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2005年12月22日 (木)

12 初めの「引き金」体験

既に述べたように、私の体験については、当初から意識された部分と、当初は無意識レベルで体験されていたが、後に「思い出す」という形で意識化されたものとがある。この「思い出す」というのは、「閾下知覚」といわれる、意識されなかった知覚の「周辺」が記憶に蘇るというのとは、大分異なる。「思い出す」ことがらは、単に知覚の周辺というのではなく、むしろそれを含みつつ(物理的現実の範囲を超えて)「背後」に広がる全体的な状況だからである。

(それは「共通の知覚とは異なる知覚」という意味で、「幻覚」であるのは本当である。また、「見えない世界」とか「霊的世界」、「異次元の世界」などの言い方もできようが、今はそのような「限定的」な表現は取らないでおく。但し、通常の「物理的現実」に収まる出来事でないことは、はっきりさせておかなくてはならない。)

実際、この両記憶は、後のものがより包括的で、明確なので、前者の記憶というのは、後者に解消されるようにして、大分希薄化しつつある。また、森山のいう第3段階当たりになると、この両者は、ぼぼ融合し、現にリアルタイム(但し、多少のラグがある場合も多い)で意識されているものが、ほとんど体験の「すべて」になる。

(この「思い出す」ということは、具体的にどういう状況なのかは、私の体験を一通り述べた後にもう一度取り上げてみたい。)

ただ、ここでは、無意識の過程、あるいは意識化の過程ということを明らかにしたいので、この両者をはっきり区別して述べなければならない。当初から意識された部分と、当初無意識であったが後に意識化された部分とを対比することで、幻覚や妄想が特に無意識レベルで、どのように形成されていたかが、明らかになるからである。

そこで、後者の「思い出し」による包括的な記憶はとりあえず置いて(必要な範囲で並行的に補充することもある)、まずは、前者の当初から意識された記憶をたどることから始めたい。それは、既に希薄化しつつはあるが、「妄想」や「幻覚」の形成過程という観点から、重要と思われる点については、十分明らかにできると思う。

まず、私の一連の体験にとって決定的な引き金となった出来事というのがある。それは、前者の記憶から言っても、後者の記憶から言ってもそうである。

それは、久しぶりに学生時代の友人と飲みに行った時のことである。当時(15年ほど前)、私はアパートに住み、仕事も止めて、ある資格の勉強をしていて、一人でいることが多かった。そのような「閉じこもり」がちな状態が、この時にも、その後の体験にも様々に影響したことは確かである。しかし、そのような環境が体験に及ぼす意味については、後にまとめて述べようと思う。

この日は、はっきりいつもと違う「違和感」のようなものを感じていた。電車で待ち合わせ場所に向かうときには、それはかなり強くなり、いやな「予感」と言っていいものになっていた。

ただ、当初の記憶をたどる限り、その飲んでいる場では、特に取り立てて何かがあったというほどの意識はなかった。「違和感」のようなものはずっと続いており、その場にうまく「入れ」ず、いつもとは違う振る舞いをしていたことは確かだが、取り立てて、何かしたという意識は、少なくとも意識レベルでは生まれなかったのである。

しかし、帰りに、電車に乗る頃には、何か「とんでもないこと」が起こり、また、私自身も、何か「とんでもないこと」をしでかした、といった思いが出てきていた。その時点では、特にそれを詮索するということはなかったが、ただ、エネルギーを使い果たしたかのような、強い虚脱感を感じ、また深く気分が落ち込んだ。ある種、「死」を宣告されたかのような気分に陥っていたのである。

その間、周りの者が何故か自分に異様に注目しているように感じられた。そして、電車の席では、前に座っている者が皆、「光り輝いて見える」ということがあった。それは、単なる比喩ではなく、実際、明らかに「光り」を発し、しかも、皆「天使」のようなほほ笑みを浮かべていたのである。それは、私を「祝福」しているかのようだたったが、私自身は、強い虚脱感と落ち込みの状態にあったので、全く状況にそぐわず、むしろ苛立たせられた。それで、以後周りを見ないように、うつむいたままいることにした。

この飲みに行く時の行きの「違和感」や、帰りの状態は、明らかに、『精神医学ハンドブック』でみた「妄想気分」に当たる。つまり、分裂病の「症状」としてみると、最も初めの入口である。

家に帰って、どれぐらいしてかは覚えていないが、身体の底から、何か強烈なエネルギーが込み上げて来て、体が震える、ということがあった。これは、一連の体験が本格的に始まることの幕開けとなった。

初めは、この飲みにいったときに、何か「とんでもないこと」が起こり、私自身も、何か「とんでもないこと」をしでかしたという思いが、強く確信めいたものとなって出てきた。それは無視することができないもので、何としてもそれを知りたいという思いが強くなった。

それで、そのときの友人に電話をかけて、それとなく「聞いてみる」ということをした。しかし、その友人は、特に取り立てて何もなかったというし、それは本心からののものであろうことは電話でも感じられた。しかし、「何か起こった」ということだけは、どうしようもなく確かなものとして既に生じていたので、私は納得が行かず、戸惑った。

(このように、「起こった」ことをそのときに居合わせた者に「聞く」ことがいいのかどうかは、微妙かもしれない。人によっては、気味悪がったり、病気の疑いをかけてくると思う。しかし、私は、このときの感触で、この「何か起こったこと」は、誰か他人に聞いて「分かる」性質のものではないというのを、それとなく感じ取ることができた、という意味では良かったと思う。結局、自分一人でそれに向かい合わなければならなくなった訳だが、しかし、以後、このようなことを誰かに聞いたり、問いただしたりということを、―しそうになったことは何度かあるが―しないで済んだからである。)

「何か起こった」ことは間違いないという思いは日に増し、それは得たいの知れない「恐怖」を感じさせるものになり始めた。しかし、普通に「思い出そう」としても、まるでピンと来るものが出てこないのである。

また、その頃、やはり外に出ると、人が自分に注目し、何か「言ってくる」ように感じられた。初めはまだ、具体的に何を言っているとか、言ってくるのが「確か」なことだとかは思えないが、周りの状況が「おかしい」ことははっきりしている。要するに、自分を取り巻く世界が、その飲みに行った時を機に、異様に、また私にとって親しくないものに、変化し始めたのである。それは、やはり、その時に「起こった」ことが関係していると思わざるを得なかった。

「おかしい」ということははっきり自覚し始めた。自分は病気、それも「分裂病」にかかったのではないかと思い、それがますます恐怖を煽った。「分裂病」に対しては、一度だけ簡単な解説書を読んだことがあって、興味は持ったが、よく「分からない」というのが本当だった。ただ、『ルポ精神病棟』という、精神病院の実態をルポした本を読んでいて、それは強烈に印象に残っていた。それが、恐怖を増すことや、後の「妄想」にもかなり影響した。

その後、いく程かして後、もう一つ、重要な契機となった出来事がある。それは、両親のいる実家にしばらく泊まる、ということである。しかし、それまでに起きたことは、当初の意識レベルでは、あまり具体的には思い出せない。

ただ、実家に帰る時点では、まだはっきり「幻聴」を意識していなかったし、「妄想」も特に具体的な形では現れていなかったのが確かである。

しかし、実家に帰る前、私は20日間ほど、食事も取らず(但し、毎日缶コーヒーを1,2本とタバコ2箱は必需品だった。睡眠については、眠れない時期もあったが、眠るとなると、10時間以上も死んだように眠った。)、ずっと張り詰めた状態にいて、本当に痩せほそろえていた。それが帰るきっかけになった訳だが、その間何をやっていたかというと、要するに、飲みに行ったとき、「何が起こったのか」について、「あーでもない。こーでもない」と、ずっと思いを巡らせていた訳である。あらゆる可能性を考えた気がするが、具体的に何を考えたかは、あまり思い出せない。

何しろ、これまでの経験や知識を総動員して考えても、その起こった「何か」がつかめないのである。何か途方もないことが起こったことだけは確信としてあり、実際それまでに経験のない恐怖によっても、それが肌で確かめられるのだが、その実態は、一向に明らかにならないのである。脳は限界状況的に酷使されていたし、実際、脳の中で「シュワー」という音がするのが聞こえたこともある。今思っても、その時期が一番「辛かった」と思う。

後に、ある程度「恐怖の実体」が見え始めてくるときも、「恐怖」という意味では、相当のものがあったが、むしろ形が見えてくることは、初めの「どうしようもない状態」からは、脱皮できることを意味した。

しかし、ここまで考え尽くしても「分からないことが分かった」ことは、その「起こった」ことが、通常の「現実レベル」での出来事でなかったことを、示唆するには十分だったとはいえる。無意識レベルでは、ほぼ当初から、それが「未知」のものであることは、十分感じ取られていたようだが、この辺りで、意識レベルでも、それが「未知」のものであることを感じ取り始めたことになると思う。

(私は、何か本当に「そうだ」と思えるものが出て来ない限り、それは「違う」ということで処理した。言い換えれば、いずれは、何か「それだ」というものが、見えてくるに違いないという直感があったので、それに「届かない」ものは、違うこととして処理できた。例えば、「組織」やその場に居たある者など「現実レベル」のものが、自分を「陥れようとしている」といった「妄想」的な発想も出て来たが、それは「違う」あるいは「あり得ない」という冷静な判断もできていた。但し、「現実レベル」ではない領域まで含めると、それは後にみるように、かなり怪しくなる。)

そういう訳で、実家に帰る訳だが、張り詰めていたものがいくらか緩んだことも関係するだろう。そこで、「起こったこと」の手掛かりが、いくらか見え始めたのである。

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