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2009年11月 3日 (火)

幻覚的現実と物質化現象の「中間的現象」

注)「非物質的現実」と「「物資的現実」の「中間的現象」というものがあることも、「統合失調症」にとって非常に厄介な「現実」です。

非物質的現実           /            物質的現実

「幻覚的現実」←「中間的現象」→「物質化現象」


分裂病的状況でも、他の場合でも、「幻覚」というのには、様々な種類がある。その違いは、主観的な「現実感」にも、また客観的な「リアリティ」にも、大きな影響を与えている。

それは、我々が通常、「物質的現実」を「現実」として生きている以上、それとの「隔たり」という観点から、区別するのがよいと思う。言い換えると、「幻覚」というものにも、「物質的現実」とはっきりと区別できるものから、ほとんど区別できないものまで、様々あるということである。

それは、大体、上の図のように分類できると思う。

ここで、幻覚的現実というのは、単純に、いわゆる「幻覚」、客観的事実に反する知覚だけを意味するのではない。それが、「霊的」または「異次元的」な出来事として捉えられようが、いわゆる「物質的現実」というのが、一方にあって、それとははっきり区別し得るものとして認識できるもの。つまり、「物質的現実」そのものとは、相入れない「現実」であることが、はっきりしているものである。

それに対して、物質化現象というのは、本来は、「この世」的でないもの、つまり、物質的でないものの現れなのだが、それが、何らかの理由により、「物質的な現実」そのものとして、現れ出たものである。あるいは、もともと物質的なものとしてあるものが、何らかの物質的でない作用により、物理的には起こり得ない現象として、起こった場合をも含め得る。

例えば、それ以前には、物質的には感知できなかったものが、突然、「物質的」なものとして出現した場合、それは「物質化現象」である。あるいは、「ポルターガイスト現象」のように、物質的なものが、物理的な原因なく、動いたり、飛んだりする現象も、「物質化現象」に含め得る。

このような現象は(少なくともその結果は)「物質的な現象」として、確かめ得ることが特徴である。他の物理的現象と同じく、他の者による知覚とか、観測装置によって確かめられるということである。

つまり、そのような現象は、「物質的現実」そのものと区別することは難しい、というよりも、「物質的現実」そのものとして起こっているということである。

そして、この「幻覚的現実」というのと、「物質化現象」というのとの間には、ほとんど限りなく、「中間的な現象」があるといえるのである

「中間的」というのは、それが、「幻覚的現実」のように、「物質的現実」そのものとはっきり区別できる現象とは言えず、かと言って、「物質化現象」のように、「物質的現象」そのものとして起こっているとも、言い難いものだからである。それは、度合いとしても、まさに、「幻覚的現実」に近いものから、「物質化現象」に近いものまで、様々あり得る。

分裂病的状況においても、「幻覚」というものには、そのような「中間的現象」が、起こり得る。そして、そのような「中間的な現象」こそが、非常に厄介なのである。

それは、「この世」的なものと区別できる「幻覚的現実」と違って、「物質的現実」そのものと区別し難い要素を、いくらかとも含むからである。「物質的現実」そのものとして起こっているかのような「みかけ」をもつから、普段「物質的現実」に意識を焦点化している者にとっても、一定の「リアリティ」を持つ。しかし、それは、「幻覚的現実」特有の、とても「物質的現実」そのものとは解し難い、混乱させる、「非現実」的要素をも含むのである。

だから、その「理解」となると、「幻覚的現実」や「物質化現象」のように、一応は、割り切った形で、把握できる可能性あるものに比しても、非常に困難なのである。

要するに、それは、「現実」と「非現実」の「狭間」にあるような出来事で、どちらとも確定できない。まさに、「キツネにつままれた」ような出来事である。「物質的現実」のような「リアリティ」はもつが、「幻覚的現実」のように、どこか「非現実的」で、混乱させる要素に満ちているのである。

また、そのような現象、特にそれが継続して起こるときには、そもそも、「現実」というものが、そのように確かで一義的なものでなくなったという、「崩壊」の感覚をももたらすことになる。

分裂病以外で、このような、「中間的現象」の例をみると、これまであげたところでは、カスタネダが、「カラスとなって空を飛んだ」ことや、さらには、『遠野物語』に出て来る「マヨイガ」がある。

カスタネダが「空を飛んだ」のは、本人には、まさに、「物質的現実」そのもののように「実感」された。が、しかし、自分でも、理論的には、そんなことはあり得ないと思う。ドンファンに聞いても、どう感じたかが重要で、それを「説明」することには意味がないと言う。他の者が自分を見たら、自分が「空を飛んでいる」ように見えるのかと聞いても、それは、その見る者次第だと言う。

つまり、「物質的現実」と全く別の現象とも言えないし、「物質的現実」そのものの出来事とも言えない、「中間的な現象」ということである。

遠野物語の「マヨイガ」(それまでなかった場所に突然現れ出た建物)も、そこに現れ出た時には、物質的なもののように現れ出ているし、そこに入り込んだ者も、全く物質的なものと変わりなく、振舞っている。しかし、それは、いずれ、消えてしまうことで、「物質的現実」そのものではなかったことが判明する。ところが、その「マヨイガ」に入った者は、そこにあった何らかの「贈り物」を、後に手に入れるなどのことによって、何らかの物理的痕跡を、手に残すのである。

つまり、「マヨイガ」は、「物質的現実」と全く別の現象とも言えないし、「物質的現実」そのものの出来事とも言えない、「中間的な現象」と言うしかない。

この「マヨイガ」の場合は、背後に「善意」のあるものとみなし得るが、それに対して、分裂病的状況における「幻覚」は、既に述べたように、「捕食者」によって、創出されたり、あるいは、少なくとも方向づけられたりするから、その場合の、「中間的現象」は、もっと「悪意」に満ちている。つまり、はっきりと、「混乱」や「恐怖」を意図されて、起こる。

その内容も、その者の潜在的恐怖にうったえかける形での、「迫害」を示唆するものだったり、あるいは、もっと、想像力に訴えかける、抽象的な「恐怖」をもたらすものだったりする。

それが、はっきりと「物質的現実」と区別できるようなものであれば、単なる「幻覚」として済まされるだろう。が、実際、「物質的現実」と区別し難いもの、つまり、「中間的現象」というものがあるのである。その場合には、当然本人の感覚としても、「現実」として受けとるしかないような、強い「リアリティ」を伴う。それだけに、その修正も困難で、「混乱」も大きいのである。

分裂病の「幻覚」については、このような「中間的現象」もあることを、視野に収めてないと、なぜ分裂病者が、かくも容易に、「幻覚」に惑わされ、それを「現実」として受け取ってしまうのか、本当には、理解できないはずである。(そのため、「幻覚」を「幻覚」として認識できないことこそが、「分裂病」の本質であるというような、トートロジー的発想まで生まれる。)

また、今後、分裂病的状況に陥る可能性ある者にとっても、このような、「物質的現実」そのものと区別し難い「中間的現象」の「幻覚」があることを知っていないと、それを「幻覚」として、「現実」と区別することは、困難になると思う。

このように、「中間的な現象」は、厄介で、理解し難いものだが、私は、一般のレベルにおいても、普通予想される以上に、多く起こっているものとみている。ただ、それが、余りにも「理解」し難く、通常の「認識」の枠組に収まらないために、意識に上ることがないだけである。あるいは、たとえ一瞬意識化されても、即座に記憶から抹消(抑圧)されてしまうのである。だから、「事実上」、そのような現象は、注目されることがないだけである。

さらには、現在、より一般的に、「現実」という概念が、揺らいでいることも確かなので、このような「中間的現象」は、今後、ますます頻発すると思う。(最近では、「宇宙人」がらみの事件に、このような現象が多くみられるようである。)

次回は、まさに、このような「中間的現象」を、見事に「物語」として結晶させている、宮沢賢治の『注文の多い料理店』を再びとりあげたい。

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