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2006年2月

2006年2月22日 (水)

19 「させられ体験」-思い出しバージョン

もう一つは、実家に帰ったときに、友人のところへ行こうとして、ある種夢遊病に近いような状態で、街を歩き回ったという体験についてである。これは、まさに、自分の意志というよりも、何かに操られるかのように行われたもので、分裂病の症状として「させられ体験」と表現されるものそのものといえた。

この時の状況は、まだ「起こっていること」を意識できていないが、その「見えない恐怖」がほとんどピークに達していた状況で、それも、何か人類の存亡に関わるような途方もなく邪悪なものとして浮かび上がって来ていて、どうしてよいか、パニック状態に近い焦燥状態にあった。それは、まさに操られるには、「もってこい」の状態であった訳である。

ここで、「(ある)友人のところに行かなければ」という思いが生じて来たのだが、これ自体は、それまでに断片的に「思い出さ」れたことなどから私自身が発想してしまったもので、私の思いつきであるのは確かなようである。しかし、そこで強い焦燥を感じていると、それに乗っかるように(躊躇すると、それを打ち消すような仕方で)、「ほら」「早く行けよ」「全部捨てて行け」(最後には)「親にバカと言って出ろ」などと、せかすようにけしかけていたのは、「ルーシー」だったのである。

このように、初め家を出るまでは、「ルーシー」が「言葉」でけしかけていたが、家を出ると、今度は、「アール」が、それを引き継ぐような形で、私の近くにずっといて、強烈な意志で支配しようとする。「思い出し」によれば、「アール」は、私の左斜め後方、5メートルぐらいのところ(と、はっきり空間的に把握できる)にいて、私を強烈な意志で取り巻いているのが分かる。それが強まると、時には、「アール」の意志が(私の意志と一体化したかのように)私自身の腹の中からのように出てくるといった状況もあった。私は、そういったことを意識はできていないのだが、何かの理由で、自分の通常の意志がほとんど働かず、パニック状態が異様に強まってくるのは感じている。

無意識レベルでは、そういった何者かに支配(操作)されているかのような状況を十分感じていて、「格闘」しているのだが、意識レベルでは、「とにかく友人のところに行かなければ」という思いに囚われていて、それを止められない。元々焦燥とパニック状況に近い状態であったが、さらに、無意識と意識の強烈な葛藤が加わって、廻りなどもほとんど見えない状況であった。

実際、そこは何度も通ったことがある場所だったにもかかわらず、バスの中でも、今どこを通っているのかよく分からなくなり、途中で降りて街中を歩き回ることになった。そこでは、タクシーには轢かれそうになる(その運転手の怒っている顔が、本物の鬼に見えたことは前に述べた)し、何故かすれ違う人が「悟っ」ている人に見えて、自分だけがどこかの別の惑星に入れられたかのような感覚を味わった。

何しろ、ここでも、「夢幻様世界」に近いものが既に現出していたのである。そして、「思い出し」によれば、さらにちょっとした事件があって、車椅子の人がいたのだが、その人が私の顔を見ながら、急に車道の方を向いて、飛び出すかのような格好をする(本当にそうしていいのだという意志がみえる)。その時、空には「ルーシー」が飛んでいて(「アール」が飛んでいるのは見たことがないが、「ルーシー」はよく空を飛んでいる)、私をじっと見ているのである。

私がどうするか試している様子だが、私は、この時、背後の存在の助けもあったと感じる(意識では状況がつかめないままあっけにとられている状態だったので)が、その車椅子の人を手と目で制して、止めさせることができた。すると、「ルーシー」はニタッと笑って飛んで行ってしまった。車椅子の人もそのまま何事もなかったかのように、真っすぐ行ってしまった。

それを見ていると、背後からは、「あれは治っているな」という声が聞こえた。これは恐らく、車椅子の人は本当は治っているのに、車椅子のままでいるということだろうと思う。もっと言えば、「ルーシー」のけしかけがあったらしいとはいえ、直ぐに反応して車道に飛び出す格好をしてしまうところからしても、ほとんど(いつでも)「死にたがっている」ということも窺われる。

これについて、「ルーシー」の意図はよく分からないが、これは私がタクシーに轢かれそうになった後でもあるし、お前もこのように(自ら)「車道に飛び込めば」という示唆であったかもしれない。何しろ「ルーシー」は、皮肉を込めた冗談めいた仕方で、よく分からない示唆をするのが好きのようである。当時は、この出来事をほとんど意識しなかったが、「思い出し」てみると、いろいろ示唆深い出来事ではあった。

その後も、無意識との葛藤や、「アール」の意志による支配などの影響もあろうが、ほとんど意識は朦朧として定かでないまま、意識レベルでは、「とにかく行かなければ」という思いのまま、歩き続けていた。私は、何かとんでもないことをしでかしそうな状態でもあったのだが、特に何も起こらずに済み、結局は、既に述べたように、駅の周辺当たりを何度もぐるぐる回るうちに、ふと我に帰る瞬間があって、そのまま家に戻ることになったのである。

「我に帰った」というのは、確かに、家を出たときからずっと、自分を覆っていたものがふと解けたような感じで、一応本来の意識が戻ったのだといえる。ただし、それは、それ以前からずっと続いていた、「訳の分からない状況」から解放されたことを意味するのではもちろんない。少なくとも、「友人のところに行けば何か事態が変わる」というような、非現実的な発想にとりつかれている状態からは、解放されたということである。

「思い出し」によって明らかになった状況を含めれば、このような体験は、まさに「させられ体験」そのものといえる。森山が言うように、通常は「させられ体験」も第3段階のものとされるが、それは「操作」する何者かが、ある程度明確に意識される段階で、「操作される」という意識も表面化し易いからだろう。しかし、このように、「操作される」「させられる」という意識は伴わなくとも、実質上は、「させられ体験」そのものといえる場合も、かなりあると思われる。

ところで、霊的な事柄について少し知っている人は、このような体験からは、恐らく「憑依」ということを連想するのではないかと思う。精神医学的にも、この「憑依」という現象は、『祈祷性精神病』や既にみた『解離性障害』などとして、くみ入れられている。実際、そこには、かなり重なる部分があるとみられる。

しかし、ここにみた「させられ体験」は、このような「憑依」とは異なるし、恐らく、分裂病にいう一般的な「させられ体験」もそうである、ということを少し述べておきたい。

確かに、私のように、この体験に、何か外部的な「存在」の「意志」や「力」が関わるとみる場合、その点のみを捉えれば、「憑依」の場合と共通性はあるといえるかもしれない。しかし、具体的には、それはかなり根本的に「憑依」の場合とは異なるのである。

「憑依」とされる現象は、恐らく普通は、自己の内部の抑圧された「コンプレックス」が、一時的に意識と入れ替わるように表出するというものだろう。何か外部的な「存在」が関わることがあるとしても、それはいわゆる「迷える霊」が、一時的に人の身体を占拠して、思いを吐露するといったものと思われる。(それがその者の「コンプレックス」と通じるものであれば、結局両方の要素を併せもつことになる。)

ところが、「させられ体験」では、私自身の意識は(外部から「けしかけ」や「意志」の支配を受けることはあっても)身体の内部にいて、一応なりとも連続性を保っているのが明らかで、何か別の意識や人格に身体を乗っ取られるということはない。また、別の面から言うと、「させられ体験」では、そもそも「自己」そのものが危機に瀕していて、言わば恒常的に「意志」や「主体性」を奪われて、何事も「させられる」ように感じるということに重点がある。その意味で、一時的に人格が転換するごとき「憑依」とは、質が異なるのである。

実際、「させられ体験」の多くは、(外部的な「けしかけ」などがあるにしても)ほとんど自ら「マインドコントロール」されるように「させられ」てしまっている場合が多いと思われる。その者の内部では、操作する「何者か」の影響力が、既に極度に肥大していると思われるからである。

(私のこの例では、例えば端的に「命を奪う」とか、「精神病院に入れられることをさせる」とかの、直接的な意図を感じないでもない。しかし、この例でも、結局は、私の強い焦燥感と最初の非現実的な発想に「ひっかけ」るようにして「操作」が始まっているので、一種の「マインドコントロール」といえる面が強い。そして、後に、それらの存在の働きかけを意識できるようになると、ほとんどそれは、効果を発揮しなくなるのである。)

つまり、それらの「存在」は、直接個々人の身体や意志を乗っ取ったり、支配することに関心がある訳ではなく、やはり、それは「自己」が失われる過程における一つの付随的な現象(ちょっとした「ちょっかい」なのか、あるいはもっと積極的な意図はあるかもしれないが)とみた方がいいと思う。

何しろ、この点は結局、それらの「存在」が人間とどのような関係に立っているのか、とか、人間が分裂病になる(させる)ということは彼らにとってどのような意味をもつのか、という本質的な問題とならざるを得ない。もし後に、機会があれば、こういった問題にも触れてみたいとは思っている。

2006年2月17日 (金)

18 「引き金体験」―思い出しバージョン

まず、初めの「引き金体験」だが、既に述べたように、飲みに行った時の待ち合わせの場所で、いきなり「アール」をはじめ5体位の「存在」に囲まれて、指を指されながら、強烈な口調で、「あと10年!」と宣告された。

この時には、その後にもいろんなことがあったのだが、これは、明らかに一連の体験の「引き金」になったものだと言える。この言葉は、私の内部(無意識)に、「最初の一撃」のように作用し、強烈な衝撃をもって撹乱させたということである。

それは、すぐには意識に上るものとはならなかったけれども、「何かただならぬこと」が起こったことの自覚、「訳の分からない恐怖」としてはっきり意識に痕跡を残すものになった。そして実際、その内容として、初めに「思い出さ」れることにもなったのである。

恐らく、この「一撃」がなければ、何事もなかったかのように日常に戻っていて、分裂病的体験の世界へと引き込まれることはなかったかもしれないのである。

実は、「最初」の一撃と言ったが、「思い出し」によれば、私はこの時以前にも、子供の頃から節目節目に「アール」からかなり強烈(ある意味では今回のものを上回る)攻撃を受けていたことが分かっている。しかし、それらは、潜在的な衝撃として意識に残っていたとはいえても、結局、その時には、具体的には何も意識に上らず、すぐに日常性に戻っていたのである。

これには、既に述べた「解離」(起こったことを意識から切り離すこと)のような防衛機制も働いていたとも言えるが、むしろ、元々意識と無意識の間のギャップはそれだけ大きいということなのである。無意識レベルで起こっていることというのは、多少強烈で破壊的なことであっても、ほとんど意識に浮上することはないのである。そこには、はっきり断絶があるといっていい。

逆に言えば、その断絶によってこそ、意識上の体験の連続性が、「日常性」として構成され、それは「自己」なるものの基盤ともなっているわけだから、それによってこそ、「日常性」や「自己」なるものが「護られ」ているのだともいえる。(「自我」というのも、このような無意識からの独立性を捉えて言われるものといえ、その程度が強いことが「自我の強さ」などとも言われる。)

だから、分裂病的体験が引き起こされるというのは、この容易には超え難いキャップを超えて、意識の側へ恒常的な影響を及ぼすだけの、「決定的な一撃」があるということである。そこには、今みたような意味での「自我の強さ(弱さ)」や、また戻るべき「日常性」が安定している否かなどの、種々の状況との相関関係があるにしてもである。(この点は、後に改めて、「人はなぜ多くの場合分裂病にならないのか」 という問題を設定して考察したい。)

何しろ、私の場合、それまでの攻撃の蓄積や、その時の種々の現実的な状況も影響しただろうが(ある意味機が熟していたと言える)、この時の最初の一撃によって、ギャップが超えられる方向、つまり分裂病的体験へと引き込まれる方向に大きく揺れたのだと思われる。

この一撃の後も、友人らと飲んでいる時に、「背後」から、「アール」は何かと出て来て私や、私の背後の存在とやりとりをしていた。私は、意識レベルではそれらを意識してはいないのだが、無意識レベルでは、何かが「背後」でうごめき、言いかけてくるのを、もはやはっきり感じ取っている。そして、それが何か分からず、戸惑っているのである。

無意識レベルで「感じる(意識する)」というのは、変に聞こえるかも知れないが、これは、例えば、夢の中でも、無意識ながらに、一種の主体の意識のようなものがあって、 いろいろ感じたり、行動したりしているのと似ている。また、「思い出す」ということを経ると、当時は無意識レベルの主体であったものが、むしろ現在の主体の意識と連続する感じになる。当時は意識レベルの主体であったものの方が、むしろ現在とは断絶していると感じるのである。

飲んでいる時は、このような不可解な状況が続いていたが、その他に特に大きな出来事はなかった。だが、その訳の分からない状況への混乱や反発がピークに達したこともあり、その帰りには、街のど真ん中で、ついに、それらの存在と正面から「衝突」することになってしまったのである。「アール」や「ルーシー」らの執拗な攻撃に対して、私も、友人らの「背後」にいることが分かる彼らに、自分なりの「攻撃」を仕掛けていたのである。

初めは、言葉(一種のテレパシー、自分でもテレパシー的に伝わっている感覚がはっきり分かる)で彼らにいろいろ言いかけていた(まあ「いい加減にしろ」とか「ばかなことはやめろ」みたいなことだが)が、一見聞いているようで、全く聞く気がないのが分かると、私もついに切れてしまって、力を振り絞って、いくつか自分でも信じられないような(エネルギー的な)「攻撃」をしかけていた。ただ、それが、効果を発した様子はとても見受けられず、「ルーシー」などは、私が本気で攻撃的になればなるほど、「楽しくてしょうがない」というように、笑みを浮かべて、空を飛びながら「観戦」している。

ある時は、一人の友人(但し「背後」に「アール」が立っている)と私(やはり私の背後の存在が加担している)で、手から何かのエネルギーを放射してそれで闘ったり、それを目から発する光線で防御したりと、ほとんど「スターウォーズ」紛いの(エネルギー的な)「闘い」が演じられた。(それは結局、一見私が「勝った」ような形では終わったけれども、実際には友人が前面に出ているので、「アール」にとっては全く痛くもかゆくもないはずである。)

周りの状況としては、街中であるにも拘わらず、景色の背景に「山」が見えたり、何かエネルギー的な塊が絶えず飛び交っていたりと、もはや「世界」は、半分以上はこの世的なものではなくなっていた。

要するに、無意識レベルでは、この最初の「引き金体験」の時点で、既に「夢幻様世界」が現出していたのである。しかもそれは、はっきり意識的にも「夢幻様段階」に入った後の出来事と比較しても、十分衝撃的で印象の強いものであったのである。

何しろ、このような「闘い」の後、私は全ての力を使い尽くしたような脱力感と、どうしようもない無力感に襲われつつ、帰りの電車の中にあった訳である。「無力感」というのは、友人らがそれらの存在のほとんど「言いなり」になっているようなのを、どうすることもできないと感じたこと。また、それらの存在は、私自身何をしても全く通じない相手である、と痛感したことなどから来ていたと思う。この時点で、無意識レベルの自分は、それらが人間でない何者かであるのを、十分感じ取っていたのである。

その後は、既に最初の引き金体験として述べたとおりだが、この電車の中では、意識レベルでも既に何か途方もないことが起こったことは感じていたようである。そして、その思いは、後になるとますます拡大し、意識のほとんどを占めるようになり、もはやそれから逃れることはできなくなる。

このような無意識レベルでの「出来事」の後に、少なくとも、この「何事かが起こった」という意識は明白なものとして残ること。それが意識を捉えて離さず、ただならぬ恐怖と焦燥のもと、それを「分かろう」という強い思いに駆られること、というのが、恐らく分裂病(的)体験へ向けてギャップを超えたことの「徴」といえるのではないかと思う。つまり、このようなものが残る場合には、意識への影響が恒常化して、この体験が、後に分裂病的体験へと展開される可能性があるということである。

2006年2月16日 (木)

17 「思い出す」ということ

夢幻様状態に入ると、例えば最初の「引き金体験」など、当時は無意識下に起こっていたことの「思い出し」も、細部まで明確なものとなり始めた。それを通して、「アール」や特に「背後の存在」が、改めて、鮮明なディティールをもって浮かび上がってきた。それは、自分に身近なものというよりも、自分とは掛け離れた「未知のもの」として、改めて認識させられることともなる。

ところで、この「思い出す」ということは、何度も触れているように、いかに無意識下で体験していることが、「妄想」や「させられ体験」などの行動に影響しているかを如実に示してくれる、重要なものである(「思い出さ」なければ、それが無意識下の体験としてあったことさえ分からない)。そこで、この「思い出す」ということがどういったものなのか、ここで少し詳しくみてみることにしたい。

まず、それが通常の「記憶」と異なるのは、普通は意識的な知覚から閉ざされていることに関わるものだからである。つまり、それは意識的な知覚の対象である「物理的な現実」として起こったことに関わるのではなく、その「背後」にあって、知覚されるとしても通常は無意識下に知覚されることに関わるのである。その意味で、普通いう「閾下知覚」(意識に上らなかった周辺的な知覚)を後に思い出すというのとも異なる。

また、その「思い出さ」れ方(のプロセス)も、通常の記憶とは大分異なる。まず、それは、通常の記憶のように、「思い出そう」という意識の側の積極的な働きかけのみでは、とても内容までは蘇らないのである。つまり、そこには、容易には超えられないギャップが立ちはだかっている。(この感じとして、最も一般的に近いといえるのは、「夢」を思い出そうとしても思い出せない状況だろう。)

そのギャップがどのように超えられるかというのは、明確には把握しがたいけれども、実際にそれが起こる時の状況というのは、むしろ自動的にその体験が(現にその場にいるかのように)展開されて、意識の側では受動的にそれを見ているという状況になる。その意味で、前回言った、想像力が活性化して、自動的に宇宙的なイメージが展開されてくるのを見ている、という状況と近いのである。

意識の側では、「思い出す」というよりも、むしろ、その時の「状況」に焦点を合わせて、それに「入って行く」ということをする。それは、無意識の深みに潜って行くような感じだが、実際にその場にいるという感じが強くなれば、自動的に当時の体験が展開されてくる可能性が出てくる。いったん、それが起こると、後は割とすぐにその状況と「つながり」易くなる。深く入って行けばいくほど、現にその場で体験している感じは強くなるが、しかし、それを今の自分が「見ている」という自覚は失われることはない。

そして、その内容は、これまでの記述でも分かるように、現に自分が「起こっている」ことをどの程度意識しているかということと併行して深まるようである。つまり、幻聴を意識する段階では、「思い出し」の内容も、主に「声」のみが蘇る。「幻視」が明確なものとして意識される段階になると、「思い出し」の内容も、かなり細部まで明確なものとして「映像」的に蘇る訳である。

この「思い出し」が、宇宙的イメージの展開の場合と異なるのは、現に自分が体験した記憶そのものとして蘇るからで、その意味では通常の記憶の場合と同様、明確に「思い出す」という感覚を伴うものである。つまり、主観的には、自分が体験したことが疑いないものとして蘇る(蘇ってしまえば、むしろ、それまで「思い出す」ことができずにいたのが不思議に思えるほど、初めから明白であったかのように感じる。)

もちろん、客観的には、そこに「想像」などの要素が混入している可能性がないとは言えないし、それを確かめる手立てもない。ただ、この「思い出し」は、先に見たように段階的に深まって行くので、その都度の内容を照らし合わせて、全体として矛盾がないかとか、整合性があるかなどの検討はできる。

そして、この「思い出し」というのは、要するに、現に起こっていることが当時無意識であったのを意識化するということなので、結局は、今現在も現に起こっていることそのものとつながってくるのである。(現に起こっていることがその場で意識化できるようになれば、もはや「思い出す」ということは問題とならない。)だから、その起こっていることと照らし合わせることで、確からしいかどうか検討することもできる。

ちなみに、この「思い出し」ということについても、カルロス・カスタネダが、少し触れている。カスタネダは、具体的で詳細にわたる「非日常的な体験」の記述をしているが、それは、「思い出すという大変な努力」を通して可能になった、というのである。つまり、それらの体験は、当初は意識に上らず、無意識下に体験されていたのが、後に「思い出す」ことを通して、詳細に再現された訳である。

何しろ、これは、「思い出し」てみてはっきり分かるのだが、通常の状態では、意識と無意識の間のギャップというのが、いかに大きいかということに愕然とさせられる。人間は無意識レベルでも多くの体験を持っているのだが、通常それが浮上することはないのである。また、それは少なからず意識の側へも影響を与えているはずなのだが、通常、そのようなことが顧みられることもないのである。

いずれにしても、私自身、当時は無意識であったため、何が起こっているのか分からず、全く「見えない」状況であったものの全貌が、ほぼこの「思い出し」を通して明らかになったと感じることができた。

そこで、これまでは、当時の意識レベルで体験したことを中心に記述してきたのだが、この「思い出し」によって明らかになったことを、一部改めて記述し直そうと思う。特に、最初の「引き金体験」と、実家に帰って街を歩き廻ったという「させられ体験」について、無意識下に体験されていたことを少し明らかにしたい。これらは、一連の体験の中でも、個人的に印象が強いし、分裂病(的)体験一般にとっても、重要で参考になる点が多いと思うからである。

2006年2月 2日 (木)

16 「夢幻的世界」へ

「背後」の存在を、私は、「影」と呼ぶようになった訳だが、実は、「アール」も例の強烈な口調で、「カゲ(影)」と「ホンニン(本人)」という言葉で、私と背後の存在を呼び分けているようだった。とりあえず、私が「ホンニン」で、背後の存在が「カゲ」ということになる「はず」である。

特に、背後の存在を呼ぶときに、「カゲ!」と軽蔑したような口調で呼んでいたが、それは私から「影」と(非実在的なものであるかのように)みなされていることへの「皮肉」が込められているようでもあった。実際、前に言ったように、後には、むしろ背後の存在の方が「本人」で、私の方がそれに従属するだけの、「影」のごときものと認めざるを得なくなる。

これらの存在をユングのいう「元型的なイメージ」とは、解することができなくなったという意味で、一つの転換となった出来事がある。

それは、テレビの中にも、幻聴や幻視をみるようになるということから始まった。初めは、司会者や出演者の背後から、私を挑発するような「声」が聞こえるという、分裂病に典型的な「症状」のようなものだった。だが、そのうち、その背後の「声」は、映像を含むものになり、さらにその映像は、もはや番組の内容とは無関係にそれ自体で止めなく発展し始め、まさに「シュール」としか言いようのない、一つの「夢幻的世界」を映し出すようになったのである。それは、通常のテレビ映像をはっきり超え、恐らく幻覚剤による幻覚体験と同じように、目を見張るような極彩色で3Dのように立体的な映像である(但し、空間的には、テレビのブラウン管の範囲にきっぱり収まっている)。

そして、そこには明らかに、私の背後の存在も含めて、私を取り巻いていた存在たちが、関わっているのが、それらの「声」のやりとりで分かる。例えば、背後の存在が「何々を出すぞ」と言うと、即座にそのものが映像として出てくる。さらに、それに対抗するように、「アール」なども自分自身が(姿はテレビの出演者を借りているが)出て来て、とんでもないことを言ったり、何物かを出現させたりしている。

いわば、テレビ番組は、それらの存在に「乗っ取られた」かのような状態になり、まさに、それらの存在の世界をこちらの世界に映し出す「モニター」そのものとなっていたのである.

(その内容は、様々なものが混在していて、とても意味づけることは難しい。まさに「シュール」としか言いようがないが、ヘルマン・ヘッセの小説『荒野の狼』に出て来た、「魔術劇場」がこれととても似ている。SF的、宇宙的で引き込まれるものもあったが、とても直視できないほど「酷い」(グロテスクな)ものもあった。)

さらに、普通の映画の番組を見ていると、また番組の内容から離れて、出演者がアンドロイドのように顔を膨張させ始め、私を凝視したままずっと何かを迫るように動かなくなった。私は、とても直視できなかったが、このときは、心の奥から「人間じゃない」という言葉を発していた。そうすると、「アニマ」の声なのだが、「やっと分かった?」というように、「うん」と頷き、その映像も元に戻った。

私は、ここに来て、はっきりそれらの「存在」を、「イメージ的な投影」ではなく、一つの確固とした意識あるいは意志をもった「存在」と認めざるを得なくなった。さらに、このテレビ体験が、あまりにも「リアル」というか、現実そのものの領域のように思えたので、本当に「放送局の電波」そのものが「乗っ取られた」のではないかと疑ってしまった。そして、それらの存在は、そのようなテクノロジーをも左右できるし、内容の「宇宙的、SF的」なところから言っても、(邪悪な)「宇宙人」なのではないか、という風に思ってしまったのである。

私は、テレビ局に対して、何かアプローチをしなければならない、と焦燥を感じたが、その時、(けしかけることの得意な)「ルーシー」が、「テレビ局に行って来いよ!」とまた、強くけしかけてくる。つまり、テレビ局に行って、「この電波は乗っ取られたから、放送は中止せよ」とでも叫んで来いということなのである。

私は、一瞬、そうする気になってしまった(それほど衝撃的なものがあった)のだが、前に実家で「家出」をしたときとは異なり、「ルーシー」の「けしかけ」には気づいたし、かえって警戒することにもなり、それはしないで、様子をみることにした。ただ、私は再び、自分の見ている世界が「現実」のものなのか、自分だけが見ている世界なのか、混乱する状況におかれてしまった。

その後、(テレビをつけることもほとんどなくなったのだが)、しばらくは、そのような強烈な幻視的世界が出現することは落ち着いた。しかし、これらの存在は、「宇宙人なのか」などと考えていると、またすれ違う人の背後から、「ハハハ、宇宙人!」と嘲笑されることが続く。「アニマ」までが、「私の本性これよ」と、いわゆるグレイタイプ(しかし、目は非常に澄んでいたのが印象的)の宇宙人の映像を見せて、「からかう」ようなことをする。

ここに来て、いったんはユングのいう「元型的イメージ」ということで落ち着いたこれらの「存在」たちが、一体何であるのかということが、改めて問題となり始めた。「アニマ」などは、自分の無意識の現れとして理解することで身近なものとして引き寄せることができていた訳だか、改めて距離のようなものも意識せざるを得なくなった。(ただ、相変わらず「アニマ」と呼んでいたし、一緒にいることで気持ちが安らぐことには変わりはなかった。)

後にも検討するが、一般的な個人的な無意識の「投影」にしても、ユングのいう「元型的イメージ」にしても、決して、そういうものがないということではない。ただ、もはや、それに「尽きる」ということで納得するのは無理な状況になったということである。そして、私の場合、このように無意識の「投影」と理解しようとしたことには、はっきり一つの防衛的意味合いがあったと思う。つまり、「未知の他者」として現れているものを、何とか自分の身近なものに、さらには実在的でないものに引き寄せることで、「ショック」を和らげようとしたということである。

いずれにしても、これらは(物理的なものであるかのように現れることもあるが)、一つの「霊的存在」であることには疑いがなかった。そして、ここに来て、それらが、前に読んでいたカルロス・カスタネダのいう「精霊」なのではないかという考えが浮上した。

当時、「シャーマニズム」というものは少しだけ知っていたが、そこに出てくる「精霊」とか「霊的存在」というのには、既に近代人として陳腐なイメージをもってしまっていた。ただ、カルロス・カスタネダの場合、西洋人としてアメリカインディアンのシャーマンであるドンファンのいう「精霊」の世界を、自ら体験して、詳細に記述しているのである。

それは、何か陳腐なものというよりも、恐怖に満ちた「未知の力」として、訳の分からないままに具体的に描写されている。その描写は、今自分の体験している「世界」とかなりピタリと符合すると思えたのである。(それは、後になるほどさらにそうなってくる)

実際、それは「古い」どころか、「宇宙人」ともみなし得るほど、「宇宙的」な広がりと「現代的(テレビの例でみたように、高度なテクノロジーとも決して疎遠ではないと思わせる)」な要素にも満ちている。そのようなものとしてなら、「精霊」として理解することもできると思ったのである。(実際、今も改めて、分裂病(的)体験と「シャーマニズム」の特に「イニシエーション」の体験とは、最も近いのではないかと感じる。)

但し、カスタネダがほとんど「善悪」の観念抜きにそれらを描き出そうとしていたのに対して、私はどうしても、「善悪」とか「私に対して味方か敵か」という観点から、それらを見てしまうということはあった。それで、大枠的にいえば、「アール」及び「ルーシー」=「悪」または「敵」である「精霊」(悪魔)。「背後の存在」=「善」または「味方」である「精霊」(天使)。「アニマ」=中間的な「精霊」という区分けになって行ったのである。

一方では、想像力が非常に活性化し、それが独自に展開して、「宇宙的」あるいは「神話的」な内容のイメージとして現れるということが続くようになった。これは、それまでの、幻聴や幻視のように直接その場に他者のものとして現れるというよりも、私自身の心の奥から沸き上がって来ていることの自覚はあるもので、私は、その展開をただ受動的に見ているのである(「思い出し」というのは、過去の出来事に絡むのではあるが、むしろこれと近いものである。)

ただ、これらの内容もまた、「シュール」というか、多様な「意味」が折り重なるように圧縮されている感じで、容易には言語的に表現し得ないものがある。しかし、森山も第3段階の特徴として、「宇宙的、霊的内容の世界が必ず現れる」と言っているし、 ユングも分裂病の大きな特徴として、この「宇宙性」(または「神話性」)を挙げているので、やはり少しは触れておきたい。

まずは、「地球」ということが大きなテーマとして浮上してくる。「地球」にまつわるさまざまなイメージが展開するとともに、私自身がその「地球」そのものになる(一体化する)ことを味わうのである。これには、物理的な「音」が自分の内部から直接のように響くということがあり、それがさらに発展して、音が、もっと底の地球の内部からのように反響するようになって行ったということも関係している。そこで、私の世界は、まずは地球大に広がり、地球と同一化することをイメージ的に経験するのである。

そこでは、地球の地表をアスファルトで塗ることは、人の皮膚をタールで塗ることと同じで、皮膚呼吸を困難にさせ非常にまずいということ。ただ、今のところは、地表にはアスファルトで塗られていない部分の方がはるかに多いので、それは生死にかかわる問題ではないし、地球はその気になれば、いつでも、人が皮膚上をはうアリを払いのけるのと同じように人を払いのけることができる、ということがイメージ的に味わわれた。

ただ、問題は、石油の発掘などに利用されるボーリングで、これは、人体に見境なく穴を開けることと同じで、内部のエネルギー的な流れを大きく乱してしまうと感じられた。そして、そのエネルギー的な乱れが、私に地球の底の方から響いてくる不穏な音にも反映されていると思われた。

しかし、そこで、この辺が「微妙」というか「危ない」ところなのだが、私は、家の近くの人が庭で植木を植えるためか地面を一生懸命掘っていたのだが、その時、ふと、「地球がいやがっているから、止めてくれ」 と詰め寄りそうになってしまったのである(そうしていれば、まず頭がおかしいと思われるし、病院に連れて行かれた可能性もある。)

現実的にいえば、庭を掘るのと大規模なボーリングとはレベルが全然違うのだが、このときは、ちょうどそのような発想が出て来ていたときであり、その掘る音から本当に「痛み」を感じ、このような衝動に駆られてしまったのである。分裂病(的)状態では、これに近いこと、つまり、ある事態(それ自体は決して本質的に間違いではない)を自分に身近なレベルのものに即物的、あるいは視野狭窄的にあてはめてしまって、それに対して、衝動的に反応をしてしまう、ということが起こり易いのだと言える。

さらに、このようなイメージは、「地球」から「太陽」さらには、なぜか「土星」へと広がっていった。それぞれ、「神話的」な内容の「物語」が展開し、またそれと「同一化」したと感じることがあった。特に「太陽」では、自分が「太陽」であり、「アニマ」が「月」であるというイメージから、「太陽」と「月」を巡る様々な宇宙的出来事と、それが地球の歴史や現在の文化にも反映しているかのような内容のものが展開された。

また、太陽と同一化したと感じたときには、自分が意識を強く張り詰めると太陽が強く輝き、それを弱めると輝きが弱まるということをはっきり体感し、恐ろしくなるということがあった。

この点についても、これを「自分」なるものが「太陽」と同一化(拡大)した、あるいは、自分は太陽を支配できる、などと受け止めてしまうと、端的に「誇大妄想」となる。この状態では、日常性をかけ離れた様々な宇宙的イメージが現れ、それは連想などにより止めなく発展して行くので、「誇大妄想」の元はほとんど無限にあるといえる。第2段階の「幻聴」段階での「問題」が、「迫害妄想」であるとすれば、この第3段階の「夢幻様状態」での「問題」は、「誇大妄想」なのだと言える。

私自身、かなり「誇大妄想」的な発想も持ちかけたが、それは様々な存在との関わりで、自分自身が「影」に過ぎないことを思い知らされることなどを通して、そう長く続くものでもなかった。

実際には、この「同一化」は、むしろ「自分」という境界が揺らぎ、あるいは外されたことで、自己と外界があるレベルで「融合」した(ある意味、本来の「つながり」の状態が浮上した)と感じることから、「一時的」に起こるものといえる。それは決して単純な錯覚ではなく、そこには、確かに厳とした「リアリティ」、それも外界との区別が前提である「日常的リアリティ」よりも、直接的で強烈なものがある。ところが、一方で、それは、それまでの「自己」という拠り所を失っていることの、「補償」として作用する面もあるといわねばならない。

いずれにしても、それを端的に「自己」そのものの拡張と捉えるのは、「自己肥大」以外の何ものでもないことになる。そこで、このような微妙なイメージの受け止め方については、後にユングなどを参照しながら、再びとりあげたいと思う。

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