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2011年7月

2011年7月30日 (土)

「低次」の領域、「高次」の領域

前回の「霊界の境域」に関して、そのような領域に現れる、「混沌たる」もの、あるいは、人間にとって「破壊的」な作用をなす「魔」的なものは、({アストラル」的な)「低次」の領域に属するものであるという見方がある。あるいは、同じ意味合いにおいて、「光」に対する「闇」の領域のもの、と言われることもある。

しかし、「高次」/「低次」や「光」/「闇」などの、価値的または序列的な対立の「枠組」は、前回の図でいえば、「霊的領域」という秩序的枠組の「内部」でしか通用しないものである。つまり、それらは、「霊的領域」として示した領域の「内部」に収められるべきものである。

そこで、下の図のようになるわけだが、ただ、そうした場合でも、確かに、両者の交わる「境界領域」としての「境域」には、そのようなものは重なって存在し得る。しかし、本来、「霊界の境域」とは、そのようなものに限らず、さらにそのような秩序的枠組からは、「はみ出す」、または「超えた」ものも、入り込むということである。

そのようなものは、「水平的方向」に対して、「垂直的方向」としてみることができる。その、より「深い」ものほど、そのような、度合いを増すということがいえる。「存在」としていえば、「捕食者」などは、そのように、もはや「低次」や「高次」、「光」や「闇」という単純な対立では、くくれない要素が高くなる。さらに、垂直的方向の「根底」たる「虚無」となれば、もはや、完全に、そのような「枠組」には収まりようがないものとなる。

矢印で示したように、「水平的方向」としての、「感覚的領域」と「霊的領域」という秩序的枠組の内部を、ただ往復している限り、一つの閉じた世界で、それなりに「完結」していられるであろう。しかし、そもそも「感覚的領域」などができたのは、「霊的領域」だけでは、「完結」した領域として存続し得なかったからこそである。「感覚的領域」なる領域ができれば、そこには、「霊的領域」との間で、「境界」というものを生じる。そして、その「境界」は、一つの「溝」として作用し、「霊的領域」という秩序的枠組にとっては、「外部」的なものであった、「混沌たる」ものが入り込むことになる。

そもそも、それは、「霊的領域」という閉じた枠組に、外部から「圧力」を与えていたもので、だからこそ、「境界」という「溝」が生じれば、自ずと、そこへと「侵入」するのである。そもそも、「霊的領域」というのが、それだけでは「完結」して存続できなかったのも、そのような「外部」的な「圧力」の影響といえるのである。
Gif3

2011年7月25日 (月)

「霊界の境域」の「図」

前の「さるさる日記」では、テキスト形式でない「図」が使えなかったが、この度、「霊界の境域」について、直感的、視覚的に、パッと把握しやすい図を作ってみた。

これにより、「霊界の境域」とは、単に「感覚的世界」(物質的世界)と「霊的世界」との「境界」領域を意味するだけではないことが分かるであろう。「感覚的世界」(物質的世界」や「霊的世界」というのも、一つの秩序的な「枠組」であり、その「境界」とは、そのような枠組には収まらない、あらゆる混沌たるものを含みこんでいる。その根底には、「虚無」が控えており、「霊界の境域」とは、いわば「虚無」の「噴出口」でもあるわけである。Gif2


2011年7月21日 (木)

「趣味的話題のブログ」を始めました

かつて、さるさる日記の『狂気をくぐり抜ける』で、挿話的に挿入していた話題についてのブログを、こちらにて綴ることにしました。→「趣味的話題のブログ」(http://tiem.seesaa.net/

中国語、中華系音楽、ギターの話題が中心になると思います。オカルト的な話題もあるかもしれません。

興味のある方はご覧ください。

2011年7月15日 (金)

「無意識的影響」と「意識的影響」

前回、「捕食者」が人間に与える影響として、「無意識的影響」と「意識的影響」があることをみた。一般的には、幼児期から既に、「無意識的影響」として、潜在的恐怖を植え込んだり、信念体系や志向性への方向づけが行われているようだった。私の場合にも、幼児期から子供期にかけて、「無意識的影響」の働きかけは行われているようであった。

そのようなモチーフを、「なまはげ」という儀式がよく表している。「なまはげ」という「儀式」は、もちろん、人間がそれを視覚化して、意識的に表現したものである。しかし、そのモチーフの元には、「なまはげ」が幼児または子供に、「目に見えない」領域で与える、「影響」という、働きかけがあろうということである。もっとも、ドンファンもいうように、それが「目に見える」形で意識されることもあり、その場合には、「鬼を見た」などという記憶として、残るのであろう。また「なまはげ」が、「儀式」として視覚化されるのも、そのようなことがあるからこそであろう。

しかし、私の場合、ある時期から、その「影響」の方向が、「意識的影響」という方へと転換されたようである。「捕食者」は、自らの「存在」を、あえて「意識させる」がごとく、直接的な働きかけを強めて来た。それは、何度も試みられ、「無意識」と「意識」のギャップを超えるという、難しい「壁」を乗り越えて、「統合失調症的状況」では、ついに、功を奏して、実現されたのだった。

それでは、(これまでにも、何度かみて来たことだが)「捕食者」にとって、「無意識的影響」と「意識的影響」は、どのような違いがあり、どちらが望ましいものなのか。

一般的に言えば、多くの者を、気づかれることなく、潜在的に、方向づけたり、操作したりするには、「無意識的影響」の方が好ましいはずである。実際、近代社会、あるいは産業社会は、「捕食者」のそのような意図が、十分に行き渡った社会であることも、何度か述べた。「唯物論」というのも、彼らが、その存在そのものを「隠す」のに、都合の良い信念体系だった。

しかし、「無意識的影響」というのは、あくまで、全体を大まかに方向づけるものであり、個々的、具体的なレベルで、思いどおりの、強い「影響」を及ぼせるというものではない。その点では、やはり、「意識的影響」の方が、勝っている。「意識させる」ということにおいて、初めて、本当に、「意志」への「服従」ということも起こるのである。

ただし、「意識させる」ということは、自己の「存在」を、何らかの形で、知らせることでもある。そうすれば、もはや、彼らも、「隠れて」いることができない。それは、より強い「影響」を与える機会であるとともに、その「影響」ということを、知られる機会でもある。言い換えれば、いずれ、その「影響」を「脱する」ということにも、結びつき得る機会ともなる。つまり、リスクをも、負うことになるのである。

また、「統合失調症」において、実際にみられるとおり、彼らの「存在」や働きかけを、何らかの形で意識するということは、もはや、単に「影響を受ける」というレベルでは収まらないものにする。つまり、「発狂」ということが起こり、それは、「捕食」という意味では、一定の効果があろうが、「影響」という点においては、もはや意味をなさないものにする。

このように、「無意識的影響」と「意識的影響」は、どちらにも、利点や難点があり、一概にどちらが望ましいとは言えない。しかし、一般的には、多くの者の潜在的誘導や支配には、「無意識的影響」が、特別に個人的レベルでの、「支配」または「捕食」には、「意識的影響」がふさわしい、ということは言えるはずである。

実際に、「捕食者」とは、人間の感情的エネルギーの「捕食」とともに、一般的な管理、支配をも意図しているものなので、そのどちらもが併用されているとみてよいだろう。

次に、「捕食者」とは限らないが、一般に、身近なところで、「無意識的影響」と「意識的影響」には、どのような例があるかをみてみることにしよう。それは、より具体的に、彼らの「働きかけ」を理解しやすいものに、してくれるはずである。

無意識的影響 ←←  →→ 意識的影響

サブリミナル効果                親・学校等の教育      
メディアなどの大衆操作       カルト・軍隊などの洗脳
後催眠暗示                       明示的命令
神経症的状況           統合失調症的状況
                                                   
捕食者による                    捕食者による
一般的操作・支配               個別的、具体的操作・支配

図では、「無意識的影響」と「意識的影響」に分けたが、実際には、両者にまたがるようなものもある。「メディアなどの大衆操作」には、意識的な影響という部分もかなりあるだろう。逆に、「カルト・軍隊などの洗脳」には、無意識的な影響もあるといえる。中には、儀式的な「イニシェーション」などを通して、「後催眠暗示」類似の「無意識的操作」を与えるものもあろう。また、「カルト」などの組織には、その「背後」に「捕食者」の影響が働いていることも多く、それが、「無意識的影響」を補強している面もある。

「サブリミナル効果」は、「閾域下知覚」ということを利用した操作で、意識的には、知覚できない領域での微妙な知覚が、心理的に影響を与えることである。これも、「捕食者」または「霊的存在」一般というのは、多く、まさにそのように、「閾域下」で「知覚」されることが多く、それ自体が、「サブリミナル効果」と類似の効果を生むということがいえる。ただし、これは、実際上、その効果を証明するなどということは難しい。

それに対して、催眠術者による「後催眠暗示」というのは、その「無意識的影響」をはっきり見ることのできるものである。催眠状態にある者に対して、術者が何々という合図があったら、これこれという行動を起こす、という暗示を与えておき、覚醒させると、その者は実際に、そのような合図があると、自分では意識せずとも、そのような行動を起こしてしまうのである。まさに「操作」ということの、はっきりと、「目に見える」例である。もっもと、その者の倫理に反するようなことは、起こすことはできないと(一応)されている。

これは、「無意識」でも、かなり「意識」に近いレベルで行われることといえよう。ただし、これが「意識」できないのは、やはり、「意識」と「無意識」のギャップというのが、いかに超え難いかということの一例である。

この「後催眠暗示」などは、類似のものを、「捕食者」も好んで使うものと思われ、モーパッサンも、「オルラ」は、当時流行していた、この「催眠術」で、人を支配すると言っていた。

一般に、「無意識的影響」というのは、「精神病理的」には、「強迫観念」や「焦燥感」などの、「神経症的状況」を生むといえる。それに対して、「統合失調症的状況」は、「影響」ということが、何らかの形で、「意識」に上るときに生じるものである。それも、何度も述べたとおり、「捕食者」による、「圧倒的」な影響が、大と思われる。

「捕食者」による「操作・支配」というものは、直接的なものであることもあるが、カルトの場合でみたように、具体的には、人間が行う行為の「背後」に働いていることも多い。だから、ここに挙げた、「無意識的影響」や「意識的影響」の例は、直接には、人間によるものであっても、その「背後」に「捕食者」的な「影響」が働いている場合も多いと言わねばならない。

その意味でも、「捕食者」の「影響」ということを具体的にみる場合に、これらの例は、大きな参考になるはずである。

2011年7月 9日 (土)

子供時代の「捕食者」との「出会い」

既に何度も述べたように、私と「捕食者」との「出会い」は、「統合失調症的状況」において突然、1回的に起こったのではなく、それまでにも、何度も起こっていたことだった。但し、それは、「無意識」の領域であって、「意識」されたことはなかった。「統合失調症的状況」ですら、初めは、「無意識」の領域で起こり、それが徐々に「意識化」されることによって意識に上るものとなったのだった。

その「意識化」が、進むことに伴って、過去の「無意識」領域で起こったことも、「意識化」できるようになるということが起こった。

それによって、過去にも、何度か「捕食者」との「出会い」をしており、それはそれぞれに、強烈なショックや印象を心に残していたことが分かった。

それは、「直接」的なものであることもあったが、その場合でも、初めは、誰か他の人物との確執や争いを通して、その「背後」から現れてくるということが多かった。「捕食者」は、かなり強烈な「攻撃」をしかけていたのだが、当時、そういったものには「無意識」であった私は、「統合失調症的状況」に陥るときのようには、それを「意識」することも、(一時的にはともかく)強く影響を受けることもなかったようだ。

「捕食者」の「恐ろしさ」や「衝撃」というのは、いくらかでも、「意識」を捉えることによってこそ、初めて、本当のものとして迫ってくる。しかし、「無意識」領域においても、「捕食者」の攻撃や働きかけがなされないわけではなく、それは、当然、何らかの影響は残すのである。

これは、言い換えれば、人は、「無意識」領域では、いくらでも、「捕食者」の攻撃や働きかけを受けている可能性があるということである。ただ「無意識」であるために、「統合失調症」に陥るようなことは免れている、というに過ぎない。しかし、「無意識」においては、その働きかけの「影響」も、十分に受けている可能性があるのである。

私が、記憶を溯って、「捕食者」そのものとの「出会い」として、はっきりと確認できる最初のものは、中学1年のときのものである。それは、いわゆる「金縛り」として起こった。睡眠中に、ふと覚醒意識が起こって(自分では、完全に覚醒時と同じ意識状態と思った)、何者か(姿形は漠然としていた)が、自分の上にのしかかって来た。それが、非常に有無をいわさぬ、強烈な襲いかかり方で、私は、心底脅え、何とか抵抗しようとしたのだが、体が動かない。そんな状態が、かなりの間続いた。その者は、特に、何か言いかけて来たり、特別の攻撃を仕掛けて来たわけではなかったが、その存在自体から発する強烈な「威圧感」が、十分過ぎるくらいに「恐ろし」かった。

ただ、私は、当時、この存在を、「泥棒」と思った。私は、当時、既に「唯物論的な発想」を身につけていたし、急に、自分の部屋に入って来て、こういうふうに襲うことのできる者など、「泥棒」以外には思いつかなかったのだ。ただ、後に、「金縛りが解ける」と、確かに存在したはずの、その者がいなくなっていることには、非常に驚き、不可解な思いが残った。

しかし、この「のしかかって来た者」は、後の「出会い」からみると、「捕食者」そのもであることが、明らかなのである。

これは、ほとんど、「なまはげの鬼」が、強烈な仕方で、有無をいわさず、子供に襲いかかるのと同じである。ただ、「何々をしろ(親の言うことを聞け)」など命令じみたことを何も言わなかったことが、違っている。しかし、その「存在」そのものの「恐ろしさ」は、潜在的なものとしてであれ、十分に刻みつけて行ったのである。

「捕食者」は、この時から、私に対しては、何かを働きかけるというよりも、自分の「恐ろしさ」を「植えつける」ということそのものに、重点を絞って仕掛けてきたように思う。そして、後にも、数回にわたって、かなり強烈な「攻撃」を仕掛けて来たわけだが、それにも拘わらず、私が、本当に、それを意識するには、その後、十数年も掛かっていることになる。それだけ、「無意識と意識のギャップ」というのは、深く、超えがたいのである。もっとも、これには、私が、10代の頃は、「唯物論的な発想」をしていたことも大きく影響している。自分の「信念体系」に収まらないようなものは、たとえ「出会っ」ていても、それとして認める余地がないのである。

実際には、この中1のときの「出会い」以前にも、何らかの形で、「捕食者」と「出会って」いた可能性はある。たとえば、父や母の背後に、出ていたような気もするのだが、はっきりとは「思い出せ」ない。そこには、「抑圧」も働いているのかもしれない。多くの場合は、幼児期から子供期こそ、そのような「影響」を受けるにもっともふさわしい時期であり、「なまはげ」の儀式も、それを示している。

恐らく、実際は、そうなのであり、その時期には、単に、「捕食者」の「恐怖」を植え込まれるだけでなく、いろいろと方向づけや影響も受けるのであろう。ドンファンも、「捕食者」こそが、人に「信念体系」を与えるのだという。また、「捕食者」は、全く「見えない」というわけではなく、子供の頃には、誰もが1度は見ている可能性があるが、あまりの恐怖のため、意識から締め出してしまうのだという。恐らく、私の場合にも、そのような「働きかけ」は、何度となくあったのだと思われる。

しかし、いずれにしても、私の場合、そのようなときに、「捕食者」の衝撃や影響をまともに受けていた可能性は、低いのである。ラカンが言うように、私の場合は、「父の名」(「父の権威」という意味であれば、それも確かにあてはまるが)というよりも、「捕食者」の「権威」や「恐れ」というものが、本来的に、「欠け」ていた(「排除」されていた)と思われるのである。

だから、それは、確かに、その時まで、あるいはその後もしばらくずっと、そのような「権威」と「恐怖」でこそ成り立っている、「他者」の「集団」に対する、根本的な「不理解」と「恐れ」をもたらした。私にとって、「他者」の「集団」というものが、ずっと、「謎めいた」ものであったのだ。私は、ある意味では、「恐いもの知らず」であり、「自己」を「圧倒」するような「他者」というものを「知らず」にいた。が、そのような「恐怖」で成り立っている、全く身近な、「人の集団」そのものは、謎めいた、「恐い」ものとなっていたのだ。

恐らく、「捕食者」は、中学1年の「出会い」のときから、私に対しては、「戦略」を変更し、自分という存在を知らしめること(意識させること)、その「恐さ」を「思い知らせること」に絞った仕掛けをするようになったのだと思う。つまり、「なまはげ」的に「集団的秩序」に従わせることではなく、「捕食者」的に「捕食する」方向に、戦略が絞られたということである。

そうなってからは、私も、「無意識」ながら、徐々に「彼ら」の影響を被り始めたのかもしれない。しかし、それにしても、それが本当に適うのは、それから十数年後の「統合失調症的状況」を通してであり、それも、ある意味、彼らの「涙ぐましい」努力の果てに、やっと適うことになったわけである。

私としては、ラカンの言うように、それまで私の中に「欠け」、「排除」されていた「圧倒的な他者」が、その時、まさに「回帰」したのである。ラカンは、単に、「無意識」に沈んでいたものが、意識へと「回帰」したというのだろうが、それに止まらず、文字通り、「実体」として、現前に、顕現したのである。それは、もはや、かつてのように、「金縛り」のような、半覚醒的な意識に現れたのではなかった。

それは、私としては、それまで知らずにいた、真に「恐るべきもの」の顕現であった。私は、それを通して、初めて、「恐るべきもの」を知ったのである。と同時に、それは、それまで理解できず、謎めいたものであった、「他者」の「集団」とは何であるかを、如実に、指し示すものともなった。それは、まさに、「集団」の「背後」にあるものそのものでもあったからだ。

つまり、私は、「捕食者」を「知る」ことによって、「恐るべきもの」を知り、「集団」や「世間」とは何であるかを、知ることになったのだと言える。

それに対して、多くの者は、恐らく、「捕食者」の幼少期からの働きかけの影響を受けて、意識レベルではともかく、少なくとも無意識では、これらのことを、何ほどか既に知っているのである。つまり、「他者」の「集団」というものの背後にいる、「恐るべき者」、「権威」としての「捕食者」について、何ほどかを「知って」いるのである。それゆえに、その「集団」に適応する基礎もまた、十分にできていたと言えるのである。

2011年7月 3日 (日)

「父」の「権威」と「なまはげ」の「権威」

ラカンの「統合失調症論」は、難解でややこしいと思われているようである。しかし、その要点を切り詰めてみれば、以外と単純で明快なことを言っているのである。

第一に、「言語論」として、「言語」が「現実」を反映するのではなく、「言語」がその「意味作用」で、「現実」を「創出」するのだということ。

第二に、「統合失調症」になる者は、幼児期に、この「言語」の「意味作用」の最も根底的な働きをする「父の名」を身につけなかった(「排除」された)ということ。そのために、言語の「意味作用」が不安定で、壊れやすく、同時に「現実」も不安定であること。

第三に、「統合失調症」を発病するときには、この「排除」された「父の名」が、その者に、「圧倒的な他者」として「回帰」するということ。それは、壊れかかった、「言語」の「意味作用」または「現実」を、「再構築」する必要に迫られてのもので、「妄想」というのも、その「父の名」のまわりに築かれる、そのような試みの一つであること。

ラカンは、「現実」とは、「言語」の「意味作用」により「創出」されるものとする。「言語」の「意味作用」以前に「現実」なるものがあるわけではなく、あるいは、たとえあったとしても、それは人間とは没交渉の何ものかであるに過ぎない。「知覚」のようなものも同じで、「言語」の意味作用の影響なしに、あるものではない。しかも、そのような「言語」の「意味作用」とは、何か確かな根拠があって生じているわけではなく、全く恣意的なものである。

だから、統合失調症ならずとも、我々がいう、「現実」なるものは、何ら確たるものではない。ただ、多くの者に、「言語」的に共有される限りで、その「意味作用」によって支えられて、固定的なもののように現じているだけである。言い換えれば、そのような「言語」の「意味作用」が機能しなくなれば、「現実」なるものは、容易に崩壊してしまう。

そのような、本来根拠のない「言語」の「意味作用」を、固定的なものとして支えるのには、その根底に、何か、強力な「権威的」または「秩序的」な働きがなければならない。

ラカンは、それが、「父の名」だという。「父の名」とは、「父」そのものではなく、あくまで「名」=「言語」であり、「父」の「権威」のように、その「意味作用」を根底から支える働きをなす「言語」である。

ちょっと、具体的には、なかなか把握しづらいものだが、しかし、そこに、西洋文化の伝統的な、「父性的」な「権威」としての「神」が投影されていることは疑いないだろう。「父の名」とは、要するに、「言語」の次元に映し出された「神」なのであり、実質は、「神の名」なのだと言ってもいい。

いずれにしても、多くの者は、それによって、「現実」という「意味世界」を、固定的なもののように、支えられている。しかし、統合失調症になる者には、それが欠けているというのである。幼児期に、「父の名」という「権威」を、十分に身につけなかったために、「言語」つまり、「他者」と共有する「意味」の「世界」への移行が、うまくいかなかったとするのである。

だから、その者の「言語」の「意味作用」も、「現実」も不安定なものであり、何らかのきっかけで、「崩壊」の危機に瀕しやすい。

しかし、その者も、実際に、そのような危機にいたったときには、無意識の奥底に排除されていた、「父の名」を回帰させるという。だたし、それは、もはや言語的意味の世界ではなく、それが崩壊して、露わになった「身体的」な(その意味ではより「リアル」な)混沌たる世界へと回帰する。その回帰した、「権威的なもの」が、「圧倒的な他者」として迫るのである。

しかし、その「父の名」の回帰は、壊れかかった「言語」の「意味世界」を、何とか修復しようという試みでもある。「妄想」や「幻覚」は、「圧倒的な他者」として回帰した、「父の名」を廻って構築される。それは、もはや、多くの者と共通するものではあり得ないが、少なくとも、何らかの「意味世界」を構築し、「言語」的「意味世界」である「現実」そのものの崩壊は、免れようとするのである。

このように、ラカンの説は、「現実」とは何かについての、深い洞察と結びついていて、かなり強力な説得力をもつ。統合失調症を、何ら「異常」のことではなく、むしろ、人間に宿命的な本来の状態が露わになることとみていることも、共感できる。ただ、具体的なレベルにおいては、前回みた、「圧倒的な他者」を「父」(の記憶)とみる説の延長上にあるものといえる。

人は、幼児期に、「言語」的な「意味世界」へと移行する前には、母親との、閉じた「想像的」で「幻想的」な、「鏡像的世界」にいる。そこから切り離す役割をするのが、「父の名」で、それにより、「言語」という客観的な、「意味」の「世界」への移行が起こる。それは、欲望充足的な閉じた「世界」をつき壊し、「禁止」と「掟」の支配する、「他者」の(集団的)「世界」へと強制的に移行させるものである。だから、それは、象徴的に「ファルス」などともいわれ、その働きは、「去勢」ともいわれる。「統合失調症」になる者は、「父の名」が「排除」されていて、「去勢」に失敗し、「言語」的「意味世界」への移行がうまくいかなかったとするのである。

「統合失調症者」は、実際、「言語」の「意味作用」の「崩壊」をもたらすことが多く、それに伴って「現実」も「崩壊」するという点については、間違いないことといえる。ただ、その「言語」の「意味作用」が、ラカンのいうような、「父の名」によって支えられているのかどうかについては、西洋の場合はいざ知らず、アジアや日本の場合には、疑問と言わざるを得ない。また、「現実」が「言語」の「意味作用」によって「創出」されるという点も、確かに真実というべきだが、本当に、それのみに尽きるかどうかには、やはり疑問がある。

ただ、前回もみたように、「父」(の記憶)が「圧倒的な他者」として「回帰」するということ自体は、あり得ることで、西洋の場合には、そういうことが、特に多いのであろう。

しかし、日本の場合、ラカンのいう意味での、「言語的世界」への移行であるかどうかは別にして、幼児または子供を、「他者」の「支配」する集団的「世界」へと「移行」させるのに、大きな役割を担ったと解されるものがある。それは「なまはげ」である。
      
日本は、「母性的な文化」といわれ、「父」に、子供を集団的「世界」への移行をもたらすだけの「権威」が期待されていたとも思えない。しかし、日本には、「親」の外にも、「なまはげ」の「鬼」という、「親の言うことを聞かない子供」を「脅か」し、「叱責する」という形で、集団的な「秩序」を教える役目を担うものがいる。「なまはげ」の儀式には、そういったことも、含みみることができる。

「なまはげ」の「鬼」は、「父」などよりも、強力で、「圧倒的」な存在であり、子供も真に恐怖する、逆らいがたい存在である。その「恐怖」は、実際、強力に、内心に植え付けられる。ラカンのいう「去勢」というのにも、匹敵するだけの働きをする。そのような存在が、最終的に、子供を「他者」の支配する「世界」、「社会」というよりも「世間」へと移行させることを、「保証」していたのだといえる。

しかし、考えてみれば、西洋の「父の権威」ないし「父の名」というのも、父性的な「唯一絶対の神」という「超越的」なものを、背後に抱えてこそ、それだけの働きを期待し得るものであった。とすれば、日本の場合に、それが、「なまはげ」の「鬼」という「超越的」な存在によって、支えられているとしても、別に不思議はなかろう。

それは、儀式では、親とは別のものとして現れているが、実際には、親の背後で、「憑依的」に「力づけ」をする存在として、現れると解することも可能である。実際、子供のころ、「鬼を見た」という者は、結構いるし、「親」の「背後」に「鬼を見た」という者も、結構多い。

このように、「父の権威」ないし「父の名」といっても、それが単独で、「他者」の支配する集団的な「世界」への移行をもたらすというような「力」を持ち得るものではない。そこには、何らかの、もっと「根源的」な「他者」の働きが、少なくとも、その「父」の背後に重なるようにして、「投影」ないし「現れ」出ているのである。

しかし、「統合失調症」になる者が、そのような「父の名」を身につけず、「排除」しているということは、そのような、「他者」の「世界」へと移行させるだけの「権威」や「恐れ」を欠いているということである。単に「親」がというのではなく、「父性的な神」にしても、「なまはげの鬼」にしても、ある意味で、「統合失調症候補者」に対する「権威づけ」に失敗したのである。言い換えれば、「統合失調症候補者」は、真に「他者」の「権威」も「恐れ」も身につけることなく、「他者」の支配する「世界」へとほうり出されたに等しい。

それで、「統合失調症候補者」は、ある意味で、「恐いもの知らず」であり、「万能」である。しかし、「他者」の支配する「世界」は、そのようなものでは成り立っておらず、そのようなものを許すほど寛容でもない。「統合失調症候補者」は、そのような「世界」に、適応できる見込みは薄い。

「統合失調症候補者」は、「対人恐怖」などとして、「他者」を恐怖するということが言われる。しかしこれは、実際には、「他者」そのものが「恐い」のではなく、「他者」への「恐怖」によってこそ成り立っている「他者の集団」が、何か「得たいの知れないもの」のように思えて、「恐ろしい」のである。彼には、むしろ、多くの「他者」の間で共有されている、「他者」に対する「恐怖」が理解できないのである。しかし、「世間」または「社会」という「集団的世界」は、そういったものでこそ成り立っている。

だから、いずれは、そのような「集団的世界」との「齟齬」が、露わにならざるを得ない。統合失調症を発病する契機とは、まさに、そのような「齟齬」が、隠すことのできないほど、露わになったときだと言える。ラカンによれば、そこで、彼は、初めて、自分に「欠け」ていたもの、それまでは、「排除」していた「父の名」を、無意識の深みから、回帰させるのだという。つまり、「他者」の「恐怖」というものの根底にある「父の名」が、彼にも、「圧倒的な他者」として呼び起こされるのである。

しかし、この「圧倒的な他者」は、何も「父の名」である必然性はない。それは、幼児期または子供期に、「親」とは別に、または「親の背後」から、現れ出ていたが、その者に真に影響を与えることができずにいた、「なまはげの鬼」=「捕食者」かもしれないのだ。

ここにいたって、ついに、「捕食者」も、自分の真に「恐るべき」性質を思い知らせるときが来たのだ…。

次回は、私自身の場合を振り返って、幼児期または子供期に「捕食者」とどのような出会いをしていたか、それが「統合失調症的状況」に陥ることに、どのように関係していたか、を述べよう。

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