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2010年3月12日 (金)

「イニシエーション」と「垂直的方向」

注)「イニシエーシュン」(死と再生)の、特に「死」という「垂直的方向」に着目することは、「統合失調症」の本質に関わることです。

深浅 さまざまなレベルにおける「死と再生」

     ↓
      →→ 「成人儀礼」       /   →水平的方向 「再生」
     ↓
      →→「シャーマンのイニシエーション」
     ↓    
      →→「自我の超越」
     ↓
      →→「自己喪失」

    (虚無)

     ↓

垂直的方向 「死」または「喪失」

前回、前々回みたように、「分裂病的」体験は、「シャーマン」の「イニシエーション」体験や「宇宙人」による「アブダクション」体験から、「悟り」のいき着く先というべき「自己喪失」にまで関わる、多様な側面をもつのであった。

これは、要するに、「分裂病的」体験が、「霊界の境域」における「未知」の存在との接触体験という側面とともに、さらに、その「垂直的方向」として、「虚無」による「喪失」体験という面をもはらんでいることによっている。つまり、「分裂病的状況」そのものは、決して単純なものではなく、あるいは一面的なものではなく、このように、多様な体験をもたらし得る、幅の広い、または奥行きのある状況なのである。

しかし、通常は、「捕食者」の、ある意味一貫した、単純な「戦略」に「引っ掛かっ」てしまうために、ほとんど型にはまった、「病的」反応に陥ってしまう羽目になる。結果として、表面に上るのは、そのような「病的」な場合がほとんどということになる。

しかし、逆に、たとえば「シャーマン」の「イニシーション」体験にしても、やはりそこには、一種の「垂直的方向」として、「喪失」の要素が含まれているのも事実である。これは、「イニシェーション」的な側面を含むすべての場合に言えることで、「宇宙人」による「アブダクション」体験や、もっと一般的な、「成人儀礼」についても言えることである。

つまり、「イニシエーション」が、「イニシエーション」となるのは、それまでにあった「何もの」かが「喪失」されることが必要で、それによって、それまでのあり方に、一種の「断絶」がもたらされる。そして、新たなあり方としての「再生」が、可能ともなるのである。これは、「死と再生」の過程などともいわれる。そして、その「死」には、やはり、何らかの形での、「垂直的方向」の作用があるというべきなのである。

ただ、その場合の「喪失」ないし「死」には、深浅さまざまなレベルのものがある。つまり、「垂直的方向」の「深み」には、深浅さまざまなレベルがあるので、その「深み」に応じた限りでの、「死」があり、またそれに応じた「再生」というものがあるということである。
(冒頭の図参照)

たとえば、「成人儀礼」では、それまでの「子供」としてのあり方が「死」に至る。そして「大人」として「再生」する。「シャーマン」の「イニシエーション」体験では、それまでの「普通の人間」としてのあり方が「死」に至る。そして、「シャーマン」として「再生」する。R.D.レインの取り上げていた「超越」の体験では、通常の「自我」が「喪失」ないし同一化から「外れる」。そして、新たに、「大いなる自己」(「意識」)として、「再生」する。

このように、それぞれのレベルにおける、「死と再生」があるのである。

そうして、最終的には、B.ロバーツのいうように、「大いなる自己」すら「喪失」するに至る。それは、「垂直的方向」の根底である「虚無」の領域で起こり、そこでは、もはや何らの「枠組」ないし「限定」をも失うわけだから、単純な「再生」という理解は受けつけにくい。ただ、そこに、事実上新たな「生」が始まるのは事実であり、それは、「自己なしの生」などともいわれている。要するに、何ものかとして限定づけることのできない、「生」のあり方というしかない。

このような「垂直的方向」の作用そのものは、これまで「分裂病的状況」でみてきたものと、決して異なる訳ではない。つまり、「病的結果」をもたらし得るだけの、「破壊性」をはらんでいる。具体的には、表層レベルには、さまざまな「精霊」的または「宇宙」的存在がおり、それらが、ある種の「破壊的」作用を働くために、「喪失」ないし「死」の体験が起こる。

(ただし、「イニシエーション」的性質の強いものの場合、これらの「存在」そのものが、「再生」をも「導く」場合も多いだろう。いずれにしても、「イニシエーション」の場合、それに対応するレベルにおいて、「再生」という新たな「水平的方向」が、始まるのである。)

そして、その根底には、「虚無」が控えている。「精霊的」または「宇宙的」存在の「破壊性」というのも、それは、根底の「虚無」を媒介する面があるからだ、とみることもできる。そして、ロバーツのいうような「自己喪失」では、その「根底」にある「虚無」が、いわば剥き出しに露わになる。「自己」はその根底そのものである「虚無」に「溶解」することで、「喪失」を遂げるのである。

「分裂病的」体験では、このような「垂直的方向」の、「破壊」ないし「喪失」の面のみが、強く現れ易い。つまり、「イニシエーション」の場合のような、「再生」という方向に至れない場合が、多いということである。

それは、先に見たように、多くの場合、「垂直的方向」の表層にあたる「捕食者」に、「捕まって」しまうためである。しかし、さらには、根底の「虚無」が、何かしら、「かいま見ら」れていることによる場合も、あると思われる。何らかの形で、「根源的」な「破壊性」に、触れてしまっているということである。

やはり、「分裂病的」体験は、もはや通常いう意味での、「再生」ということが、起こりにくい領域にまで、足を突っ込んでしまっているということなのである。

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