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2006年2月17日 (金)

18 「引き金体験」―思い出しバージョン

まず、初めの「引き金体験」だが、既に述べたように、飲みに行った時の待ち合わせの場所で、いきなり「アール」をはじめ5体位の「存在」に囲まれて、指を指されながら、強烈な口調で、「あと10年!」と宣告された。

この時には、その後にもいろんなことがあったのだが、これは、明らかに一連の体験の「引き金」になったものだと言える。この言葉は、私の内部(無意識)に、「最初の一撃」のように作用し、強烈な衝撃をもって撹乱させたということである。

それは、すぐには意識に上るものとはならなかったけれども、「何かただならぬこと」が起こったことの自覚、「訳の分からない恐怖」としてはっきり意識に痕跡を残すものになった。そして実際、その内容として、初めに「思い出さ」れることにもなったのである。

恐らく、この「一撃」がなければ、何事もなかったかのように日常に戻っていて、分裂病的体験の世界へと引き込まれることはなかったかもしれないのである。

実は、「最初」の一撃と言ったが、「思い出し」によれば、私はこの時以前にも、子供の頃から節目節目に「アール」からかなり強烈(ある意味では今回のものを上回る)攻撃を受けていたことが分かっている。しかし、それらは、潜在的な衝撃として意識に残っていたとはいえても、結局、その時には、具体的には何も意識に上らず、すぐに日常性に戻っていたのである。

これには、既に述べた「解離」(起こったことを意識から切り離すこと)のような防衛機制も働いていたとも言えるが、むしろ、元々意識と無意識の間のギャップはそれだけ大きいということなのである。無意識レベルで起こっていることというのは、多少強烈で破壊的なことであっても、ほとんど意識に浮上することはないのである。そこには、はっきり断絶があるといっていい。

逆に言えば、その断絶によってこそ、意識上の体験の連続性が、「日常性」として構成され、それは「自己」なるものの基盤ともなっているわけだから、それによってこそ、「日常性」や「自己」なるものが「護られ」ているのだともいえる。(「自我」というのも、このような無意識からの独立性を捉えて言われるものといえ、その程度が強いことが「自我の強さ」などとも言われる。)

だから、分裂病的体験が引き起こされるというのは、この容易には超え難いキャップを超えて、意識の側へ恒常的な影響を及ぼすだけの、「決定的な一撃」があるということである。そこには、今みたような意味での「自我の強さ(弱さ)」や、また戻るべき「日常性」が安定している否かなどの、種々の状況との相関関係があるにしてもである。(この点は、後に改めて、「人はなぜ多くの場合分裂病にならないのか」 という問題を設定して考察したい。)

何しろ、私の場合、それまでの攻撃の蓄積や、その時の種々の現実的な状況も影響しただろうが(ある意味機が熟していたと言える)、この時の最初の一撃によって、ギャップが超えられる方向、つまり分裂病的体験へと引き込まれる方向に大きく揺れたのだと思われる。

この一撃の後も、友人らと飲んでいる時に、「背後」から、「アール」は何かと出て来て私や、私の背後の存在とやりとりをしていた。私は、意識レベルではそれらを意識してはいないのだが、無意識レベルでは、何かが「背後」でうごめき、言いかけてくるのを、もはやはっきり感じ取っている。そして、それが何か分からず、戸惑っているのである。

無意識レベルで「感じる(意識する)」というのは、変に聞こえるかも知れないが、これは、例えば、夢の中でも、無意識ながらに、一種の主体の意識のようなものがあって、 いろいろ感じたり、行動したりしているのと似ている。また、「思い出す」ということを経ると、当時は無意識レベルの主体であったものが、むしろ現在の主体の意識と連続する感じになる。当時は意識レベルの主体であったものの方が、むしろ現在とは断絶していると感じるのである。

飲んでいる時は、このような不可解な状況が続いていたが、その他に特に大きな出来事はなかった。だが、その訳の分からない状況への混乱や反発がピークに達したこともあり、その帰りには、街のど真ん中で、ついに、それらの存在と正面から「衝突」することになってしまったのである。「アール」や「ルーシー」らの執拗な攻撃に対して、私も、友人らの「背後」にいることが分かる彼らに、自分なりの「攻撃」を仕掛けていたのである。

初めは、言葉(一種のテレパシー、自分でもテレパシー的に伝わっている感覚がはっきり分かる)で彼らにいろいろ言いかけていた(まあ「いい加減にしろ」とか「ばかなことはやめろ」みたいなことだが)が、一見聞いているようで、全く聞く気がないのが分かると、私もついに切れてしまって、力を振り絞って、いくつか自分でも信じられないような(エネルギー的な)「攻撃」をしかけていた。ただ、それが、効果を発した様子はとても見受けられず、「ルーシー」などは、私が本気で攻撃的になればなるほど、「楽しくてしょうがない」というように、笑みを浮かべて、空を飛びながら「観戦」している。

ある時は、一人の友人(但し「背後」に「アール」が立っている)と私(やはり私の背後の存在が加担している)で、手から何かのエネルギーを放射してそれで闘ったり、それを目から発する光線で防御したりと、ほとんど「スターウォーズ」紛いの(エネルギー的な)「闘い」が演じられた。(それは結局、一見私が「勝った」ような形では終わったけれども、実際には友人が前面に出ているので、「アール」にとっては全く痛くもかゆくもないはずである。)

周りの状況としては、街中であるにも拘わらず、景色の背景に「山」が見えたり、何かエネルギー的な塊が絶えず飛び交っていたりと、もはや「世界」は、半分以上はこの世的なものではなくなっていた。

要するに、無意識レベルでは、この最初の「引き金体験」の時点で、既に「夢幻様世界」が現出していたのである。しかもそれは、はっきり意識的にも「夢幻様段階」に入った後の出来事と比較しても、十分衝撃的で印象の強いものであったのである。

何しろ、このような「闘い」の後、私は全ての力を使い尽くしたような脱力感と、どうしようもない無力感に襲われつつ、帰りの電車の中にあった訳である。「無力感」というのは、友人らがそれらの存在のほとんど「言いなり」になっているようなのを、どうすることもできないと感じたこと。また、それらの存在は、私自身何をしても全く通じない相手である、と痛感したことなどから来ていたと思う。この時点で、無意識レベルの自分は、それらが人間でない何者かであるのを、十分感じ取っていたのである。

その後は、既に最初の引き金体験として述べたとおりだが、この電車の中では、意識レベルでも既に何か途方もないことが起こったことは感じていたようである。そして、その思いは、後になるとますます拡大し、意識のほとんどを占めるようになり、もはやそれから逃れることはできなくなる。

このような無意識レベルでの「出来事」の後に、少なくとも、この「何事かが起こった」という意識は明白なものとして残ること。それが意識を捉えて離さず、ただならぬ恐怖と焦燥のもと、それを「分かろう」という強い思いに駆られること、というのが、恐らく分裂病(的)体験へ向けてギャップを超えたことの「徴」といえるのではないかと思う。つまり、このようなものが残る場合には、意識への影響が恒常化して、この体験が、後に分裂病的体験へと展開される可能性があるということである。

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