« 「境域の守護霊との出会い」まとめ | トップページ | 「分裂病的状況」の場合 »

2007年5月16日 (水)

「霊界の境域」を超える二方向性

注)「水平的方向」と「垂直的方向」の二方向について明らかにした重要な記事です。

(感覚的、日常的世界 ) → 霊界の境域 →  (霊界、神界)
                       ↓
                       虚無

→ 水平的方向     「霊界参入」 (高次の自我)
↓ 垂直的方向     「悟り」 (無限定の意識)


これまで、「分裂病的状況」を「霊界の境域」という言い方で示したきた。「境域」というのは、「感覚的、日常的世界」と「霊界または神界」との「境界」というほどの意味である。通常の「感覚的、日常的世界」を脱してはいるが、「霊界または神界」 に参入しているのでもない、その「中間領域」ということである。

基本的に、ルドルフ・シュタイナーの説明が、そこで起こることについて、分裂病的状況に関しても十分当てはまることを、かなり詳しく捉えている。それで、これまで、主にその見方によったのである。

しかし、シュタイナーの「境域」というのは、多分に、「霊界参入」という方向または目的を前提にしての、「途中」段階という観点から捉えられている。「境域」は、霊界に参入するときの最初の体験になるし、試練や恐怖に満ちているが、 それはあくまで「霊界参入」という目的にとっての「通過点」という意味合いが強いのである。

これは、シュタイナーに限らず、たとえば未開社会の「イニシエーション」などでも、「境域」は一種の通過点として、試練や恐怖の場とされている。シャーマンなどが、「感覚的、日常的世界」を脱して、「神々の世界」へ移行するとき、あるいは、人が「子供」という枠組から「大人」という枠組に移行するときに、儀式などを通して、その「境域」で、精霊その他の試練が行われる。そして、それを通過したものが、「イニシエーション」を達成したものとされるのである。

しかし、これらの見方は、多分に方向づけられたもので、「境域」そのものに深く着目するものとは言い難い。つまり、「境域」には、「霊界参入」という一方向からの通過点としてのみでは捉え切れない、独自の「深み」があると言うべきなのである。そして、「分裂病的状況」では、(結果として、「境域」そのものへの入り込みが強くなる分)そのような側面こそが、浮かび上がりやすいということが言えるのである。

そこで、この「境域」そのものに十分着目する形で、もう一度、「霊界の境域」を捉え直してみたい。

まず、通常の「感覚的、日常的世界」であるが、これは、我々が作り上げた一つの「秩序」であり、「枠組」というべきものである。初めの図で、「かっこ」に括ったが、これを〇で囲むと、分かりやすくなる。つまり、「境域」というのは、まずもって、このような「秩序」ないし「枠組」から、はみ出るということを意味している。

そこは、まさに、我々の通常の「秩序」ないし「枠組」では、捉え切れない領域であり、実際、そのような現象に遭遇する。つまり、「未知」であり、「混沌」たる状況ということである。

ところが、この「境域」に対して、「霊界または神界」というのも、また一つの「秩序」であり、「枠組」というべきものである。それは、もちろん、単に我々の日常的または感覚的な意味の秩序ではなく、それからすれば、一つの「未知」の世界である。しかし、それも、決して「混沌」としたものではなく、霊的な観点から捉えられた、もう一つの「秩序」には違いないのである。あるいは、「闇」に対する「光」の世界と言ってもよいが、それも、一つの「秩序」づけられた「枠組」であり、そうである限り、無限定のものなのではない。(やはり、図の「霊界、神界」を〇で囲むと、分かりやすくなる。)

「境域」というのは、そのような「秩序」からも、また、はみ出たものなのである。要するに、そこは、あらゆる「秩序」からはみ出た領域であり、あるいは、そのような「枠組」では、括り切れない世界である。つまり、本来的に、「無秩序」、「混沌」あるいは「無限定」ということに通じている領域である。そして、そのようなものこそ、「境界」または「境域」の独自の性質というべきなのである。

さらに言えば、その「無秩序」さ「無限定」さの最も根底には、(これまでにも何度か触れた)「虚無」そのものが控えていると考えられる。それがまた、「境域」独自の「深み」を生み出していると言えるのである。

それは、「秩序」の側にとっては、一つの脅威であり、混乱、破壊の元である。実際、「分裂病」とは、「感覚的、日常的世界」という枠組からは、それを脅かすものとして、「脅威」の目で見られている。

また、「霊界または神界」にとっても、「境域」は全体として、一つの脅威となる。ただし、「霊界または神界」は、「感覚的、日常的世界」を脱しない限り、参入できない世界であり、必然的に「境域」の経過ということを含んでいる。そこで、「境域」は、まさに一つの「通過点」としてのみ、つまり「霊界参入」のための「試練」の場としてのみ、意味づけられる。その目的にかなう限りで、「境域」の無秩序さ、混沌たる力が、取り込まれているに過ぎないのである。

このようなことから、「霊界参入」とは、「境域」を、いわば水平的に超える方向ということができる。それに対して、「境域」を、いわば垂直的に超える方向というのが考えられる。それは、もちろん、「境域」の深みにある「虚無」との関わりで生じる。

「虚無」とは、それ自体、無限定で、一切の限界づけができないもののことである。いわば、「無限」なるもの、「無時間」的なるものである。これは、「境域」の根底に控えていると言ったが、しかし、「感覚的、日常的世界」や「霊界または神界」と無関係ということではない。それは、本来、それらの世界をも根底で包み込んでいるのだが、「感覚的、日常的世界」や「霊界または神界」が、(まさに〇で囲むように)自らの枠組を境界づけている限りで、それから隔絶されているに過ぎないのである。

「境域」においては、その境界づけが外されるため、根底の「虚無」が浮かび上がり易いということである。

つまり、「虚無」は、本来、あらゆる領域の根底なのであるが、「境域」こそが、その現実の噴出口あるいは突入口となり易いということである。

そのような、「虚無」なるものに、「垂直的」に下降して行くとは、ある意味で、全く身近な地点にたどり着くことである。つまり、それは、一切の媒介を取り去った、「現在」の瞬間、「いま、ここ」のただ中ということが言えるのである。

水平的方向の「霊界参入」の場合、それは一つの移行の「プロセス」であり、成長や進化ということが内包されている。つまり、「変化」または「時間性」ということを、含みこんでいる。しかし、「虚無」へと垂直的に下降するとは、そのような「時間性」をむしろ取り払った、「無時間的」な「現在」への直入なのである。つまり、下降の方向とは、何かの「獲得」ではなく、むしろ、一切を「削ぎ落とし」て行くということでこそ、可能になるものである。

そこには、当然、「思考」その他のあらゆる「時間的」なものは、入り込めない。さらに、その、限界づけられない「虚無」のただ中においては、「自我」という「枠組」などは、解消される。そのように、下降の果てに、「虚無」そのものと一体となり、自我という枠組を喪失する体験が、「悟り」と言われるものである。(ただし、「虚無」との一体化そのものは、必ずしも明確に意識に留まらない場合も多いようである)

つまり、「境域」を、垂直的に超えて行く方向として、「悟り」があるということである。このように、「霊界参入」と「悟り」は、本来方向的に、相入れないものと言うべきなのである。

ただし、これには、多分に、「原理的には」と言わざるを得ない点もある。実際上は、「境域」を水平的に超えられないような場合に、垂直的に超えて行くことが、容易に可能であるはずもない。つまり、本来、互いに別方向のものだとしても、事実上は、「霊界参入」によって達成されるようなものを踏まえなければ、垂直的方向への(意識的な)下降などは、ほとんど不可能と言うべきである。

水平的方向の「霊界参入」では、「境域」は一つの「試練」として超えられるのだったが、その結果として達せられるのは、シュタイナーも言うように、「高次の自我」と考えられる。それは、日常的な「自我」より、強められ、意識の高められた「自我」であり、霊的な知覚を可能にするものである。あるいは、既に述べた、「均衡」ということを達成した「自我」とも言える。

そのような、いわば完成した「自我」であってこそ、混沌たる「境域」のさらに深みにまで、意識を保って、滞ることなく、降りて行くことができる。そして、最終的に、根源的な恐怖の対象ともいうべき「虚無」へと、解消することも可能になる、ということである。

このような事実上の方向を如実に示しているのが、前に触れた、B.ロバーツの「自己喪失の体験」である。そこで喪失される「自己」とは、単なる「自我」なのではない。キリスト教神秘主義の伝統に乗っ取って、「神との合一」と表現されるが、要するに、一種の完成された「自己」である。ロバーツは、そのような「自己」が「虚無」へと解消し、喪失する体験を克明に描き出しているのである。

« 「境域の守護霊との出会い」まとめ | トップページ | 「分裂病的状況」の場合 »

精神医学」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/575359/51723649

この記事へのトラックバック一覧です: 「霊界の境域」を超える二方向性:

« 「境域の守護霊との出会い」まとめ | トップページ | 「分裂病的状況」の場合 »

新設ページ

ガジェット時計Part11(光る玉・バージョン) - ガジェットダウンロードするなら、ガジェットギャラリー
2017年2月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28        
無料ブログはココログ