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2011年5月25日 (水)

「統合失調症」という名称

この機会に、「統合失調症」という名称について考えを示しておきたい。

周知のとおり、かつて日本で「精神分裂病」と呼ばれた病は、2002年、日本精神神経学会により正式に「統合失調症」と改められた(英語名「schizophrenia」には変更はない)。

これには、第一に、「精神分裂」病という呼び方は、「精神」が「分裂」するという衝撃的な表現であり、回復不能な病というイメージを与えるため、差別を助長するということが、考慮されたもののようだ。また、時代的に「分裂病の軽症化」ということが現象としてあり、実際に、かつてのようには、強烈な状態を示す病者が少なくなったということも背景としてあるようだ。

つまり、その機会に、「精神分裂病」を「統合失調症」と改めることにより、かつて「精神分裂病」につきまとった、思わしくない「イメージ」を払拭し、それが回復の可能な、特別でない「病」であることを、改めて「アピール」しようという意図があったと思われる。

そのこと自体は、結構なことだし、それなりの理由はあるだろう。しかし、当時も多くの意見があったように、名称を改めるのみで、治療のあり方や社会的な制度の面での実質的な変化がなければ、それは、ただの気休めに過ぎないというより、一種のごまかしにすらなる。

それに、「統合失調症」という名称は、どこか「とってつけた」ような名称で、やはり、大きな「違和感」がある。

「統合失調症」というのは、「分裂」という「強い」表現を避けて、単に、「本来あるべき統合状態」が「失調」しているに過ぎないということを、強調したいのだろう。また、これには、本来、「正常」な状態は「統合状態」だが、その「失調」している状態が解消されれば、正常である「統合状態」に戻れる、という含みがあるのだろう。

しかし、そうだとすれば、その病気の症状とされる、「幻覚」や「妄想」ということとは、随分と不均衡なものとなる。また、前回の「内在性解離」の問題でもみたように、通常の、いわゆる「正常」な状態が、「統合状態」といえるのかどうかということも、非常に怪しいのである。

むしろ、本来からいえば、普通は「通常」の状態として考えられている、「内在性解離」のために「統合状態」が発揮されないような状態こそ、「統合失調症」と呼ぶにふさわしいものといえる。「精神分裂病」に対して、この名称を与えることは、誤解の元ともなる。(もっとも、「分裂病」という言い方にしても、「多重人格障害」のような強度の「解離」と混同される可能性を含んでいたので、一概に、「統合失調症」という名称のみを誤解の元というわけにはいかないが。)

また、「分裂」という言い方が、衝撃的に過ぎ、回復困難なイメージを与えるという点は、必ずしもそうとは言えないはずである。神秘学者のルドルフ・シュタイナーも、『いかにして超感覚的な世界の認識を獲得するか』で、思考・感情・意志の自然な統合は、より高い統合のため(端的に言えば、「それらを自在に使えるようになるため」)、一旦は「分裂」する「必要」があることを述べている。実際、「分裂」という表現には、単に元の状態を超えた、より高度の「統合」のための、根本的な「組替」という意味合いも、含みみることができる。それに対して、「統合失調」という言い方は、あくまで、「元の状態=統合」に戻ることのみが、是とされているかのようである。

まあ、いずれにしても、私としては、別に「名称」に拘るつもりはないのだが、何度か述べたように、もし名称を変えるなら、病名そのものよりも、「幻覚」とか「妄想」という言葉を変えることの方が、よほど重要で必要なことだというのである。

「幻覚」とは、「現実にはないものを知覚すること」とされ、「妄想」とは、「現実にないものをあると確信すること」とされる。実際、この「言葉」自体が、何か、通常では「あり得ない」、ことさら「異常な」状態を、際立たせているのである。つまり、この「言葉」は、通常は、「現実でない」ことが分かるばすのものを、「統合失調症者」は、「病気」のために「分からない」という、「信じがたい」状態にある、ということを、暗にというより、ほとんど明示的に、示しているのである。どう取り繕おうと、この「言葉」がもつ含意は、そういうものであることは否定できないはずである。

しかし、この言葉は、「言い換えられる」ことはおろか、その本質的な意味合いが、「見直される」ことすらない。

これは、明らかに、「分裂病」という強い表現を避けて、「統合失調症」と言い換えようとする発想とは、矛盾するものである。

しかし、実際のところは、この「幻覚」とか「妄想」ということこそ、それが、「異常」な現象で、「病気」であることの、端的な「指標」のようなものとなっている。だから、それは、一般にも、「異常」であることの、端的に「通じやすい」、「幻覚」とか「妄想」という言葉の方が、都合がいいのである。

そこで、実際には、そう容易く、この言葉が見直されたり、変えられることなど、あり得ないのである。

その意味では、やはり、「統合失調症」という名称の言い換えは、実質的な面は見過ごす、「ごまかし」の感が強い。

また、さらに重要なことは、この「言葉」と、それに纏わりつくイメージは、実際に病的状態に陥って、それを体験する者にとって、大きな惑わしとなることである。これも何度も強調したことだが、「幻覚」(特に幻聴の「声」)は、現実(の声)と、ほとんど同じように見える(聞こえる)ものである。ところが、「幻覚」とか「妄想」という「言葉」自体が、それが「現実」のものとは大きく掛け離れたものであることを、イメージさせる。

つまり、現実に、「幻覚」状態に陥った者は、それを、「幻覚」と認識することは、非常に困難になるのである。それは、何も「病気のせい」という前に、割と単純な、「言葉」と「実際」との「齟齬」の問題なのである。それで、結局、それは、「幻覚」であるはずはなく、「現実」であるという判断の方へと傾かせてしまう。それが、また、「妄想」の元となるのである。

だから、「幻覚」とか「妄想」という「言葉」自体が、既に、実際にその状態に陥る者にとって、混乱の元なのである。

そういう訳で、私は、「統合失調症」という言葉を使う気にはなれず、今までは、あえて「分裂病」という表現を使って来た。が、もはや「統合失調症」という呼び方は、一般にも、十分定着した観があるし、それが、それまでの「分裂病」を指すこと自体には、ほとんど誤解もない状況になっていると思う。今後は、「分裂病」という言葉を使う方が、かえって、混乱をもたらしかねないかもしれない。

それで、今後は、まくまで「言葉」の問題としてだが、「統合失調症」という言葉を使うことにしたいと思う。

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