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2005年11月27日 (日)

9  「妄想」の発展・深化段階

これまで、分裂病の症状とされるものがとのようなものであるか、そして特に、幻聴の「声」の特徴をみて来た。

それでは、それら幻聴の声や妄想が、どのようにして形成されてくるのか、その(内的な)過程をもう少し具体的にみてみたい。

そこで参照にするのは、まずは私自身の体験である。私の場合、体験当時は無意識であった部分についても、後に明確に「思い出す」ということがあったので、それについても、かなりの部分を明らかにできる、という利点がある。つまり、体験当初、意識的に把握できた部分以上の、無意識の過程についても、かなりの部分を明るみに出せるということである。

それについては、もちろん、その「思い出す」ということ自体が一つの「妄想」なのではないかという見方もできよう。意識的に体験されたのではないことを「思い出す」というのには、確かな基盤がないようにも思われるからである。

しかし、これは、単に「思い出す」というよりも、一種の「追体験」(もう一度、その場所・時間にあって、当時は意識に上らなかった部分を含めて、体験し直すといったもの。恐らく、退行催眠による記憶の回復と似たものだと思う。)と言え、その手ごたえには、確かなものがある。意識に上った部分と照らしても、矛盾がなく、細部にわたって明確であり、リアリティも当初の記憶をはるかに上回るのである。その意味で、それを「体験」の一部として語ることには、十分の理由があるといえる。

(私の体験については、前の日記で、ある程度まとめて紹介したが、今回は、特にそれをしないで、必要な範囲で触れるに止める。)

それから、もう一つは、森山公夫という精神科医の『統合失調症―精神分裂病を解く』(ちくま新書)という書物である。 これは、分裂病を、従来の「了解不能の脳病」といった病気観から解放して、「了解」の可能な人間的な「問題」として捉え直すというもの。その際、「迫害妄想」が中心的なものとして捉え返される。

その問題意識は、私とも近くて共感できるし、迫害妄想を「問題」の中心として捉えるところも同じである。そして、その迫害妄想の発展、深化のモデルを3段階に分けて捉えているが、それが私としても参考になる。(但し、個々的な解釈や理解は、次に見るようにかなり根本的に異なる。)

そこで、まずは、この書物で、迫害妄想の発展・深化の過程がどのように捉えられているかをみてみよう。その後、私の観点から、再度捉えなおすことにしたい。

第1段階 「パラノイア段階」

この段階は、幻覚(幻聴)はまだ現れず、妄想だけがある。妄想の内容は、基本的に「組織に狙われる」といったものである。この前段階である「対人恐怖」の段階では、個々人の噂や視線が気になっていた。しかし、この段階になると、それらは「組織」に結集され、はっきりと敵対的な「迫害」を示すようになる。「組織」というのは、具体的には、「秘密警察」や「やくざ」などで、その者を排除しうる権力をもったものである。著者によると、それは「社会(世間)」の象徴であり、その根底には、「社会からの隔絶」という状況と「社会に対する恐怖」があるという。

そして、この迫害妄想の成立については、クレペリンの説を入れて、次のように言う。

病者は孤立の中で自分が世間から疎外されて行くという確信を深めていく。その突端で、ある出来事をきっかけに、またある精神状態や追想錯誤に基づいて、想像力によるひらめきとして迫害妄想が形成され、それで「目から鱗が落ちたように」物事の諸関連が明らかになったと当人は感じる。

この辺りは、初めにみた『精神医学ハンドブック』の説明でも、具体的にみたとおりである。初めは、漠然として理解しがたい一連の出来事の「理由」が、迫害妄想の形成によって、一気に「解けた」と感じるということである。

そして、

「組織」の出現により、患者の生きる世界は決定的に相貌を変えます。世界は迫害が常道的に繰り返される「恐怖の舞台」(ビンズワンガー)へと転換し、患者の対処行動もまた常道化されます。



つまり、迫害妄想の形成は、その者の世界をそこに閉じたものとして常道化させる、決定的な一歩を踏み出したことを意味する。そして、それは不眠、過労、過敏などの身体症状、さらに「脳の機能障害」をも巻き込んで、さらに進行していくことになる。

第2段階「幻覚・妄想段階」

幻聴(幻声)が現れて、さらに妄想も深化する段階。
幻聴については、疲労・不眠等の身体症状の極みに起こるもので、「入眠時または出眠時の幻覚」と類似のものだという。それは、通常の睡眠時の夢と異なって、イメージよりも思考と親和性をもち、覚醒時の知覚的世界の中にはめ込みやすいものである。それで、「現実の体験」として捉えられ易いのだという。

なぜ、幻聴なのかという点では、人は孤立の最中で、現実的対話の可能性が閉ざされた時、内的対話を幻想的対話(幻声)として結実させるからだという。

この「声」は、分裂病の特徴のところでみたように、「自分の悪口を言い、ときにほめたり批評したりしながら、圧倒的な力で襲ってくる」ものである。それは、既に「社会的断絶」の状況下で、「組織」という敵対者を成立させているからで、この「声」は、その「組織」のメンバーの声であり、その圧倒的な力は、背後に担っている権力からくる。

そのような幻聴の出現とともに、さらに世界は変化する。

パラノイア段階では、病者には「恐怖の舞台」の中でまだ対処の可能性が残っていました。しかし、いまや病者にとって舞台はより狭溢化し、換言すれば彼は幻覚にただ一方的に支配されたり、またそれに反発したりということになるのです。こうして幻声世界がいったん成立すると、それは悪循環を形成し、自動運動を展開します。……社会的断絶はより高度になり、いまや「社会的現実」は彼の視界からは遠く、うっすらと展開されるのみです。

第3段階「させられ・つつぬけ体験段階」(夢幻様状態)

まず、著者自身の説明を挙げよう。

いまやこの幻声段階の突端で、より高次の病的事態が生まれます。幻声は肉声性を失い、「頭の中」など内部空間で抽象的な「意味」として直接響いてくることになります。……患者さんはこれをよく「電波」や「テレパシー」がやってくると表現し、また「以心伝心」の世界だともいいます。
こうして外部から意味が直接、彼の心だけでなく身体にも圧倒的な力で働きかけてきます。(させられ体験)が、恐るべく恥ずべきことに病者の内部が、内奥の秘密が、直接「組織」にそして公共社会に漏れ、つつぬけになってしまうのです。(つつぬけ体験)
従来は「組織」は、彼の動静をいわば外部から探り、外部から指示していました。それがいまや内・外の障壁は失われ、内・外は密通してしまうのです。この段階を「させられ・つつぬけ体験段階」と呼ぶことにします。


この「させられ体験・つつぬけ体験」は、『精神医学ハンドブック』でも、『精神病』でも、分裂病の症状の特徴として、重視されているものであった。特に『精神病』では、「自己と外界の境界線が曖昧になる」という点から捉えられていたが、ここでも、「内・外の障壁が失われ、密通してしまう」という言い方で、それが示されている。

「させられ」体験も「つつぬけ」体験も、このように内と外が融合してしまう事態を、それぞれ、「外から内へ」、「内から外へ」という方向性から表現しているものとみることができる。

この内部と外部の密通状態の中で、患者の住む世界の時空性は決定的に崩壊することになる。「ここ」が「あそこ」や「かなた」と密通して、場所性が解体し、「いま」が未来や過去と直通して、時間性を喪失する。つまり、「いま」「ここ」という確かな基盤が決定的に失われていくのである。

そのような状態の先端で、「夢幻様状態」への転換が生じるという。

睡眠障害は、ほとんど完全不眠となり、眠りも覚醒もない独特の状態に移行していく。そこでは、「清明な意識」も失われ、「夢見つつ目覚めている」といった一種の「意識障害」が起こる(錯乱、朦朧、せん妄などの状態)。そして、そこでは、「夢」と似た、心象の自動運動が展開されることとなる(幻視などの夢幻様状態)。

第2段階の「幻聴」は、入眠時または出眠時幻覚と類似のもので、未だ「現実」に当てはめられる性質のものだった。ところが、第3段階の「幻視」では、もはや「夢」と類似の、現実からは完全に遊離した夢幻的な内容が展開されるというのである。

その状態では、第2段階からの迫害のテーマはさらに拡大して、さらに夢幻的に展開される。


この世界に「宇宙人」が現れ(次の症例Aを参照―引用者)、夢幻様状態が展開されます。この異形の出現を「幻視」とも呼べます。この出現で、舞台は、従来の幻覚・妄想の「第二次的世間」=「世界」を脱して「宇宙」へと拡大し、同時に神・超越者の現前する場、超能力の活躍する場へと転化します。有神論者と無神論者とを問わずこの宇宙的世界はほとんど必ず訪れ、これはまた生と死の舞台でもあります。
要するに、この夢幻様状態の舞台は宇宙に拡がり、人間に根源的な「霊的」世界が展開することになるのです。

まさに、笠原著『精神病』にいう「超越性」というテーマが、この段階になると、否応なく前面に出てくるわけである。

しかし、迫害妄想の発展という点からいえば、第1段階の「妄想段階」の前段階、「対人恐怖段階」では、迫害の主体が、具体的な「個々人」であった。それが、第2段階の「幻覚・妄想段階」では、秘密警察などの権力を持った「組織」となる。そして、第3段階では、それが「宇宙大」に拡大されて、「宇宙的規模での人類の破滅」というテーマへ収斂していく。


こうしてテーマの基調は「自己の破滅」という点で一貫しながらも、その規模は「疎外」から「迫害」へ、そして「人類の破滅」へと拡大していくのです。

森山は、第3段階が、それなりに現実との接点を維持した第2段階から、いわば大きく飛躍し、「つつぬけ・させられ体験」という内外の密通状態から、もはやシュールそのものというべき、「宇宙的」または「霊的」な幻視世界へと発展していく様をよく捉えていると思う。しかし、注意すべきは、それらはあくまで、「迫害妄想」の発展という観点から捉えられているのである。

「迫害妄想」というのは、要するに、本来、第1段階でみたように、「社会からの隔絶」という状況が生んだ「社会への恐怖」の反映である。それが不眠等の身体症状を巻き込みつつ、外部的な現象であるかのように現出して出てきたのが、第2段階の「幻聴」であり、さらにそれが宇宙大に拡大されて、夢幻的に展開されたのが、第3段階の「幻視」である、ということになるだろう。

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