2020年1月13日 (月)

本年の情勢他/「幻」という意味

本年も昨年に引き続き、自然、人工の地球を取り巻く現象、国際情勢などあらゆる面で、激しい変動があると思われます。実は、大きな戦争が危惧される状況から、一応それを免れるという、綱渡り的な状況から始まったのは、昨年と同じなのです。

ただ、全体として、このような流れを乗り越えることさえできれば、少なくともこれまでよりは、よい方向に進んでいくと思われる兆候はいくらかあります。支配層の不正な行いが、これまでより表に現れやすくなり、隠せなくなっていることもその一つの現われです。

 

新年には、記事のぺージビュー数ランキングに変化があったとき、紹介していましたが、今回は、『NIGHT HEAD 」の世界』が2位に来ているという変化がありました。

NIGHT HEAD 」は、かなりマイナーなオカルト的内容のドラマですが、私も、オカルト的な仕立ての面でも、また、人間の「闇」の部分をつくという意味でも、鋭く「真実」をついたものと評していました。これに興味を寄せる人は、現在でもかなりいるということは、望ましいことですね。

 

もう一つ、前回『幽幻医学』にからめて、「物質的領域(三次元領域)」から純粋な「霊的領域(五次元領域)」に移行してみると、「霊界の境域(幽幻領域)」で起こることは、「幻」であったことが分かるので、それに伴う「病的」な状態も解消されてしまうということを述べました。

既に何度か述べていることなので、改めて言うまでもないとは思いますが、この「幻」という意味を、簡単に確認しておきます。

ここで「幻」というのは、「存在しない」ということでも、現象として生起しなくなるということでもありません。その点では、精神医学が、あるいは一般に、「幻覚」というときの、「幻」とは意味がまったく異なっています。

「物質的領域(三次元領域)」から、「霊界の境域(幽幻領域)」で起こることをみるとき、それは「リアル」そのものです。むしろ、それは、「物質的領域(三次元領域)」で起こる出来事以上に、「リアル」と言っていいものです。

ただ、それも、「霊的領域(五次元領域)」(あるいは、根源的な「虚無または闇の領域」)に移行してみると、(その領域こそが、本質的にリアルなものであることが一瞬にして分かるので)、必然的に、「幻」であったと、「分かって」しまうのです。それは、観念的な意味ではなく、体験的に、全身を通して、嫌でも、即座に、分かるのです。

ですから、もはや、それに、囚われることも、振り回されるということもなくなります。「幻」ではなく、強力な「実体」だと思っていたからこそ、囚われ、振り回されていたのですから。

それに対して、精神医学、あるいは一般に、「幻覚」というときの「幻」は、「物質的領域」こそが「現実」であり、存在するすべてであるという信念から、それに該当しないものを、「幻」とみなすものです。現象そのものが、「現実」ではなく、存在しないものとして、切り捨てるのです。それは、観念的な「見方」に過ぎないので、実際に、体験的に、そのリアルさの渦中に飲み込まれている者を、納得させることなどできません。

だから、精神薬等で、無理やり現象を(見ることを)抑えて、それは「現実ではない」という見方を、「洗脳」していくしか手立てはありません。

これを図にすると、次のようになります。

物質的領域を越えた領域からみた「幻」

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精神医学等のいう「幻」

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2019年12月28日 (土)

『幽幻医学』

奥山輝実著『幻覚妄想と向き合う 幽幻医学 五次元波動へのパスポート』(ヒカルランド)を読んだ。

著者は、元脳外科医で、現在は自然医学に基づく独自の療法による開業医をしている者である。私は、『マイナスエネルギーを浄化する方法』(記事 参照)のときと同様、医師等の書いた、この手の「(軽い)スピリチュアル」風の療法には、警戒心を抱き、あまり読もうとしないのだが、幻覚・妄想を問題の中心に据えたもので、プロローグを読む限り、共感するところも多かったので、読むことになった。

結果として、それは、私のこのブログで説いてきたこととも、(視点は異なるものの)大きく重なるもので、大枠で、十分受け入れられるものだった。

むしろ、私も、旧来の精神医療のほか、この書でとりあげられるような症例の、「受け皿」がないことをずっと懸念していたが、それを一手に引き受けるようなことをなしていることには、率直な驚きがあった。

特に、プロローグの次の文書を読んでもらえば、現状の認識として、いかに私の述べてきたことと一致するか、分かると思う。

2018年は精神医療の嘘と闇が一気に暴かれ始めた年となりました。もう個性や才能を精神病だと決めつけて向精神薬漬けの廃人にしてしまうことが難しくなってきたのです。

精神医療の瓦解は素晴らしいことです。新しい世界の幕開きを実感できます。

しかし一方で、幻視や幻聴などの幻覚や妄想に悩む人たちが急増しているのも事実です。

旧来の向精神病薬では幻覚妄想は治せません。

それは症状を抑え込む対症療法だっただけでなく、脳機能も精神機能もズタズタに破壊して今生を再起不能にしてしまう恐ろしい薬物治療でした。減薬断薬するにしても、何年もの間、患者さん本人もその家族も地獄の苦しみを味わわなければならないこともしばしばでした。

そんな精神医療が消え去るのは大歓迎すべきことですが、「では、幻覚妄想をどう治療するの?」という受け皿がないことも事実です。

そのような状況で、これらの人たちの「受け皿」となるようなものが必要だが、その必要上生まれたのが、著者のいう「幽幻医学」ということである。

「幽幻」とは、字のごとく、「幽き幻」の領域という意味で、それは、「三次元領域」と、人類がこれから移行しようとしている「五次元領域」の、中間的な領域(のある部分)を表している。つまり、「幽幻病」とは、この物質的、感覚的世界と純粋な霊的世界(単に「物質的な領域」というだけでなく、霊的なものの「闇」の側面も越えた領域)との中間領域にはまり込むことで、起こっている様々な精神状態を表している。

それは、五次元領域に「ジャンプアップ」してみれば、「幻」であることが分かって、解消されてしまうものなので、「幽幻」領域の「病」と呼ばれているのである。後にみるように、私というより、シュタイナーのいう「霊界の境域」とも十分重なる

それで、その治療法というのも、五次元領域への「ジャンプアップ」を、支援するようなものが中心となっている。

著者には、『霊障医学』という本もあって、そちらの方では、ネガティブな「霊障」というものを多くとり上げていたが、この書では、「スピリチュアル」にある程度詳しい人なら、一見して「スピリチュアル」なものとの関わりで生じていると分かるような、混乱や問題が多くとり上げられている。

しかし、旧来の精神医療では、このようなものも、すべて「病気」として扱われて、精神薬が投与されることになるので、霊的な方向への移行の機会はつぶされてしまうのである。

ただ、この書では、『霊障医学』では、かなり具体的に示されている治療法については、あまり記されていないので、それを読まないと、具体的には捉えにくいかもしれない。

基本は、食事療法や生活養生。精神薬を飲んでいる場合は、減薬・断薬。前世に遡って、起こっていることの意味を知る、前世療法などで、しっかりと足のついたものである。霊的な世界への移行を支援すると言っても、この世での生活こそがまず問い直されるし、それを、おろそかにするものでは決してないということである。「霊障」についても、霊的なものを「祓う」という発想より、こちらの方が主である。

ただ、それらの療法は、現に「霊的な世界」からの支援でなされていることを、はっきりと述べているものもある。ブラジルやフィリビンなどには、このように霊界からの支援でなされる医療が多くあるが、この医師も、そのような役割を負っているようである。

(このように言うと、類似の症状に悩む人は、この医師に頼りたくなるかもしれないが、私としては、基本的に受け入れられ、共感できるものとは言えても、その効果を保証できるものでは、全くない。各自が、本を読むなり、情報を調べて、しっかりと判断してほしい。)

さらに、私の観点から、興味深いのが、あらゆる領域を越えた世界として、「空と無の世界」を語っていることである。それは、「龍神」の泳ぐ世界ということで、それに関する医療を、「龍神覚醒術」などとも言っている。()

先に、「五次元領域」は、「幽幻」的な現象を、まさに「幻」として、「解消」すると言ったが、こちらの「空と無の世界」は、「今このとき」をあるゆる領域から、根源的に「リセット」するとされている。

これについての文章を、あげておくと、次のようである。

幻覚妄想などの幽幻病には、この空と無の世界はとても役立ちます。過去生、未来生、平行次元に由来する幻覚妄想も、この空と無の世界で今の意識体から洗い流すことができるからです。軽い幽幻病なら無の世界にすべてを投げ入れて捨て去ってしまえば、今の意識体から消し去ることができます。

空と無の世界は時空間も多次元宇宙も超越したハブのような空間なので、どの時代にも、どんな星や銀河にも、どんな神々にもアクセスできます。

この世界もまた、私のいう「虚無、闇あるいは無限」の領域と、通じている。私の場合は、既に体験のところで述べたように、「五次元領域」というよりも、この「闇」の作用によって、「幽幻」領域の現象が幻であることを即座に知ることも、すべてが一旦「リセット」されることも、起こったのである。

このように、『幽幻医学』と、私のこれまでの述べてきたこととの通じる面は、次のように図にしてみると、分かり易いと思う。

「幽幻医学」の場合

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 「霊界の境域」の乗り越えの場合

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 『龍神覚醒術』(三和書籍)も読んだ。
 治療法の中で浮かびあがって来た「龍神」や「神々」とのやりとりを、物語形式でつづったもので、とても面白く読めるし、興味深い。人生の節目における「選択」ということが、「平行次元」的な現実の分かれ目になることを、改めて意識させられる。
観音様が、さんざん「悪」の役割を果たし終えた人に、「よくやってくれました。また今度もよろしくお願いしますね。」(「そろそろ卒業しては?」という促しでもあるのだろう)」とやさしく迎え入れる場面は、感動的だった。
ここにいう「龍神」は、生まれたときから、一人ひとりについているとされる「龍神」で、一種の「守護精霊」といえる。それを、来るべき五次元世界への移行に向けて、目覚めさせることが必要ということだが、これは、ヨガでいう「クンダリーニの蛇」と通じるし、やはり、シュタイナーのいう「境域の守護霊」とも通じている。

2019年12月17日 (火)

「無縁」の原理と「サンカ」

記事『「無縁」の原理と「死」』で、「非人」は「無縁の原理」を体現するものであることを述べました。

それは、本来、そのとおりなのですが、しかし、「人に非ず」とされる「非人」も、多かれ少なかれ、制度的に抱え込まれた身分の一つということになると、当然、多くの制限を施されます。

ところが、そのように、制度的に抱え込まれるということ、つまり、「社会的な身分」ということからも外れて、人里離れて独自に生活した、一群の人たちがいます。その中でも、「サンカ」と呼ばれる「山の民」は、最も、「無縁の原理」を体現するものと言えるでしょう。

「サンカ」とは、山間部を生活の基盤とし、川魚漁、竹細工などを主たる生業としながら山野を渡り歩く漂泊民です。明治以降の戸籍からも外れる、全くの「制外者」です。政府は、このような「無籍、無宿」の者を絶滅させようと、取り締まりを強化しましたが、1950年代後半頃までは、生き残っていたとされます。

「サンカ」は、「山家」とも「山窩」とも書かれます。

後者は、山に隠れ住む「犯罪者集団」というイメージを、そのまま表しています。明治以降、特に警察の作り上げたこのイメージが、浸透した影響です。さらに三角寛という作家が、そのイメージの延長上に、猟奇的なサンカ小説を多く売り出したことで、このイメージが定着したと言えます。

しかし、それは、様々な社会不安と、定住せず、戸籍も持たない、得たいの知れない者に対する、我々の恐れから来る虚像に過ぎません。このような発想には、やはり、「非人」などの被差別民に対する差別と、同根のものがあります。

本では、五木寛之著『サンカの民と被差別の世界』(ちくま文庫)が、分かり易くまとめられていますし、沖浦和光著『幻の漂泊民・サンカ』(文春文庫)は、かなり詳しく、サンカについて、様々な研究と自分自身の調査も交えて、鋭い考察をしています。

柳田国男は、「サンカ」を、『遠野物語』などにも出て来る、山に住む「異形」の民族、「山人」とつながるものと解しました。そして、それらは、古代大和王朝が制定した、律令制に基づく農本主義的同化政策を忌避して、山中に入って隠れ住むようになった先住民の系譜と解しました。

要するに、多くの縄文系の先住民は、大和王朝に征服され、あるいは同化されて、支配下に置かれましたが、一部の者たちは、それに従わず、山に逃げ込んで、独自の生活を維持しながら存続してきた。その系譜に連なるのが、「山人」や「サンカ」ということです。

ところが、先の沖浦は、そのような説には、文献的な根拠もなく、無理があり、サンカ」は、江戸末期に、飢饉を逃れて山に逃げ込んだ人たちに、起源を有するとします。(恐らく、「先住民説」は、差別に結びつきやすいことも、考慮されていると思われます。())

沖浦が言うように、確かに、かつての「先住民」の系譜と、明治以降知られるようになった「サンカ」との間には、表面上、「断絶」があるのかもしれません。しかし、私は、「サンカ」が、単に飢饉を逃れるために山に逃げ込んだという「消極的」な理由で、独自の生活を始めた者たちとはとても思えません。あるいは、そのような人たちも、多くいたかもしれませんが、そこには、あえて農耕民的な定住を拒否し、自分らの生き方を貫こうとした、「先住民」的な気概というものを感じるのです。

つまり、集団の物理的な系譜はおくとしても、文化的、あるいは、さらに言えば、「精神的、霊的」な意味で、先住民文化から引き継いだものを、継承しているものがあると思うのです。

それを象徴するのが、「サンカ」が「無縁」の原理を体現すること、そのままの表現と言えるような、次の文章です。

「メンメシノギとは、各自が各自の独裁独立自由の生活をすることである。誰にも支配されず、誰の干渉も受けず、自己の思うままの生活をして、しかもサンカの仲間として立派にやっていく。これが彼らの生活のモットーである。自主的に自由に生活してしかも則を越えない。これは完全なアナーキストである。放浪のアナーキストたるサンカは、人の干渉を極度にきらう。この間の彼等の心理を理解し得る者は、彼らに親分がないことをよく了解し得るであろう。」

「サンカ人の生活様式を端的に表す言葉に『一所不住、一畝不耕』なるものがある。言いかえれば「非定住、非所有」という思想である。国家の支配・締めつけを拒否し、搾取と収奪から自由になるということは、同時に被差別者としての烙印を身に受けることである。その烙印を焼きつけられてなお、所詮権力がつくったシバリに過ぎぬと歯牙にもかけず、それより価値あるもの・守り通すものとして、「自然とともに生きる漂泊人、自由人」の道を選んだ。その核となる思想が「無」なのである。もののないことに苦しむのではない。むしろ何ももとうとしない無なのだ。この「無」に対しては、支配・束縛の入り込む余地はない。ゆえにすべての呪縛からの解放がある。そしてただ自然とともに在る。」

いずれも、先の沖浦著『幻の漂泊民・サンカ』にとりあげられているもので、前者は、後藤という研究者のもの。後者は、自らサンカのルーツにつながるという作田という人のものです。

まさに、これまで述べて来た、「無縁」の原理そのままを体現するのであることが、分かると思います。このような積極的な生き方が、飢餓から逃れるという消極的理由から発生したとは、とても考えられません。

ちなみに、『新・日本列島から日本人が消える日』で、さくやさんも、信長、秀吉、家康は、縄文とつながる「サンカ」の出であることを述べています。「サンカ」について、特に詳しい説明はないですが、縄文からの文化または精神性を受け継ぐものであることは、はっきりしています。

あるいは、組織としても、明治以降知られる「サンカ」というのとはまた異なった形で、一種の「秘密結社」的なものが存続していたのかもしれません

今回は、ざっと触れるだけになりましたが、いずれ、機会があれば、また「サンカ」について、もう少し詳しく述べたいと思います。

※ 私自身は、『遠野物語』に出てくる「山人」、あるいは、柳田のいう「山人」には、「イエティ」とか「野人」などと同類の「未確認生物」に通じるものがある、あるいは、それとの混同があると思います。いずれにしても、「先住民」ということは、「文明開化」がうたわれた明治維新後、さらに戦後の経済成長期には、「未開」の時代に逆行する人たち、あるいは人間以下の生物ということで、「差別」に結びつく見方が強かったと思われます。

2019年11月 1日 (金)

「無縁社会」と貨幣経済

「無縁」の原理については、すでにみたように、現代では、「無縁社会」というように、否定的なイメージでとらえられています。

そこで、今回は、「無縁社会」といわれる否定的な状況が、もともとの「無縁」の原理と照らしつつ、どのように生じて来ているかについて、簡単に述べたいと思います。特に、前回触れた、「貨幣経済」との関係でみます。

「無縁」の原理は、もともと、「市」や「寺社」、「墓所」など、「共同体」の外部または境界に関わる原理でした。言い換えれば、通常、共同体の内部には、「有縁」の原理が行き渡っていた訳で、そこから離れたときに、初めて、「無縁」の原理が働くということです。

共同体の内部では、お互いが、「どこどこの誰かさん」として、この世的な関係で強く結びつき、相互扶助的なあり方で、生活が営まれていました。そこには、さまざまな掟や、主従の関係もあり、互いが互いを縛る、不自由な関係もあったでしょう。しかし、そのような、「有縁」的な結びつきがあるからこそ、運命共同体的な、「絆」も生まれていた訳で、言わば、いい意味で「有縁」の原理が働いていたと言えます。

ところが、現代の「無縁社会」的なあり方が、これと決定的に異なるのは、「社会」の内部そのものに、「無縁」の原理が浸透し、しかも、否定的な意味合いで、働いていることです。

かつてのような、共同体の内部の、「有縁」的な結びつきが失われ、お互いが、お互いと切り離された、孤独な「個」同士の、最低限の、疎遠な関わりとなりました。あるいは、そのような、最低限の関わりさえ、失われつつあります。

それでは、そこに、かつてのような、自由の原理としての「無縁」の原理が働いているかというと、そんなこともありません。人によっては、自由と感じる人もいるかもしれませんが、それは、かつてのような、「聖なるもの」の感覚に結びついた、積極的なものではなく、単に「面倒ではない」という、消極的なものです。さらには、かつてのように、権力的な作用が入り込めないものではなく、むしろ細部にまで、権力的な作用が入り込む余地のあるものです。

このような、「無縁社会」をもたらした要因として大きなものは、前回もみた、「貨幣経済」の行き渡りとみられます。

本来、貨幣経済は、共同体の内部では発生せず、共同体の外部ないし境界に建てられた「市」で行われるものです。かつては、共同体の内部では、相互扶助的な「互酬性」、つまり、互いが互いに(あるいは共同体全体に循環するように)贈与的な交換をすることが行われていました。

貨幣経済は、共同体の内部では調達できない物資を得る手段でもありましたが、「市」という「無縁」の場での、共同体の外部の者(または「存在」)との、祝祭的な交感でもありました。「無縁」の場では、この世の関係を断ち切った、「無縁」の者としてこそ、互いに交感がされるのです。また、そもそも「貨幣」そのものが、何とでも交換できる万能の財として、「聖なるもの」としての意味合いを帯びていました。

しかし、この貨幣経済が、物を交換する唯一の原理として、社会の内部に行き渡れば、その意味合いは、全く変わって来てしまいます。貨幣経済に、日常を離れた、「聖なる」意味合いはなくなり、単純に、「商品を買う」手段として、日常的で、機械的なものとなってしまいます。

貨幣経済は、確かに、人を特定の「誰か」ではなく、「誰でもない者」として、「無縁」の者とさせます。しかし、それが、日常的に、原理として入り込むことは、本来の、人と人の「有縁」的な絆を、日常レベルで、断ち切り、切り離すことを意味します。「貨幣」にも、「聖なる」意味合いは失われ、ただの交換手段的な「もの」として、「量」的、あるいは「数値」的な意味合いのものになります。当然、それを使う者には、計算による、利害関係だけが、働くようになります。

そのような、貨幣こそが、唯一の原理として、社会を統べるようになれば、人が貨幣を使うのではなく、人が貨幣によって使われるようになります。それは、人が、貨幣のように、「量」化され、あるいは「数値」化されることを意味します。

そのような「貨幣」を、根本的なところで支配し、操作するのは、「支配層」です。ですから、「貨幣に支配される」ということは、結局、人が数値化されて、機械的に、「支配層に支配される」ということを意味するのです。

それは、前回みたように、支配層が、「無縁」の原理を巧みに取り込みつつ、最終的に、その積極的な意味合いをなし崩しにしたことによっています。「無縁」の原理の、否定的な意味ばかりが取り残されて、利用され、行き渡らされているのです。

そのような結果として、行きついたのが、現代にみる、「無縁社会」という状況だと言えます。人と人の結びつきが失われて、人は孤独になり、心は荒む一方で、支配層の支配は、一層効果的に、突き進められていくのです。

そのような状況が変えられるとすれば、やはり、これだけ社会のすべてを支配するに至った、貨幣経済を、根本的に見直すことしかないと思います。「貨幣」が悪いわけではありませんが、それに全面的に依存する社会の異常性には、気づくべきです。そして、これだけ「無縁」化した社会の中で、少しずつでも、かつてのような、「互酬性」的な経済のあり方を取り戻せるか、あるいは、より新しい「互酬性」的な経済あり方を、生み出せるかということが、問題ということになるでしょう。

 

2019年10月14日 (月)

「無縁」の原理と「支配層」

「無縁」の原理は、世俗的な関係や権力が入り込めない、という原理ですから、民衆にとっては、世俗的なものに支配されることのない、「自由」の原理となります。また、争いとは、何がしかの世俗的な関係、所有の意識などに基づいて起こるのですから、人が「無縁」のものとなる、「無縁」の場では、争いは起こらず、「平和」の原理ともなります。

もちろん、それらは、あくまで「原理」的なことで、実際には、そのとおりにはいかないこともままあるでしょうが、「原理」としては、そういうものとして保持されていたということです。

世俗的な権力が入り込めないということは、また、その「無縁」の場を、その場を形成する人たちが、自治的に運営するということになります。たとえば、もとは「無縁」の場たる「市」から発展した、商業都市堺などは、そのようにしてできた、商人たちの自治都市という面があります。

しかし、現実には、その「無縁」の原理、自由な「自治」を成り立たせるのに、権力による保護を受けるなどして、権力の力に頼るということも、どうしても起こることです。自然領域ならいざ知らず、実際に、人間が築き上げた場においては、「無縁」の原理は、まったく、権力(「力」の発想)を排除した形で、なかなか成り立つものではないということです。

逆に言えば、「権力」あるいは「支配層」の側からすれば、「無縁」の原理は、民衆の「自治」の原理として、彼らの支配領域を狭めるものですから、何とかそれに干渉することで、いずれは、なし崩しにしたいと欲することにもなります。

網野善彦の『無縁・公界・楽』においても、中世以降、「無縁」の原理が、権力の側に、初めは保護するという形で、取り入れられ、しかしそのうち、懐柔されるなどして、結局はその原理そのものが、弱体化され、骨抜きにされるような歴史の流れも、述べられていました。

しかし、「無縁」の原理のもととなる、「聖なるもの」という意識は、近代以前には、「支配層」自身も持っていたもので、それに対する「畏れ」もあるでしょうから、無暗に無視できるようなものではなかったはずです。それで、なかなか、一辺にはできないことだったにしても、徐々に、長い時間をかけて、取り込みつつ、弱体化していき、結局は、なし崩しにすることに成功したということが言えるでしょう。もちろん、これには、民衆自身の「聖なるもの」についての感覚の移り変わりや、「無縁」の原理の、一種の「堕落」的なあり方による面もあったと思われます。

いずれにせよ、江戸時代の頃までは生き残っていた「無縁」の原理も、明治維新による近代化を迎えると、ほとんどなくなってしまいます。網野は、その代わりに、天皇に「無縁」の原理が託されたと言いますが、その原理への思いというのは、近代以降も確かにあって、自分たちに失われた代わりに、「天皇」という存在に一身に託された、ということがみてとれます。

「無縁」の原理への思いは、近代以降も、日本人に相当強くあり、今もかなり生き残っていると思われるのです。

しかし、「支配層」は、近代以降、ついに、「無縁」の原理そのものを、民衆のものとしては、実質、なきものにすることに成功したと言えます。それは、「無縁」の原理のもととなる、「聖なるもの」という領域を、なきものにするということで、可能となったものです。

「聖なるもの」あるいは、「あの世のもの」と言ってもいいですが、それがなきものになるということは、「この世」の原理がすべての領域を支配するということです。つまり、この世の「支配層」が、完全に世を支配するということになります。

明治以降も、一辺にそれがなされたわけではないですが、一旦は、「天皇」に仮託する形をとりながら、結局は、それをも失しめることで、戦後には、ほぼ完全に「この世」の原理の支配を成し遂げたと言えます。

もちろん、「自由」「平和(平等)」の原理としては、近代以降も、西洋流のものが輸入され、それこそが、民衆にとっても、望まれるものになりました。

しかし、この西洋流の「自由」「平和(平等)」の原理は、民主主義や人権思想に基づく、あくまで「この世」的な原理としてのイデオロギー的なものです(もとはキリスト教的な発想に基づくとしても)。「この世」的なものなので、この世の「支配層」が、その原理のもとの部分を押さえることによって、決して、コントロールできないものではありません。

そのようにして、日本的な「無縁」の原理は、「支配層」によって、ほぼ完全に取り崩されてきたということが言えます。

しかし、先に述べたように、現在でも、「無縁」の原理を、少なくとも一時的に体現するような場が、ないわけではありません。

たとえば、年中行事の「お祭り」や、「無礼講」ともいわれる「宴会」、住んでいる場所から離れて行く、「観光旅行」や「山登り」などもそうと言えます。あるいは、「市場」や「ショッピングセンター」における、「賑わいの場」での「買い物」という行為も、その要素があります。

要は、日常から離れて、「何者でもない者」(「無縁」のもの)となり、非日常的なもの(「聖なるもの」)と「交わる」または「一体になる」ことです。本来、「神々」と「まつり合う」ことを意味する、「お祭り」が一番分かり易いですが、上にあげたものには、それぞれ、その要素があることが分かると思います。

ただし、それはあくまで、一時的なものであり、かつてのように、「聖なるもの」と関わるという意識が、保たれているわけでもありません。それは、あくまで、「日常性」に疲弊することを避けるための、一時的な「慰め」あるいは「気休め」のようなもので、むしろ、日常性への回帰こそを際立たせるものとも言えます。実質、「日常性」=「この世」的な支配の原理への隷属をこそ、強めるものになっているということです。

先にあげた例で、「買い物」というのが、「無縁」の原理を体現するというのは、貨幣経済が日常化した現代では、理解しにくいかもしれません。しかし、もともと、「市」が「無縁」の場として興ったように、貨幣によって、物を交換する(商品を買う)ということ自体が、共同体の人々にとっては、非日常的な「聖なる」行いだったのです。

そもそも、「貨幣」そのものが、「無縁のもの」であり、「聖なるもの」でもあって、だからこそ、あらゆる「物」と交換することのできる、万能の「財」となるのです。

そのような、貨幣による交換は、共同体の内部からは発生しないもので、「市」という、「この世」を離れた場での、誰でもない者(「無縁」のもの)同士の行いとして、可能となるものです。網野も指摘しているとおり、貨幣経済及び資本主義社会というのは、そのように、「無縁」の原理から発展してきたものと言えるのです。だから、そこには、「この世」的なものではない、「お祭り」的な要素が多分にあって、人々の気分を高めるものがあるのです。

このように、資本主義社会というのも、本来、「聖なるもの」という要素があるのですが、その資本そのものが、「支配層」によって、押さえられてしまえば、その意味合いは、大きく変わってしまいます。そして、それが、現在のように、「この世」の原理として、唯一の原理のように行き渡れば、それは、むしろ、「この世」的な「支配」の原理と化してしまいます

このように、近代以降の「支配層」は、あらゆる「無縁」の原理を、なし崩しに、なきものとして来た。あるいは、それを、「この世」の原理として、独占的に取り込むことによって、巧に「支配」を貫徹して来たということが言えるのです。

例としてあげた、「貨幣経済」以外にも、かつて「無縁」のものたる、「非農耕民」や「非人」が、生業や技能として築きあげて来た「技術」や「芸能」などにも、「この世」的な原理として取り込まれることになったものは、多くあります。それらを具体的にみることは、とても興味深いのですが、それについては、また機会があったら述べることにします。

 

2019年10月 6日 (日)

「無縁」の原理と「死」

網野善彦著『無縁・公界・楽』(平凡社ライブラリー)によれば、「非人」はまた、「無縁」の原理を体現するものでもありました。

「無縁」の原理とは、「有主」「有縁」たる「この世」の縁や規制の及ばない領域ということで、この世的な「関係」や「権力」が入り込めない、日本的な「自由」「平和」の原理です。この本でも、初めに、「駆込寺」の例から説明していますが、女性が逃げ込んだら、もはやこの世的な規制が及ばない、「駆込寺」は、その典型と言えるでしょう。

西洋的には、「アジール」といわれる、権力の及ばない避難所と通じるもので、実際、先住民文化から前近代までは、広く世界的にあったものです。その日本的な現われが、「無縁」、あるいは「公界」、「楽」という言葉で表される原理なのです。

時代とともに、その原理は、権力に依存し、また利用されるなどして、衰退し、堕落して来たのですが、現代では、現実の場としては、このようなものは、ほとんどなくなってしまったと言えます。ただ、その原理への郷愁のようなものは、かなり、生き残っていると言えるかもしれません。著者は、西洋の文化を取り入れた日本も、近代以後は、「天皇」にその原理を託しているという指摘をしていますが、それはあると思います。

私も、「無縁」という言葉には、強く惹かれ、憧れるものがありますが、それは、やはり、「この世的なしがらみ」(私は本当に少ない方だと思いますが、それでもないわけではありません(笑))を強く意識するからだと思います。しかし、一方で、それは、容易には適わない、厳しくも、及び難いものという思いもあります。また、「無縁」であることは、「自由」であると同時に、「孤独」で、「恐ろしい」ことという思いも、やはりあります。

実際、この原理には、後にみるように、両義的な面があって、「自由」「平和」というプラスの価値ばかりをみることはできません

この原理ですが、まず、原点として、そこに「この世」の規制が及ばないのは、要するに、その場が、この世的なものを超えた、「聖なる領域」とみなされるからです。この点では、もともと「聖なるもの」に関わる「非人」が、「無縁」の原理を体現するというのも、当然の面があります。

ただ、「聖なる領域」と言っても、必ずしも、仰々しいものではなく、要するに、「この世」的な境界を超えたものは、すべてそうと言えるのです。平地の村落に定住する、一般の農耕民的な「共同体」の人たちからすれば、その「共同体の外部」、あるいは、その外部と接する「境界」は、本来、すべて「聖なる領域」であったと言えます。

場所としては、人里から離れた、あるいは、それとの境界をなす、山や川などがそうです。そして、同時に、そのような場を渡り歩く「遊行民」や、そういった場で生活する、非農耕民的な「職人」などは、そういうものを体現するものとみなされます。

「市」や「宿」(前回「湯屋」もそうであることをみました)などが、「無縁」の原理の働く場となるのも、もともと、そのような境界に、そういった者たちが集まって、築いた場だからです。「寺」や「神社」なども、そういった場に建てられることが多いです。後にみるように、「墓所」もそうです。そして、それらは、互いに、「無縁の場」として、通じ合っていました。()

要するに、「無縁」のものとは、「有主」「有縁」でないことであり、「この世的な枠組み」の外にあるものということができます。それは、「聖なるもの」であり、「神々」や「精霊」のものという意味合いも持ちます。しかし、あくまでも、「この世」の方からみられた原理であり、「この世」の原理との関係で生じているのです。

「この世的な枠組み」というのは、かつては、現代とは違って、農耕民的な「共同体」というのが、それを形成していたので、その「共同体」の外部ないしそれとの境界は、すべてそのようなものとして認識されたということです。

しかし、本質的には、現代においても、そのあり方が、決して変わったわけではありません。現代も、「この世」というのは、一つの「物質的な世界」としての「枠組み」を形成し、その外部は、「霊的な世界」として、認識されます。そして、その霊界と交わる「境界」である「霊界の境域」こそが、現実にそれらと出会う「場」です。さらにそこは、「虚無」、「闇」あるいは「無限」(以後「虚無」で代表させます)が、顔をのぞかせる場でもあるのです。それは、「この世」的なものを、「無化」させる、「無縁」の原理そのもの、というよりも、むしろ、その原理をもたらす源となるものとも言えるのです。

図で、それらを対比的に表せば、次のようになるでしょう。両者が、互いに、通じ合うものであることが、分かると思います。

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(「霊界の境域」の図は、より分かり易く示した、ブログ『オカルトの基本を学ぶ』の記事『「霊界の境域」の危険性』にあげたものを用いました。)

また、同時に、このように、「虚無」との関係でみると、「無縁」の原理が、一種、破壊性を帯びた、「両義的」なものであるのが分かると思います。

実際、だからこそ、「無縁」のものは、恐れられもし、貶められ、事実、そのように時代とともに推移して来たと言えるのです。現代でも、「無縁」は「無縁社会」を意識させ、非常に、孤独で、マイナスのイメージです。

著者によると、「無縁」も「公界」も「楽」も仏教からきた言葉で、「無縁」はまさに「縁」「条件」がないこと。「公界」は「世間」の意味があり、私的なものでなく(私的なものを断ち切った)、公的な場という意味があります。「楽」は浄土経典から来ている言葉で、まさに、浄土の「苦のない世界」を表しています。

著者も、「楽」はともかく、「無縁」と「公界」には、孤独で厳しく、「暗い」イメージがあると言います。この言葉自体に、かなり「両義的な面」が塗り込まれているのです。「この世」が「苦」だと徹底すれば、確かに、そこを離れた世界は、「楽」かもしれませんが、「この世」を離れることは、また「孤独」であり、「厳しく」「暗い」ものを連想させます。

私は、これは、結局、「無縁」「公界」「楽」のいずれも、「死」を媒介にしているとところから来ていると思います。「死」は、「この世」的なものから離れる、最も現実的なものです。「無縁」という言葉は、「虚無」の意味合いと同時に、「死」の意味合いも帯びていると言えます。それは、明らかに、マイナスの、暗いイメージをも帯びます。「楽」も、「死」を媒介にする言葉ですが、「浄土」の観念によって、マイナスのイメージが、表に現れないだけなのです。

著者も、実際に、「死」または「死人」も、「無縁」のものとされ、「墓所」も無縁の場であったことを述べます。「墓所」も、共同体の境界に作られますが、かつては、河原などによく死体が埋葬されていたようです。「清目」と呼ばれる「非人」は、そういった葬送に携わる者も多く、そのような「死者」との関わりから、「無縁」のものとされる面もあります。()

そのような「非人」が、被差別的な存在に貶められるというのは、その「死」の意味合いが、よりマイナスなものに固定されることと平行しているとすれば、理解しやすいでしょう。「死」と同様に、排除され、忌み嫌われるものとなったということです。

「無縁」という「自由」「平和」の原理は、本来は、積極的で、現代でも顧みるべき、力のあるものです。たとえば、民衆も、「一揆」のときは、「異形」の装いをし、「無縁」の原理を体現するものとなっていたのです。

しかし、それは、この世の人間からすると、「死」と「無」の陰影をまとった、両義的なものでしかあり得ないというのも、確かなことに思われます。

※ 10月23日

「墓所」や「寺社」(門前)が、「無縁」の場として「死」と関わるのは分かり易いでしょうが、「市」もまた、「死」と大いに関わっています。「市」もまた、死者を葬る、共同体の境界に建てられるということもありますが、それは、たまたまではなく、積極的なつながりがあるからです。「市」における売買など、「祝祭的な行為」(次の記事『「無縁」の原理と「支配層」』参照)そのものが、その地に眠っている、死者との交感であり、死者の鎮魂という意味合いがあるのです。「市」から発展した、「都市」や「盛り場」というのにも、現にこの要素があります。もともと、死者の「葬送」というのにも、ともに「饗宴」し、「共食」するという、祝祭的な要素がありました。

ただし、現代では、それは、死者との交感ではあっても、「鎮魂」ではなく、死者との「欲望的憑依」という、マイナス面のみが際立つものになっています。私も、若い頃は全くの無意識でしたが、ある時期から、実際に、それを肌で感じることも多いので、賑わいの場が苦手になっています。

本文では、「無縁」の原理が「死」を媒介にしているということが、どこか抽象的で観念的なものに聞こえるかもしれないですが、それは、このように、具体的なものだということです。

2019年9月20日 (金)

「異形の存在」と「非人」

『千と千尋の神隠し』には、インパクトある「異形の存在」たちがたくさん出て来て、楽しませてくれました。前回も述べたとおり、この「異形の存在」は、単に想像の産物なのではなく、実際に、「精霊的な存在」の、人間からすれば、異質といえる姿形を、よく現しているのです。

私が、一連の体験で出会った存在も、やはり、そのように、「異形」というほかない存在でした。先住民文化から伝わる、儀礼に出て来る、仮面や蓑をかぶった「存在」も、そのような「異形の存在」を現しています。「なまはげ」なども、まさにそうです。

映画では、よくもまあこれだけ、という位のたくさんの存在が描かれていましたが、中には、いかにもマンガチックな、「ひよこ」のような存在もいて、それはちょっと安易な感じがして、残念でした。しかし、それも、子供向けにあえて描かれた「異形性」だとすれば、ご愛嬌かもしれません。

網野善彦著『異形の王権』(平凡社ライブラリー)という本は、このような「異形の存在」と「非人」の関係を、歴史的に考察していて、とても面白いです。

絵巻などに描かれる「非人」は、一般の人とは区別され、まさに様々に「異形」な姿形をしています。特別な色の服を着ていたり、蓑や覆面をかぶったり、独特の棒を持っていたりなどです。顔そのものも、独特の風貌で、やはり「異形」に描かれています。

こういった「非人」は、後に差別の対象になりますが、南北朝の動乱の頃までは、「畏れ、敬われる」存在でもありました。そして、その「異形」の身なりも、今で言う、ファッションのように、多くの人たちに感化を与え、とり入れられたりしていました。また、「華美な服装で飾りたてた伊達な風体や、はでで勝手気ままな遠慮のない、常識はずれのふるまい」を意味する、「婆娑羅」というような風潮も、それら「非人」の影響から来ています。

一方で、「悪党」と言われるような、一種の反社会的な勢力も、「非人」を装って、それに紛れるようにして、存在したりしていました。その影響力が強いからこそ、なりすまして、利を得ようとする者も増えてくるのです。(「悪党」に限らず、社会から逸脱した人たちが、「非人」を装うということは、よくあったようで、そのことが、後に差別に結びつく理由の一つにもなっているようです。単純に、「異民族」に結びつけられた、というのも一つの理由です。))

何しろ、「非人」は、もともと、決して差別の対象として卑賎視されたのではなく、社会に、力をもたらす、特別のエネルギーのある存在でもあったのです。

そして、そのような力は、「聖なる存在」との関わりから来ています。その「聖なる存在」こそが、まさに、「異形の存在」としての「精霊的存在」なのですつまり、「非人」というのは、その精霊的存在の「異形性」を、そのまま体現している、特別な存在ということです。

そもそも、「非人」とは、「人間に非ず」ということで、「人間でない存在」を意味しています。「人間でない存在」とは、現在では、人間より下の存在であることを連想させるでしょうが、本来は、人間より上の存在でもあるのです。

記事『日本で「魔女狩り」に相当する事件』でも述べたように、これらの「被差別民」は、元々何らかの形で、「聖なるもの」と関わっていた人たちであり、シャーマンのように、「聖なるもの」と通じる存在でもありました。しかも、それは、多くの場合、「狩猟民的な」(非人間性の強い)精霊であり、農耕民的なイメージからは、「異形性」も格別の存在だったと言えます。

映画の「異形の存在」たちは、このような、かつて「非人」と呼ばれていた、異形の存在たちを彷彿とさせるものも含めて、よく描かれていたと思うのです。宮崎駿が、そのことを意識していた可能性も十分あります。()

ところが、このような「非人」が、後に、差別の対象になるということは、その力の源である「聖なるもの」そのものの見方に、変化が起こったということです。
「聖なるもの」は、単純に「畏れ、敬われる」存在でなくなり、特に、「異形性」の強い、「狩猟民的な精霊」などは、むしろ、「恐れ、蔑まれる」存在となっていった、ということです。(「妖怪」と呼ばれるような存在が、そのことをよく現しています。)

そして、そのようなことと連動して、それを体現するとみなされた、「非人」もまた、差別の対象として、蔑まれることになっていくのです。

私の接したものを含めて、これらの「異形の存在」たちが、現在では、人間に対して、冷たい態度をとっているようにみえることを述べました。しかし、それは、このような「差別的な見方」に対しての、当然の反応ということもできるでしょう。明示はしていませんが、その辺りの「感じ」もまた、映画では、よく暗示的に示されていたと思うのです。

※ 今、網野善彦の『無縁、公界、楽』という本を読んでいます(これも、日本的な「自由」「平和」の原理を歴史的に探ったもので、『異形の王権』同様面白いです)が、それによると「湯屋」というのは、元々「市」や「宿」同様、遍歴する「非人」たちの集まり、宿る「無縁」の場だったようで、それからしても、宮崎駿は「非人」との関係を明らかに意識していたと言えそうです。

 

2019年8月29日 (木)

『千と千尋の神隠し』と「カオナシ」

最近、テレビで放映されて既に大分たちますが、私にとって印象深い映画の一つなので、ここで、少し述べることにします。

私は、映画で公開されたときに、映画館で見ましたが、さらにテレビで2,3回は見ています。そのごとに、結構新しい発見があったりします。

この間見たときも、まず感じたのは(初めに映画館で見たときは、それ以上の感慨がありましたが)、それぞれの場面、特に、千尋が入り込んだ「異界」の情景描写の細かさとリアルさです。これは、最近のアニメーションの傾向で、技術の進歩により可能になったものでしょうが、それにしても、この「異界」の情景を細やかに表現することは、単純な想像力では難しいことだと思います。

私は、この「異界」描写に、3つ位の意味で、「デジャビュ」がありました。
一つは、一連の体験で、私自身が遭遇した、「精霊的な存在」を思い起こさせるものだったということです。映画に出て来る存在たちは、私と出会った存在たちとも、多くの点で、似通っていて、異様な姿形や醸し出す雰囲気など、そっくりです。

もう一つは、私は、夢で、異国や異界に行くものをよく見ますが、それらとの類似も多かったです。夢では、建物や自然の景色の情景が、細部まで、かなりリアルに見えますが、それらともよく重なるものでした。恐らく、宮崎駿氏自身も、夢から、多くのアイデアを得ていたと思われます。

さらに、もう一つは、後に行くことになった中国で見た情景とも、多く重なるものでした。実際、「異界」の建物の多くは、中国の飲食店街をモチーフにしたものと解されますが、私は、この時点では、中国に行く予定もつもりもなかったにも拘わらず、この映画を見た時点で、中国の情景についての「デジャビュ」があったのです。

しかし、この映画の本当の意味合いは、何と言っても「内容」そのものにあります。それは、一言で言えば、「本当のこと」、「真実」を現しているということです。だからこそ、多くの人に、感動をもたらすことができるのだし、多くの人が、実際、どこかの部分で、そのリアリティを感じているはずなのです。

この世にありつつも、ふとした機会に、この世とあの世の境界に紛れ込み、人間が、人間以外の存在と交流することはある、ということです。そして、それは、「イニシエーション」的な意味合いをもたらします。千尋も、この「異界」で、生死に関わる、様々な経験をし、試練を乗り越えて、無事に、この世に戻ることができました。その後のことは描かれていませんが、この経験は、千尋に大きな「成長」をもたらしたはずなのです。

千尋は、まさに、先住民文化や昔の文化であれば、成人儀礼を受ける頃の年です。しかし、このイニシエーション的な経験は、成人儀礼以上のハードなもので、それを越えています。むしろ、このような大きな体験をしてしまった千尋が、その後、人間の世界に適応できたかどうか、心配になります。

私も、千尋の「異界」での体験は、自分自身の一連の体験と重なり合うので、感情移入して見ることになり、大きな「カタルシス」を得ました。一連の体験で、「虚無との遭遇」の後、いわばリハビリに向かうことになったのですが、その後すぐ読んだ『影の現象学』と『オルラ』が、自分の体験とも重なるところが多く、大きなカタルシスになったことは述べました。この映画も、そのときのものに、匹敵するものがありました。

「異界」の存在たちは、映像描写もさることながら、そのキャラクターも、よく描写されています。これらの存在は、全体として(「ハク」など一部を除いて)、人間に対しては、冷たいというか、厳しい態度をもって臨んでいるのが、分かります。この、「異界の存在」と「人間との関係」というのが、この映画の、一つの重要なテーマとなっていると思われます。

私も、一連の体験で出会った存在たちの、人間に対する、どこか刺々しい、冷たい態度には、辟易し、理解に苦しみましたが、この存在たちの千尋に対する態度は、その辺りも、よく表現しています。

ただ、彼らは、あからさまに排他的とか、敵対的とか言うのではなく、どこかで受け入れているような、受容的な態度を示したりもするのです。魔女である「湯婆婆」ですら、子供の「坊」には、滅法甘く、弱いとか、ときに千尋を頼ったりするような、「憎めない」ところを見せたりします。

これらの存在には、人間にはない、どこか「憎めない」「ドライさ」があったりもするのです。それらの感じも、よく描写されていると思います。

しかし、彼らの、人間に対する冷たい態度には、人間の側にも理由があると言えます。初め、千尋の両親は、この世界に入るなり、店にあった食べ物を勝手に食べあさってしまい、豚にされてしまいました。思慮、遠慮のない、この食べあさる姿は、まさに、豚を彷彿とさせるものでしたが、そこには、自業自得というべきところもあると言えます。

この銭湯に、「腐れ神」が来て、ヘドロのような大変な廃物を吐き出しますが、その廃物は、まさに人間世界の(産業)廃棄物そのもののようでした。それが、細部まで、非常にリアルに描かれているのも、強烈なインパクトがありました。「腐れ神」は、そられを吐き出した後、元の奇麗な姿に戻って、喜んで飛び立つのですが、この神を「腐れ神」にしたのは、人間の人工物だったということになります。そこにも、人間の影響がみてとれます。

彼らが、人間を嫌い、冷たい態度になるのには、理由があると言わざるを得ません。

また、「異界」の存在の中に、「カオナシ(顔なし)」というのがいます。まさに、「顔のない」、「個性がなく」、「影の薄い」存在なのですが、金を生み出すなど、特別の力を持っています。それが、千尋には、ひかれたか、ストーカー的につきまとったりします。

この存在は、「主体性」はないのですが、自分が食べて、飲み込んだ者に、いわば内から乗っ取られ、操られるようになるのです。そのようにして、飲み込んだ者の、強烈な欲望のもとに動くようになり、まったく、豹変するのです。彼が飲み込んだ「カエル」は、「カオナシ」が生み出す金を、周りにばら撒く代わりに、店の食事を全部持って来こさせたり、奉仕をさせるなど、好き放題をするようになります。

店の者達も、競って、金をもらおうと、「おねだり」し放題です。この辺りの描写は、なにか、いたたまれないほど、「人間的なもの」を感じさせます。そして、ここでも、この「カオナシ」が食べた、莫大な量の食事の残骸が、非常に細かく、リアルに描かれていて、強烈なインパクトがあります。この、「食べ物の残骸」というのも、先の廃棄物と同じく、人間の(無駄に)廃棄するものを象徴していて、彼らに嫌われる理由の一つかもしれません。

また、この「カオナシ」は、私には、日本人を象徴しているようにも思われます。個々人は、主体性はないにも関わらず、何かに、乗っ取られると、そのものの性質を一気に帯びて、強力に突き進むところがあるということです。現在の日本は、とりあえず、アメリカを飲み込んで、内から、アメリカに乗っ取られているということができるでしょう。

千尋も、「カオナシ」に、あなたは、「ここにいるからいけないのだ」と言い、「銭婆」のところへ行かせますが、とにかく、主体性がなく、周りに染まりやすいのが、この存在のもたらす問題なのです。

その他、「異界」の存在の中では、やはり「ハク」が、際立っています。私も、この存在が、ある「川の神」であって、かつてその川で、溺れかかった千尋を助けたことがあるというところでは、グっと来てしまいました。この川の神ということを止めることになったのにも、確か、人間の開発による、汚染が関係していたと思います。

「ハク」は、名前を奪われることで、かつて「高貴な」神だったことも忘れ、「湯婆婆」の手下として、働くことになります。ところが、千尋との関わりで、名前を思い出すことで、真の自分を取り戻します。

この「名前を奪う」というのが、「湯婆婆」の「魔術」ないし「洗脳」のやり方なのですが、この名前は、単に「名前」というのではなく、その者の「真の記憶」であり、「本来の存在」ということを意味するのでもあるでしょう。たとえば、人間であれば、「前世の記憶」を奪われることで、この世に閉じ込められ、さらに、本来の「霊的本質」を忘れることで、自分を見失い、「魔術」的に支配される、ということに通じてきます。(『エイリアン・インタビュー』では、この「霊的本質」を、「IS-BE」と表現していました)。

千尋も、「千」という名前を与えられることで、千尋としての生を忘れ、そのまま「湯婆婆」の手下として、奴隷的な生を送ることになったかもしれません。しかし、「ハク」との関わりで、千尋として、この世に帰ることができたわけです。

しかし…、この「異界」の「湯婆婆」の支配する世界の描写は、「カオナシ」の描写が日本人を象徴するように、全体として、人間の「この世」の有り様を、象徴するものがあるともみられます。別の世界のようであって、本質的には、全く、別の世界ではないということです。だとすると、無事この世に帰って来た千尋も、決して「奴隷的」、「支配的」な世界のあり様から、解放されるということにはならないことになるでしょう。

ただ、千尋は、「異界」の体験によって、そのような世界に対処するに必要な知恵を、いくらかとも身につけたのは、間違いないことと言えるでしょう。

 

2019年8月 5日 (月)

ムーと縄文の「テクノロジー」について

ミナミAアシュタールの『新・日本列島から日本人が消える日』で、情報源のさくやさん(呼び捨てでは呼びにくいし、氏というのも合わないので)は、「縄文文明は、高度の<テクノロジー>を有していたが、それは現代のテクノロジーとは違うものだ」と言っていた。ただ、その具体的な記述はほとんどなかったので、それがどのようなものか、気になっていた。

ところが、この度、ブログ(https://ameblo.jp/kuni-isle/entry-12500124278.html)の方で、このことを少し詳しく述べていた。

(※かつて、記事の転載をしていましたが、転載は禁止ということなので、当該記事をお読みください)

「テクノロジー」と言っているが、それは、現代の物質文明的なテクノロジーとは、全然違うものであることがよく分かる。

私も、縄文に、ある種の「高度」の「文明」と「技術」があったことは、疑いないとみていたが、それは、たとえば、土器製作や建築の技術とか、稲作の技術とか、形に現れるものから、推し量られるものではないと思っていた。一種の「精神文明」ということである。しかし、このようなものは、はっきりと形には残らないだけに、想像的に推理するしかなく、具体的にイメージすることは難しい。

もちろん、さくやさんも指摘するように、縄文土器は、高度の燃焼技術がないとできないことや、渡辺豊和著『古代日本のフリーメーソン』(学研)も明かにするように、石の配置と結びつけて、夢で得た情報を遠隔地に送信する、「繩文夢通信」という、高度な通信技術があったことなど、形に現れる要素もあるにはある。しかし、それらも、精神的なものと連動することによって、初めて意味をなすものであり、精神文明と融合したものであったことは、当然予想された。

今回の、さくやさんの記述では、縄文文明が、テレパシーや、テレポート、念動力などの精神的技術が、広く一般に行き渡る、一種の「精神文明」であることが、はっきりと述べられている

テレパシーが、日常において当然のように行われることは、アポリジニーなどの「先住民文化」でもみられることだし、「先住民文化」の、シャーマンを中心にした儀式などでは、それを人々の間で共有するのに、テレパシー的な伝達が、重要な要素であることは、何度か指摘した。

だから、縄文にも、それは当然予想されることだったが、テレポートや念動力なども、日常的に行われていたということには、多少の驚きはある。

それ以前の、「超古代文明」といわれる、アトランティスと併存した、ムー文明は、縄文の元となる文明として、テレポートのような、高度の精神的技術はあっただろう。また、物質文明的にも、現代からすれば、未来に属するような高度の技術を有していた可能性がある。しかし、一応、歴史的にも、現代に連なる、縄文において、このような高度の精神技術が発達していたとしたら、やはり驚きの部分はある。

しかし、何よりも、さくやさんの記述で、重要なことは、このような「技術」は、「超能力」ではなく、あくまで「テクノロジー」と呼ぶべきものだとしていることである。「超能力」であれば、誰か特殊の「能力」をもった人物が、それを独占することになる。しかし、それは、「波動エネルギー」の知識をもつことによって、誰もが発揮し得たものだから、「テクノロジー」そのものだと言うのである。

私も、たとえば、「集団ストーカー」や「テクノロジー犯罪」に絡めて、そのようなことを演出する「技術」があるにしても、それは、霊的な存在の「能力」によって可能なものだと、何度も指摘して来た。それは、「テクノロジー」と言った場合、現代文明の、物質的な機器を利用した、「技術」の延長上に理解されるものなので、それとは異なることを、はっきりさせるためである。「テクノロジー」というのが、そのようなものとして解されている限り、それは、やはり、混同されてはならないと思うのである。

しかし、さくやさんのような観点から、「テクノロジー」を捉えるなら、やはり、そのような「能力」も、広く、知識に基づいてなされる、「テクノロジー」と言ってよく、ただ、現代に言う「テクノロジー」とは、性質の違うものということになるだろう。

「宇宙人」の技術は、意思ないし思考と、物質的な技術が連動したものであることを、何度もみたが、むしろそれこそが、「テクノロジー」ということの本来のあり方とみられる。だとすれば、その全体を捉えて、それを「テクノロジー」と呼ぶことは、むしろ理に適っていることになるだろう。

我々の現代の、物質一辺倒的な「テクノロジー」というものが、本来の「テクノロジー」ということからは、逸脱したものであるということである。

とは言え、現代において、そうしたものこそが、「テクノロジー」として捉えられている限り、あるいは、超能力的な能力が、事実上、特殊な能力でしかあり得ない限り、少なくともその間は、やはり、そういうものは、「テクノロジー」とは区別して、「能力」と呼ぶのが適当と思うのである。

 

2019年7月 6日 (土)

『新・日本列島から日本人が消える日』

前々回、前回に引き続いて、「チャネリングもの」の紹介になるが、今回は、ミナミAアシュタール著『新・日本列島から日本人が消える日』(破・常識屋出版)という本。これは、真に貴重な書で、これまで、古本では、プレミア価格がついて、あるにはあったが、この度、新たに、加筆して、出版されたもの。

これまでの地球の人類の歴史を、特に、日本を中心にして、背後の宇宙人の視点から、分かりやすく、簡明に総括している。情報源は、「さくや」という、ムー、縄文日本を背後で指導したドラコ系宇宙人で、日本に大きく関わる存在である()。だから、これまでの、一般のチャネリングものでは、あまり、明らかにされない、日本人の観点から、真に知りたいことを、包み隠さず明らかにしてくれている。私も、大枠では、知っていたり、あるいは、予想していたことも多いが、まさに、最も知りたいことの核心に迫っているものがあった。

簡明に述べられている反面、切り捨てられた面や、ある種の一面性も感じるが、それは、このような「切羽詰まった」状況で、大枠の流れを押さえるという必要上、致し方ないと思う。むしろ、簡明ということは、率直に、包み隠さず述べられる、ということでもあり、レプティリアン(私は、レプティリアンに代表させているという風に受け取る)や支配層の、非人間的で、あくどい、謀略的な陰謀が、これでもかというぐらいに、明らかにされている。我々日本人が、いかにお人よしに、それに乗っていたかということでもある。この辺りの、容赦のなさは、前回も述べたように、最近の宇宙人情報の流れに繋がるものといえる。

特に、岩倉具視を中心に、日本の支配層が彼らと手を組んで行った、明治維新から、第二次大戦当たりの、「レプティリアン-イルミナティ」の支配構造に日本を取り込みつつ、日本をたたき潰すための、戦略についての語りは、圧巻である。

(その前の、長く続いた江戸の社会は、縄文との繋がりの強い、信長、秀吉、家康らが、ムー、縄文の社会をモデルに、それに近い平和な社会を築こうとしてできたものというのも、非常に興味深い。)

元々の始まりは、レプティリアンによるアトランティス文明とドラコ系によるムー文明の対立に始まり、ピラミッド型の支配構造を貫徹する、アトランティス人と、背後のレプティリアンが、それに与しない、「軽い波動」のムー人を嫌って、様々に、排除の仕掛けをなしたことによっている。

縄文日本は、そのムーの子孫たちであり、その子孫たちも、様々に排除の仕掛けを被って、現在は、沖縄やアイヌ、一部のアメリカ先住民、チベット人、古来のユダヤ人などの、ごく少数派として追いやられている。

ただ、現在の日本人も、(レプティリアンの傘下の)ナーガに指導された、大陸系弥生人の血を大きく入れているとはいえ、縄文の血を受け継ぐものである。ただ、血というよりも、日本列島そのものに、ムーの波動は刻まれているので、その住人としての日本人には、「レプティリアン-イルミナティ」による攻撃が、執拗に続けられることになる。

そして、タイトルにもなっている、「消える」というのは、「レプティリアン-イルミナティ」の支配構造が占める、この三次元的な領域から、「次元上昇」して、「見えなくなる」(干渉し合うことがなくなる)ということを意味している。かつて、マヤ文明の一部の人たちも、なしたことだが、日本人に、そのような方向での「選択」を勧めているのである。

一見、非現実的、あるいは、「無理な要求」のようにも感じられるが、「好きなことをして、ご機嫌でいる」という簡単なことで、波動を軽くしていれば、十分可能なことという(それは、前回も述べたように、地球自身が、既にそのように選択したからでもある)。この当たりは、「ワクワクすることをする」というバシャールにも通じるところである。

何しろ、読みどころはたくさんあるので、ぜひ読んでみることを勧める。

(それを期して、私も、あまり詳しいことは述べない。前々回と、前回紹介した本のどれかというなら、私は文句なしに、この本を勧める。)

※  日本的になじみ深い言い方で言えば、「龍神」ということになるし、本書でも触れられているとおり、記紀神話の「コノハナノサクヤヒメ(木花咲耶姫)」のモデルとなった存在でもある。この辺りは、「神々」とみるか「宇宙人」とみるかで、随分イメージが違ってくる。

なお、前々回、前回紹介したものとの対比で言うと、奇しくも、今回は、「日本と関わりの深い存在による、日本人チャネラーによるもの」、前々回は、「日本ばかりか地球との関わりも薄い、第三者的な存在によるもの」、前回は、「地球と関わりの深い存在による、日本在住のチャネラーによるもの」という風に、日本との距離感が、それぞれ異なるものになっている。だから、どれかと言うなら、それぞれの興味と関心から、選んでもらえばいいし、それぞれに十分の意義があると思う。ただ、これだけ深く、詳しく、日本を中心にした視点から示された情報も珍しい(詳しさ、分かりやすさは、「日月神示」より断然上)ので、今回のこの本を特に推している。

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