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2010年8月

2010年8月11日 (水)

「ルシファー的」な「中国」

これは、実際に中国(北京)に行ってみて、「分かった」のだが、私の「魂のルーツ」の一つは、中国にあるようだ。実際に行ってみるまでは、そんなことを意識したこともなかったが、今や、非常に強い実感として、意識される。

子供の頃、ラジオなどを聞いて中国語に興味を持ったり、その後、老荘や禅などの思想面で興味を持ったことはあったが、現代中国のイメージが悪過ぎて、それ以上に中国に興味をもつことはなかった。しかし、5年ほど前、ひょんなことから、実際に中国に旅行することになったのだが、飛行機に乗って北京空港に降り立った瞬間、いきなり、ちょっと傲慢に言えば、「ここは自分の庭だ」ぐらいの「確信」めいた感覚が、襲って来たのである。

その後も、初めての海外旅行ということでテンションが上がっていたこともあるが、いろいろと思いがけずも、楽しいことが多く、予想に反して、見ること聞くことが、何かと自分との「親しさ」を感じることの連続となった。ツアーという限られた行動範囲だったが、「縁」があることが、はっきりするような出会いもいくらかあった。「霊的」なレベルの感覚も、しばらくぶりに活性化していたようで、通常はなかなか知れないことも、そのレベルで、いろいろと、「知る」こともできた。(「リアルタイム」で分かるというよりも、後で「思い出し」て分かることが多かったが)それで、ほんの一回の、ただの観光旅行に過ぎないながらも、私的には、中国や中国人について、かなり「突っ込んだ」理解を得ることができたという思いがある。

ともあれ、初めに感じたのは、同じ東アジアの隣国でありながら、こんなにも日本人と違うのかという、純粋な驚きだった。実際、面白いほど、「日本人」とは、「対照的」なところが多いのである。中国人は、一人一人が、個性的で、個人主義的である。魅力のある人が多いし、また、自己表現、アピール力にも優れている。特に、女性は、どこに行っても、一人は、はっと目を見張るような人に出会う。(容姿自体が、個性的というのもある)

また、人々が、せかせかせず、「自然」で、「落ち着いた」態度をしている。店の店員などもそうで、日本のように、ていねいでもなく、客に媚びてもいないが、このような自然で落着いた態度は、むしろ、こちらも、落ち着いていられるので、私などは、有り難い。(逆に、困惑する人も多いようだが)

私は、改めて、「タオ」(道)の感覚が自然と身についているのだな、などと思った。もちろん、現代においては、そのようなものが、意識して伝わっている訳ではないにしても、なんとなく、伝統的、文化的に、身についてしまう部分があると思われるのだ。あるいは、それは、長い歴史の中で、何度も王朝の転覆を経験してきた国の、「国破れて 山河あり」といった、悠然たる感覚なのでもあろう。まあ、これは、あくまで、日本との比較のうえで感じたことである。逆に、日本という、狭いところに、多くの人がひしめき合っていて、異常に発達した文明が行き渡っている、今のような状況の中には、あるはずもないものだ。(もっとも、中国も、徐々に、そのような方向に変わって来ているのは疑いないが)

しかし、このように個人主義的な分、互いの「自己主張」は激しい。道などで、自転車や車が鉢合わせても、日本なら、さっと引き下がったり、譲り合ったりするところを、必ず、「言い合い」がある。バスが、狭い路地を通り抜ける寸前に車に鉢合わせて、当然、車が「あっ、いけね」と下がるのかと思ったら、何か言ってきて、バスの運転手もそれを予期していたようで、言い返して、やっとその車が引き下がるということもあった。これには、さすがに驚いたが、まあ、一応、結果として、「道理」からして引き下がる方が引き下がるということに落ち着くのではあろう。それにしても、「自己主張」しない限り、どんな「道理」も通りそうにないというのは、いかにも、面倒なことだ。(私は、北京に住めたらいいなあ、などとも思ったのだが、「おとなしい」私には、こればかりは、ちょっときつそうだ)

社会主義体制というのは、全体主義的、集団主義的なイメージが強いので、私は、まさにそのようなイメージを持っていたのだが、この、はっきりとした、個人主義的なあり様には、本当に驚かされた。むしろ、個々人があまりに個人主義的なので、このような強力な「抑制」原理でもないと、とても国全体としてまとまることはできないのではないか、と思わせたほどだ。かつては、強力な王朝の権力が、そのような役目を果たしたのだろうが、それに変わるものとして、「社会主義」は機能しているようなのだ。と言っても、今は、それも思いきり緩んでいるので、そのような、抑制の利かない、個人主義的な欲望や主張が、歯止めもなく現れてくることの方が、危惧される状況とも言える。

何しろ、中国人の、こういった面は、私にも、「引く」ところも多かったが、基本的に、好ましく、自分にも「近しい」と思われた。行く前の「イメージ」が悪かった分、それが覆って、余計、その思いが強くなったのもある。しかし、そのような「親近感」は、本当に「魂のレベル」からの感覚であるのが、自分でも分かる。向こうでは、しばらくぶりに、「故郷」に帰ってきたという、「郷愁」のような感覚も、感じていた。

まあ、個人的な感情はおくとして、中国のこのような特徴を、私風に一言で言えば、「ルシファー」的なのだといえる。それに対して、前に、「日本は現代でも有数の<捕食者>的な社会を築き上げた」と言ったが、日本は、「アーリマン」的なのだといえる。(「ルシファー」的と「アーリマン」的の対比は、前に主題として取り上げたことがあるので、参照して下さい。http://www5.diary.ne.jp/logdisp.cgi?user=503535&log=200611)このように、隣国でありながら、全く「真逆」であるのは、 驚くと同時に、面白いことでもある。特に、上にみたように、「個人主義的」と「集団主義的」の違いは、本当に、際立っている。

近くにありながら、この「違い」が、お互いに、「誤解」したり、「嫌悪」感を持ったりすることの、大きな原因であることは、明らかと思う。日本人は、中国人を、信用できなく思い、マナーや礼儀を知らないかのように思ったりするが、中国人は、むしろ、個々の日本人をよく分からず、信用できないと思う。そして、集団になったら、何をしでかすか分からない、恐ろしい人達という潜在的恐怖を抱いている。

互いの違いを、「悪く」みれば、そのとおりで、それはこの先も、そう簡単には、解消されることはないだろう。しかし、シュタイナーも、「ルシファー」的なものと「アーリマン」的なものの「均衡」こそが、とりあえず「自己」の「進化」、「成長」であるとみているが、日本と中国で、こんなに近くに、互いの逆の面を、補い合える関係があるというのは、むしろ、望ましいことだ。互いに、逆の面を、「いい面」として、捉えることができて、学ぶこと、成長につなげることができれば、日本と中国は、世界でも、「最強」、「最善」の隣国同士となることができると思うのだが、どうだろうか。

2010年8月 5日 (木)

「夢見」の中の「無意識」

前回、「無意識」なるものは、「意識」のように「壊れ」易いものではないが、いかにもいい加減で、頼りないものである、と述べた。このことは、「夢見」の中で、自分がどのような反応をしているかを「思い起こし」てみると、よく分かるはずである。

「夢」というのは、「明晰夢」(夢と自覚して見る夢)というものもあるが、普通は、「無意識」の状態で見ており、目が覚めて、初めて「思い出せる」ものである。そのときに、内容だけではなく、それに対する自分の反応に、「注目」してみるのである。「夢」を見ているときにも、無意識は、覚醒時ほど活発ではない(受動的)が、それなりに印象を持ったり、思考したり、感情を持ったりの「反応」をしている。それらを顧みてみると、いかに「無意識」というのが、「壊れない」反面、「あり得ない」ほど、いい加減で、頼りないものであるかが分かるはずである。

まず、「夢」というのは、場面が次々に、脈略もなく展開し、「現実」には「あり得ない」展開をする。ところが、それを見ている「無意識」は、その場その場で、それなりに「不思議」がったり、「訝った」りはするが、別に大きく混乱するでもなく、それを「現実」そのものとして、自然に受け止めているようである。文字通りの「現実」に、そんなことが起こったら、「死んでまうやろ」とか、「殺してまうやろ」といった事態もよく起こる。しかし、「無意識」は、そんなことも、さほど「気にせず」に、その場限りの、一貫性のない、「いい加減」な反応を繰り返すのみである。

もし、このような「夢」の展開が、覚醒時の「意識」(自我)そのものに起こったとしたら、どうだろうか。意識は、そんなことは、「あり得ない」と、大きく「混乱」し、「パニック」に陥ることだろう。あるいは、それまで身につけてきた、すべての「現実」感覚が崩れて、もはや「何が何だか分からない」状態、まさに、「分裂病」そのものの状態に陥っておかしくない。しかし、「無意識」は、決して、そういうことにはならない。

つまり、「無意識」というのは、(恐らくどんなことにも)枠づけられた「意識」(自我)のようには、「壊れ」てしまうということがない。それ自体が、ある意味の「防御」というか、「耐性」のようなものでもあるのだが、要するに、それは、「いい加減」で、主体性、内容らしきものが「何もない」ことの「裏返し」なのである。

もっと、「分裂病」と似た状況として、「夢」の中で、何者か、あるいは何らかの存在が、様々な「攻撃」的な「声」を仕掛けてくる、というような場面を想定してみよう。実際、それに近いことは、「悪夢」として、いくらでも起こり得る。そこでも、「無意識」は、やはり、その場その場で、一応「訝っ」たり、「恐がっ」たりはするだろう。しかし、それ以上に、そのことに「囚われ」て、それについて、何かと、思考の連鎖を施したりはしない。

あるいは、「無意識」も、そういった事態に耐え切れなくなって、「目を覚ます」ということも起こり得る。目が覚めて、ああ「助かった」などと思うこともあるが、その「耐え切れない」状態というのも、ただ単純に、その状態に対して「拒否」的な、「受け入れ」られない反応をしたということで、別に、分裂病的な「恐怖」と「混乱」で、「壊れ」かかっている訳ではない。

つまり、「無意識」というのは、決して、「分裂病的」な「反応」を起こすことはない。「分裂病的」な「反応」というのは、あくまで、それが、枠付けられた(壊れやすい)「意識」を捉えるが故の、「反応」であるということである。

ただ、そのように、「恐怖」のために、「目が覚める」というのは、「無意識」から「意識」への移行が起こったということである。「恐怖」という感情は、「無意識」に対して、「意識」との連絡をつけやすい効果を及ぼすということがいえる。まさに、「捕食者」的存在も、(初めは「無意識」を相手にせざるを得ないが)、強度の「恐怖」によって、このような、「無意識」から「意識」への移行を、強引に起こそうとするのである。壊れやすい「意識」そのものを、自らの領域へと、引きずり込もうとするためである。

実際に、「分裂病」的な状況に入るというのは、このように、「無意識」から「意識」への移行が起こる「過程」にあるということである。

そこでは、「捕食者」的な存在による、執拗で強烈な「攻撃」が起こっている。しかし、初めは、それらも、「無意識」の領域で「受け止め」られるに過ぎない。それは、「夢見」の中の「無意識」と同じで、そのような「攻撃」に対しては、その毎に、「訝っ」り、「恐れた」りの、一時的な「反応」はあるし、何らかの「影響」を受けはする。が、特にそれに「囚われる」ということはなく、全体としては、何事もなかったかのように、「受けれ流される」だけである。つまり、それらが、「無意識」で「受け止め」られている限り、「分裂病」的な反応は生じない。

しかし、それが、執拗に継続され、強度を増すと、ある時点から、何らかの形で、「意識」を捉えるようになる。それは、何よりも、「捕食者」的存在の、執拗さと強烈さが、功を奏したのである。が、その者自身も、もともと、気質的、体質的に、無意識または霊的領域のことに、比較的敏感である(または「意識」と「無意識」の溝が比較的浅い)ことにもよっている。

それは、初めは、漠然としており、何か、「尋常でない」ことが起こったという「確信」が沸き起こる、という程度のことかもしれない。しかし、それは、それまで「無意識」の領域で起こっていたに過ぎないことが、確実に、「意識」を捉えた証拠である。そして、その段階で、そのことに対する「囚われ」や、単に、一時的な反応では済まない、真の「恐怖」というのが始まる。一体何が起こったのか、それについての、「思考」の連鎖ということも起こる。その、得たいの知れない「恐怖」の感情は、ますます「意識」または「感覚」を高めさせ、過敏にし、起こったことを、より具体的に「知覚」(幻覚)させるようにもなる。

そこまで来れば、「無意識」から「意識」への「移行」が、後戻りできないものとなる。「夢見」の「無意識」も、それが「現実」に起こったら、「耐えられなく」なるだろうように、「意識」も、「無意識」では受け流せていた、これらのことを、いずれ、耐え切れなくなる。枠づけられ、条件づけられた「意識」(「自我」)というものは、「無意識」と異なり、「脆く」も、「壊れ」易いものである。実際、それは、いずれ、何らかの形で、「壊れる」ことになる。それが、はた目にも、「狂気」そのものの様相として、目に映ることとなる。

そのようにして、本格的に、「分裂病」的状況に入って行くのである。

つまり、「分裂病」的状況というのは、それ自体は、誰でも、「無意識」の領域では、起こっていることである。その意味では、何ら特殊のものではない。ただ、それが、「無意識」に止まるがゆえに、特に反応として、表に現れ出て来ないだけである。逆に言うと、「分裂病的反応」というのは、それが「意識」を捉えることによって、初めて、表に現れるものである。まさに、それこそが、「分裂病」という反応にとって、「決定的」ともいえる「相違」を引き起こすのである。

「意識」(自我)というのは、「無意識」のような、いきあたりばったりの「いい加減」さがない反面、視野狭窄で、融通が利かず、いかにも「脆い」。「自己」の根底を脅かされる事態が続けば、たやすく、「混乱」し、「狂っ」てしまう。それは、分裂病的状況に陥る者の「自我」が、特に「弱い」ということではなく、誰についても、言えることである。ただ、普通は、それらが「意識」を捉えることがないために、それが「表面化」することはないというだけである。

ここでは、「無意識」の「いい加減さ」ということを、多少「皮肉」交じりに取り上げたのだが、ただ、「意識」は、ある意味、それを「学ば」なければならないという面もあるのである。「無意識」の「囚われ」のなさというのは、ある意味、「意識」が目指す方向として、「モデル」にもなり得るということである。

つまり、「意識」は、「捕食者」的な存在の「攻撃」をも、「無意識」がするのと同じように、「受け流し」、「気にしない」でいることができる。ただし、もちろん、「意識」である以上は、「無意識」とは異なり、あくまで、それを「自覚」したうえでの話である。そのうえで、「無意識」と同じように、「囚われない」あり方も可能ということである。

そして、それは結局、その、脆くも壊れやすい、「枠付けられた」「意識」としてのあり方を、超えて行くということになる。「意識」の内容をなす、さまざまな「制限」や「条件」を超えて行くということである。つまりは、より「限定」のない「意識」となっていくということである。

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