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2011年4月

2011年4月26日 (火)

「村の外部」から「人と人の間」へ

これまでのことを、多少比喩混じりに、簡潔に述べると、次のようになろう。

かつて「村」は、いわば一つの閉じた「宇宙」であり、その「村」に収まらない、あらゆる「混沌」たるものが、その「外部」として「表象」されていた。「村」の「外部」にあるものは、「村」の秩序や存続を脅かす、危険なものであった。

村の「外部」を漂泊する、「宗教者」や「芸能者」なども、まさに、そのような「外部」を体現する者だった。「村」を訪れれば、一定の歓待は受けるが、長居は許されず、体よく「排除」された。それらの者は、さらに、「外部」の典型の一つである、危険な「憑きもの」を、媒介する者としても恐れられた。

「憑きもの筋」というのは、そのような「外部」そのものではないが、「村」の「内部」に抱え込まれた「外部」なのだといえる。実際、それらの家は、村の「外部」と境を接する、「辺境」にあることが多かった。それは、「村」の「内部」と「外部」の境界が揺らぎ、「外部」と「内部」との、一定の混交が起こったからこそ、生じたことである。しかし、それは、単に「外部」との「妥協」の結果というのではなく、真に危険な「外部」に対する「緩衝装置」のような役割も果たした。

しかし、近代にいたると、そのような「閉じた宇宙」としての「村」は、解体する。人々は、「外部」を否定したつもりになる。が、実際のところ、「村」には、「たが」を外された「外部」が、当たり前のように流入し、「内部」と「外部」は融合する。それは、近代的な「都市」となる。そこでは、もはや「外部」は、遠くにではなく、「内部」そのものにある。

「外部」は、人知れず、「人と人の間」に住まうものとなったのである。人と人との日常的な交流、確執、葛藤に、かつての「外部」が蠢くものとなる。そこには、「憑きもの」が闊歩し、その背後には、「憑きもの筋」ならぬ「捕食者」が、暗躍する。もはや、それらを、抑制するシステムも、解消するシステムもない。そのような「日常性」の中から、「分裂病」のような、手のつけがたい「病」も、生じてきた。

そして、そのような「病人」こそ、「治療」という名の下に、「病院」という、社会の「外部」へと「排除」されることになった。それは、意図せずとも、「外部」を「内部」化した社会の、やむにやまれぬ、「外部」の処理の仕方となったのである。

2011年4月18日 (月)

「儀式」としての「なまはげ」

前回、「憑きもの筋」は、「憑きもの」の背後で「力」を発揮する、「捕食者」に変わる役目をも負った。そして、それが「捕食者」の直接的な現れを、抑制する効果をももたらした、ということを述べた。この点については、違和感や異論も、多いかもしれない。

しかし、かつて行われた「儀式」というものは、すべて、そういった効果を期したものなのである。「憑きもの筋」というのも、ある意味で、そのような「儀式」の延長上にあるものとみれる。

「儀式」というのは、多くの者が、集団を通して、「この世」的な枠組を越える「霊的」または「神的」なものに触れようとするときに、厳格な手続に則って、十分なコントロールの下に、行おうとするものである。

「霊的」または「神的」なものが、「この世」に、直接的に、無際限に現れ出ることは、危険このうえないことである。「儀式」というのは、この危険をできる限り抑えたうえで、多くの者が、「霊的」または「神的」なものに、間接的な形であれ、触れられるようにしたものである。
(シャーマンなどの、特別の技能を身につけた者は、もっと直接的な形で、それらと交流することががある。)

そこでは、仮面などをつけた、「霊的」または「神的」なものの「役目」を「演じる」者がいるのが普通である。それは、人間が「演じる」限りで、その「霊的」または「神的」なものの、疑似的、間接的な現れになっているのである。あるいは、「霊的」または「神的」なものは、それらの「役目」を演じる者に「憑く」という形で、現れるともいえる。が、その場合でも、「霊的」または「神的」なものは、全体として、厳格な儀式のコントロールの下におかれた範囲で、現れ出ることができる。

このような儀式の中には、「捕食者」的な存在を呼び寄せ、交流を図ろうというものもある。日本では、「なまはげ」が典型的である。「なまはげ」は、元は、「鬼」という「捕食者」的な存在をモチーフにしたものである。が、「儀式」においては、仮面を被った人間が、「なまはげ」の「役目」を演じて、子供たちを襲い、恐れさせ、懲らしめることになる。

それは、「儀式」を通して、疑似的、間接的に、「捕食者」という存在の「あり様」や「恐ろしさ」を、子供たちや周りの者に、知らしめているものといえる。それをとおして、「捕食者」という存在についての、疑似的な体験が得られ、「恐ろしさ」を知るととに、いわば「免疫」をつけることもできる。また、それは、「なまはげ」の役目を負う者が、「捕食者」の行動を集団のコントロールの下に「演じる」ことによって、「捕食者」の、直接的で無際限な現れを、「抑制」しているともいえるのである。

「憑きもの筋」が「捕食者」の役目を負うというのにも、村の全体にとっては、まさに、それと似た効果があるわけである。それは、確かに、「憑きもの筋」には、大きな犠牲を強いるものであるが、「捕食者」的な存在が、直接に現れ出ることの、「緩衝装置」のようになっているわけである。それは、「なまはげ」のような「儀式」と同様、一つの、「集団的」な「知恵」ともいい得るのである。

ところが、近代社会というのは、このような意味での「儀式」や「システム」が、全く失われた社会といえる。(もっとも、その「残滓」は、至るところに、いやというほど残っているが、それらは、本来の意味を失って、全く形式的なものと化している。)

それは、近代社会が、事実上、「霊的なもの」や「神的なもの」を「否定」したからである。しかし、そのことによって、むしろ、人間にとって危険な、「霊的なもの」や「神的なもの」は、その「たが」を外され、抑制されることなく、直接的かつ無際限に現れ出る可能性をも、高めたのである。

近代において、「分裂病」が、強力で手に負えないものとして現れたのには、そのような背景もあるということである。

2011年4月 9日 (土)

「分裂病」と「憑きもの」

「犬神」や「狐」が「憑いた」者は、精神錯乱を起こし、幻聴や幻覚を見、あるいは、高く跳びはねたり、屋根に上るなどの奇行を起こし、「油揚げ」がほしいなどと叫んだりする。まさに、「発狂」するわけだが、ただし、それは、「祈祷師」などにより、「憑きもの落とし」をされることによって解消する。

と述べた。このような「憑きもの」に「憑かれる」という現象は、精神錯乱、幻聴や幻覚など、現在にいう「分裂病」の症状と似たところもあるが、全体として、やはり大きく異なるものである。

著者も、これは、集団の全員が、「憑きもの」の信仰を共有しているために起こる、一種の「集団ヒステリー」のような現象と解している。確かに、そうみるべき点が多く、これは、現在では「祈祷性精神病」とか、「解離性障害」などと呼ばれる、「神経症」の部類に属するものが多いはずである。「憑きもの落とし」によって、一時的な現象として「解消」する点でも、そういえる。

特に、高く跳びはねたり、屋根に上るなどの奇行を起こし、「油揚げ」がほしいなどと叫んだりする、というのは、―実際に、「狐」などが憑いたから、そのような行動を起こすという可能性はおいておいて―、「狐」に「憑かれる」と、そのような行動を起こすということが、一般によく知られているが故の、暗示を受けた、「ヒステリー」的な現象と解される余地が高いだろう。

しかし、やはり、そこには、現在では、「分裂病」へと発展し得るような、現象的には、「分裂病」の元というべきものも、あったと思われる。ただし、それは、「憑きもの落とし」という、村の集団的な「回復」のシステムにおいて、解消されるので、一時的なものとして、消息しているのである。

こういったことは、「分裂病」を取り巻く現在の状況と対比してみれば、十分頷けるものがある、というべきある。

「憑かれる」という現象ないし意識には、何か「外部的」なものが侵入して、乗っ取られるという感覚が伴うわけだが、現在では、そういうことを言えば、「妄想」という名のもとに、一蹴される。また、そこには、一種の「被害意識」を伴うわけだが、それも、現在では、「被害妄想」の名の下に、一蹴され、相手にされない。

ところが、日本の村の「憑きもの」では、そのようにして侵入する「外部的」なものには、「犬神」や「狐」といった、はっきりと「実体的」なものが「認めら」れ、村人全員にもそれが共有される。また、その「被害意識」にも、加害者としての「憑きもの筋」の者が、ちゃんと「用意さ」れ、村人全員に共有されている。「憑かれた」者は、決して、「妄想」などとして、誰にも相手にされずに、一人孤独な立場に、追いやられる訳ではないのである。このように、「周りの多くの者が事態を共有する」ということだけでも、その者に起こる、二次的、三次的な「症状」の拡大は、大きく抑えられるはずなのである。

さらに、「憑かれた」者は、実質的には、村の世間から、反感や妬み、嫉みをもたれた者である可能性があるが、しかし、それは、「憑きもの筋」という、いわば村全体に共通の「悪役」による、反感や妬み、嫉みからする「攻撃」ということに、「仮託」されて実現される。本人も、そこで、「憑かれた」原因を、明確に知り、納得するのである。(現在の「分裂病」であれば、「原因」も何も示されず、何も分からない、「未知の状態」をさ迷い続けることになる。)それで、祈祷師などの諭しを通して、その原因となった行いを認識し、改めれば、「憑きもの」も去っていって、その状態は、「解消」するわけである。本人も周りの者たちも、集団がらみで、そのようなことを、共通して、納得して受け止めるという点が、大きいと思われる。

「憑かれた」者は、初めから最後まで、「被害者」であることができ、その「世間」との「軋轢」も、多くの部分を「憑きもの筋」の家が担うことによって、自らが被る部分は、最小限で済まされる。「憑かれた」者は、そのことを集団的に認められたうえ、一応の「擁護」を受け、その負担も、最小限になるように、処置されるのである。それで、その状態が最終的に「解消」すれば、結果的にも、集団的な「秩序」の乱れの「解消」に役立ったものとさえみなされる。

このような「集団的な扱い」においては、元の現象としては、同じようなものでも、「分裂病」のような、収拾のつかない、手に負えない病状になることなく、解消することも、頷けると言うべきである。

しかし、このようなことは、「憑きもの筋」の家の大きな犠牲の上に成り立っているのも確かである。この「憑きもの筋」抜きには、このような「憑きもの」の「解消」ということも、考えられないのである。

前回、「憑きもの筋」とみなされる理由をいくつか上げたが、その一つに、元々、「犬神」や「狐」に「憑かれる」ことが多く、いわば、それを繰り返すうちに、その勢力圏に取り入れられて、「憑きもの筋」となったとなみなされる、というものもあったようである。

要するに、「憑かれる」側も「憑きもの筋」の側も、「犬神」や「狐」などの「動物的精霊」と関わりやすく、「親和性」があるという点では、共通する面があるわけである。そもそも、「憑きもの筋」とされる側も、「憑かれる」とされる側も、村全体との関係では、互いに、「異質」の者とされているということである。

「異質」というのも、要するに、前回みたように、村全体の「農耕民的な文化特性」という中にあっての、「狩猟民的」または「分裂気質」的な特性ということで、共通するものと解される。「犬神」や「狐」などの「動物的精霊」も、「狩猟民的文化」との強い関わりを思わせるもので、それは、狩猟民的「シャーマン」の「守護精霊」ともいえる。

だから、日本の「憑きもの」は、本来、ある種の共通の元にあるものが、このように、「憑く側」と「憑かれる側」とに分かれることによって、「憑かれる側」の「現象」が、最小限に止められているとみることもできる。

現在の「分裂病」では、このような「構造」はなくなっているから、一人が、この「憑く側」と「憑かれる側」の両方を体現しているともいえる訳である。


最後に、これまで私が分裂病の現象に大きく関わるものとしてあげた、「捕食者」との関連について述べたい。

これまで何度も述べてきたように、現在の「分裂病」の「幻聴」や「妄想」という現象にも、実際に、様々な「霊的存在」の影響が関っている可能性がある。この点では、近代以前に、普遍的なものとして認められた、「憑きもの」という捉え方には、やはり大きな理由がある。それらは、他者の「生き霊」または「エレメンタル」(「想念」の実体化したもの)であったり、「犬神」や「狐」であるかどうかは別にして、様々な「精霊的存在」であったりする。

ただ、私は、ある者に対して、表面的または直接的なレベルで関わるのは、それらの「存在」であっても、その背後で、「誘導」をしたり、「力づけ」を与えたりするのに、大きく影響を与えるのは、「捕食者」である場合が多いことを述べた。あるいは、私の場合のように、「捕食者」が直接前面に出て、関わる場合もあると思われる。それが、「分裂病」を、特別、扱いにくく、強烈なものにしているのに、一役買っている。

ところが、少なくとも、これまでみて来た、江戸期以降の「憑きもの」については、その背後に、「捕食者」のような存在を、みることは難しい。(あるいは、そのようなものは、「犬神憑き」や「狐憑き」とは区別されて、「悪霊憑き」などとして、別物扱いされていた可能性もあるが。)

これは、要するに、江戸期以降の「憑きもの」では、「憑かれる」側と「憑かせる」側とが分かれるが、「憑かせる」側としての「憑きもの筋」は、「憑きもの」の背後で、それらを操る「捕食者」の位置にあって、その役割をも、担わされたということがいえるのである。本来は、「憑きもの」の背後にある「力」は、「捕食者」のように、容易に人間の手に負えないものであるが、それが、人間である、「憑きもの筋」に、明確な形で、背負わされることによって、集団的にも、扱いやすく、御し易いもののようにされたということである。

もちろん、それにより、実際に「捕食者」の「力」が、骨抜きにされるわけではないが、そのような、集団的な「信念体系」ないし「解釈」で、集団的に「行動」することは、それなりの減殺の効果を発揮したはずなのである。

実際、「捕食者」とは、集団を「管理」する者でもあり、集団の秩序を保つ「権威」としての役目ももつ。「憑きもの筋」というのも、村の集団の秩序や掟を乱すと、「憑きもの筋」によって「憑きもの」を憑けられる(懲らしめられる)という形で、結果として、集団の秩序を保つ役割をも負ったのである。つまり、「憑きもの筋」は、まさに、「捕食者」のモチーフをも担って、それに変わる役目を負っていたといえるのである。

このような、「悪」の要素を担いつつ、集団の秩序を乱す者を懲らしめるという役割は、「なまはげ」に典型的にみられるが、それは、「捕食者」そのものを表象していることは、既に述べた。

あるいは、むしろ、これらは、逆からみるべきなのかもしれない。近代以前には、「憑きもの筋」のような具体的人間が、「憑きもの」の背後で力を発揮していたが、近代以降には、そのような役割を、担う人間はいなくなった。そこで、その役目をも、「捕食者」が直接負うようになったと言った方が、正解かもしれない。近代以降には、霊的なものや、「憑きもの」という現象そのものが、否定されるにいたったが、それは、それらの働きを集団的に「抑制」するシステムをも失ったということを意味している。既に何度かみたように、それは、逆に、「捕食者」の、実質的な「力」や「活動範囲」を大きく拡大させたともいえるのである。そこで、それまでは、「憑きもの筋」のような者が担っていた役割をも、「捕食者」が直接「奪う」ようになったということである。

それで、事実上、「現象」としての「分裂病」も、より強力で、手に負えないものとなったわけである。


ただし、「分裂病の軽症化」などを通して、既にみたように、そのような近代以降の流れも、ここに来て、大きく変わろうとしているということも、確かと思われる。

2011年4月 1日 (金)

「日本の憑きもの」

「分裂病」は、「近代社会が作った」という面が大きいことを述べた。しかし、近代以前にも、「分裂病」に相当する「現象」がなかったわけではない。それは、何と呼ばれたかと言うと、「憑きもの」とか「もの憑き」と呼ばれた。(もっとも、それは、「分裂病」だけでなく、現在では、「解離性障害」とか「境界性人格障害」などと呼ばれるものや、その他の「精神病」や「神経症」の多くを含んでいたというべきだが。)

それは、単に「呼び方」が違ったというような問題ではなくて、「現象」を捉える、物事の見方の「枠組」そのものが、全く異なっていたのだといえる。当然、「現象」としても、現在一般にみられる典型的な分裂病とは、大きく異なるものがあったようである。

吉田禎悟著『日本の憑きもの』(中公新書)は、そのような、日本の「憑きもの」について、フィールドワークに基づいた多くの事例をあげて、他の文化とも比較しながら、分かりやすく、詳しい説明をしている。特に、江戸期以降の村落にみられた、「憑きもの筋」(イヌガミスジ、キツネモチなど)といわれる、差別の絡む現象について、社会人類学的な視点から、様々な面を明らかにしている。これは、西洋の「魔女狩り」とも通じる問題であり、日本の「世間」を考えるうえでも、絶対に欠かせない問題といえる。というか、読んでいても、あまりに、今にも通じる日本の「世間」そのままが反映されているので、心苦しくなるほどである。

もちろん、「分裂病」を考えるうえでも、ちょうど、近代において、「分裂病」という「病気」が「作られる」前段階の、移行期の状態が知れるので、貴重である。

「憑きもの」または「もの憑き」とは、まさに「<もの>が憑く」ことで、<もの>とは、いわゆる「もののけ」のことである。人の死霊や生霊、動物霊、精霊、神霊など、さまさまなものを含む。この現象自体は、非常に古くからある、普遍的なもので、それは、シャーマニズムや呪術と結びついていた。

ところが、江戸期以降には、村の内部に、「憑きもの筋」の家というものが、認められるようになる。(ただし、日本全体どこでもというわけではなく、南西部に多く、東北などにはほとんどないという。)「憑きもの筋」の家は、「イヌガミスジ」「キツネモチ」などと言われ、「犬神」や「狐」という動物(または動物的な精霊)を飼っている、あるいは、それらが居着いているとされた。そして、人にそれを「憑け」、あるいは、「犬神」や「狐」の方で、「主人」の意を酌んで、勝手に憑いて、人に災いを起こすと信じられたのである。

「犬神」や「狐」が「憑いた」方は、精神錯乱を起こし、幻聴や幻覚を見、あるいは、高く跳びはねたり、屋根に上るなどの奇行を起こし、「油揚げ」がほしいなどと叫んだりする。まさに、「発狂」するわけだが、ただし、それは、「祈祷師」などにより、「憑きもの落とし」をされることによって解消する。

「祈祷師」は、「犬神」や「狐」などに憑いた理由を聞き、憑かれた者、またはその者の家や先祖が、これこれこういうことをしたので、罰したとか、許せないとか、憎いとかをしゃべる。それで、本人らも、その理由を認め、何らかの措置がされることで、「犬神」や「狐」もその者から去って行き(筋の家の元に戻り)、「解決」がもたらされるわけである。それは、単に、個人的な異常の状態の「回復」というよりも、明らかに、集団的な秩序の乱れの「回復」の問題となっている。それに伴って、個人の異常な状態も「解消」するのである。

「憑きもの筋」というのは、一般に、「おどろおどろしい」イメージに染められている。が、「動物的な精霊」を「操る者」という点では、逆に現代では、ポピュラーなイメージさえあるだろう。宮崎駿のアニメにもよく出て来るし、「式神」を操る「陰陽師」 安部晴明は、一時有名になった。ゲームの「ポケモン」も、まさに、「動物的な精霊」を飼って、自ら育て、戦闘に使役するということが、モチーフになっている。

「憑きもの筋」は、実際、元々は、そのような、「精霊」を使役する「シャーマン」(漂泊的な宗教者)の系譜を引くものであることが、分かる者もある。しかし、江戸期の「憑きもの筋」というのは、もはや、そのようなものから、大きく外れた面の方が大きい。もはや、そのような、「シャーマン」的な者に対する、畏敬の念はほとんど消え失せている。

また、要は、「憑きもの筋」と認めるのも、それによって「憑かれた者」と認めるのも、村の「世間」の方なのであり、あくまでも、主体は、村の「世間」なのである。祈祷師なども、その村全体の「思い」を伝える、代弁役のようになっているといえる。

早く言えば、村の「世間」が気に入らない者は、いくらでも、「憑きもの筋」にも、「憑かれた者」にも、されてしまう可能性があるのである。


そのような、「筋」とされる家は、やはり、元々は、村の外部から流入して来た者が多く、それも、新興勢力として、羽振りがよかったという者が多いようである。そのような者は、村の内部からは発生しない、「貨幣経済」という異質な価値を持ち込んで来たりして、何かと、旧来の村の価値とは衝突することが多い。また、羽振りがよく、富んでいることが、「妬み」や「嫉み」の対象となり、それらは、「犬神」や「狐」を飼っているからこそ、もたらされるものとみなされた。

「憑きもの筋」とされる家は当然恐れられ、同時に、婚姻を忌避されるなどの差別を受けた。「憑きもの筋」と婚姻関係を結ぶと、その者だけでなく、その者の属した家全体が、「憑き筋」となったとみなされるのである。(もっとも、「縁切り」により、それを免れる手はあったという)「犬神」や「狐」は、「家」全体にかかるので、婚姻関係を結べば、その家もその影響圏に入ってしまうということだろう。

アフリカや他の文化にも、ある者を「妖術使い」として忌避するという現象はある。が、それは、個人対個人の問題になることが多く、このように、当然に、集団的、連帯的性格を帯びることはないという。まさに、そのような「集団的性格」が、「日本の憑きもの」の特徴とされる。また、このように、誰が「憑きもの筋」かということが、予め、ほとんど「公然」と明らかにされているというのも、「日本の憑きもの」の特徴とされる。

しかし、実際には、必ずしも、どの家が「憑きもの筋」かということは、誰にも「明示」されているわけではなかったようである。それで、「憑きもの筋」であることを知らずに婚姻したため、後に、家が「憑きもの筋」とされてしまったということも、多々あったようである。それは、一種「暗黙の了解」のような、微妙な形で、「知る人は知る」ということになっているのだろう。が、具体的には、全体の「空気を読ん」だり、有力者や事情通の者にコネがあったりということで、知ることになるのだろう。

こういった「立ち回り」が苦手な「分裂気質の者」は、まず、「憑きもの筋」にされてしまったり、「憑かれた者」にされてしまった可能性が高いはずだ。

「犬神」や「狐」に「憑かれた者」というのも、それらしき、何らかの異常な行動をとるということにもよるが、やはり、何か、暗黙のタブーを破ったり、人から反感を買ったり、「妬まれ」たりしたことにより、「憑かれた者」とされてしまうことが多かったようである。ここでは、「憑きもの筋」というのは、いわば、そのような村の秩序を乱す者を咎め、「懲らしめる」側の役目を担っていることになる。

なにしろ、これらの「憑きもの筋」をめぐるあり方は、何とも、今にも通じる、日本の「世間」の縮図を見るようであろう。「憑きもの筋」とは呼ばれないにしても、似たような、形を変えた差別的な現象は、現在でも、そこここに、いくらも見つかるはずである。

しかし、それでも、このような「日本の憑きもの」は、他の文化でよくみられる、「憑かせる」方を「妖術使い」として非難し、あからさまに「排斥」するのとも異なっている。西洋の「魔女狩り」が最もいい例で、「魔女」は、「告発」されると、ほぼ間違いなく、命を奪われる。しかし、日本の「憑きもの筋」は、差別を受け、いろいろ不利益は受けるが、一応、「共同体の一員」として止まることは、認められるのである。先に見たように、「憑かれた者」として咎められるべき者を、「懲らしめる」側の役目、つまり、結果として、「村の秩序」を担う役目すら負うものとなる。

日本でも、「えた」や「非人」などと呼ばれた、「被差別民」がおり、それらは、村の「共同体の一員」としては認められなかった。前にとり上げたが、明治期に政府が差別を廃止しようとしたとき、民衆は反対の一揆をあげ、それら多くの「被差別民」を、残虐に虐殺するという事件が起こっている。(『身分差別社会の真実』講談社現代新書)これは、民衆の側の、「被差別民」という、平民とは異なる区別ないし印そのものは、取り除くことができないという、強い意志の現れともいえる。

こうしてみると、村の内部での「憑きもの筋」というのは、元は、漂泊する「被差別民」だったかもしれないが、それが、村に定着する過程での、村の側の、一応の「受け入れ」の線を示す、「妥協的産物」ともいえそうである。「被差別民」のように、徹底的に「排斥」するのではないが、決して、村の内部の者と同じように「受け入れる」ことはしない。特に、「憑きもの筋」という「印」と「不利益」だけは外すことができないものとして、それを前提に、その範囲で、何とか、かろうじて、「受け入れ」られたということである。とりあえずは、異質な者同士の、全体の「和」というか、秩序の安定を図る、「合理的」なシステムといえる面はあったわけである。

しかし、そうは言っても、それは、「世間」そのものの、理不尽な「情」的「論理」で動いているものであることには、変わりない。

また、著者は、このような「妖術使い」として排斥したり差別することは、「未開」になるほどあるのではなく、土地に縛られて、移動や流通の困難な、「農耕文化」に多いことを明らかにしている。狩猟文化や牧畜文化の内部には、ほとんどないのである。

日本の村も、まさしく、典型的な「農耕民的文化」であり、また狭い土地に多くの人がひしめき合っているので、より、強力に、このような「異質」の者の「排除」の問題が起こりやすい条件にあるといえる。ただし、江戸期には、そのような者の、一方的な「排除」を続けることは、もはや難かしい状況となって、「憑きもの筋」のような、「妥協的産物」が生み出されたとも解せる。

精神科医中井久夫は、分裂病に親和性のある「分裂気質」の者を、「狩猟民的特性」と呼び、躁鬱病に親和性のある「躁鬱気質」の者を、「農耕民的特性」と呼んだ(『分裂病と人類』)が、鋭い着眼というべきである。

狩猟民的特性の「分裂気質」の者は、わずかな兆候を強烈に感じ取り、先取り的構えで、物事を予兆的に捉える。狩猟という行為には、全く適した特性である。自然や動物への関心が強く、人間同士の関係には積極的ではない。貯蔵ということに関心が薄く、権力構造への志向も少ない。農耕民的特性の「躁鬱気質」の者は、過去への志向が強く、強迫症的である。農耕文化は、計画的に貯蔵をし、権力と支配の構造に貫かれている。自然ではなく、人間同士の関係こそが問題の中心となる。その中で、うまく立ち回っていくことに強い関心が向けられる。

それは、実際、かなり適確に、そのような、それぞれの「文化的特性」を反映しているように思える。日本では、明らかに「農耕民的特性」の「躁鬱気質」の者が多数派を占め、「狩猟民的特性」の「分裂気質」の者は、どうしても、その中で生きにくく、排斥や差別の問題を被りやすいといえる。あるいは、「分裂病」とか「躁鬱病」というのも、それら互いに、相いれない気質の者同士の、葛藤や相克の問題として捉えることもできそうである。

そして、日本の村における、「憑きもの筋」などの問題も、「農耕民的特性」の「躁鬱気質」の者と「狩猟民的特性」の「分裂気質」の者との、「軋轢」の問題として捉えることも可能だろう。

みた来たように、近代にいう「分裂病」というのは、それ以前には、非常に多面的な面をもっていたわけで、単純に「病気」と捉えるのとは、大きく異なっていた。その一面として、江戸期以降には、「世間」の中における「軋轢」を体現するものというがあったわけである。それは、もちろん、「差別」とも結びついていた。しかし、それは、集団全体の問題として、集団的に「解消」されることにより、「回復」するものでもあった。近代において、個人に「内在」する「病気」と捉えられ、治療の名の下に病院に「隔離」され、実質上、半永久的に社会から「排除」される「分裂病」と比べても、それが、不幸なことであったとは、決して言えないはずである。

次回は、もう少し、「分裂病」そのものに即して、さらに「憑きもの」の問題をみていきたい。

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