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2012年5月20日 (日)

『精神科は今日も、やりたい放題』

内海聡著『精神科は今日も、やりたい放題』(三五館)を読んだ。

著者は、内科医で、精神科のセカンド・オピニオン活動などをしていたが、今は、精神科での多量の投薬からくる被害を緩和させる、減薬のプロセスを手伝けしているようである。その内容も、主に、このような活動から得られた、実際の事例がもとになっている。

副題には、「やくざ医師」の「過激な話」とあったので、かなり感情的に、好き勝手に書きなぐったようなものかと思ったら、思った以上に、真っ当で、穏当な内容だった。

それは、恐らく、多くの人が、少なくとも、内心では感じたり、恐れたりしていることのはずだが、精神科の、薬の大量投薬による「治療」こそ、精神病をより悪化させたり、治療を困難にし、あるいは、薬それ自体による副作用、または症状によって、「精神病」の症状を作り出している元凶だとするものである。

それは、単なる、「精神科医」批判というよりも、初めから、「精神医学」のいう精神病や治療というのは、明確な「科学的根拠」がないにも拘わらず、薬で「治療」できるかのように作出されたもので、製薬会社と「つるん」で儲けるための、「詐欺」的商法だったとするのである。このように、精神医学そのものの否定に及んでいる点は、確かに「過激」と言えば、「過激」でもあろう。

しかし、昔から、精神医学そのものを否定する、「反精神医学」という運動はあったのであり、内容としては、特に、それと変わるようなことが主張されているわけではない。ただ、一般にも分かりやすい、率直な言葉で書かれていること、向精神薬というものが一般に浸透して後、改めて、その薬による治療体系自体を中心にすえて、精神医学の全体を否定している点は、新しいことかもしれない。

また、それは特に、最近の、「(軽度)うつ」や、「ADHD」、「発達障害」、「不安障害」など「精神疾患名」がやたらと増やされ、また、子供まで巻き込んで、何でも薬で治療しようとする傾向を踏まえたもので、この点に関する限り、その主張は、明白に正しいというべきである。

これらの「病い」の症状は、もはや、誰にでも当てはまり得るもので、誰でも、「精神疾患」に仕立て上げることが可能であるばかりか、薬に対する抵抗力も弱い、子供までも巻き込もうとする。それらに与えられる、「抗うつ剤」などの薬は、発売当初は副作用がないなどとうたわれたものだが、近年、様々な「副作用」ばかりか、むしろ、結果的に、「うつ」などの精神病の症状をもたらすものであることが明らかになって来ている。さらに、これらの薬のために、自殺する者も増えている。これらは、脳に強力に働きかける、「麻薬」と同様の薬なのだから、それも当然といえる。

これらの、最近作り出された「病い」というより、実際には、単なる「感情の不安定」は、著者も言うように、本来、子供にとっては、当たり前のことで、大人にとっても、本人または周りが、それらとの関係の中で、対処または改善すべき「問題」である。つまり、そもそも、薬の治療などが効くはずもない、というより、薬の「出る幕でない」のが、明白な場合である。それらに対しても、そのような薬による治療こそが本筋であるかのように、広く浸透させようとする最近の精神医学の傾向は、確かに、著者の言うように、「詐欺的商法」と言われても仕方がない。

さらに、子供に様々な「疾患名」をつけて、子供をも、そのような「薬物治療」の対象として抱え込もうとすることについては、面白い指摘もある。それは、親と精神科医との、一種の「共犯関係」によるのであり、親の言うことを聞かない子供、親の意思に沿わない子供を、「精神疾患」とすることで、薬により強制的に、「改善」または「大人しく」させようとしているというのである。この点も、指摘のとおりで、これは、まさに、かつて、「なまはげ」が担っていた役割を、精神科に負わせているようなものである。

つまり、かつては、「なまはげ」が、言うことを聞かない子は、「食ってしまうぞー」などと脅すことによって、最終的に、子供のしつけを担っていたが、もはや、「なまはげ」にそのようなことを期待できない今は、精神科医が、言うことを聞かない子は、「病気」にして、「薬づけにしてしまうぞー」と脅すことによって、なすようになったということである。

「なまはげ」にも、確かに、「トラウマ」的な影響はあるだろが、子供に、「精神疾患」のレッテルを張ることは、それ以上の、ただならぬ「トラウマ」を植え付けることになるばずで、むしろ、そのことから来る精神的「症状」の方が、心配されるぐらいである。

しかし、著者も、本来の「精神病」というべき、「統合失調症」については、いくらか違う考えを持っているようである。もちろん、統合失調症にも、基本的には、上のようなことが当てはまり、例えば、「統合失調症」の発症率は、全体の1パーセント弱とされることなどは、「統合失調症」がありふれた病気であることを宣伝しようとする根拠のない数字だとする。つまり、ありふれた病気なのだから、誰がかかっても仕方のない病気、誰がこのような診断を受けても、仕方のない病気ということで、この病気とそれに対する薬による治療を、広く浸透させようとするものということである。

ただ、著者も、治療を必要とする「統合失調症」というものがないわけではないとし、しかしそれは、5000人に1人程度ではないかとしている。つまり、一般に言われる、1パーセント弱の50分の1である。

その点は、著者のいうような、「厳密に治療を必要とする」という視点からみた場合、確かに、そう言える気がする。ただし、私は、もともと、薬は、(「症状」の緩和に使える場合があるかもしれないが)「治療」そのものと結び付けることはできないと思っているので、著者とは観点が違っている。

私が、このブログで「統合失調症的状況」というのは、医学的には、「統合失調症」と診断されることのある、幻覚や妄想といった現象を伴う、激しい「混乱」状態を意味している。それは「医学的」観点以前の、あるがままの状況である。「統合失調症」というのは、そのような状態に、「医学的」観点からつけられた、一つの「病名」であって、実際には、「統合失調症」なる「病気」が、実体として、存在するわけではない。

『万が一ではなく』(http://tiem.cocolog-nifty.com/blog/2012/03/post-83ac.html  )という記事でも述べたように、そのような「現象」自体は、現に1パーセント弱ほどあってもおかしくないし、今後も、多く増えて行くだろうということである。それらが、治療を必要とするということではない。

何しろ、全体としてみると、このような著者の見方には、反発する人も多いだろうが、私は、恐らく、「精神科」というのが、ある意味「やりたい放題」の「恐ろしい」ところで、できる限り、関わりたくないところだというのは、かなりの人が、(少なくとも内心では)思っているはずのことと思う。だから、この本の内容には、それほど多くの人が驚くわけでもないと思う。ただ、後にも述べる理由で、それをどうすることもできないと感じている人は、相変わらず多いのでもあろう。

私も、昔、一連の体験をしていた頃、精神科または精神病院というのは、『ルポ精神病院』などにも書かれていたとおり、患者が人間扱いされず、虐待が日常化している「監獄」または「地獄」のようなところだと思っていた。それは、多かれ少なかれ、一般の人のイメージでもあったはすである。

その後、この一般的イメージは、かなり改善されることになったが、それは、人権意識の高まりとともに、確かに、向精神薬などの薬の開発によって、精神病が、「治り」得るものかのようなイメージに変わって来たことが影響している。

しかし、これは、 実際には、そのように、大した根拠もなく、「期待」されたということであり、実際には、本当に、そのように広く信じられたわけではない。ただ、かつてのように、「人手のかかる」方法で「虐待」的な扱いを受けるよりは、「まし」なものとみなされたということである。しかし、それは、実際には、より合理化され、洗練化された形の、患者の「虐待」の一方法に過ぎなかったともいえ、その意味では、かつての延長上にあったものといえるのである。実際にも、そのことが、この本のように、明るみに出されつつあるということである。

本当は、「精神病」ないし「精神疾患」というものが、相変わらず、社会にとって厄介で、容易に対処し得る代物でないことは、依然として、多くの者が十分に認識しているはずである。ただ、みかけ上、その処理の仕方が、かつてより、合理化され、洗練化された分、そのことには目をつぶる人が多かった、というだけである。

精神医学については、他にも、例えば、「市民の人権擁護の会」作成の『向精神薬、抗うつ剤、製薬医療、医学の犯罪』というビデオ( http://www.youtube.com/watch?v=vOM_EiIo6GY )もある。これも、衝撃的な内容で、これでもかこれでもかと、精神医学の人類に対する「犯罪」的なあり様を暴いている。

「市民の人権擁護の会」というのは、「サイエントロジー」というアメリカの宗教団体が創立した団体で、確かに、「一面的」なところはあるが、基本的には、頷ける内容である。

ただ、何かと、「精神科医は…した」、「精神医学は…した」と、精神科医または精神医学が、全ての行為の「主体」として槍玉に上げられ、「悪」の元凶のように扱われている点は、私も、納得するわけではない。

確かに、「精神科医」または「精神医学」自体が、あえてそうしている場合も多いだろうが、実際には、「精神科医」または「精神医学」も、それを含み込んだ「大きなシステム」に巻き込まれ、そうせざるを得なくて、そうしている面も大きいのである。

そして、そのような「大きなシステム」とは、我々自身が作り出したシステムである。
しかし、この点については、次回に述べたい。

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コメント

はじめまして
1年半前に入眠剤をやめました。うつ病と診断されたのが11年前ですが5年ほど前からうつとそうを繰り返すようになり社会に戻れないと思い死ぬことも何十回も考えました。
抗鬱剤と抗不安薬は6年ほど前から不定期に飲むようになり少しずつ自分で減らしました。眠れない、というこから始まりいたたまれない程の不安感が頻繁に起こるようになり、医師に相談したらうつ病と言われました。
立ち直るために薬を全部断ち苦しい毎日を送っておりましたが、現在極端に落ち込むこともなく過ごしております。
痺れや集中力の低下などはまだあります。いろんなことを試しましたが正しい食生活と疲れない生活が先ず必要みたいです。興味のあるものを見つけておってみることや、ひとりでもなんでも話せる友達・家族が不可欠です。

薬は飲んでみてからその恐ろしさがわかります。医師は、簡単に薬を増やすし変えます、依存性はないと言って。
私は完全復活するまで諦めません。
なんとなく書きましたが、乱文お許しくださいませ。

コメントありがとうございます。

私は、「うつ状態」や「統合失調状態」のことはそれなりに分かるつもりですが、精神薬を飲むとどうなるかということは、(見たり聞いたりしたことはありますが、実感として)よく分かりません。

しかし、話をうかがっていると、起こっているさまざまの状態は、薬によってもたらされているように感じます。だいたい「眠れない、というこから始まりいたたまれない程の不安感が頻繁に起こる」ということから、10年以上も薬を飲み続けなければならないなどということは、信しがたいことです。

うつの場合、不安や苦痛が自覚される分、クスリでも何でもいいから、とにかくそれを取り除きたいという思いが強く生じるのは理解できます。やはり、それに対して、薬を与えてはいけないのだと思います。薬の性質からいっても、ももちろんですが、渇望する状態があるのに、「依存性がない」などということは、あり得ないはずです。少なくとも、薬の投与は、1か月は様子を見てからにするなどのことが必要と思います。1か月の間には、治ってしまう場合も相当多いはずです。もっとも、社会は、1か月そのままの状態でいることを、普通許してくれないですけどね。しかし、そのために、10年も酷い状態に陥るのなら、1か月くらいは短い期間のはずです。(,本人が薬なしに「苦しむ」期間としても)

薬の問題については、また記事でも書きたいと思っています。

ともあれ、薬の依存状態から脱せられて、本当によかったと思います、、


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