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2005年10月25日 (火)

4 「幻覚」と「妄想」の関係-「幻覚」とは何か

分裂病の「症状」として、「幻覚」と「妄想」をみてきた。
ところで、この「幻覚」と「妄想」の関係について、『精神医学ハンドブック』では、次のように言っている。


妄想と幻覚は、いずれか片方がより顕著に現れることはあるものの、幻聴のために妄想をいだくのでも、妄想に没入するために幻聴を聞くのでもない。意味・内容の通じ合う妄想と幻覚が、同時に病者の精神的内界に入り込むのである。

また笠原著『精神病』でも、両者はほとんど一体となっていて、分かち難いので、「幻覚妄想状態」とも言われることは紹介した。

確かに、「幻覚」と「妄想」は、外部的に観察される限り、どちらがどちらに影響を与えているというよりも、互いに同時的に強く結びつきながら、現れ出ているように見える。また、「幻覚」と「妄想」は、互いに相乗効果のように、一方が他方を補強し合う関係にあるのも確かで、どちらが先かということは、容易には把握しにくい。

しかし、この「幻覚」と「妄想」が内的に形成されて行く過程をつぶさに観察すると、そこには確かに、一つの序列を想定しうると言うべきである。即ち、一次的には、「幻覚」こそが「妄想」の根拠になっている、と言わなければならないのである。

このことが「見えにくい」のは、「幻覚」や「妄想」の内的な現れには、無意識の過程が関わるからである。即ち、外部的にはもちろん、本人すらその過程を把握することが容易ではないのである。たとえば、ある者が迫害妄想をもっているとして、その者には幻覚は全く意識されていないとする。しかし、その者も、無意識においては、他人の「声」を聞いており、それが意識されないまま、妄想の根拠となって働いているということがあるのである。その他人の「声」は、後に明確な形で、意識化される(思い出される)ということはある。(このような幻覚と妄想の形成過程については、後にもっと詳しくみる)

しかし、いずれにしても、「幻覚」と「妄想」の関係をいうには、「幻覚」とは何かということを、もう少し踏み込んでみておかなければならない。

「幻覚」とは何かというのは、本質的には容易ならざる問題である。例えば臨死体験やそれに伴う体外離脱体験は「幻覚」か?とか、唯脳論的に言えば、「知覚」というものはすべてが脳の作り出した一種の「幻覚」といえるなどの、厄介というか、ほとんど不毛な議論もある。しかし、ここでは、そういった問題に踏み込むのは避け、実際上の観点から、特に分裂病にいう「幻覚」というものを、もう少し踏み込んで把握するのみとする。

まずは分裂病の場合、幻覚としてもっとも頻繁に出て来る「幻聴」(他人の声)をみてみる。その場合、それが「幻聴」といわれるのは、まず第一に、その「声」が、現実の他人が発話した物理的な「声」とは、異なることが確認されるためである。たとえば、ある者が、「誰かが何々と言った」(のを確かに聞いた)と主張するとする。が、その誰かが決してそのようなことは言っていないと確認されるとすれば、それは幻聴である可能性があることになる。

しかし、現実の他人が物理的に発話した「声」とは異なる「声」を聞くということは、他の場合にも色々ありうる。たとえば、夢の中では他人の声なるものが様々に出てくるし、睡眠までいかなくても、うとうとする入眠時にも「声」が聞かれることがよくある。また種々のドラッグは、幻視とともに他人の「声」を聞く意識状態に人を導くことがある。

その他、現実の他人の「声」ではなく、死者の霊の「声」や、「神」または「神々」の「声」を聞くと称する「霊能者」、「神秘家」は過去にも現在にも多くいる。さらに、物理的な「声」としてではなく、心理的に直接意志・思念が伝達される「テレパシー」なる現象も知られている。

それでは、そういったことから、分裂病の幻聴を区別するものは何なのか。それを前に挙げた笠原著『精神病』で、幻聴の「声」の特徴(以下<特徴>と略す)としてあげたものと照らし合わせながら、考えてみよう。

<特徴>1は、「人の声」であるとされていた。それは、現象面として、まさに人の「声」そのものとして聞こえる、ということである。言い換えれば、それは、「現実の人の声と混同されるだけの質を備えたもの」である、ということである。分裂病者は、これを現実の人の声として聞くからこそ、具体的に誰々やCIAの組織などに迫害されているという、「現実的」な形の妄想を築き上げるのである。

そして、これは二つの面からみることができる。一つには、状況の問題がある。それは睡眠状態や意識水準の下がった状態ではなく、覚醒状態で(まさに笠原著『精神病』にいう「清明な意識」において)起こる。つまり、意識のはっきりした状態で、現実に人と交わる中から出てくる「声」であるから、状況的に人の現実の声と混同しやすいということがある。

もう一つは、その声の「リアリティ」(現実感)ということである。つまり、それが「現実の人の声と同程度(あるいは時にそれ以上)にリアルなものとして」聞こえるからこそ、人の声そのものとして受け取ってしまうということである。

次に、<特徴>3は,「直接話しかけてきたり、噂をしたり、行為のいちいちを批評する」であった。つまり、「声」の内容に着目すると、それは概ね「悪意」のある、攻撃的なものである。また、ここには特にあげられていないが、本人しか知らないような「秘密」や「弱点」をついてくることも多い。総じて言うと、心理的に人を困惑させ、落ち込ませ、切羽詰まらせるように追い込んでいくごとき内容であるということである。さらに言えば、声は必ずしも明示的に多くを語らず、暗示的にキイとなる言葉のみを語り、本人自らが連想を膨らませて、否定的な解釈を連ねるべく仕組まれたかのように、狡猾に攻め立ててくるのである。

さらに、<特徴>4は、「自分の気持ちや考えに強く影響する。無関心ではいられない。ときには、声の命令に従ってしまう」ということであった。つまり、「声」は、「影響力」、ある種の「魅惑」 、「支配力」などの、逆らいがたい「力」を備えている、ということである。これらは、<特徴>3でみたような、攻撃的で、心の内奥にまで踏み込むごとき、「声」の内容によっているという面もある。また、自己の境界が揺らぎ、その主体性が大きく損なわれているという状況も影響している。しかし、確かに、声そのものの性質による面も大きいのである。

つまり、「声」は現象的には(音声又は言葉としてみると)、確かに「人の声」なのだが、それは、「普通」の人の声とは明らかに違った「力」の質を帯びているのである。そして、これは<特徴>5にあげられた、「「声」は何かしら地上性をはなれた超越性を帯びている」ということとも関連している。

それで、場合によっては、この「声」を人ではなく、「宇宙人」や「神」の声として聞いてしまうことが起こる。「宇宙人」や「神」というのは、いかにも間に合わせの陳腐な感が否めないけれども、そこに某かの「超越性」を看取するからこそ、出てくるものなのではある。

この点は、後にもさらに詳しく踏み込むことにするが、とりあえずここでは、「声」は、「超越性」というよりも、何らかの「未知性」を帯びていると、広く捉えておくことにしたい。とりあえず、はっきりしているは、この「声」は、それまでの本人の体験からは、到底理解する術のない様相を示すということである。それで、それは、「強い不安」または「恐怖」を喚起するのである。

このような「声」の質にまで踏み込まなくては、本人の強い「不安」や「恐怖」を了解する術はない、と言うべきである。

これまでのところを簡単にまとめると次のようになる。

分裂病にいう幻聴の「声」とは、
1 現実に発話された物理的な人の声とは異なる。
2 はっきりした意識状態(覚醒状態)で聞こえる。
3 現象面としては「人の声」(言葉)そのものである。
4 現実の人の声と同程度のリアリティを備える。
5 内容的には、悪意ある攻撃的なもので、人の心理につけ込む狡猾さを備える。
6 人の心に対して、強い「力」を発揮する。(影響力、誘惑性、支配力など)
7 何らかの「超越性」または「未知性」を帯びる。

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