« ダスカロスの接した「統合失調症者」 | トップページ | 「闇」と「ダークマター」/「ダークエネルギー」 »

2011年12月11日 (日)

「物質」とは何かという問い

いかにも、素朴な問いだが、私にとって、「物質」とは何かという問いが、また持ち上がって来ている。

もちろん、この問題は、昔から、人間にとって本質的な問いであったし、現在も科学者や哲学者にとって、本質的な問いであり続けている。

ただ、私にとっては、この問題は、決して抽象的、形而上的な問いではなくて、自分の経験に沿った、具体的な問題ではあったのである。

それは、もちろん、このブログでも述べた、一連の体験とも関わっている。この一連の体験は、それまで一応とも、堅固なものとして機能していた、外的な「物質的な世界」というものが、いかに脆くも、危ういものかというのを、思い知らされる体験でもあった。

それは、一つには、それまで、ほとんど日常的、現実的なものとしては現れることのなかった「霊的なもの」が、突然、「日常的なもの」のように、この世界に侵入し始めたことによる。むしろ、それまでの「物質的な世界」は、背景に退き、「霊的なもの」が、図と地が入れ替わるように、前景に現れ出したので、それまでの「物質的な世界」は、一気に、堅固さを失い、崩壊するかのように感じられた。

もう一つは、やはりブログでも述べたような、「物質化現象」や「中間的な現象」が、かなり頻繁に現れ始めたことである。(記事   http://tiem.cocolog-nifty.com/blog/2009/11/post-0f93.html )はっきりと、後まで残る形で「物質」そのものとして現れ出た現象は、そんなに多くはないが、一時的に「物質化」したとしか思えないものや、どちらつかずの「中間的」なものは、かなり頻繁に現れ出ていた。そして、そのようなことは、一連の体験時だけでなく、現在でも続いている。「精霊的存在」自体、一時的には、ほとんど「物質化」して、この世に姿を現すことが可能である。

こうなると、もはや、「物質」なるものが、何ら堅固な基盤を有しているとは思えなくなる。それは、「あってなきもの」というか、「どうにでもなるもの」に過ぎなくなる。それは、実質、「世界そのもの」が、そのように、安定的な基盤を失ったのも同じである。

そうなると、改めて、「物質」とは一体何なのか、ということが、いやでも問われざるを得ないのである。

このような問いは、「霊的なもの」との関係で、抽象的には、納得できる可能性がある。要するに、「物質的なもの」の背景として、「霊的なもの」が存在している。そして、その「霊的なもの」が、ある種「密度」を高め、「凝り固まった」ものが、「物質的なもの」として顕現しているということである。つまり、実質的には、(「目に見えない」)「霊的なもの」が(「目に見える」)「物質的なもの」の根拠となっているわけで、その意味では、「物質的なもの」は、それ自体を終局的な根拠としているわけではない。だから、それ自体で、揺るぎない基盤を有しているわけではないことも、納得はできる。(※1)

シュタイナーやスピリチュアリズムなどでも、ほぼ似たような考えをしている。

その、それまでは「見えなかっ」た、「物質」の背景的な事実が、突然「見える」ものとして、押し寄せて来たために、「世界」の形相が一変したように感じられたということになる。

ところが、具体的、現実的なレベルでは、我々は、「物質的なもの」は、そのような、いわば「仮のもの」などではなく、いかに動かし難く、堅固な基盤を有したものであるかを、感じざるを得ないことが多いのも事実である。

たとえば、単純なところでは、我々は、肉体のちょっとした状態で、精神的にも多くの影響を受ける。肉体が病気になり、熱を出せば、意識も混濁する。これらのことは、ちょっとやちょっとのことでは、変えられない。「物質的なもの」が、堅固な基盤を有していることの一例である。

また、最近では、原発の事故というのが、改めて、「物質的なもの」がもたらす、現実的で、強力に「破壊的」な「力」を、感じ取らされた。もちろん、津波や地震という物理的エネルギーも、そういった破壊的な「力」を、存分にみせつけた。しかし、「原子力」というのは、また違った意味で、より恐ろしく、永続的な、「破壊的」な「力」を改めて意識させたということができる。後にみるように、「原子」というのは、「物質」の根源に関わるもので、「物質の本性」とも言い得るようなものでもあることを思うと、より、「物質」的な「力」としての、根源性を思わせる。

「原子力」も「原子の火」とも言われるように、「火」の一種で、前に述べた、アーリマン的な「火」の一つともいえる。しかし、それはやはり、他の通常の「火」とは、一線を画した、次元の違うものを思わせる。そこには、私も、多く接した、「アーリマン的」なものを越えた、もっと強大で未知のものの現れをも、感じさせるのである。

中沢新一は、他の様々な「エネルギー」に比して、「原子力」というのは、本来「生態圏外」の「エネルギー」を無媒介的に取り出そうとするものということで、その特別さをうまく言い表している。石炭や石油は、地球という生態圏で蓄積されたエネルギーだが、「原子力」というのは、本来、地球生態圏には属さない、太陽内部の現象を、直接、無媒介に、この生態圏で、取り出そうというものである。いわば、「外部」を無理やりに「内部」化しようとするものと言える。

それが、地球という生態圏に「漏れ」出せば、「生態圏」とは相いれない、根本的な「破壊」の働きをするのも当然といえる。

確かに、こういったものを、「安全なエネルギー」であるかのように、利用しようと企てたこと自体が、無謀もいいところだったと思われる。

しかし、一方、そのような技術の元となる、放射性物質というものは、地球にも存している。それは、地球も元、太陽圏に属していたことの名残りであろうが、技術的には、そこから、莫大なエネルギーを取り出すことの可能なものが、現に、地球自体にも存していることを意味している。そして、技術的に取り出し得るか否かは別にしても、我々の身近な物質の元である、「原子」というものが、そのような、信じ難いほどの「エネルギー」を、本来、内に秘めたものであるというのは、確かなことなのである。

このことの意味は、やはり大きいと思う。たとえ、「非生態圏」的な「エネルギー」で、人間のコントロールを越えたものだとしても、それこそが、「物質」の元であるという事実は変わらないのである。(※2)

そうすると、やはり、「物質」とは何かという問いが、改めて、問い掛けられざるを得ない。

先に言ったように、「物質化現象」というのがあり、それは、なかった物質が現れ出るだれけでなく、あった物質が「なくなる」ことも含んでいる。実際、私自身、それを何度か経験しているし、たとえば、心霊治療などでガンが消えるというのも、その一つの例といえる。

そうやって、物質が、まるごとなくなったり、現れたりすることと、物質の元である「原子」に、これだけの「エネルギー」が秘められていることの、ギャップというのは、容易には埋めがたい。「物質」というのは、「幻想」のようでもあれば、信じ難いほど「現実的」な「力」でもあるのである。

今のところ、全体としても、個人的にも、まだまだこのような問いが、解ける見通しは立ちそうもない。しかし、ある程度集中的にそのような問いの糸口が解け始めれば、意外と、それは、脆くも、暴かれて行くような気がする。

そうすると、結局、「物質」とは何かという問いが解けること自体が、それまであった、「物質的なもの」と「霊的なもの」の厳然たる区別を、緩ましめることにつながると思われるのである。「物質的なもの」が、「霊的なもの」の背景の中で、「物質的なもの」として保っていた、堅固な特性を保てなくなるということである。

だから、それは、例えば、日月神示が言うように、「物質的なもの」と「霊的なもの」の境界を失わしめ、それらの融合をもたらすことにつながるということは、十分あり得ると思われるのである。

ただし、逆に言えば、「物質」とは何かという問いも、解けないような状態で、そのようなことが、なし崩しに起こるということも考えにくい。それが、たとえば、私が生きている間に起こるなどとういことは、考えられない。そのような解けない問いは、まだまだ、そのようことが起こり得ないことの、証しにもなっているとも言えるのである。

※1  そのような点では、前に示した「霊界の境域」の図(http://tiem.cocolog-nifty.com/blog/2011/07/post-fb4c.html)は、厳密には、正しくないわけである。図では、「感覚的世界」(物質的世界)と「霊的世界」を、別のものであるように示したが、本来は、「感覚的世界」(物質的世界)は「霊的世界」に含まれるように、表さなくてはならない。ただ、図では、両者の「境界」ということを、浮き彫りにさせるために、便宜的に、あのような表し方をしたのである。

※2  ただし、最近の宇宙論では、「原子」というのは、宇宙全体の中では、物質の取り得る形態としては、4%ほどのわずかなものでしかないことが分かっている。その意味では、「原子」というのは、我々にとっての、「身近なレベル」での「物質の元」でしかない。その他のものは、「ダークマター」と「ダークエネルギー」なのであるが、これらは、まだその実質が何であるか、ほとんど何も分かっていない。しかし、そのように、宇宙全体の中では、まだ「物質」の本来の姿が何も分かっていないということ自体、改めて、「物質」とは何かという問いを、浮き彫りにさせるものがある。

« ダスカロスの接した「統合失調症者」 | トップページ | 「闇」と「ダークマター」/「ダークエネルギー」 »

精神世界」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/575359/53453106

この記事へのトラックバック一覧です: 「物質」とは何かという問い :

« ダスカロスの接した「統合失調症者」 | トップページ | 「闇」と「ダークマター」/「ダークエネルギー」 »

新設ページ

ガジェット時計Part11(光る玉・バージョン) - ガジェットダウンロードするなら、ガジェットギャラリー
2017年4月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30            
無料ブログはココログ