば、狂喜、怒り狂う、狂い泣き哀しむ、熱狂し楽しむ、など。

これら『人の狂いよう』は、程度はあっても『人の生きざま』として、個人の身の上に普遍的に起こりうる姿です。かつ、個人がすすんで自ら起こし得る姿でもあります。

『狂いよう』を本人や周囲がどう対処するにしても、これらを『病気』とレッテル貼りすることは決してあってはならない、それは人間存在そのものの否定だと思います。」

さらにこれからは、「かつて精神医学界には加藤清医師が居られ、臨床において志をもって真剣勝負をなさった」ことも話すことが出来ます。

少し冷静に考えると、加藤医師の日常診察における向精神薬投与の状況(方針)については、やはり知りたくもあります。

恐れ多いですが、志において「現代の精神科医」とは根本的に違う先生、と拝察しております。本質的には宗教者、哲学者、仙人の世界の先生でいらっしゃるのかも知れません。

みるくゆがふさんありがとうございます。加藤医師について、予想以上に深く理解されていること、うれしく思います。

私も、精神医学界という困難な環境に身を置きながら、その志を貫き通して活躍された加藤医師の存在は、「奇跡」のようなものと思います。

ただ、精神薬が主流になる以前は、狂気または分裂病を理解したいという志で、精神医学を志す人もかなりいたようではあります。しかし、現実には、その志がからまわりしたり、能力がついていかなかったり、結局は、精神医学にからめとられたりして、貫くことのできない人が、ほとんどなのだと思います。そんな中で、加藤医師が志を貫くことができたのは、やはり「「その時」が来たらいつでも「死ぬ心づもり」が出来ている姿勢であったこと」が大きいと思います。記事でも述べたように、10才の頃の「イニシエーション」の体験が、その基礎になっているということですね。

ただ、加藤医師も、霊的な事柄や一般に分かりやすい形で自分の率直な考えを述べるようになったのは晩年になってからで、それまでは、ある程度精神医学という学問の枠組みに気を配りながら、自分の説を概念的にくるんで提示するなど、いろいろと苦労はしていたようてす。その意味では、「知恵」というよりも、現実的なしたたかさのようなものも、持ち合わせていた人なのだと感じます。

「病気」については、どんな「病気」でもそうと言えますが、「病気」なる「もの」が存在するわけではない、ということが、なかなか理解されないようです。あまりにも、医学の見方が人びとの日常に浸透してきて、「病気」なるものがもはや本当に存在するかのような「現実」が作りだされているということですね。

「病気」とは、人間が与えた、一つのマイナスの「価値判断」であり、「評価」以外のなにものでもないはずです。そして、そこには、医学の影響により、「取り除かなくてはならないもの」という意味合いが、強く込められてもいます。そのような意味合いの「病気」という概念を、人格に結びつく精神的な領域に使うこと自体が、酷く恐ろしいことだという風には考えないのか、不思議に思います。

加藤医師の精神薬に対する考えは、1990年頃ですが、「鎮静させるのみ」という面が強く、大人しくさせることによって、「患者の自己表現をなくしてしまう」ということか述べられていました。LSD療法によって、むしろ患者の自己表現を拡大しようとしたことは、こういったこととも関係しているかもしれません。だたし、精神薬を、実際に、どの程度、またどのように使用していたかについては、よく分かりません。次回にも、また少し、このLSD療法について述べるかもしれません。

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