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2013年2月17日 (日)

精神科医、カウンセラー主導による「虐待」の訴訟

前回、「支配層」による「子供」の直接「支配」(実質は「弱体化」なのだが)が、まさに実行に移されているということをみた。

前回は、「児童相談所」による子供の拉致をとりあげたが、このような例は、ほかにも、いくつかあげることができる。「発達障害」その他の、子供の障害を増やして、子供を直接「精神医学」の対象としようとすることも、そのひとつの表れといえる。また「ワクチン」の種類を増やして、義務づけることなども、そのひとつといえる。

さらに、これはアメリカの例であって、日本では考えにくいものだが、「児童相談所」による子供の拉致と同様、「虐待」に絡む、「介入」ないし問題拡大の例として、次のようなものもある。(アメリカで一昔前に、相当広まったことのようであるが、現在どのようになっているかは不明。日本でも似たことがあったのかどうかも不明)

精神科医またはカウンセラーが、子供あるいは既に成人した人の相談を受ける際、催眠療法で幼児の頃の記憶を呼び起こし、親から「虐待」されたことを思い出させ、現在抱えている問題は、その虐待が原因であるとする。そして、何と、その親を訴訟で訴えて、損害賠償を取ることを指導するというものである。それも、主に、父親による娘への「性的虐待」が多く、その「おぞましさ」、「ショッキングさ」が強調されるものになっている。(矢幡洋著『怪しいPTSD 』参照)

カウンセラー社会、訴訟社会たるアメリカならではの出来事だが、これには、いくつかの問題がある。

まず、「催眠療法」だが、「年齢退行催眠」というのは、確かに忘れられていた子供の頃の記憶を呼び起こす作用というのはある。しかし、それは、多分に術者の暗示や誘導による影響を受けるもので、「作られた記憶」になることも多い。だから、「虐待」の記憶が呼び出されたとしても、それが事実かどうかは確かなことではない。しかし、たとえ実際に「虐待」があり、それが現在の問題を生み出しているとしても、その親を訴えることが、問題の解決にならないことは明らかである。

さらに、実際には、「虐待」がなくても、先にみたように、精神科医やカウンセラーが強く誘導すれば、事実上「虐待」はいくらでも作り出される。そのような「作られた記憶」によって、親を訴え、家族を崩壊に導くようなことが、多く行われたようなのである。それは、その誘導のやり方が、ほとんど「マニュアル」的に、普及していたことを意味している。

このようなことは、精神科医やカウンセラーが単独に企んだというよりも、「支配層」の手が回っていたと考えざるを得ない。そこには、訴訟で勝訴した場合の謝礼を目当てとする、ビジネスという面も大きくあるだろう。しかし、「支配層」からみての、真の狙いは、「虐待」ということと、その「おぞましさ」を、実際以上に、世に大きく広めること。そして、その「虐待」につけ込んで、親との関係を引き裂き、家族を崩壊させることの方にあったはずである。

それは、「支配層」が、家族に「介入」を企て、子供を管理しようとすることの、前哨戦だったのだと思われる。

あるいは、「虐待」ということ、というより、実際には「虐待」という「言葉」が、いかに、つけ込む「ネタ」になるかということを、このとき、実地を通して、よく知ったのだと思われる。それは、問題や混乱を拡大したり、権力的な「介入」を理由づける、格好の「ネタ」となるのである。

その背景には、「虐待」ということが、現代における、「悪」の元凶であるかのように、忌まわしき事柄として、多くの人に、認識され始めたことがある。そのこと自体には、実際に、大きな理由があるというべきである。しかし、「虐待」という言葉は、大きく「一人歩き」し、「虐待親」は、かつての「魔女」のように、「狩るべき」ものともなった.。

この「魔女狩り」的な面については、次回に少し詳しく述べてみたい。

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文化・芸術」カテゴリの記事

コメント

はじめまして。
私は以前、精神医療業界にいたものです。
今も高齢者の医療現場で、精神科医としてパートに出ることもあります。
過去記事も読ませていただきました。
ティエム様の体験談が、とても興味深かったです。
シュタイナーについても、私は今まで訳が分かりませんでしたが、ティエム様の解説で、なんとなく理解出来たような気になれました。
これからも読ませていただきます。

コメントありがとうございます。

何らかの参照になれば幸いです。

精神病への霊的なものの影響については、正統な精神医学では語られませんが、私は常々感じていました。
身体疾患においても、霊的なものが原因の一つの場合もあると思っています。
今の医療では、せいぜい、精神状態が身体に及ぼす影響、心身相関くらいの話で終わってしまいますが。
そういうわけなので、私にはティエム様のお話が、とても参考になっております。
ありがとうございます。

女性の方と察しますが(違っていたらすみません)、恐らく女性の医師の方の中には、精神疾患といわれているものに霊的な影響を直感する人は結構いるのではないかと思います。しかし、医療の現場では、そんなことは間違っても口に出せる状況ではないのでしょうね。

精神科医では、小栗康平という人が、『マイナスエネルギーを浄化する方法』(ランダムハウス講談社)という本で、精神疾患の一部に霊的な「憑依」の影響があることを、明確に述べていますので、もし読んでいなければお読みになるとよいかと思います。

ティエム様が勧めておられたので、小栗康平氏の『人格解離』の方は、ちょっと前に読みました。
学生の頃、ブライアン・ワイスの『前世療法』を読んで、自分で自分にやってみたこともあるので、すんなり入ってきました。
『マイナスエネルギーを浄化する方法』も読んでみたいと思います。
精神医療にしろ、身体疾患の医療にしろ、失望だらけの状況ですが、小栗氏のような存在が希望ですね。
話題の内海氏の主張には、ほぼ賛同できるのですが、ちょっと極端すぎる点が私にはついていけないです。
でも、あのくらいないと、製薬企業に毒された精神医療業界や社会に、風穴は開けられないとも思います。

>でも、あのくらいないと、製薬企業に毒された精神医療業界や社会に、風穴は開けられないとも思います。

本当に、そう思います。インパクトのない主張はすぐ忘れ去られ、中途半端な主張は簡単にからめとられてしまいますからね。もちろん、ただ極端だったり、攻撃的だったりすればよいというものではないですが、しっかりとした内容が伴っており、正面から反論することは容易でないものになっていると思います。

お返事ありがとうございます。
内海氏の主張で同意できるのは、製薬企業や薬物療法に関するところで、同意できないのは、精神医学や心理学の全否定のところです。
精神医学や心理学の成果の中には、役に立つ知識や経験の積み重ねもあると思っています。
私の子供は、多動性や集中力の欠如などのある発達障害圏の子です。
発達障害に関して、内海氏は、「発達障害もでっちあげで、あるとしても遺伝性のものだから親もそうだ」とか、安易に発言しすぎだと思います。
発達障害は遺伝だけのものと、決着しているわけではありません。
私は、ワクチンや世に溢れる化学物質への暴露による脳の器質的変化は存在するわけで、発達障害もその一つではないかと考えています。
私は、成人への精神科薬でさえ、よほどの場合の最終手段と考えているので、子供への投与は言語道断と考えています。
そういう意味で、薬物療法に関しては、内海氏の主張に近いです。
ただ、積み重ねられてきた発達障害児への対処方法などは、精神医学や心理学の分野の方々の努力の成果でもあり、私もそれらの知識には助けられてきました。
だから、内海氏の精神医学や心理学の全否定には、同意できないのです。
脳神経系の疾患は、解明されていないことだらけです。
だからこそ、安易に薬を使用することはおかしいわけですが、それらの研究活動まで全否定するのはどうなんだろうと思うのです。
長々とすみません。

恐らくですが、内海医師も精神医学によって積み重ねられてきた知見の全てを否定する意思はないと思います。問題は、根本のところの発想で、それが変わらない限り、精神医学全体としての方向やあり方は何も変わらないということです。内海医師は「優生学」という言葉を使っていますが、要するに、ある特定の「精神的な状態」を「病気」ということにして、「精神医学」というシステムにのっけて、「治療」の対象にすることの問題です。それ自体が、既に、一つの強力な思想的な「押し付け」であり、人間の「選別」であり、「排除」にほかならないということです。

そこの部分を「病気」ということで、「分かったこと」、あるいは「当然の前提」のようにして、薬がどうのこうのとやっても、「精神医学」のシステムにのっけたうえでの問題のこねくり回しであり、本質的には本当に問題を掘り下げることにはならないと思います。

私も、一旦は精神医学を全否定(チャラ)にしない限り、何も変わらないという認識に立つものです。もし、本当に、精神医学に何らかのよい知見があるなら、そのような発想の転換の後、使えるものは使えばよいのだと思います。


なるほど、そういう、発想の転換を求める話なのですね。
ティエム様のご説明は、腑に落ちました。
精神医学をどう捉えているかに、私と内海氏には差があるからなのかな、と思います。
内海氏の言葉を表面だけ受け取ると、ちょっと極端だなと思うことがあるのです。

例えば、私の中の精神医学には、サリヴァンもV.E.フランクルもいるわけです。
彼らからは、「押し付け」や「排除」の思想は、あまり感じません。
でも実際のところ、主流派精神医学や、実際の精神病院のあり方は、押し付けと排除の面は強いと思います。

精神症状と言っても、霊的な影響の強いものから、身体的物理的なものが原因のものまであると思います。
それらが、混在したものもあるでしょう。
本来は、そういったことを判別するのに、精神医学が必要と思います。
判別のためには、人によっては、各種医学的検査も必要かもしれません。
対応としては、霊的なものに対しては小栗氏のようなもの。
身体的なものに対しては、食事療法や生活の仕方のアドバイス。
でも、現実の精神医療は、全くかけ離れていて、操作的診断と薬物療法しかやらないメンタルクリニックが多く出来ました。
そういったクリニックは全部潰れればいいと、私も思います。

ただ、アルツハイマー等の神経変性疾患ともなると、自分で生活出来ないので福祉の世話になるしかないのです。
そうなると、介護のために施設入所となり、集団生活のため、時に精神医療的対応も必要となります。
王侯貴族のようにスタッフを揃えるわけもいかず、外で野垂れ死にさせるわけにもいかないからです。
以前そういった質問をしたところ、内海氏は、「そんな施設必要ない」みたいなことを仰っていました。

でも高齢化社会の今、福祉施設を無くすと、道端で野垂れ死にする人が多数出るわけで、現実的じゃないと思います。
訪問介護を充実させ、社会の意識を高めて相互に面倒を見るとか、若い人が田舎に帰って面倒を見るとか。
そういったことが進まないと、いや、かなり進んだとしても難しいでしょう。
若い人に対して、高齢者が多すぎますから。
社会の秩序維持のためには、一か所に集めてお世話する施設が、どうしても必要なのです。
可哀そうだからと言って、施設を無くすと、実際に若い人の介護うつとか失業とかの事態も起こるわけです。
また、火事や交通事故なども頻発するでしょう。
そういう点で、内海氏の発言を、極端だと感じるのです。
でも、前にも書いたように、風穴を開けるためには、少々極端なことを言うのも仕方ないのかな、とも思います。

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