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2007年11月 2日 (金)

人工的に「分裂」を作り出すことは可能か

「分裂」状態とは、「捕食者」による「戦略的虐待」に対する「反応」として生じるのだった。だとすれば、人間によって、そのような状態を作り出すことは、可能であろうか。

春日武彦著『私たちはなぜ狂わずにいるのか』(新潮OH文庫)では、人を極限状態におくことによって、分裂病状態を作り出せるかどうかを論じている。

たとえば、覚醒剤中毒、睡眠の極度の遮断、長期の拘禁状態、などでによって、人は分裂病状態に陥るか、ということである。結論を言うと、いずれも、一時的には、分裂病類似の「幻覚」や「妄想」に似た状態に陥ることがある。しかし、継続的に、実際の分裂病そのままの状態に至ることはない、ということである。著者によれば、「かりそめの発狂」である。

そして、狂気とは、その意味では、確かに「非日常的」なもので、「たとえ人がいかに圧倒的な出来事に遭遇しても、容易に発狂することがないほどに、狂気は我々と不連続な存在である。」という。

狂気と通常の状態の間に、「不連続性」(または「断絶」)があるというのは、まさに、これまでみたきたとおりで、確かなことであろう。安易に、「狂気とは、誰もが内にもつものだ」ということで、済ますことはできないのである。

ところで、人をこのような極限状況におくことは、まさに、人間の手による「戦略的虐待」といえる。これは、いかにも、「発狂」して不思議はない状況、つまり、「分裂病」状態に陥っても、不思議はない状況にみえる。

しかし、このようなものには、「捕食者」による「戦略的虐待」とは、決定的な違いがあるのである


まず、人間による「戦略的虐待」は、あくまで、「見える」レベル、物理的な状況によって作り出されたものである。「捕食者」のように、「見えない」レベルで、直接内面に向けて行われるものではない。それらは、ともに「恐怖」をもたらすにしても、その質には違いがある。

さらに、人間によるものは、そこで生じる、その者の内面の状態を具体的に組み込んだうえ、なされたものではない。つまり、「捕食者」の場合のように、そこで生じる内的状態をさらに「フィードバック」しながら、それに沿った、効果的な「虐待」を、継続的に施すというものではない。

たとえば、「幻覚」や「妄想」を生じたとしても、さらにその内容に沿った「補強」または「攻撃」を施すなど、新たな「働きかけ」を、継続して行うものではない。実際、人間には、内面を見透かしたうえでの、そのような「芸当」は不可能だからである。(今後とも、技術的に絶対不可能とは言い切れないが…)

結局、人間の「戦略的虐待」によっては、一時的に、分裂病類似の状態を作り出すことはできても、それを継続させて、本物の「分裂病」状態を作り出すことは不可能ということになる。(ただし、そうであればこそ、これはむしろ、「洗脳」または「マインドコントロール」の強力な手段となる。そして、その背後には、「捕食者」がいる場合が多々あると思われる。)

先の著者は、既にみたように、狂気(分裂病)と通常の状態との間には、一種の「断絶」があるとする。

ところが、結局のところ、その「断絶」を埋めるのが、「病気」というほかない、と言うのである。これでは、多くの者が、―そのような「断絶」を当然のこととして―要するに、それらの者は、「頭がおかしい」、「病気」なのだということで、納得するのと、何ら変わりないことになる。

また、著者は、一方で、「狂気は、我々からの隔たりゆえに関心をひきつけるのではない。むしろ誇張・生々しさ・露骨さ・独善性・キッチュといった形で我々の心に通底したものを感知させるからこそ、目を逸らし難い存在なのである。」などと言っている。が、これは、明らかに先の「断絶」というのとは、矛盾している。

このような混乱は、「分裂病的状況」そのものと、その状況から生じる「反応」についてを、分けて考えないことから来るものというべきである

要するに、「分裂病的状況」そのものは、既にみたように、人間によって作り出せるような代物ではない。その意味では、確かに、そこには、「人間」的なものからの、一種の「断絶」があるのである。「未知」というのも、そういうことである。

しかし、その「状況」から生じる具体的な「反応」は、まさに「人間」的なものそのものである。それは、誰もが内にもつものが、極端に現れ出ているに過ぎないともいえる
。それは、著者も言うように、「愚かさ」の集大成のようなもので、恐らく、誰もが、自分の中にも、他人の中にも「見たくない」ものである。(だからこそ、逆に、「目を逸らし難い」わけだが)

それは、結局、単純な極限状態というのではなく、それまでに全く経験のない、「未知」の対処の仕様がない状況が、継続して生じ、開き直ることもできずにいるときに、現れ出るものといえる。

そして、「分裂病」の場合、そのような「状況」そのものが、傍からは、全く「見えない」ことが特徴なのである。傍からは、全く理由もなく、無意味に、「狂気」が現れ出ているようにしか、見えないのである。それこそが、「分裂病」が、不気味がられ、忌み嫌われる、大きな理由というべきである。

そして、その部分は、「病気」ということで、「埋め合わせ」ようとしても、決してうまくいかない。要は、その「見えない」状況を、いくらかでも、「見える」ものにするというしか、手立てはないのである。

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