2019年4月12日 (金)

「日月神示」の言葉 3

今回は、『日月神示』の文庫版(電子書籍版)、一二三』(文芸社)を読んだので、前と同様、印象に残った言葉を2、3掲げておきます。

主意である、「神一厘の経綸」については、既に記事『「神一厘の経綸」について』 、『「神示」が語る「悪の仕組み」』で十分述べたので、ここにあげるのは、本筋からは外れるかもしれないが、特に印象に残った言葉となります。

記事『「日月神示」の言葉』、『「日月神示」の言葉2』のときと同様です。

 「食べないで死ぬことないぞ。食べるから死ぬのじゃぞ。」

最近は、「食べない人たち」()が、かなり表に出て、多く知られるようになっている。「食べるからこそ死ぬ」ことも、慢性病が異様に拡大した現在、「食」の問題が取りざたされて、頷けることにはなっている。だから、さほど衝撃的というわけではないかもしれないが、強烈に逆説が効いた言葉である。当時としては、受け入れ難いほど、衝撃的な言葉であったに違いない。

現在でも、「食べない人たち」がいるのは知っていても、やはり、普通は「食べなきゃ死ぬだろう」と思っている人の方が圧倒的に多いはずだ。現実に、途上国その他で、「食べられない」が故に、餓死している人も多いのでは、ということにもなるだろう。

しかし、「餓死」というのは、「食べない」ことが直接の原因ではないとも考えられる。たとえば、様々な環境的条件により、免疫系を衰えさせ、感染症を招くなどの理由が考えられる。「食べなければ死ぬ」という、文化的、社会的信念体系の影響も大きい。

とはいえ、私も、誰もが、そう容易く、「食べない人」になれるとも思えない。その意味では、「食べないで死ぬことない」というのは、「本来は」という、本質論上の話というべきものである。

それは、本来は、「誰もが超能力を持っている」というのとも、同じような次元の話で、それはそうでも、現実にそれを発揮する人は、少ないのである。

それにしても、実に、本質的なことを、見事に、さらりと、提示してくれている。

  「悪を食って暮らさねばならん時、近づいたぞ。悪に食われんように、悪を噛んで、よく消化し、浄化してくだされよ。」

これも、「食」に関する言葉。「悪」とは、「捕食者」とした場合、これも非常に逆説に満ちた言葉である。

本来は、「悪」が我々を食うのであるが、我々の方が、「悪」を食って暮らさねばならない時代が近づいたという。悪を「食う」とは、それを、他の神示の言葉に照らして言えば、悪を「抱き参らせる」ということであり、そのうえで、それをよく消化して、受け入れ、「浄化」していくということになろだろう。

とはいえ、本来、「悪」の方こそ、「捕食者」なのであるから、よほど注意して、噛んで食わないと、我々の方が食われてしまうことになりかねない。まあ、「食うか食われるか」というのは、本来の、自然状態では、当たり前のように行われている状況なのではあるが。

しかし、「悪」が我々の食糧源となるのであれば、これほど、食に恵まれた時代もまたとないといえよう。なにしろ、現代では、我々を取り巻く、そこら中が、「悪」であふれ返る状況なのだから。

そして、この「悪」を、皆で目出度く食いつくしたとき、1で述べられたように、我々も、晴れて「食べない人」となることができるのかもしれない。

  「そなたは、つまらんことにいつも心残すから、つまらんことが出てくるのであるぞ。心を残すということは、霊界との繋がりがあることぞ。」

これは、私も、よく経験することであるが故に、少しショックだった。かつては、そんなことはなかったはずだが、最近は、「つまらないこと」に「心を残す」と、ほとんどすぐさま、それが、何らかの形で、「出てきてしまう」ように思う。まるで、時間的猶予のない「カルマ」のようである。

たとえば、『「ハイブリッド」と「集団ストーカー」』という記事でも、「つまらないこと」に囚われて、それに「心を残した」途端、それをつくようにして、「ハイブリッド」と思われる存在に、「つまらない」「絡み」を受けたことを述べた。

「心を残す」ということは、「霊界との繋がりがある」ということで、「つまらない」ことは、「つまらない」(低級な)霊界に通じてしまうのである。そして、その「つまらない」ことをとっかかりにして、彼らの影響を大きく呼び寄せてしまう。その結果、「つまらない」ことが、拡大されて、現実に「出てきてしまう」のである。

まあ、こういうのが「すぐさま」出て来てくれた方が、その原因が自分の「思い」にあることが分かりやすいし、その修正もまた、しやすいことにはなる。

「つまる」ところは、「つまらない」ことに、心を残さないということである。

 

※ ここに、「食べない人」(ブレサリアン)に関する概括的な記事があるので紹介しておきます。

「ブレサリアン」には、心をぶれサリアンされた人も多いかもしれません(笑)。

私も、記事で述べたように、一連の体験中、20日間ほど一切食事をしなかったことがあります。が、これは、あまりにも張りつめた意識状態にあったため、「空腹感」が一切生じなかったのと、食事をとるという余裕(行動意欲)すらなかったことによります。

今思っても、一番つらい時期ではありました。まだ、「霊的なもの」の作用であるという確信も持てず、何がなんだか分からず、いいように振り回されていた時期です。

ただし、一日2箱ほどのタバコと2本ほどの缶コーヒーは必需品でした。「ブレサリアン」ではなく、「ニコチニアン」または「カフェイニアン」ということになりましょうか。いずれにせよ、最強、眞逆の「不健康状態」ですね。

しかし、この「食べない」状態を「理論上は」、続けられ得るということは、このとき十分実感したし、「空腹感」というのも、意識の問題であることを実感しました。

2019年3月17日 (日)

「廃仏毀釈」の意義(転載)

前回に引き続いて、ブログ『オカルトの基本を学ぶ』(http://tiem-occult.seesaa.net/)の方に投稿した記事を、転載しておくことにします。

それまでの日本の伝統文化を破壊するのに、決定的な役を果たした、明治政府の施策、「廃仏毀釈」について述べたものです。それは、端的に、「霊的なもの」の排除でもありました。

明治政府が、それまでの日本の伝統文化を破壊するというのは、様々な面にわたって、様々な制度においてなされたことです。しかし、それを象徴するような施策を一つあげるなら、何と言っても、「廃仏毀釈」ということになるでしょう。

「廃仏毀釈」というのは、「仏教を廃し釈迦の教えを棄却する」という意味の施策です。実際に、明治政府により、推し進められ、実行されたものです。

日本の民間における信仰は、中世の頃から、「神仏習合」して、神社にも仏像など仏教的な形態のものが多く祀られて来ました。「仏」と「神」は、仏教移入当初から、様々に葛藤をもたらすものではありましたが、これを習合させて、平和的に共存させ、共に信仰の対象として敬って来たのは、庶民の知恵とも言えます。

しかし、明治政府は、外国から移入した仏教を排斥し、神道を国教化すべく、神社から、仏教的なものを廃棄したのです。また、それだけでなく、多くの仏教寺院を破壊し、僧を還俗させました。

仏教は、江戸幕藩体制では、「権力」に結びつく、重要な位置にあったため、その地位を貶めるべく、日本の固有の信仰ではないということで、排斥すべきものとしたのです。特に、新権力の一翼を担う薩摩では、凄まじい排斥がなされたようです。

ネットでも、『日本史の一大汚点「廃仏毀釈」はいかにして行われたか?』という記事(https://diamond.jp/articles/-/114630 )は、この「廃仏毀釈」について、簡単に、概要とその重要な意味が述べられていますので、参照ください。

一見すると、これは、やり方が破壊的だったとしても、「日本の固有の信仰を取り戻そうとした」ということ自体は、肯われることと解されるかもしれません。しかし、これは、「国家神道」という、新たな「国教」の樹立に向けられたものであって、日本の固有信仰を取り戻すようなものでは、全然ありません

むしろ、この「国家神道」は、天皇を「現人神」として中心に据えて、あらゆる信仰形態を再編し、それに沿わないものは排除する、ほとんど「一神教」的なものだったと言えます。西洋風の絶対君主制の模倣であり、日本の固有信仰とは、似ても似つかないものだったということです。

安丸良夫著『神々の明治維新』(岩波新書)も、《「廃仏毀釈」といえば、廃滅の対象は「仏」のように聞こえるが、しかし、現実に廃棄の対象となったのは、国家によって権威づけられない神仏のすべてである》と言っています。

仏教を排斥するというのは、一つのとっかかりのようなもので、実質的には、神々への信仰を、権力的な意図により、それまでの形態とは大きく変えてしまうことこそが、なされたことなのです。そこで、真に破壊されたものとは、一言で言えば、それまでの「民間信仰」であり、「固有信仰」そのものなのです。

たとえば、それまでの信仰では、神々への信仰であっても、必ずしも、神社という建物と結びついたものではなかったし、形式的な「祭司」や「儀式」ということが、重要なことでもありませんでした。さらに、「巫女」や「修験」のような「シャーマン」を通しての、「憑依」や「託宣」ということを通して、神々と交流する場もありました。しかし、明治政府によって、そのようなものは、「迷信」として禁止されたのです。

氏神というのは、村の共同体にとって、重要な統合のシンボルのようなもので、「社」と結びつくことが多かったのは確かです。しかし、それは、それぞれの共同体独自のものであったのが、「廃仏毀釈」により、国家が押し付けた神道形態のものに変えられます。それは、端的に、共同体にとって、固有の信仰の破壊と、新たな信仰の押しつけということになるはずです。

他にも、破壊されたものは多くあるのですが、要は、それまでの信仰において、「実質をなすもの」こそが、破壊されたということです。そして、国家に都合のよい形での、形式的、物質的な要素に嵌められるものとなったのです。私からすれば、実質的には、「目に見えない」「霊的な要素」こそが排除されたということになります。

それは、これまでにも何度も触れた、「オカルト的なもの」を排除するという、近代のあり方を決定づけた出来事でもあるのです。

普通は、戦後において、「国家神道」というものが、それ自体「オカルト的なもの」のようにみなされて、廃すべきものとされることになったと解されるのでしょう。しかし、実際には、その「国家神道」自体が、既に「オカルト的なものの排除」と結びついていたことを見逃すと、それによって、本当に排除された江戸以前の固有の文化をも、見逃すことになるのです。


※ 仏教排斥をとっかかりとしたことの意義

転載記事中に述べたとおり、「廃仏毀釈」というのは、日本の伝統文化破壊に向けての「とっ かかり」のようなもので、真に破壊されたのは、それまでの「民間信仰」そのものです。しか し、そのとっかかりは、「神仏分離」「廃仏毀釈」という、排斥対象が明確なものだったから こそ、神社の神職や民衆をも巻き込んで、効果的になされたものといえます。そこに、巧妙さ があります。

一つは、江戸期に仏教は優遇される位置にあり、寺請制度、寺壇制度により、民衆が寺の管理を受けていたので、神道に関る者や民衆にも、仏教を快く思わない者が多くいたということが あります。この施策は、それらの者の不満を、うまくすくい取っているのです。

また、ペリーの来航以来、一般に、外国による圧力を感じ、日本の伝統文化ということを意識せざるを得なくなっていたので、「外国から移入された仏教」の排斥ということには、訴えかけるものがあったと言えます。

まずは、民衆も味方につけつつ、仏教という、一大勢力を大がかりに排斥することから始めて 、結局は、民衆そのものの信仰や文化をも、国家の都合のいいように、改変(破壊)してしまっ たのです。つまり、国家にとって都合の悪いもの、管理しにくいものを、巧みに排除してしまったということです

2019年3月 3日 (日)

「近代社会」と「明治維新」に関する記事の転載

ブログ『オカルトの基本を学ぶ』(http://tiem-occult.seesaa.net/)の方に投稿した記事ですが、「狂気」にも関係する重要なものなので、こちらにも転載しておくことにします。

ともに、「近代社会の常識」を意識的に覆して行かない限り、「オカルト」を捉え直すことは難しいということで、「近代社会の常識」を、改めて問い直したものです。

これらは、「オカルト」について述べたことですが、「狂気」につても、全く当てはまることです。実際「狂気」とは、「オカルト的なものに惑わされる」こと、そのものであることは何度も述べたとおりです。そのことが、「近代社会の常識」でみえなくされたために、「病気」ということで、「分かったこと」にする「誤魔化しのシステム」が、できあがったのです。

この、「誤魔化しのシステム」である、「精神医学」との関係では、既に、記事『「病気」ということの「イデオロギー」的意味』(http://tiem.cocolog-nifty.com/blog/2014/07/post-5403.html )、『「精神医学」と「オカルト」的なもの 』(http://tiem.cocolog-nifty.com/blog/2012/07/post-6b32.html)などで、これらのことは十分述べられています。

ただ、「近代社会の常識」そのものをとりあげたものとしては、今回転載するものの方が、分かりやすいかと思います。


「近代社会」という大いなる誤解

改めて、「オカルト」については、「近代社会」の延長上にいる我々にとって、この社会特有の「常識」(本当は「非常識」であり「誤解」)が、大きく立ちはだかっていることを感じざるを得ません。これを、十分意識的に、覆えしていかない限り、本当にオカルトを正面から捉え直すことは、難しいと思います。

記事中で、何度も、現代には、「オカルト」に対する嫌悪感や恐怖感が行き渡っていることを述べました。そして、近代社会が成立する直前に起こった「魔女狩り」を例にあげて、そもそも「近代社会」 とは、「オカルトに対する排除の意思」が強烈に具現された社会である、ことを明らかにしました。そして、それは、日本の場合にも当てはまることをみました。

我々が、その社会の中で生まれて、自然と身につけてしまう常識や感覚には、それらが強く染み込んでいます。現在は、かつてほどではなくなっているとは言え、「オカルト」に対しては、初めから、排除と蔑みの感覚がつきまとい、まともにみることを阻んでいるのです。

そして、それは、日本人にとっては、より強固なものになっていると思われるのです。

「近代社会」とは、我々日本人にとっては、まずもって、フランス革命以後の、「西洋社会」ということになるでしょう。しかし、日本も、明治維新後、その仲間入りをしたことになっているので、それは現代の「我々の社会」ということでもあります。

つまり、日本人にとっては、明治維新前の伝統的な文化と、それ以降の西洋化された「社会」とが、ほとんど断絶しているのです。「明治維新」という、かなり極端な形で、それまでの文化を排して、異質の文化を取り入れることをしたので、そのことが、より明確に浮き上がるのです。

そして、多くの日本人にとって、明治維新後の西洋化された「近代社会」こそが、今につながる、「正しい」社会のあり方であり、それは、かつての古く、迷信にまみれ、権力に抑圧された、「遅れた」社会を克服して、達成された、望ましいものということになるのだと思います。「近代社会」が、理想的な、完璧な社会とまで思う人はいないでしょうが、相対的に、以前の文化や、他の文化と比べても、進んだ、あり得る唯一の社会くらいに思っている人は、多いと思います。

このような認識においては、「オカルト」とは、かつての誤った「迷信」の象徴であり、過去の、克服したはずの「悪しき」文化を思い起こさせるものでしかない、ということになります。つまり、「オカルト」とは、我々がかつて、「切り捨てた」はずのものであり、もはや、決着のつけられたはずのものです。それを「切り捨てた」限りで、現在の「世界」に誇れる、「近代社会の一員」としてのアイデンティティがあるのです。

しかし、その「切り捨てた」はずのものが、「後ろ髪を引く」ように、我々の意識に浮上しては、我々を今も悩ませ続けるのです。そうなるのは、当然のことと言うべきです。実際、それは、我々の「失われた半身」とも言うべきもので、我々の「過去」そのものだからです。明治維新後とは、比べものにならないくらい長い間、かつては、実際に、そのように「生きられた」ものであり、我々の深いところに、今も潜み続けているはずのものです。切り捨てた「つもり」になることはできても、真に縁を切ることなど、できるはずもないものなのです。()

何も、捨てた「過去」に戻ることがいいということではないですが、「切り捨てたもの」は、新たな視点のもとに、捉え返される必要があります。そして、何ほどかの「和解」(統合)がなされる必要があります。そうでない限り、それは、今後も、「後ろ髪を引くように」我々の意識に現れては、嫌悪と恐怖を突きつけてくることでしょう。

 ブログ『狂気をくぐり抜ける』の『日本人が霊的なものを認めない理由』(   http://tiem.cocolog-nifty.com/blog/2011/01/post-f6e0.html    )という記事では、かつて「切り捨てた」ものを、過去つき合った異性にたとえて、この辺りのことを、多少過激に、しかし分かりやすく述べていますので、ぜひ参照ください。

「明治維新」の捉え方の変化―「進化史観」

前回、「近代社会の常識」を意識的に覆して行かない限り、「オカルト」を捉え直すことは難しいことを述べました。

しかし、最近は、「近代社会の常識」を問い直す見方は、様々な方面で現れています。日本の歴史においても、「明治維新」の捉え方が、これまでとは大きく変わって来ています

これまでは、「明治維新」とは、とりもなおさず、それまでの封建的で、迷信に満ちた、古い社会を改革して、西洋流の進んだ社会に変えた、画期的な出来事とされていました。「明治維新」そのものの価値が否定的にみられるということは、ほとんどありませんでした。

ところが、最近は、日本の江戸時代は、世界的にみても稀なほど、「豊か」な社会であったことが、示されつつあります。「士農工商」という身分的な区別はありましたが、決して移動の効かない固定的なものではなく、必ずしも、「差別」に結びついたわけでもなかったとみられます。物質的にみても、庶民全体として決して「貧しい」わけではなく、文化的にも、庶民レベルで、独自の、様々なものが発展して、享受されていました。幕末期に日本を訪れた外国人は、そろって、これらのことに驚きを示しています。

江戸時代、あるいはそれ以前の社会または文化を、「古く」、「劣った」ものとして、否定する見方が、一方的で偏ったものであることが、認められて来ているのです。だとすれば、それを一方的に否定した、明治維新の見方も、変わって来ざるを得ません。

むしろ、最近は、明治維新を、西洋の(金融資本家等の)支配層の戦略に乗って、日本の伝統的な文化を破壊した、残虐なクーデターであり、日本が西洋支配層の支配に取り込まれることを決定づけた、「売国的行為」とする見方も出てきています。

このような見方には、多少とも、「反動的」なものはあるでしょうが、決して根拠のないものではありません。明治維新が、西洋の黒幕の力を借りて、天皇をすり替えるなど、謀略に満ちた方法で、新たな権力を樹立したものであったことは、間違いないと思われるのです。この点については、かなり多くの研究がありますが、たとえば、比較的穏健に、説得力をもって示されている、加治将一×出口汪『日本人が知っておくべきこの国根幹の重大な歴史 』(ヒカルランド )を参照ください。

いずれにしても、このように、歴史的な出来事も、180度見方が変わり得るものであり、「歴史」というのは、「事実」そのものではなく、それをどう捉えるかの「見方」そのものであることを、改めて感じます。

ジャーナリスト船瀬俊介氏は、歴史=historyとは「his」「story」、つまり「彼の物語」なのだと言っています(https://www.youtube.com/watch?v=n9pS9tyTUN4 )。「彼」とは、その社会の「支配者」ということであり、歴史とは、あくまで、その社会の支配者が、その「正当性」を多くの民衆に押しつける「物語」だということです。

それまでの貴族社会や幕藩体制は、みかけ上の「支配者」が見えやすかったので、このことは理解しやすいでしょう。ところが、「明治維新」以後は、巧妙に、自由や平等の観念に隠されて、みかけ上「支配者」がみえにくくなっています。そのため、その「物語性」も読み取りにくくなっていますが、学校教育を通して広められる現代の「歴史」においても、結局は、同じことなのです。

(このような捉え方には、「陰謀論」という見方がつきまといます。この「陰謀論」というのにも、「オカルト」と同様、「非理性」「反理性」を象徴するものとしてのレッテルが、張られているのです。確かに、「オカルト」と同様、危険性を含み、扇動的なものが多いのは事実です。しかし、同時に、「隠された真実」を含むものがあることも、「オカルト」と同様なのです。この辺りのことは、またいずれ、とりあげたいと思います。)

私は子供の頃、「歴史ほどつまらない授業はない」と思っていたのですが、それは、このような一方的な見方を、ステレオタイプ的に押しつけられるところがあったからだと思います。

とは言え、私も、「明治維新」が、近代社会の一員となるために必要な、良き改革であったという見方は、自然に受け入れてしまっていました。教育による洗脳の効果というのは、恐ろしいもので、表だって、教育の内容自体を受け入れていないつもりでも、背景にあるものの見方を、知らぬうちに、取り入れてしまっていたりするのです。

そして、江戸時代以前の日本は、「貧し」く、迷信に囚われた社会で、世界的にも劣る、「恥ずべき」ものという見方も、自然にしてしまっていたと思います。いわゆる「自虐史観」的な見方です。

最近は、それが反省されたりもしているのですが、もちろん、反対に、ただ自文化を称賛すればよいというものでもありません。また、自文化を称賛すると言いつつ、本当には、江戸以前の日本の文化を、深いところから肯定しているとは思えないものも、よくみかけます。

特に、私の立場からすれば、これらの文化は、現在は「オカルト」とされる領域を重視して来た文化なのだから、それに対してどのような態度をとるのか、そこを曖昧にしている限り、本当には、自文化の見直しにはつながらないと思います。

ともあれ、我々は、明治維新という近代のあり方を取り入れて、新たに身につけられた見方を、当然の前提のようにして、それ以前の過去についても当てはめて、一方的に解釈してしまっているところがあるのです。

そのような、近代以降に身につけられた、歴史の見方で、最も問題なものを一つあげるとすれば、次の見方だと思います。

「歴史」は、過去から現代へと、「進化」して行く。つまり、人間は、時代とともに、「進化」して行く

この見方こそが、「過去」を、「古く」、「乗り越えるべきもの」として否定し、現代を、最も「進化」したものとして、「正当化」する見方をもたらす、根本だと思います。

しかし、そんな保証は、どこにあるのかということです。人間が、時間とともに「進化」するなどという保証は、どこにもないはずなのです。

実際、近代以前には、むしろ人間は、時間ととに「退化」するという見方の方が主流でした。

古代ギリシャでは、人間は、黄金の時代、銀の時代、銅の時代、鉄の時代という風に、時代とともに「退化」(堕落)するとみなされました。古代インドでも、同様に、サティヤ・ユガ、トレーター・ユガ、ドヴァーパラ・ユガ、カリ・ユガという風に、時代とともに退化します。ただ、ある出来事によって、初めのサティヤ・ユガに戻り、また退化して、そのサイクルを繰り返すという発想がされていました。

このように、全体として、人間は時代とともに退化するという見方の方が、明らかに「現実的」というべきです。また、「サイクル」というのも普遍的な発想で、中国や日本でも、元号が変わるごとに、時間そのものが振り出しに戻る、「サイクル」の発想がされていました。

逆に、時間というものが、直線的に進むという発想自体、西洋独自の発想であり、一神教的な宗教が、時間を規定することに始まっています。

時間が直線的に進むということは、ある目的を設定して、時間が、それに向って進むという発想を前提にして、初めて可能なことです。この場合の目的とは、一神教的には、「最後の審判」であり、その後に訪れるとされる、「永遠の救い」のことでしょう。キリスト教的には、このような意味の時間の始まりは、永遠の救いを約束した「イエス・キリスト」が生まれたとき、つまり西暦元年ということになります。

そして、「進化」ということも、このような、ある目的が設定されて、それに沿った視点から捉えられて、初めて言えることなのです。

「永遠の救い」ということは、目に見えにくく、測りにくいことですが、西洋近代には、目に見える表面的な目的として、「物質的な発展」ということがあります。それで、「進化」ということも、かなり見えやすいものとなったのです。

確かに、「物質的発展」という視点から、それに沿う「進化」を云々することは、できることでしょう。しかし、そのような目的自体、特定の価値観から設定されたものであり、普遍的ものとは言えません。現に、西洋近代以外の文化では、そのような目的は設定されていないと言うべきです。

西洋近代が、そのような目的を設定したのは、やはり一神教的な発想が根本にあり、「物質的な発展」とは、「永遠の救い」ということの、目に見える形の現れであり、あるいはそれに近づいていることの、一つの指標とされたからでしょう。(基本的には、資本家等を中心に、物質的、経済的に「富む」ことが、宗教的な救いという観点からも、価値づけられ、正当化されたということです。)

しかし、それは、非常に特殊で、「限定」的な発想であるにも拘わらす、一神教的な「普遍性」を標榜するものなので、他の地域の多くの人間に、「押しつけ」られていくものとなります。その力が絶大で、逆らい難いほどのものであったのは、確かなことでしょう。

それにしても、「進化」とは、ある観点から言えることでしかなく、全体として、人間が、時代とともに進化するなどということは、言えるはずもないことです。

ただ、西洋流の「物質的発展」という目的ないし価値観が、取り入れられるのに応じて、それに沿う方向が、「進化」とみなされたということに過ぎません。そして、そのために否定されたものとは、「物質的発展」ということと相入れないもの、つまり、現代では、「オカルト」という言い方で総称されるような、「目に見えない」「霊的な性質のもの」だったということです。

2019年2月14日 (木)

UFOと人工衛星または火球の目撃

今の時期、空が澄み渡っていて、オリオン星座の星々とシリウスの輝きが強烈なので、たまに夜空を眺めるのですが…、

2月10日の夜6時過ぎ頃、灯油を汲みに出た5分ほどの間に、何と飛行機3機と人工衛星または火球2個を続けざまに目撃しました。

飛行機は普通に点滅しながら、空を飛んでいくのですが、その飛行機を見ていたら、その近くから、(私は急に出現したと思えたのですが)オレンジ色に光る物体が、飛行機とは違う方向に、ゆっくりと直接的に一定の速度で、飛行していきました。その間、光の明るさを変えていたのですが、明るくなったときは、金星よりも明るい位になっていました。

何だったのかと思っていると、しばらく後、今度は逆の方向から、初め赤っぽいぐらいの強烈な光が見えたので、火星かなと思っていると、それはゆっくりとやはり直接的に一定の速度で移動して、こちらの方向に近づいて来て、通り過ぎ、そのままやがて雲に隠れて見えなくなりました。

見えていた時間は、最初のは、10秒ほど、後のは20秒ほどと思います。音は一切ありませんでした。どちらも、かなり強烈な印象を残しましたが、方向変換や速度の変化はなく、直線的にスーッという感じで飛んで行ったので、UFOではないだろうと思いました。

この掲示板(https://www.web-nms.com/%E6%8E%B2%E7%A4%BA%E6%9D%BF/)に、#1495で、同じ日に報告されているものは、時間帯や場所にはズレがありますが、私の見たものとかなり似ています。私も、初め「火球」の類かなと思っていたのですが、調べてみると、ゆっくりと移動するものは稀のようで、人工衛星の可能性も高いようです。

それにしても、短い間に、立て続けに目撃するのはかなり珍しいことでしょう。

ただ、私は、過去には、UFOらしきもの(星かと思っていたら、急に速い速度で移動して消えた。何もないところに、急に強烈な輝きを見せたかと思ったら、徐々に気えて行ったなど)も何度か見ているし、はっきりとUFOでしかあり得ないものも、見ています。

それは、小学校5年のときで、やはり星を見るのが好きで、空を見上げていたときのことです。オレンジ色に強く輝く物体が急に出現し、流れ星くらいの速い速度で、全天にわたるように、らせん状のランダムな軌道を描きながら、飛行していき、途中、雲に隠れてまた出現したりしていたのですが、最後は雲に隠れてそのまま見えなくなりました。時間は、やはり20秒ほどでした。

典型的なUFOのように、方向変換をしたり、速度を変えたり、消滅してまた出現するということはなかったのですが、飛び方が異常であり、流星でも火球でも人工衛星でもあり得ないと思います。

図にすると、次のようです。

Ufo

当時私は、既に唯物的な発想をしていたので、超能力や霊などは絶対に認めませんでした。ただ、宇宙人の乗り物としてのUFOなら、物質的なものの発展の延長上に、あり得ないことではないと思っていました。

それで、UFOである可能性を感じ、興奮気味に、父親にもその話をしたのですが、まともに相手にされず、自分としても、大した根拠はないにも拘わらず、「あれは人工衛星だったのかもしれない」ということで、胸にしまい、表面上忘れるようになっていきました。

しかし、その後も、心の隅にはひっかかっていたようで、18才の頃、当時『UFOと宇宙』というUFOに関する雑誌があったのですが、それに興味を持って読むことになりました。その雑誌は、海外の科学者の論文なども翻訳して紹介している、かなり「高度」な内容のもので、それなりの説得力がありました。それで、私は、いずれ、UFOは確かに存在すると思うようになり、私の見たものも、UFOに違いないと思うようになりました。

また、この雑誌は、UFOだけでなく、超能力についての研究も載せていました。これについては、すぐに納得したわけではないですが、簡単には否定できないとは思うようになって行きました。これは、頑なな唯物論者だった私にとって、かなり画期的なことです。

私が、「オカルト」的な事柄に興味をもつようになっていったのは、このような経緯があったからです。多分、小学5年のときに、UFOを目撃していなければ、この雑誌を読むこともなかったと思うし、読んだとしても、半信半疑で終わりだったと思います。

だから、このときのUFO体験は、後の自分にとって、とても大きな影響を与えていることになります。ある意味、後の自分を象徴あるいは導くものだったとも言えるわけです

そして、今は、そのときのUFOは、宇宙人の乗り物である物体としのUFOではなく、一種の「霊的な現象」で、それが物理的な世界に投影されていたのだと思っています。雲に隠れるなど、物理的な「みかけ」は有していますが、印象として、そう感じるのです。そして、それは、明らかに、私に見せるために起こっていたと思います。

当時、私は、唯物的な発想をしていたので、文字通りの「霊的な現象」などは受け入れられず、たとえそのような現象に遭遇したとしても、単に拒絶するか、記憶から抹消していたでしょう。ただ、UFOについては可能性としては認めていたので、まずは、私にとって受け入れやすい、UFOという形をとって現れる必要があったのだと思います。まさに、「霊的」な領域への「導き」の一歩だったということです。

このUFOは、一般の典型的なUFOとは飛行の仕方が違っている、かなり特殊なものだったことも、それを示しています。

今回、ちょっと、そのときの体験を彷彿とさせるような現象に出会ったので、思い返してみました。しかし、今回見たのも、もしかしたら、そのときと同様の何らかの霊的な現象の投影物であるということも、考えられはしますね。

2019年1月10日 (木)

今年の情勢と「狂気」に関する記事について

2019年を迎えることが出来ましたが、今年も、昨年に引き続き、「何があってもおかしくない」覚悟の年になると思われます。

国際情勢では、北朝鮮との直接的な争いは、一応免れそうな方向に行きましたが、予断は許さないし、そのかわりに、韓国との不穏な状況が作り出されています。自然災害と人工的な災害は、相変わらず、今後も増えていくでしょう。

「狂気」というのは、このような情勢において、たいして重要な問題とは思われないかもしれませんが、「世界」が大きく移り揺らぐ、このようなときこそ、「オカルト的なもの」との絡みでも、「狂気」が拡大するときであります。

また、「狂気の本質」というべきものは、時代と関係なく、普遍的な問題であるので、既に十分語り尽くした感はありますが、今後も追求して行くつもりです。

今般、久しぶりに、過去の「狂気」に関する記事について、部分的にですが、読み直してみました。

改めて、通常は、誰も顧みないような、細かいところまで踏み込んで、よく分かりやすく、説き明かしていると思います。じっくり読んでもらえば、十分「分かる」はず、あるいは、少なくとも、おおまかに、概観は「つかめる」はずのものと思いました。

「<狂気>とは、要するに<病気>である」として、「分かったことにする」発想が、行き渡っていることが、狂気を本当に理解することを、阻んでいるので、まずはそれを覆すことが必要です。しかし、そこを超えて、本当に、狂気を理解しようと望む人にとっては、十分それに答えることのできるものとなっていることと思います。

予告していた、分かりやすくまとめるホームページは、作ろうと思っていますが、全体を本当に理解しようとするなら、このブログ記事を、じっくりと読んでもらうのが適当と思います。ただ、記事は多数あり、必ずしも、順序立てて述べられているわけでなく、多くの観点から、繰り返し、交錯的に述べられているので、ある観点からして、どのような記事を読むのが適当かが、分かりにくいというのはあると思います。

そこで、次回にでも、「狂気」に関する記事について、相互の関係や、ある観点から、どの記事を読むのが適当かを明らかにするような、概観をしておきたいと思います。

新年において、何度か、記事のぺージビュー数トップ5を紹介することをしていましたが、今年も、ちょっとした変化があり、特に、『日本で「魔女狩り」に相当する事件』(http://tiem.cocolog-nifty.com/blog/2008/12/post-5962.html)が 1番に来ています。

と言っても、これらは、検索サイトから来ている場合が多く、要するに、検索サイトに載っていて、興味を引かれたということで、必ずしも「読まれている」ことにつながるものではありません。ただ、ちょっと、目立つ変化ではあるので、紹介しておきます。

「魔女狩り」は『オカルトの基本を学ぶ』( http://tiem-occult.seesaa.net/ )のブログでも、「オカルト」を嫌悪し、排除する、強烈な意思の現れであり、現代に通じる「近代社会」の発生に直接関わる出来事として、重要視しているものです。決して、「過去の出来事」などではないので、これに注目されることは、望ましいことです。

2018年12月 2日 (日)

今も生きている「山怪」

前に、記事『「注文の多い料理店」の犬の怪』(http://tiem.cocolog-nifty.com/blog/2009/11/post-d417.html)で述べたような「山の恐るべき力」に関して、現在では、山も開かれてしまって、このようなことが起こることはほとんどなくなってしまったと述べました。

ところがどっこい、『山怪』(山と渓谷社)という本を読むと、今でも十分、「山の怪」は起こり続けて、人を惑わし続けていることが分かります。それも、山に不慣れな「素人」ではなく、普段から山を良く知り、慣れている「マタギ」のような人たちをも、惑わし続けているのです。

読んだのは大分前なので、一つ一つの話を、あまりよく覚えているわけではありません。ただ、「注文の多い料理店」のように、強烈なものはそうなかったと思いましたが、全体として、確かに「山怪は生き続けている」ということを改めて感じたのは、はっきり覚えています。

『山怪』という本は、その後3巻まで出ているし、NHKの番組でも、その体験者を取材した番組が放送されていたので、かなり多くの人が、インバクトをもって受け止めていることのようです。

昔や明治期の、「昔ばなし」や「伝説」ではなく、今現在も連綿と起こり続けている、「本当の話」なのだから、それも当然でしょう。

昨日の朝日新聞の書評にも、面白くとりあげられていたので、私は、改めて思い起こすことになりました。

私が、読んだ最初の本では、「狐」や「狸」に「化かされる」話が多かったと思います。狐は、かなりどぎつい化かし方をして、人が「害を被る」ことも多いですが、狸の化かし方は、たわいもない、いたずらのようなものが多いようです。

しかし、書評も言っているように、その化かし方は、人間の側の技術の進化にもちゃんと対応して、大がかりになっているようなのです。

今日びの狸は、なんと進化しとるんです。かつてはコンッコンッ、ひそかに斧の音を響かせて木こりを驚かせておったのに、秋田県阿仁では派手なチェンソーの音真似やドーンと大木が倒れるオマケ付き、大がかりになったもんです。岡山県鏡野町でも軽トラに化けて山菜取りを惑わせたのは狐でしょうかねぇ。

狸は、「ポンポコ」という太鼓の音を立てることで有名ですが、やはり、音で惑わすことが好きのようです。チェーンソーの音真似というと、オーストラリアの固有種で、音真似の得意な鳥「コトドリ」を思い浮かべる人も多いでしょう。しかし、日本にこの鳥はいないはずなので、やはり「狸」の仕業なのでしょうね。

最近は、アライグマやハクビシンなどが、民家の家の中に押し寄せて来て、住みついたりして、大変なようですが、この「狸」も、最近は家の中にまで押し寄せて、活躍していませんか。私の家の中でも、ときどき「ミシッ」とか、誰もいないところから、人がいるかのような怪しい音をよく聞かせてくれるのですが。

と言っても、この「狐」や「狸」は、言うまでもなく、「精霊」としての「狐」や「狸」です。こういった存在が、「化かす」ということ自体は、昔から知られた「伝統」であり、「伝承」であって、その文化としての影響は強く残っているでしょう。だから、何か、あるはずもないものや、異常な、光や音などの怪しい現象が起きたときに、それを「狐」や「狸」のせいと思ってしまうことは、あることと思います。

しかし、「山怪」の中には、はっきり、「狐」や「狸」としての姿を見せているものも多いです。その一つに、家の近所で、狐に「ストーカー」されたという面白い話もあります。車の帰り道、家の近くで、狐がずっと、微動だにせずにこちらを見ているので、恐くなり、進路を変えて、別の道から行くと、その降り口にまたその狐がいます。で、また元の道を戻ると、林の中をその狐が走っているのが見えます。その人を、先回りして、「おっかけ」ているのです。

ドン兵衛の「どんぎつね」なら、ストーカーされてもいいけど、やはり狐のストーカーというのも、恐いものなのでしょうね。しかし、現代の人間世界の「怪」の一つとされる、人間の集団による、「集団ストーカー」というのも、実を言うと、このような、化かす狐による「ストーカー」の「進化形」とも言えるのですけどね。

しかし、全体として、「山怪」というのは、やはり、山という場でこその「怪」であり、山そのものの恐さと力を知らしめるような話も、かなりありました。

書評でも、次のように言われています。

サンカイにサンカイするサンカイにサンカイする、おっと失礼、山塊に散開する山怪に参会するには、それ相応のお作法が必要のようです。

「サンカイを三回重ねて、気分は自賛かい」とつっこみたくなりますが、…おっと三回じゃなくて、妖怪いや四回でしたね。いや、評者も、何も茶化しているわけではなくて、冗談交じりにしか語れないくらいに、これらの話の「真実味」を感じてしまっているということなのです。

2018年11月11日 (日)

ムクドリの「乱舞」

約二カ月振りになります。これまで2カ月空けたことはなかったと思いますが、今後は、これくらいのペースになっていく可能性もあります。

「狂気」に関しては、いずれ、分かりやすくまとめたホームページを作成しますが、このブログの最近の二つの新しい記事と、そこで紹介した本の一つでも読んでもらえれば、実は、かなりのことが分かることを改めて言いたいです。もちろん、一般の精神医学関連の本などでは、とても得られないだけの、実質的または根本的なレベルでのことです。

今回は、大分前のことですが、ちょっと気になっていることを述べます。

それは、うちの家の庭や隣の家の屋根の上で、小鳥が大勢集まって、大声で騒ぎ立てながら乱舞していたことです。ムクドリと思われますが、スズメや他の鳥もいたように思います。私のいる部屋の窓の網戸のところに飛んで来て、鳴いたりもしていました。

ククドリは、集団で集まる習性があり、ネグラを探して乱舞することがあるのは知っています。実際、他の場所で何度かその様子を見たことがあります。しかし、この場所で、今まで一度もそんなことはなかったし、この後も、すぐいなくなり、その後そんなことは一度もありません。

そもそも、うちの家の周りには、かつてはよく小鳥が遊びに来ていましたが、最近はたまにカラスが来るくらいで、ほとんど見なくなっていました。また、ムクドリがネグラにするのに適した場所とも思われません。

そのときの鳥の鳴き声は、とても尋常なものとは思えず、飛び方もまさに「乱舞」で、何か異常なことが起こっているという警告のような感じがしました。私も、その間、とても不安をかき立てられました。

この出来事の後は、前以上に、鳥をみかけることが少なくなり、このときの大勢の鳥の乱舞の異常さを際立たせています。

前に、記事で、その隣の家越しの上空のケムトレイルの写真をアップしましたが、この場所は、散布機の通り道のようで、その後もよく出ます。

初め、私は、鳥たちの警告のようなものには、そのことが関係しているのかと思いました。ネグラを探しているというよりも、むしろ、「この場所はとてもネグラなどにはできない」ということを、警告しているかのようだったということです。

しかし、もしこれが本当に警告なのだとしたら、それはこの場所という、「ローカル」なレベルの話ではないというのが実際のところでしょう。一般に見られる、ムクドリのこの乱舞の行動自体に、地球全体の環境についての警告的な意味も含まれている、ということを感じます。

まあ、いずれにしても、鳥や昆虫に関して、かなり異常な事態が起こっているのは確かだし、私の周りにもよく起こるので、私はかなり慣れてはいます。

前に、記事でも、羽を落とした、クロオオアリの女王アリが私の部屋に仮死状態でいたり、オニヤンマが職場に入って来て私の周りを飛んだり(なんと、その数年後もう一度オニヤンマが入って来ました)など、かなり「異常」なことが起こっていることを述べました。

人によっては、これを、一種の「攻撃」のように感じる人もいるようですし、そういう面もないとは言えません。しかし、私は、やはり、全体として、異常な事態の「警告」のような感じがします。

チャネリング系統のものでも、「多くの動物が地球から撤退する選択をした」というのを読んだことがあります。確かに、本能的に優れる動物たちが、そう選択するとしても不思議はない状況でしょう。

昆虫にしても、鳥にしても、全体としての数は、明らかに減っているのですが、その中のちょっと「目立つ」存在が、殊更「示唆」的な行動や現れをして、注意を惹いているという感じです。

2018年9月 9日 (日)

『精神に疾患は存在するか』

前回に続いて、精神医学関連の本の紹介になります。今回は、北村俊則著『精神に疾患は存在するか』(星和書店)という本です。

精神科医の書いたものですが、久しぶりに、精神医学の根本に関る部分を、鋭く問い直す、重要な書です。精神医学関連の出版社から出されている専門書風の体裁ですが、明解で読みやすく、説得力もあり、是非多くの人に読んでほしいものです。『関連基本書籍の抜粋』(http://tiem.cocolog-nifty.com/blog/2011/11/post-d140.html)にも、追加しています。

趣意は、要するに、「脳に器質的な障害があるわけでもない、精神の領域に、<疾患>なるものを認めるのは、根拠のあるものではない」ということです。

それは、ある意味、「当たり前過ぎるくらい当たり前」のことですが、精神医学の内部において、正面から、まともに、このことを認めることには、十分の意義があると思います。

このブログでも、「精神の領域に<病気>というものが、実体として存在するわけではない」ということを、何度も述べて来ました。「病気」というのは、社会的な観点からの一つの「評価」であり、「価値観」にほかなりませんが、それを、脳などの機能の「障害」として、固定するのは、そのような社会的な発想を、個体の内部の問題にすり替えようとする、「イデオロギー的」なものです。そして、それは、「優生思想」とも結びついています。

精神医学の外部からは、内海医師の本や、民俗学者赤坂憲雄の本などもとりあげて、このような見方については何度も触れて来たので、今さら特にとりあげる必要もないと思われるかもしれません。

しかし、先に述べたように、精神医学の内部から、しかも多くの研究をとりあげつつ、穏当かつ説得的に説かれた本書には、独自の意義があると思います。特に、精神医学に、何らかの形で関っている人には、必読ともいえる書です。

「精神疾患なるものがあるわけではない」ということの根拠は、大体、次のようなことです。

 「疾患」というものがあるなら、「ある」か「ない」かになるはずだが、精神疾患と言われるものの現れの実際は、一般の多くの人の間に連続的に広がっているもので、そこには境界があるわけではない

つまり、精神疾患とされるものも、体重や体温の数値と同じように、生理的な連続量の違いと、本質的には変わらない現象だということです。このことが、症状の分布をヒストグラムにした、多くの研究の分析から、明らかにされています。最近明らかにされたような、「自閉症スペクトラム」の場合と同様のことが、精神疾患そのものについても言えるということです。

多くの人も、「うつ」などでは、このことが納得しやすいと思います。しかし、「統合失調」となると、認め難いと感じる人も多いでしょう。確かに、「幻覚」や「妄想」などは、「あるかないか」の、特異な現象のようにもみえます。しかし、私も、記事『無意識レベルで「声を聞く」ということ』(http://tiem.cocolog-nifty.com/blog/2007/08/post-582d.html)で示したように、多くの人は無意識領域では「声」を聞いているのであり、ただ、それを意識することがほとんどないというだけです。それで、「妄想」というのも、極端な形では現れにくいというだけなのです。「統合失調状態になりやすい体質」というのは確かにありますが、それは、このような声を意識にのぼらせやすい(遮断しにくい)体質ということに過ぎません。

著者のあげる研究でも、統合失調の場合でも、その分布は連続的であることが示されています。

2  脳や遺伝子の研究から、ある精神疾患に対応するものとして、脳の(特異な)状態や遺伝子が見い出されることがある。しかし、その関連は「交絡」(一種の錯誤)である可能性があり、そうではなくとも、その関連というのが、「病理性」を証明することには何らならない

「交絡」というのは、ある事柄(A)と事柄(B)に相関があるようにみえる場合でも、実際には、それらとは別のある事柄(C)によって、AとBの事柄が生じていたために、そのようにみえたに過ぎないというものです。AとBの間に、実際に関連があるわけではないのです。

たとえば、「うつ」と脳の「海馬の減少」ということに、相関があるとされたことかありました。ところが、これは実際には、「うつ」も「海馬の減少」も、「虐待」という事態によって生じていることが明らかになって、本当に相関があったわけではないことが分かったという例が、あげられています。

「統合失調」の場合でも、「脳の特定の部位の委縮」などとの相関が見い出されたとされることがありますが、これなどは、「統合失調」と診断されたがために起こる様々な事柄との、「交絡」の可能性があります。

たとえば、精神薬の服用によるという可能性があるし、病院その他の周りの者の酷い扱いから来る、ある種の「虐待」の結果という可能性もあります。

また、そうでなくとも、脳の状態または遺伝子について、ある関連が見い出されたからといって、それがその「疾患」とされることの、「病理性」を証することにならないのは、明らかなことのはずです。ある「精神的」または「生理的」な状態に対応する、ある脳の状態または遺伝子の働きがあるということ自体は当たり前のことで、それが「病理性」の根拠となるものではないからです。

私も、記事『「怒り狂っている人」のたとえ』(http://tiem.cocolog-nifty.com/blog/2011/01/post-ee25.html)で、これと同様のことを述べています。「怒り狂っている人」にも、脳の特異な状態は見い出されますが、それは疾患とはされないのです。

「疾患概念」は、初めから前提とされているのであって、要は、これらの関連は、初めから、精神疾患は「脳の機能的異常である」とか、「遺伝子の異常である」という見方のもとに、見い出されるときに、その見方を「裏付ける」ものであるかのように、みなされるだけなのです。科学史家トーマス・クーン風にいえば、特定の「パラダイム」を埋める「パズル合わせ」のようなものです。

ただし、それは、是非ともそうあらねばならないという、社会的な「要請」に基づいてなされるだけに、容易には覆えされないことであるのは、何度も述べたとおりです。実は、そちらの方こそ、本質的な問題なので、私はそちらの方こそをしつこく述べています。本書は、それを指摘しているわけではないですが、やはり、そのことを、浮き彫りにせずにはおかないはずです。

「うつ」「統合失調」その他の精神疾患とされる状態は、進化的には、適合した反応であった可能性がある

「うつ」にしても、「統合失調」にしても、本来は、生体を保護し、あるいは環境的な条件によっては、より適応的な反応であったという可能性が示されています。それが、ある度合いを超えたり、現在の社会的な環境との関係では、マイナスの状態として現れることもあるということです。そのような反応は、本来的な「疾患」とは呼べないものでしょう。

著者は、触れていませんが、統合失調の幻覚も、本来は、シャーマンの霊的な能力として、社会的に認められ、必要とされていたもののはずです。

4 それでは、「疾患」と呼ばれることの実質は何か。それは、「社会的不適応」あるいは、「社会的な少数者」の陥いる状態という可能性はあるが、必ずしもそうともいえない。そこには、「不適応」とか、「少数」という事実に関る事態とは別の、社会の「価値観」に基づく「評価」が入り込んでいるからである。実際に、「不適応」な現れをすることはあるが、それは個体内部の問題ではなく、社会的環境との相互作用の結果生じるものである

初めにも述べたことですが、要するに、「病気」とは、その状態を好ましくないとする、社会の側の「価値観」であり、「評価」以外の何ものでもないということです。私も、それが、実際に「不適応」を起こし、「少数者」の陥る、困難な状況となることがあるのは認めます。しかし、それを、「脳の問題」などとするのは、社会との関係を看過し、問題を個体の内部に押しつけて、「固定」しようとするものでしかないというべきです。

著者は、そのようなことから、「疾患」という見方は廃すべきとしています。実際にも、偏見や弊害を生み出すもとだからです。ただし、実際に、「不適応」という現れを起こしている以上、「治療」ということではなく、本人の意思に基づく「援助」は必要とします。さらに、本人が判断能力を失っているときには、「強制的」な援助も認められていいとしています。

この点は、「判断能力」の判定がいかようにも曲げられる可能性があるし、中途半端の感を免れません。しかし、いきなり精神医療をなくすこともできないとした場合、大枠的な方向性としては、「オープンダイアローグ」とともに、今後の精神医療のあり方として、有力な候補と思います

ただ、途中でも述べたように、現状では、「疾患」概念こそが、精神医療に根拠と権威を与えているのだし、その根拠と権威こそが、社会的には是非とも「必要」なものなので、残念ながら、それを廃することは、社会の考え方そのものが変わらない限り、難しいことでしょう。

2018年8月18日 (土)

『統合失調症がやってきた』/「後ろ」からの声

ハウス加賀谷の『統合失調症がやってきた』(イースト・プレス、幻冬舎こころの文庫)を読んだ。自分の陥っている状況を、あまり主観を入れ込まずに、客観的に、分かりやすく表現されていることには、率直に感心させられた。「統合失調」という状況について、考えるのにも、参考になるところが多くある。

ハウス加賀谷の統合失調状態については、前に、NHKの番組でとり上げられていたことに絡めて、記事『「統合失調症」という「アイデンティティ」』(http://tiem.cocolog-nifty.com/blog/2015/02/post-faec.html)で、述べていた。そこで述べたことは、今回本で詳しい事情を知っても、ほとんどそのとおりだったということが、改めて確認できた。

特に、精神薬の服用に関して、加賀谷は、より酷くなったことを、「医師の指示に従わなかった」から、ということで言っていた。ごれは、飲まない方向でのことと思っていたが、今回の本で、状態が悪いときは、過剰に飲んでいた(ときには一回に200錠も)ということで、これでは、より酷い状態を招くのも当然のことと言わざるを得ない。

ただ、エビリファイに変えることで、一気に状態が好転したという点は、この薬の評判を聞いて、よくなることを期待して、自ら医師に薬を変えてもらうよう頼んだということである。それまで、意欲の減退した酷い状態が続いていたわけだが、ここで、本当にその状態から脱しようと、強く意欲したということである。それは、お笑いの世界への復帰を、強く望むということでもあった。その積極的で、前向きな思いが、薬を介して、プラシーボ的に強く作用したということが、みてとれるのである。

加賀谷の状態が、本当に「統合失調状態」といえるのかということにも、多少の疑問を呈していたが、本を読むと、確かに、「統合失調」に典型的な「幻聴」に悩まされていて、それを「現実」そのものと混同してしまったために、状態を酷くしていったことが分かる

加賀谷の「幻聴」は、「自分は臭い」ということに関るものである。異性を意識し始める、思春期の頃に、「自分は臭いのではないか」という疑いをもつこと自体は、かなりの人が経験することだろう。また、加賀谷は、父親がエリート社員ではあるが、家庭を顧みない典型的なダメ親で、母親が加賀谷に多くの期待をかけ、自由を与えられず、プレッシャーの多い環境で育っている。「自分を臭い」と思うのは、「自分」という存在の否定の感情がもとになっていて、そのような環境で育ったが故の、嫌悪感や自信のなさが強く影響している。しかし、そのようなこともまた、現代では、割と普通にあることといえる。

だから、「自分は臭い」という疑いを、強迫的にもつこと自体は、かなりの人に「了解」可能なことだろう。ただ、加賀谷の場合、普通と違っていたのは、単に、「聞えるような気がする」というのではなくて、実際に、それを現実の声と変わらない「声」として、ありありと聞いていたことである。

「統合失調」ということでいうと、やはりここが「分かれ目」で、そこには、体質の影響があるというしかない。ただし、それもまた、一時的な現象であり得る(記事『「狐に化かされる」こと/一時的な「幻覚」「妄想」状態』 http://tiem.cocolog-nifty.com/blog/2013/09/post-8560.html 参照)のだが、加賀谷の場合は、そうならず、それがより発展していったということである。

その「幻聴」の現れについては、加賀谷がかなり詳しく状況を説明しているので、特徴をよくみることができる。

初め、加賀谷は、教室の一番前の席にいたのだが、後ろで生徒が下敷きで煽いでいるので、自分が臭いからではないかと疑う。すると、その後、はっきりと、後ろから、「加賀谷君臭い」という声を聞く。その生徒の声で、現実と変わらない声としてである。

加賀谷は、驚くが、またしばらくすると、「臭い」という声がするので、後ろを振り返ると、誰も、全然そんなことを言っている素振りはない。しかし、前を向くと、また声が聞え、後ろを振り返ると、そんな素振りもないということを繰り返す。

このような声を、加賀谷は、全く「現実の声」と思っているので、自分が「臭い」ということに確信をもつようになる。誰が「臭い」ことを否定しても、その確信を変えられない。それで、医師に無理やりに頼み込んで、脇の手術まですることになる。それで、さすがに本人も、「臭い」のは消えたはずだと思ったが、その後も、教室で、後ろから「臭い」という声を聞くことになり、絶望的な気分になる。

そんなことから、精神科にかかることになるのだが、この声について、興味深いのは、常に、「後ろ」から聞えることである。一番後ろの席に座ったら聞えないはずだと思って、一番後ろの席に座ることができたときも、何と、誰もいないはずの「後ろ」から、声が聞えて来た。

この、「後ろからの声」というのが、私の観点からすると、とても興味深いのである。しかし、その前に、加賀谷は、これを「現実の声」そのものと解したわけだが、このような状況からすると、それが現実の声ではあり得ないことに気づく余地が、十分あったことを確認したい。

一つは、後ろを振り返ると何の素振りもなかったことで、普通は、そんなに即座に、言っている状態から、変わり身の変化をできるわけがない。もう一つは、一番後ろの席でも、誰もいない後ろから聞えてきたことである。これは、かなり「決定的なこと」のばすである。

本当は、この時点で、「現実の声ではない」と気づく余地があったが、加賀谷はそれでも、現実の声と疑わなかった。それは、その声が本当に現実同様、ありありとしているからだし、中学生くらいの年で、一般的にも、そのような声を現実でないものと疑うことは、難しいはずである。予め、そのような声があることを、知っていれば、その可能性もあっただろうが、普通は、中学生ぐらいで、そのような知識があるものではない。また、中学生でなくとも、それが「幻聴」であることを疑うのも、何か、「霊的なもの」であるのを疑うのも、怖いことなので、そのような考えは、抑圧してしまうのが普通である。

同時に、自分が、「臭い」ということは、自分という存在の「象徴」のような意味合い(一種の「アイデンティティ」)として、内心に強く疑われていたので、それを「正しく」指摘する声を聞くと、疑うことが難しかったのもあるだろう。

しかし、それにしても、この時点で、それが現実の声でないことに気づいていたら、その後、違う方向に行っていただろうことは確かなのである。

さて、「後ろからの声」についてたが、私も、声は、「人の背後」から聞えるということを言っていた。加賀谷の場合は、「自分の後ろ」だが、私も、「自分の後ろ」からの声もよく聞いた。私の場合、それは、「もう一人の自分」(シュタイナーでいえば「境域の守護霊」)というべき者の声で、「他者」の声は、他の人間の「背後」から聞こえていたのである。

人間は、目が前についていることとも関係して、「前」が「見える世界」とすれば、「後ろ」は「見えない世界」の象徴ともいえる。つまり、「霊的な世界」の象徴である

後ろの存在は、「背後霊」などという言い方がされるし、かごめかごめという遊びでも、「後ろの正面」を当てるのだが、これは、単なる「後ろ」ではなくて、本来、「霊的なもの」を意味していたはずである。今は、「遊び」という形として残っているが、元は、シャーマンの育成のための、イニシエーションのようなものだったと解されるのである。

シュタイナーのいう「境域の守護霊」とは、「この世界」と「霊的な世界」との「境界」に立ち、「霊的な世界」を守護する「番人」であった。そのような存在の立つ「境界」こそ、「自分の後ろ」であり、それは、背後に「霊的な世界」全体を控える、「入口」のようなところといえるのである。

ただ、加賀谷の場合、常に自分の「後ろ」から声を聞いていたのは、初め、教室の一番前にいたことと関係がある。「自分の後ろ」とは、「他者のいる場所」でもあったからである。

加賀谷は、他の者が自分をどう思っているかに囚われ、それが「後ろの声」として聞えた。だから、「他者の声」もまた、「自分の後ろ」からの声として聞くことになったのである。しかし、同時にそれは、漠然たる「霊的な世界」全体の「入り口」としての意味合いも重なっていたといえる。私の場合は、既に「入口」をかなり入り込んでいて、「霊的な世界」も、「自分の後ろ」と「他者の背後」というように、「分化」していたということである。

それにしても、一番後ろの席にいても、「後ろ」から声が聞えて来たのは象徴的である。それは、「現実の世界」の途切れる先の、「入口」としての、「霊的な世界」から聞える声だったことを、如実に示している

加賀谷の場合に限らず、このように、注意深く状況を観察すれば、その声が、たとえ現実の声と同じように聞えても、どこかしら「現実そのもの」から「ずれ」を起こしていて、「現実」そのものではあり得ないことが明らかになる面が、あるばすなのである。疑わしい「声」が聞えたときには、必ず、状況をよく観察してほしい。

いきなり、それを「霊的な世界」から訪れた声とは、解せないかもしれないが、「現実の声」そのものではないことには、十分気づけるはずである。

これからの時代には、多くの人が、是非とも、そう気づけるようになってほしいと思う。

2018年7月11日 (水)

「オカルトの基本を学ぶ」のプログを開設

予告していた、『オカルトの基本を学ぶ』のプログを開設しました。

本プログとの関連も多いので、是非閲覧ください。

→『オカルトの基本を学ぶ (http://tiem-occult.seesaa.net/ )

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