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2011年7月15日 (金)

「無意識的影響」と「意識的影響」

前回、「捕食者」が人間に与える影響として、「無意識的影響」と「意識的影響」があることをみた。一般的には、幼児期から既に、「無意識的影響」として、潜在的恐怖を植え込んだり、信念体系や志向性への方向づけが行われているようだった。私の場合にも、幼児期から子供期にかけて、「無意識的影響」の働きかけは行われているようであった。

そのようなモチーフを、「なまはげ」という儀式がよく表している。「なまはげ」という「儀式」は、もちろん、人間がそれを視覚化して、意識的に表現したものである。しかし、そのモチーフの元には、「なまはげ」が幼児または子供に、「目に見えない」領域で与える、「影響」という、働きかけがあろうということである。もっとも、ドンファンもいうように、それが「目に見える」形で意識されることもあり、その場合には、「鬼を見た」などという記憶として、残るのであろう。また「なまはげ」が、「儀式」として視覚化されるのも、そのようなことがあるからこそであろう。

しかし、私の場合、ある時期から、その「影響」の方向が、「意識的影響」という方へと転換されたようである。「捕食者」は、自らの「存在」を、あえて「意識させる」がごとく、直接的な働きかけを強めて来た。それは、何度も試みられ、「無意識」と「意識」のギャップを超えるという、難しい「壁」を乗り越えて、「統合失調症的状況」では、ついに、功を奏して、実現されたのだった。

それでは、(これまでにも、何度かみて来たことだが)「捕食者」にとって、「無意識的影響」と「意識的影響」は、どのような違いがあり、どちらが望ましいものなのか。

一般的に言えば、多くの者を、気づかれることなく、潜在的に、方向づけたり、操作したりするには、「無意識的影響」の方が好ましいはずである。実際、近代社会、あるいは産業社会は、「捕食者」のそのような意図が、十分に行き渡った社会であることも、何度か述べた。「唯物論」というのも、彼らが、その存在そのものを「隠す」のに、都合の良い信念体系だった。

しかし、「無意識的影響」というのは、あくまで、全体を大まかに方向づけるものであり、個々的、具体的なレベルで、思いどおりの、強い「影響」を及ぼせるというものではない。その点では、やはり、「意識的影響」の方が、勝っている。「意識させる」ということにおいて、初めて、本当に、「意志」への「服従」ということも起こるのである。

ただし、「意識させる」ということは、自己の「存在」を、何らかの形で、知らせることでもある。そうすれば、もはや、彼らも、「隠れて」いることができない。それは、より強い「影響」を与える機会であるとともに、その「影響」ということを、知られる機会でもある。言い換えれば、いずれ、その「影響」を「脱する」ということにも、結びつき得る機会ともなる。つまり、リスクをも、負うことになるのである。

また、「統合失調症」において、実際にみられるとおり、彼らの「存在」や働きかけを、何らかの形で意識するということは、もはや、単に「影響を受ける」というレベルでは収まらないものにする。つまり、「発狂」ということが起こり、それは、「捕食」という意味では、一定の効果があろうが、「影響」という点においては、もはや意味をなさないものにする。

このように、「無意識的影響」と「意識的影響」は、どちらにも、利点や難点があり、一概にどちらが望ましいとは言えない。しかし、一般的には、多くの者の潜在的誘導や支配には、「無意識的影響」が、特別に個人的レベルでの、「支配」または「捕食」には、「意識的影響」がふさわしい、ということは言えるはずである。

実際に、「捕食者」とは、人間の感情的エネルギーの「捕食」とともに、一般的な管理、支配をも意図しているものなので、そのどちらもが併用されているとみてよいだろう。

次に、「捕食者」とは限らないが、一般に、身近なところで、「無意識的影響」と「意識的影響」には、どのような例があるかをみてみることにしよう。それは、より具体的に、彼らの「働きかけ」を理解しやすいものに、してくれるはずである。

無意識的影響 ←←  →→ 意識的影響

サブリミナル効果                親・学校等の教育      
メディアなどの大衆操作       カルト・軍隊などの洗脳
後催眠暗示                       明示的命令
神経症的状況           統合失調症的状況
                                                   
捕食者による                    捕食者による
一般的操作・支配               個別的、具体的操作・支配

図では、「無意識的影響」と「意識的影響」に分けたが、実際には、両者にまたがるようなものもある。「メディアなどの大衆操作」には、意識的な影響という部分もかなりあるだろう。逆に、「カルト・軍隊などの洗脳」には、無意識的な影響もあるといえる。中には、儀式的な「イニシェーション」などを通して、「後催眠暗示」類似の「無意識的操作」を与えるものもあろう。また、「カルト」などの組織には、その「背後」に「捕食者」の影響が働いていることも多く、それが、「無意識的影響」を補強している面もある。

「サブリミナル効果」は、「閾域下知覚」ということを利用した操作で、意識的には、知覚できない領域での微妙な知覚が、心理的に影響を与えることである。これも、「捕食者」または「霊的存在」一般というのは、多く、まさにそのように、「閾域下」で「知覚」されることが多く、それ自体が、「サブリミナル効果」と類似の効果を生むということがいえる。ただし、これは、実際上、その効果を証明するなどということは難しい。

それに対して、催眠術者による「後催眠暗示」というのは、その「無意識的影響」をはっきり見ることのできるものである。催眠状態にある者に対して、術者が何々という合図があったら、これこれという行動を起こす、という暗示を与えておき、覚醒させると、その者は実際に、そのような合図があると、自分では意識せずとも、そのような行動を起こしてしまうのである。まさに「操作」ということの、はっきりと、「目に見える」例である。もっもと、その者の倫理に反するようなことは、起こすことはできないと(一応)されている。

これは、「無意識」でも、かなり「意識」に近いレベルで行われることといえよう。ただし、これが「意識」できないのは、やはり、「意識」と「無意識」のギャップというのが、いかに超え難いかということの一例である。

この「後催眠暗示」などは、類似のものを、「捕食者」も好んで使うものと思われ、モーパッサンも、「オルラ」は、当時流行していた、この「催眠術」で、人を支配すると言っていた。

一般に、「無意識的影響」というのは、「精神病理的」には、「強迫観念」や「焦燥感」などの、「神経症的状況」を生むといえる。それに対して、「統合失調症的状況」は、「影響」ということが、何らかの形で、「意識」に上るときに生じるものである。それも、何度も述べたとおり、「捕食者」による、「圧倒的」な影響が、大と思われる。

「捕食者」による「操作・支配」というものは、直接的なものであることもあるが、カルトの場合でみたように、具体的には、人間が行う行為の「背後」に働いていることも多い。だから、ここに挙げた、「無意識的影響」や「意識的影響」の例は、直接には、人間によるものであっても、その「背後」に「捕食者」的な「影響」が働いている場合も多いと言わねばならない。

その意味でも、「捕食者」の「影響」ということを具体的にみる場合に、これらの例は、大きな参考になるはずである。

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